トリックを暴いたあげく犯人に感謝までされる金田一少年について

2016/11/22 12:00

私は金田一少年になりたい。

大の大人がこんな場所で言うことではない。しかし『金田一少年の事件簿』を読みかえすたび、私は金田一少年になりたいと思ってしまう。とにかくこの男にあこがれる。本当にいい役回りだと思う。いくらなんでもおいしすぎると思う。

金田一少年とはどんなキャラクターなのか。まずはそれを説明しておいたほうがよさそうだ。

この男のベースにあるのは「不真面目さ」である。高校の授業をサボる。弁当を早食いする。女好きのスケベ。典型的な落ちこぼれ。それが金田一少年である。

強調しておきたいのは、この時点で「最高」だということである。少年マンガの舞台として「学校」が採用されたとき、主人公に要求されるもっとも格好いい振舞いは何か? それが「優等生」であるはずがない。まともに勉強しないことである。「不良マンガ」は数あれど、「優等生マンガ」など存在しないことでもそれは分かる。だからこそ、金田一少年も少年マンガの主人公として、「不真面目」をベースに持っているのである。

しかし、これだけでは単なる「だめなやつ」だ。「不真面目」という土台の上に何かをのせなければ、格好いい存在にはなれない。ということで金田一少年は「IQ180」なのである。だめなやつに見えて実はめちゃくちゃすごいのである。勉強ができないのは単に興味がないからなのである。

さらに、この男には七瀬美雪という幼なじみがいる。七瀬美雪は美人で巨乳である。当然ほかの男子生徒から何度も告白されている。しかしすべて断っている。金田一少年に惚れているからである。ここまでくると「おいしさ」の役満である。いくら主人公だからって、こんなにおいしい役回りを与えられていいのか!

しかし、これはまだ「おいしさの序章」である。わかりやすく言えば「キャラ設定を説明しただけ」である。『金田一少年の事件簿』は推理マンガである。数々の事件を解決していくのである。

ということで本題に入る。設定の段階ですでにおいしさのピークにいた金田一少年は、犯人のトリックを暴いたあげく、感謝までされるのである。とくに強調したいのは「感謝までされる」という部分である。私は多くの犯人が金田一少年に感謝しながら去っていく姿を見てきた。ここまでくると、金田一少年というのは稀代の人たらしである。

以下、「感謝する犯人」がどういうものなのかを具体的に見ていく。念のため断っておくと、記事の性質上、ここからはネタバレだらけである。

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(File(8)『首吊り学園殺人事件』より)

「……ありがとう 金田一君」

「感謝する犯人」の代表例である。なぜ犯人は、トリックを暴いた金田一少年に涙まで流して感謝しているのか? その理由を知るには、このマンガの犯人は「復讐心から殺人に手を染めている」という事実を知らねばならない。

この事件の場合、犯人の浅野は塾講師である。彼女は深町という男子生徒とひそかに愛し合っていた。しかし深町はほかの塾生たちのイジメの標的となっていた。イジメは徐々にエスカレートし、最後は首吊りゴッコをさせられたあげく、深町は自殺に見せかけて殺されてしまう。しかもいじめていた生徒は罪悪感すら持たず、「うまくごまかせてよかった」と安心して、その後もヘラヘラと生きているのだ。この事実を知った浅野は復讐鬼となり、深町をいじめていた生徒たちを殺していくのである。

事件解決後、そんな浅野に拘置所の面会室で金田一少年は言う。「死んだ深町が望んでいたのは復讐なんかじゃなくて、自分の好きだった優しい浅野先生としてあんたが生きていくことじゃないかな?」と。「刑務所で罪をつぐなったあとは、深町のぶんも、あんたが幸せになってくれよ」と。これを言われた浅野の口から出るのが「ありがとう、金田一君……」なのである。

なお、トリックを暴いていく段階では、金田一少年は論理によって徹底的に浅野を追い詰めている。「これでもまだ自分はやってないと言い張るつもりかい?」と証拠を突きつけ、「もう言い逃れはできないぜ!」と言う。このときの金田一少年は論理の鬼である。その金田一少年が、事件解決後は仏のようになるのである。この二面性が、「トリックを暴いたあげく犯人に感謝までされる金田一少年」を生み出すのである。

一気に三つ見てみよう。

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(File(29)『獄門塾殺人事件』より)

「ありがとう ありがとう 金田一君…」

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(File(20)『魔犬の森の殺人』より)

「ありがとう」

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(File(2)『異人館村殺人事件』より)

「金田一君…… 最後までありがとう」

感謝である。そこにあるのは金田一少年への圧倒的な感謝だ。ちなみに最後のコマは犯人ではなく、「犯人が復讐鬼となるキッカケとなった人物」なんだが、ここでも型は同じである。自分の過去の過ちによって、一人の人間に深い憎しみを植えつけてしまった。ずっとその罪悪感にさいなまれてきた。金田一少年と出会うことで、ようやく罪と向き合うことができた。そこで出るのが「金田一君……ありがとう」という言葉なのである。

こんなパターンもある。

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(File(3)『雪夜叉伝説殺人事件』より)

「お説教はごめんだわ…! 帰って!
 金田一君――ありがとう」

「お説教はごめんだわ」からの、背中ごしの「ありがとう」である。たしかに金田一少年の言うことは「お説教」である。しかしそれは犯人の胸を打つ。金田一少年は常に「あなたが愛した人」の代弁者として語るからである。「あなたの復讐という方法は間違っていた。しかし愛する人に対するあなたの想いは絶対に間違ってなどいなかった。だから罪をつぐなって、あなたが愛した人の分も幸せに生きてほしい」。このメッセージがブレることはない。だから一度は撥ねつけた犯人も、最後は背中ごしに感謝してしまうのである。

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(File(22)『天草財宝伝説殺人事件』より)

「おおきに……!! おおきに~~~~!!」

こんな変化球もある。関西弁で感謝される金田一少年である。犯人が関西人だったからである。これはまあ、当り前っちゃ当り前であるが。

『金田一少年の事件簿』で描かれるのは復讐劇である。そして復讐劇の幕をおろすには、トリックを暴いて謎をとくだけでは不十分なのだ。復讐によって手を汚した犯人の憎しみをやわらげ、そこに「救いの光」を与えなければならない。だからこそ、金田一少年はこのようなキャラ造形になったのだと私は考える。

先述したように、金田一少年は「不真面目」という土台のうえに「知性」をのせている。それどころか、土台だと思っていた「不真面目」を掘ってみれば、その下には「深い人間愛」まで見つかるのだ。完璧である。「参りました」と言うしかない。

カルネアデスの板

最後に、私の好きなシーンを紹介して終わる。『悲恋湖伝説殺人事件』の解決後、金田一と美雪の会話である。

この事件では「カルネアデスの板」がポイントになる。「タイタニック的状況」と言えば分かりやすいかもしれない。船が沈没し、二人の人間が一枚の板きれにしがみついている。このままでは二人とも沈んでしまうかもしれない。二人が恋人同士だった場合、男と女のどちらが助かるべきだろう? 事件の犯人である男は、きっと愛する恋人のために平気で我が身を犠牲にしただろう。美雪は金田一に問いかける。わたしたちの場合はどうなるだろう? 自分は、愛する人のために死ぬことができるだろうか?

この問いに、金田一少年は「俺だったら考えるよ」と答える。

美雪は問う。「考えるって何を?」

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「2人とも助かる方法をさ!!」

これは「どちらが助かるか?」という問いに対する最高の答えであり、同時に、金田一少年というキャラクターの核となるセリフである。まさに「知性」と「人間愛」の見事な融合である。これを言われた美雪は答える。

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「……うんっ!」

そりゃそうである。私が美雪でも「……うんっ!」と言う。そして後ろをついていく。参りました。

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金田一少年の事件簿 珠玉の金田一少年への感謝は?

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上田啓太
執筆業。個人ブログ『真顔日記』を中心に、ネットの様々な場所で活動中。気に入った作品ばかり何度も読む習性がある。1984年生。京都在住。