「この世界の片隅に」監督・片渕須直インタビュー 調べるだけではだめだ、体験しないと!

2016/11/16 12:03

写真:ただ(ゆかい)

現在公開中の映画「この世界の片隅に」。戦時中の日常生活を描いたこの作品の監督・片渕須直に、映画制作と原作の良さについて聞いたのだが、驚かされたのは徹底してリアリズムを追い求めるその姿勢だった。フィクションだからあいまいな描写が許されるというわけではない。その愚直な制作姿勢が、映画の主人公「すずさん」の実在感を支えているのだろう。そのすごい監督が「すごい」と絶賛する、こうの史代の原作についてもあわせて語ってもらった。

まず、体験することから始める

──原作を読んで感銘を受けたから映画化を決めたと思うのですが、具体的にどういうところが良かったんですか?

原作は上・中・下巻あるんですけど、上巻の4分の3くらいで決めちゃったんですよ(笑)。そこまでに描いてあるのは、すずさんが子供の頃の話。広島から呉にお嫁に来る話。お嫁に来たところでいきなりもんぺを作らなきゃいけなくなって、着物をちょん切って一生懸命縫い方を考えてもんぺを作るという話。旦那さんと裏の畑にいたら戦艦大和が見えたという話。家のまわりの野草でご飯を作る話。そこまで読んで(映画化するのに)十分な気がしたんですよ。日常生活というのは、アニメーションでやると、たとえば「ご飯を炊く」というだけでも見応えがあるんですね。とはいえ、それだけだと映画の企画として成り立ちにくい。でも、「裏の畑から戦艦大和が見えるところでご飯を炊く」と捉えると、これは「ご飯を炊く」ということの意味が変わってくるなと感じたんですね。行為は同じなんだけど、もっと光ってくるというか。

──前半の生活シーンだけで映画化を決めたというのは、かなり驚きました。

そう、だから「後半、そんなになっちゃうの!?」って思いましたね。

──原作は語るべきポイントが本当にたくさんある作品ですけど、今回調べてびっくりしたのは、昭和18年から21年までの話を、平成18年から21年まで連載していたという。

そういう意味で言うと、すごくリアルタイムに進むんですよね。連載期間での時間の流れは、僕は乗り遅れてしまって体験できてないんですけど、たとえば空襲というものが自分にとってどれくらいリアリティあるのかなと思ったときに、日本側の記録とアメリカ側の記録と照らしあわせると、空襲のタイムテーブルが作れるんですよ。ここで警戒警報鳴りました、空襲警報鳴りました、B-29がここまで来ました、ここで最初の爆弾を落としました、ここで最後の爆弾を落としました、ここで空襲警報を解除しました……という。それを、自分でもその通りにやってみるわけです。「いま空襲警報が鳴ったので防空壕に入る」というつもりで、たとえば布団をかぶってみる。で、そのままじーっとしてる。そのタイムテーブルだと、3時間くらい防空壕にいるんですけど、それを自分でやってみると「まだ終わらないのかな、けっこう長いな」とか感じるわけです。空襲で避難するというと、「防空壕入りました」「爆発で揺れました」ということばかり想像しがちだけど、まず時間としてけっこう長いんですね。その時間を自分でも体験しながら、「外でドーン、ドーンと鳴っている中で、こんなに長い間じーっとしてたのか」とか考えたりしましたね。そういう風にして(当時の体験の感覚を)自分で実感するということは、繰り返しやっていました。すずさんが作っているご飯も、もちろん自分たちで作りましたし。

──「楠公飯」も。

もちろん。そういうのを、自分たちで一通り体験してしまおうと思ったんですね。広島の街を歩いたことも、「ロケハンでいろんな人に話を聞いてきたんですね」と言われたりしたんですけど、そんなに話を聞いたわけじゃないんですよ。

──何をしてたんですか?

ただ歩く。「この場所からこの場所まで歩いたら、このくらいかかるんだな」みたいなことを体に染み込ませたというか。

──資料を調べるだけでは不十分で、それを体験・体感として体に刻み込ませないとだめだと。

そうです。それをやった上で、すずさんというちょっとユーモラスな人が、本当にいるみたいに描ければいいなと。呉の街を歩きながら、「ここですずさんは道を間違えた」「こっちに行ったらリンさんがいるほう」「こっちに行ったら自宅があって……」とか言ってたら、一緒に歩いていた人に「(すずさんたちは)本当にいるみたいな気がして来たな」って言われて(笑)。でも、自分たちでも「本当にいる」くらいに思ってたし、作品に出てきた行動を実際の街の上に重ねても、すずさんという存在は揺るがなかったんですよ。「私はフィクションの存在だから勘弁してください」とは言わなかった。

──それはつまり、原作がそれだけ綿密なレベルで描かれていたということ?

そういうことです。こうの(史代)さんは広島出身なんですけど、呉に住んでらっしゃったことがあって、そういう意味で言うと、地元のフィールドの中で描いてらっしゃるんですね。だから、こうのさんが「こっちには行ったことがないんですよ」っておっしゃってるところは、作品には描かれていない。僕が間違えて違う道に入って行ったりもしたんですけど、後で「そっちは作品に出てこないです」って言われて。なぜなら、そこには行ったことがないからだと。

ちょっとした場面でも、ちゃんとアニメとして表現する

──体験から描いているということは、もちろんあのもんぺの作り方も……。

でもあの作り方、ウソなんですよ(笑)。

──えっ?

ウソというか、あの通りにもんぺを作ると変になるんですよ。和服だから、全部縫い目を外すと反物になるので、そこからもんぺに作り直すべきなのに、すずさんはいきなりそのまま切っちゃった。でも、こないだのんちゃんが「あのやり方で作ったらできました」って言ってた。あいつ、器用なんだよね(笑)。「ただしミシンを使いました」って言ってたけど。あと、料理にしたって、当時の出版物には「野草を食べましょう」って書いてあるわけですよ。食料が足りないから。でも「天ぷらにして食べる」とか書いてあって、普通に考えたら油なんか手に入らないんだけど、こうのさんが「だったらこういう作り方があるんじゃないか」って自分で(レシピを)考えたんですよ。「自分がその場に立ったら、きっとこうするだろう」ということで。あのもんぺの作り方も、「すずさんだったら間違えてこうやっちゃうよね」っていうところまで思い浮かべて描いた、みたいなことじゃないかな。

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こうの史代『この世界の片隅に』 上巻 92ページ

──細かい話ですけど、冒頭の、のりを売りに行く場面で、壁に荷物を押し付けてから背負っていますよね。原作では3コマでしたけど、アニメではもちろん一連の動きとしてちゃんと描かれていました。やっぱりあれも実際にやって試したわけですか?

そうです。ふろしきの包み方自体は「昭和のくらし博物館」というところにスタッフが行って、一通り習ってきましたね。スイカをふろしきで包む方法とか、一升瓶をふろしきで包む方法とかを聞いてきて、「ふろしきってこう包むんだな」というのをやった上で、「すずさんと同じようにやってみよう」ってやってるんですよね。

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こうの史代『この世界の片隅に』 上巻 8ページ

──あのシーン、アニメーションの喜びが詰まってると思います。

そう言っていただけるとうれしいです(笑)。あれしきのことなんだけど、あれしきのことをちゃんとやると、見てて楽しいですよね。すずさんが鉛筆を削るシーンも、手のひらで「そすそすそす」って回してから削り始めるまで、マンガだと同じアングルでずっとつながってるから、「ああ、これは1カットなんだな」と思ってやりましたね。だから、けっこう長いカットが多いんです。「テンポがいい」って言っていただくんだけど、実はカットが少ないというか、長回しのカットが多くて。

こうのさんの仕掛けたパズルを読み解く

──上巻の日常生活の描写で映画化を決めたとはいえ、後半はスペクタクルなシーンもありますよね。原作を読み進めて、「後半、そうなっちゃうんだ!?」と感じたとおっしゃいましたけど、その部分はどういう受け取り方をされたんですか?

やっぱり広島の話でもあり、戦時中の話でもあるから、「どこかで原爆が絡んできて、大変なことになるんじゃないか」という予想はしてたんですね。周作さん(すずの夫)というのは海軍の軍法会議所の「録事」という仕事をしていて、軍法会議所というのはアメリカ軍の捕虜の取り調べもやるんですよ。で、原作を見ると急に周作さんが英語の勉強を始めてるんですね。何の説明もなく。で、「ひょっとしたらこれはアメリカ兵の取り調べをやっているんじゃないか。取り調べに関わっていると、戦犯に問われることもありえるかもしれない」と思って、読みながらドキドキしたりして。

──そこまで深読みしながら読んでたんですね。

後で呉では捕虜関係の戦犯は出てないのがわかって、「ああよかった」と思ったんですけど。でも調べてみたら、実際には捕虜になった人は広島で原爆で亡くなっていたというのも、一つの事実としてわかってきて。こうのさんは、何かの意図があって周作さんが英語の勉強を始める場面を入れたと思うんですよ。でもそれ以上は説明しない。説明しないんだけど、それを自分で読み解いて拡張していくと、「原爆で亡くなったアメリカ兵がいる」という事実がわかってくる。そうやって自分たちで作品を拡張していかないといけない、というタイプのマンガだと思いましたね。

──どんな意図があったのか、制作の過程でこうのさんにお聞きしなかったんですか?

直接は聞いてないですね。こうのさんという人は、他のマンガもそうなんだけど、パズルみたいなことがすごく好きなんですよ。単純にマンガがあって、絵があって、ストーリーが展開されているというだけじゃなくて、ある種トリッキーなものを必ず作品に込めている。それはマンガの表現がいかに多様であるかを、自分で試しながらやっているということなんだと思うんですけど。油絵を使ったり、口紅で描いたコマもあったり、左手で描いたコマもあったり、マンガ表現の究極の実験をやっているようなところもあるんですけど、それらの説明は一切せずに、読者が自分でたどり着くべきパズルとして仕掛けている……と僕は理解しています。だからそういう仕掛けについて、「それはなぜですか?」と聞くのは無粋なので聞いていないということなんですね。

──ただ、映画だと表現形態が違うから、パズルをそのままの形で出せないこともあるわけですよね。

それを映画の画面の上で種明かししてしまっているのは無粋かもしれないんだけど、それをやることで、こうのさんが仕掛けたもの、「この世界の片隅に」の中に含めたものって、実は普通に読み取れる以上に膨大なんだということを、原作の読者に知ってもらいたいと思っています。もう1回読み直しても大丈夫、3回読み直しても大丈夫、こうのさんが仕掛けたものを全部読み取るまでにはまだまだ時間がかかるから、このマンガは一生楽しめる作品なんだよ、という。そのちょっとした回答例がこの映画だと思いますね。

あの時代を、生々しくて、リアルで、手触り感があって、今と地続きの世界として描いた

──監督が考えるベストな順番は、まずマンガが先?

どちらでもいいと思いますよ。映画は映画として仕掛けたつもりなので、先に映画から見ていただいてもいいんですけど、仕掛けどころがマンガと違うので、マンガの読者にとっても「えっ、こういう表現になるの!?」という新鮮な驚きがあるんじゃないかと思います。マンガと映画、どちらが先でもいいんですけど、ただ最後は、こうのさんのマンガに戻って味わいなおしてほしい。

──どちらを先にしてもいいけど、アニメを見て完結するのではなく、そこからマンガを読んで1セットだという気持ちがある?

それは当然そうです。もっと言うと、こうのさんの他の作品にまでアプローチしてもらいたいと思っています。

──これは戦争を描いた作品でもあるから、「戦争もの」として紹介することもできるんだけど、でも「戦争もの」という言い方をしたくない気持ちもあるんです。そういう言い方をした瞬間に、この映画のいろんな要素がばっさり削ぎ落とされてしまうような気がして……。

それは、今まで描かれていた戦争ものが、ものすごく表面的、あるいは記号化されたものが多かったんじゃないかと思うんですよ。映画の準備をしていたときにわかったことなんですけど、実際にはなかったことでも、戦争中であることをわかりやすく表現するためにそういう風に描くということが、テレビドラマや映画の戦争中の街の場面にはけっこう氾濫している。簡単に言うと、「時代劇は描いているけど、江戸時代は描けてない」みたいな。「戦時中」と言っても、記号化されたものではなくて、もっと生々しくて、リアルで、手触り感があって、映画をご覧になる方の人生にとって地続きである世界がここにあるんだ……っていう風に思っていただけるといいなと思います。要するに、戦争中を描いた映画を観に行かないっていうのは、自分にとって関係がない、縁遠いと思うからでしょ?

──そうですね。

それは違うんだよ、って言いたい。あなたの住んでるところと同じ世界のことなんだよって。

──地続きの世界だし、今、生きているこの世界がじわじわとそういう方向に向かっているのを描いているんだよ、と。

はい。あるいは、実はじわじわと向かった先が今なんですよ。と、いう風に思ってもらえるといいですよね。何か大きな出来事や破局があって終わる話じゃなくて、この話の終点は実はあなたが立っている今なのだと。しかもそれは仮の終点であって、その先にずっと続いていくのだと。すずさんが炊いている毎晩のご飯は、ずっとやっていくと今晩のご飯になる。ということなんじゃないかなと思いますね。

映画『この世界の片隅に』予告編

「長い道」「夕凪の街 桜の国」などで知られる、こうの史代のコミックをアニメ化したドラマ。戦時中の広島県呉市を舞台に、ある一家に嫁いだ少女が戦禍の激しくなる中で懸命に生きていこうとする姿を追い掛ける。監督にテレビアニメ「BLACK …

片渕須直(かたぶち・すなお):1960年生まれ。アニメーション映画監督。日大芸術学部映画学科在学中から宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本家として参加。『魔女の宅急便』(’89年/宮崎駿監督)では演出補を務めた。T Vシリーズ『名犬ラッシー』(’96年)で監督デビュー。その後、長編『アリーテ姫』(’01年)を監督。TVシリーズ『BLACK LAGOON』(’06年)の監督・シリーズ構成・脚本。2009年には昭和30年代の山口県防府市に暮らす少女・新子の物語を描いた『マイマイ新子と千年の魔法』を監督。口コミで評判が広がり、異例のロングラン上映とアンコール上映を達成した。またNHKの復興支援ソング『花は咲く』のアニメ版(’13年/キャラクターデザイン:こうの史代)の監督も務めている。

【映画情報】
この世界の片隅に

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テアトル新宿、ユーロスペースほか全国公開中
原作/こうの史代(「この世界の片隅に」双葉社刊)
監督・脚本/片渕須直
声の出演/のん 細谷佳正 稲葉菜月 尾身美詞 小野大輔 潘めぐみ 岩井七世 牛山茂 新谷真弓 澁谷天外(特別出演)
音楽/コトリンゴ
アニメーション制作/MAPPA

配給/東京テアトル
製作/「この世界の片隅に」製作委員会
© こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

「この世界の片隅に」公式HP

「この世界の片隅に」公式Twitter

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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。