私は大空翼の目が怖かった 『キャプテン翼』再読

2017/02/20 12:59

 『キャプテン翼』を読み返した。そして思い出した。私は大空翼の目が怖かった。同時に、この男が物語の主人公であるという事実に最後まで納得がいかなかった。

 「大空翼は怖い」という感覚がどれだけ共有されるものなのかは分からない。なんとか説明してみたいと思う。

 まずは『キャプテン翼』について軽く復習しておく。80年代に連載されたサッカー漫画。アニメ化もされ、日本だけでなく世界的にヒットしている。物語は大空翼の小学校時代から始まり、中学校編、ジュニアユース編と進行していく。コミックス全37巻。

日向小次郎と大空翼は何がちがうか?

 大空翼の目が怖かったという話をはじめる。そのためにライバルである日向小次郎を対置してみたい。私は子供の頃から日向小次郎が好きだった。日向小次郎はそでをまくる。私も真似してまくっていた。それだけ日向という男は魅力的だった。この男こそドラマの主役たりえると思っていた。

 日向には貧しい家族がいる。父親はおらず、母親は無理して内職をしている。日向は長男だ。まだ幼い弟と妹の世話をしている。だから日向はサッカーで「成り上がろう」と考える。勝利のために汚い手を使うこともある。やりすぎることもある。しかし日向の行動のベースには共感可能なものがあった。

日向の覚悟は泣かせる。(『キャプテン翼』文庫版2巻p.153より)

  日向は「苦労している母ちゃん」や「貧乏暮らしの弟と妹」を背負って戦う。そのためには絶対に勝利が必要になる。相手を打ち負かすことが必要になる。だからこそ日向の目は濁る。世俗の色に染まる。

 しかし、大空翼の目は透明なのだ。私は大空翼がニコッと笑うたびにゾッとしていた。笑うと同時に口がパカッと開くのも怖かった。透明な瞳と葛藤のない口元。ニコッ&パカッ。これが大空翼の特徴である。 

大空翼の笑顔。(『キャプテン翼』文庫版1巻p.111より)

大空翼の眼球はサッカーで停止する

 なぜ、大空翼の瞳は透明なのか? 大空翼にはサッカーの向こうに何の欲望も見ていないからだ。サッカーで有名になりたいでもなく、サッカーで女にモテたいでもなく、サッカーで金を稼ぎたいでも、サッカーで相手を圧倒したいでもない。大空翼にはサッカーをダシにする要素が一切ない。

 サッカー。

 それだけなのだ。大空翼は単語にとどまる。サッカーで停止して次に行かない。だから大空翼の眼球は動きを停止する。そこに私はゾッとする。

 一般に、キョロキョロと動く眼球は色々なものに関心が移ることを意味している。「目移り」という言葉もある。サッカーをしながら金のことを考える。モテることを考える。名誉のことを考える。そのたびに眼球は動く。

 しかし大空翼の瞳はブレない。本当にサッカーだけを見つめている。その目は恐ろしい。赤子の目だ。そして赤子の目は狂人の目に等しいのだ。あまりに無垢な瞳で射抜かれた時、人はみずからの欲望を強制的に自覚させられる。だから大空翼の目は怖い。

怖い。(『キャプテン翼』文庫版1巻p.55より)

「皮肉」も「嫌味」も通じない

 大空翼は「ボールは友達」だと言う。『キャプテン翼』を読んだことのない人でも知っていそうな言葉であり、同時に、ほとんどギャグのように扱われる言葉でもある。しかし怖ろしいのは、大空翼が本気でこれを言っていることだ。大空翼に「あえて」という発想はない。もちろん「嫌味」や「皮肉」もない。

 第一巻に回想シーンがある。今の学校に転校する前、大空翼の学校にはサッカー部がなかった。連載当時、サッカーは野球と比べるとマイナースポーツなのである。だから翼は一人でサッカーをしている。他の少年たちは野球に夢中だ。翼は「サッカーバカ」と呼ばれて笑われている。

「ほらまたあのサッカーバカがきたぞ」

「よくあきねえな」

「バーカ」

 そこには明確に「馬鹿にする態度」がある。「嘲笑」もある。なのに大空翼は「みんなおはよう!!」と元気に挨拶する。この反応が衝撃的だった。なぜ、そんなことが可能なのか?

罵倒されても元気に「おはよう!!」。(『キャプテン翼』文庫版1巻p.102より)

 嘲笑を向けられた時、それを嘲笑だと認識したうえで、グッとこらえる。それならばわかる。しかし大空翼は、そもそも嘲笑という笑いがこの世にあることを知らない。大空翼にとって、笑いは常に「ニコッ」という微笑みなのである。

 争いは同じレベルの者でしか起こらない。それはたしかにそうかもしれない。しかし、いくらなんでもこれは汚れを知らなすぎるのではないか? 石ころに嫌味が通じないのと同じ意味で、大空翼には嫌味は通じないのだ。

 そして大空翼はニコッと笑う。口がパカッと開く。そこから波動砲でも出てこないと説明がつかない。私がイメージするのは、巨大化した大空翼の口から波動砲が放たれて、街を焼き付くす光景である。それは無垢という名の波動砲である。人間のあらゆる欲望を焼き滅ぼすものである。

波動砲が出てこないと説明がつかない口。(『キャプテン翼』文庫版1巻p.36より)

 欲望に生きるしかない自分は、大空翼のニコッ&パカッを見るたびに、波動砲で焼き滅ぼされることを想像していた。だから私は日向が好きだった。そして大空翼が怖かった。言語化するならば、そういうことになるんだろう。


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上田啓太
執筆業。個人ブログ『真顔日記』を中心に、ネットの様々な場所で活動中。気に入った作品ばかり何度も読む習性がある。1984年生。京都在住。