片渕須直×細馬宏通トークセッション 「この世界の片隅に」の、そのまた片隅に(打ち上げ編)

2017/04/06 2:24

前・中・後編でわたってお送りしてきた、片渕須直・細馬宏通のトークセッション。実はイベント終了後の打ち上げで、まだ二人の話は続いていたのです。そんなこともあろうかと、しっかり会話を収録しておりました。当日のイベント参加者も聞けていない初公開のトーク、じっくりお楽しみくださいませ。それにしても、居酒屋の会話とは思えぬ濃さ!

女性視点から見た「この世界の片隅に」

(打ち上げの酒場にて)

細馬 萩尾望都の名前が出てきましたけど、僕は監督が少女マンガを読み込んでるほうなのかと思ってました。

片渕 そうでもないと思いますよ。

細馬 僕の場合、少年チャンピオンを見て萩尾望都を知った後に、続きがあるわけですよ。「この絵は妹の部屋で見たことがあるぞ」と。そこから妹にマンガを借りたりして芋づる式に少女マンガに入り浸っちゃうわけです。こうのさんはそんなに少女マンガ独特の文法は使っていないけど、マンガ家の中では相当いろんな技法を使う作家だと思うんですよ。だから「物語として読み解く」というのとはまた別に、「技法として読み込む」のにリテラシーがいるなと思って。それで、きっと監督は少女マンガを読み込んでいたんじゃないかと。

片渕 読み込んではいないけど、少女マンガっぽいものは好きですよ。「ダメな奴かもしれないけどちゃんと彼氏ができる」っていうのが。

細馬 「長い道」(こうの史代)はまさにそうですね。あの作品では、そのダメな奴であるところの「荘介どの」がけっこう浮気したりするんだけど、それに対する主人公・道の振る舞い方も、「許す・許さない」という二分法じゃなくて、復讐とも天然ともつかぬ行為で荘介をぎょっとさせるとか。……その意味では、監督が「次はリンさんの物語を描きたい」と考えているというのがおもしろいと思って。リンさんが出てくるあたりは、少女マンガ的な……というか、女の人の底知れない感情というのが出やすいところなので、そこはどうなるんだろうと思いますね。あと、五味洋子さんが「この世界の片隅に」の感想を書いておられて(*)、実に女の人らしいなあと思ったんですね。嫁ぎ先でいびられる感覚なんかが、身にしみてつらい感じがするという。ああいう感想は男の人からはなかなか出てこないですね。

五味洋子さんのmixi日記「この世界の片隅に」より

「幸福で穏やかなすずさんの子ども時代は唐突な縁談で終わる。広島から呉の北条家まで家族で出向いての祝言。式が済んで家族は去る。右手前にすずさん、奥に小さく下手(しもて)に歩み去る家族を描いた構図が寂しげで心細く見ていてつらい。一人残った婚家ですずさんは食事の支度をする。初めての家で台所仕事をする遣りにくさは世の婿さんには分かるまい。最後はいつも笑いに転化されるので気づかないかも知れないけれど結婚生活はきつい。婚家の苗字で呼ばれても自分と気づかないし、今いる住所も分からない。ストレスで脱毛症になったりもする。子も出来ない。

生まれ故郷の広島と嫁ぎ先の呉の間で揺れるすずさんにとても共感する。夫と口づけをする自分を客観的に見ているもう一人のすずさんがいるように、すずさんは自分が呉の北条になったことを受け入れられないのではないか。私も本当の自分は五味××ではなく富沢だと思っているし、私の母親もお姑さんも、本当の自分は旧姓の方だと思っている節がある。理屈ではなく。この感覚は世の夫たちには理解出来ないだろう」

片渕 うちの奥さんを見てるとそんな感じですね。でも嫁ぎ先であまり家事をするまでもない姑がいるっていうのがうちの奥さんなので。家事をしないで、それで引け目を感じてるっていう人だから、かえって(嫁いだすずさんの感覚が)よくわかるみたいですね。

細馬 僕、時計の時刻が気になったんですよ。新婚一日目の夜があける場面、原作ではなんとなく暗いくらいの感じでしたけど、映画では時計の文字盤を出してましたよね。5時でしたっけ?

片渕 5時台ですね。

細馬 あれ見たときに、かなり衝撃を受けました。嫁いだのは2月だから、暗いといっても7時とかそのあたりかと思ってたんですけど、新婚初夜が明けて5時に起きるって!

片渕 たぶんすずさんは、そういうものだと思って来てるんですよね。自分はお客さんじゃないし、「お嫁さんといってもそんなに華やかなものではない」というのをわかって来てる。ぼーっとしてるとはいえ、そこだけはわかってるんだと思う。

細馬 (義母である)サンも、「お嫁さんが来た」というだけじゃなくて、「最近足が悪くなったから、あなたには働いてもらいますよ」という期待を、ちょっと込めていますよね。

片渕 そうですね。かなり込めてますね。

「名犬ラッシー」の街はいかにして作られたか

細馬 僕らはあんなに細かい時系列で戦争の銃後が語られるのを、たぶん見たことがないんですよ。最前線についてはいつどんな戦いがあったか調べるけれど、銃後の「昭和20年」に対しては、すごくざっくりしたイメージしか持っていない。だけどああやってちゃんと語られると、「そうか、呉にもちゃんと平和な時があったんだな」とわかるし、空襲がだんだんつらくなってくるというのもわかる。そういうふうにして戦争を見たことがなかったから、衝撃だったんですよね。監督があんなに現場に通ったり、ご自分でいろいろ試されたりするようになったのって、「マイマイ新子と千年の魔法」では既にやられてると思うんですけど、かなり前からやっておられた?

片渕 というより、わからないときは必ず何かを当たりますよね。「ブラックラグーン」の時も、バラライカ大尉はすごく分厚いコートを着てるんですけど、ソ連軍の実物を借りて「ああ、これはひるがえらないな」って試したり。

細馬 いや、誰でもそこまで当たるというわけじゃないと思いますよ(笑)。だから僕、「名犬ラッシー」を見た後に監督のブログを見て、逆に驚いたんですよ。というのは、あの作品については、時間がないから(物語の舞台である)ヨークシャーには全然行ってなくて、写真の資料を見て舞台を設定したという。「えっ?」って思いましたね。あの街のリアリティぶりはちょっと尋常じゃなかったので。写真資料といくつかの手がかりで、あれだけの街が出来上がっちゃうんだなって。

片渕 出来上がっちゃうんですよね、ほとんど一瞬で出来ちゃったなー。

細馬 (資料から実現度の高い街を作り上げていく)その勘って、いつ作られたのかなと思って。「名犬ラッシー」って、炭鉱町の坂沿いにいろんな家が建ってて、まずそこの世界があるんだけど、でもバックヤードに入っていくと、もう羊がバーッといて、丘がいくつもあって、対照的な世界が広がってますよね。それを現場に行かずに構築したのはすさまじいなと思うんですけど、それはどの段階で思いつかれたんですか? 原作を読んで?

片渕 わからないですね。あの頃は時間がなくて、本当に追い詰められてたから。世界名作劇場については、とにかく思いついた順に取り込んでいったみたいな感じでした。

*名犬ラッシー 第1話「ひとりじゃない」

名犬ラッシー 第1話「ひとりじゃない」

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細馬 「名作アニメの風景50」という本には、「名犬ラッシー」で監督が描かれた炭鉱町の地図のスケッチが載っているんですが、あのスケッチでは、坂沿いの道があって、広場があって、学校はなんとなく橋の向こうくらいのところで終わってますよね。あれを描かれたのは最初の頃ですか?

片渕 そうです。1話の絵コンテを切って、2話のシナリオが上がってくるまでの間にやってたんですけど。

細馬 ああ、そうなのか。1話でコリンの配達を手伝うシーンがありますけど、その時点では「なんでこんな炭鉱町からいきなり広々とした場所に出るんだろう?」って、その位置関係がわからなかったんですよ。しかも飛行機が着陸してくるし。でも2話3話と進めていくと、「そうか、裏にはああいう起伏があるんだ」みたいなのがだんだんわかってきて、プリシラが出て来る回にまでなると、お屋敷があるとか、飛行機がどこにつくのかとか、炭鉱町の外部にまでかなり世界が広がっているというのがわかる。もしかしてそれはリアルタイムでだんだんと広げていったとか?

片渕 そうですそうです。「羊がいるほうがおもしろい」と思って羊を出したら、「じゃあ羊飼いの家もいるだろうな」となって広がっていくみたいな。

細馬 サンディの家とジョンの家の位置関係がどうなっているかは、1話でちょっとはわかるんですよ。で、後の回になって、サンディのところの羊にラッシーがまぎれる様子を見たときに、その位置関係が全部つながった、という感じがしましたね。

片渕 でもあれは本当に時間なかったなー。考える時間がなかったから、「口から出まかせ」ってわけじゃないですけど、そういった感じでどんどんやってたんですよね。

「スタッフロールを見て、同じ名前の人がいることにいつ気づくか」問題

細馬 なるほど、もしかしたら監督には苦しい思い出かもしれませんが(笑)。僕、「名犬ラッシー」で不思議に思ったことがあって。あれって1996年の放送ですよね。で、こうのさんってその頃、もう大人ですよね(27歳)。だから「子供のときに世界名作劇場を楽しみにしてた」というのじゃなくて、20歳超えた年齢で、日曜の7時半からやってるアニメをリアルタイムで見てるわけで。その時の彼女が感じたであろう日常の発見は、それなりに屈折したものだったんじゃないかしら。子供の時に見て「いいなあ」と思うのとはちょっと違いますよね。

片渕 違うでしょうね。ひょっとしたら「街角花だより」(*)がご自分が思ってたように進まなかったのかな、って思うんですけど。あれはあとでやり直されてますよね。

*1995〜1996年/2002〜2003年の間に雑誌掲載されていた、こうの史代のデビュー作。

細馬 実際の花屋でバイトされてて「街角花だより」を描いておられるから、「自分の経験」と「自分が要請されているもの」のギャップがあったのかもしれないですね。世界名作劇場といえば、監督は「母をたずねて三千里」はリアルタイムで見ておられました?

片渕 見てないです(放送当時は15〜16歳)。

細馬 でしょうね。僕もそうだけど、そのとき16歳くらいですよね。僕は「アルプスの少女ハイジ」まではかろうじて追ってたけど(放送当時13〜14歳)、それ以降は、年齢的に日曜のあの時間にテレビの前に座ってなかった。じゃあ「母をたずねて三千里」をちゃんと見ようと思ったのはいつですか?

片渕 宮﨑(駿)さんの「未来少年コナン」を見た後、たまたま「母をたずねて三千里」のスチール写真を見て、「同じ系統の絵だな」と思ったんですね。高校の終わりくらいかな。それが謎だなと思って、再放送をやってたのを見たわけです。

細馬 じゃあかなり意識的に見たという。

片渕 そうですね。大学に入ってからは、高畑勲さんを知って、それで(関連アニメを)軒並み見るようになった。

細馬 「母をたずねて三千里」を見て、「これはすごい」と思ったのはどのあたりですか?

片渕 やっぱり1話の、お母さんが船に乗り込む前の長回しのシーンですね。

細馬 そこなんですね。

片渕 その次の話はごく普通の日常でパスタを茹でたりしてて、それはすごくよかったですね。あと、市場に行ったタコがアメデオに絡まってきたりとか。

*母をたずねて三千里 第1話「いかないでおかあさん」(長回しのシーンは20:10あたりから)

母をたずねて三千里 第1話「いかないでおかあさん」

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細馬 そのへんなんですね。「母をたずねて三千里」の日常って、日常なんだけど僕らとは違う論理で動いている日常じゃないですか。町並みも全然違うし、食べ物も全然違うし。それが驚きでしたね。大人になって見てから気づいたことですけど。

片渕 大学でヨーロッパの映画をいっぱい見ていたので、そういうところから紐付けはしやすかったですね。

細馬 映画というと、監督のおじいさんは映画館を営まれてたという……。

片渕 あれが実はよろしくなくて。

細馬 よろしくない?

片渕 「映画はタダで見るものだ」と思いこんじゃったから(笑)。お金払って映画を見るようになったのは、「日本沈没」からですね。黒澤組の助監督(特技監督・中野昭慶/「椿三十郎」で助監督を務めた)と、黒澤組のシナリオ(脚本・橋本忍/「羅生門」「七人の侍」などで脚本を務めた)がすごくよかったんですよ。

細馬 そういう見方って昔からされてました? つまり、映画を見る時に子供はスタッフロールを見ないじゃないですか。監督がスタッフロールを見るようになったのはいつ頃?

片渕 子供の頃のTVアニメでは見てましたね。わからない言葉が出てくるんですよ。「ナレーター」っていったい何なのかわからなくて、謎だった。

細馬 それはおもしろいな。そのナレーターという役割をやっている人と、同じ名前の人が他のアニメにも出てくるというのをわかりはじめたのは?

片渕 それでいうと、たぶん野沢雅子さんを2つのまったく異なる作品で発見した時じゃないかな。

細馬 どの作品ですか?

片渕 「みなしごハッチ」の脇役で……。

細馬 脇役!

片渕 クモが糸を吐いて、その糸が風に流れて、空を飛ぶクモが出てくるんですよ。それが野沢雅子さん。声が目立つし、謎な感じがあって。

細馬 謎というのは?

片渕 「同じ声を出す人なのに別の人格になっている」というのが、子供心(放送当時10歳)にすごく不思議で、こわい感じがあったんですよ。

細馬 それは早いですね。僕はもうちょっと後なんですけど、「アンデルセン物語」(放送当時11歳)で、増山江威子さん(キャンティ役)と山田康雄さん(ズッコ役)がやっておられたんですよ。で、ほとんど同じ時期に「ルパン三世」でその二人がちらっと共演してて(山田=ルパン三世、増山=第1シリーズでキャサリン・マーチン、第2シリーズから峰不二子)、「どういうことだ!?」と思って。それが最初かな。いや、でも本当に「スタッフロールを見て、同じ名前の人を発見する喜びにいつ気づくか問題」ってありますよね。

片渕 究極的に気がついたのは、大塚康生という人の名前を発見したときですね。(キャラクターデザイン・作画監督を大塚康生が務めた)「侍ジャイアンツ」の頃だから、中学生くらい(放送当時13歳)。

細馬 「侍ジャイアンツ」の前に大塚康生さんの名前を見たのは?

片渕 「タミヤニュース」。プラモデルの雑誌です。プラモデルの会社にも関わっていて、記事を書かれていたんですよ。でもあまりにも畑が違いすぎて、「タミヤニュース」の大塚康生と「侍ジャイアンツ」の大塚康生が同一人物だと全然気づいてなかったんですよ。ぼーっとしとるけえ(笑)。

細馬 いつの時点で同一人物だと気づいたんです?

片渕 高校の頃に先輩が「ファントーシュ」(日本で最初の活字アニメ雑誌)を読んでいて。その「ファントーシュ」に、大塚康生さんがアニメーターであり、プラモデルの会社にも関係していることが書いてあって、そこで初めて気づいた。

細馬 それは運命の分かれ道だなー。大塚さんの名前に気がつくかどうかは、アニメーターに至る道の分岐点だと言えますよね。

片渕 そうですね。野沢雅子さんを初めて発見したのと同じように、大塚康生さんもそこで発見した。

細馬 僕の場合は冨田勲さんだったんですよね。「ビッグX」も冨田勲、「ジャングル大帝」も冨田勲、「リボンの騎士」も冨田勲、「ぜんぶ冨田勲や!」って。それで「この名前は覚えておこう」と思ってたら、NHKのドキュメンタリー番組のテーマ曲だった「青い地球は誰のもの」も冨田勲で、中学に入ったらその人が「月の光」でシンセサイザーを弾いていて、そこから僕は音のほうに行きました。アニメーションって総合芸術だから、アニメーターや声優にハマる人もいれば、音楽にハマる人もいるわけですよね。「母をたずねて三千里」の話に戻りますけど、僕は片渕監督がアニメーションの中で現実を構築するときに、「母をたずねて三千里」とかは参照されたのかなと思ってたんですけど……。

片渕 意識としては参照してますね。

土地の断片から想像力をふくらませる能力

細馬 あと、空間をある程度作り込んでいくと、そこで主人公が動きだすという感覚とか。「マイマイ新子」の中で「ここ直角だよね」って言うじゃないですか(*)。あの「直角感」というか、街を歩いていて「あ、ここを取っ掛かりにすればこの街の全体像がわかるな」という感覚はどうやって思いつかれたんですか?

(*自然の造形ではありえない、直角に曲がっている川を見て、それがかつて「周防の国」と呼ばれていた時代の名残であることを知るシーン)

片渕 あれは純粋に「マイマイ新子」の舞台となった街に、そういう場所(*)があるんですよ。でも直角に流れる川は、実際に見に行ったら全然直角には曲がってなかったんですけど(笑)。

参考「マイマイ新子と千年の魔法」ロケ地紹介

細馬 でも映画を見た人にとっては、あの直角感はすごく残りますね。そういうところがすごく子供らしいというか、街の設計図を見ているわけじゃなく、「ここ直角に曲がってるよ」というところを取っ掛かりにして、そこから自分の想像で補完していくのって、すごく子供の感覚だなーって思ったんですよね。僕は昔、絵はがきのことばかり研究していた頃があって。明治・大正期の絵はがきの写真を見て、それが写された場所に行って照合する……たとえば石段や岩があると、「あ、写真のこれがここだ」とわかって、そこからドミノ倒しみたいに今の風景が明治の頃の風景にどんどん置き換えられていく……というような作業をしてたんですけど。

片渕 防府に行って最初に見つけたんですけど、田んぼの真ん中に段差があったんですよ。その前に「このあたりは千年前は海だった」という資料を見ていたので、「この段差は昔の海岸線か、あるいは港を築いた跡だな」と思って。

細馬 それは当たってたんですか?

片渕 当たってました。

細馬 僕自身の経験からいうと、そういう力って初めから備わってるわけじゃなくて、昔の写真なり絵図なりと現実を照合させていくという作業をずっとやっていると、「ここはたぶんこれだ」って当たりだす時があるんですよ。あるささいな手がかりが、ちゃんと意味を持って見えてくる時がある。で、そこから先はかなり自力で見つけられるようになるという、そういうターニングポイントみたいなものがあるんですよ。監督の場合は防府の街を調べている時がそうだったんでしょうか?

片渕 どうなんでしょうね。さっきの続きで言うと、平安時代の防府の地形を発掘調査報告書からひたすら紐解いてたら、「どうも違うんじゃないのかな」って思い始めて。

細馬 何が違っていた?

片渕 つまり、ああいう碁盤目の街はなかったんじゃないかと。あったとしても今のとは道の角度が違う。道の方向が少しずれた、別の直角の碁盤目がかつてはあったんじゃないか。それがいっぺん全部削られて、新しく角度を変えて碁盤目が作られたんじゃないのかな、とか。そういうことを感じてしまって。そういう学説はまだ出てないんじゃないかな。

細馬 街に残された道の記録・記憶って、けっこう頑健だなあと思うんですけど、僕の住んでるところ(彦根)のまわりでも、埋め立てをすごくやってるんですよね。要するに海岸線がまったく変わってしまっているんですけど、たとえば普通に考えてなぜこんな駐車場の形になっているのか説明できないような場所があるんです。でもそのラインをたどっていくと、「あ、ここは昔、湖だったんだな」というのが見える瞬間がある。それはたぶん地図の情報ではわからないことなんですよね。監督もそうやっていろいろ歩かれていると思うのですが、作品の舞台となるような場所はだいたい歩かれるんですか?

片渕 そうですね。車に乗る時もありますけど。そうそう、「マイマイ新子」をやる前に、友達が「太平記のことを調べたい」って言ってきたんですよ。「太平記」の、新田義貞が群馬で挙兵してから鎌倉に突入するまでの間のことを調べたいって。

細馬 それはアニメと関係ない話?

片渕 そうです。地理で。

細馬 地理で(笑)。

片渕 そのルートが、たまたまうちの近所なんですよ。それで、友達を車に乗せて案内したんですけど、けっこうおもしろかったですよ。なんで街道をたどって進撃するのかと思ったら、要所要所のポイントに「辻」という、道が集合しているところがあるんですけど、それの押さえっこをやってるんだなと。そうすると、「ノルマンディー上陸作戦でドイツ軍と連合軍がやっていたことと同じだな」というのがわかってきて。

細馬 そこで手持ちの知識とつながるわけですね(笑)。歩兵隊が戦略的に相手を攻めるのに、辻が重要であると。僕ら戦(いくさ)というと、すぐ「関ヶ原」みたいにだだっ広いところを思い浮かべますけども。

片渕 おもしろいですよ。車で「このへんかな」とたどっていくと、橋の名前が「勢揃橋(せいぞろいばし)」。さらにその道をずーっと行くと、「白旗山」って出てくるんですよ。あ、これが本陣だなと。そういうのがすごくよくわかる。新田義貞の進撃ルートを探る時も、街道沿いにあった神社に全部行ったんですけど、縁起(神社の文献)に「何年何月に焼けた」とか書いてあって。

本当に病院でジャズはかかっていた?

細馬 今おっしゃったのはプライベートでのお話で、それを全然アニメーションにしていないというのがすごいですね。でもそういう経験が肥やしになっているというか、戦をするときには、ある日突然始まるというのではなくて、ちゃんと細かい準備とロジック、言うなれば「戦の時系列」があるというのが体感的にわかるわけですよね。

片渕 そうそう。で、準備が整った瞬間に開戦になるという。

細馬 しかもそれは一般人には隠されているから、一般人からすると「畑仕事をしていると突然、灰ヶ峰のうしろから爆撃機がやってくる」ということになるわけですよね。

片渕 3月19日の空襲はもともと大和を攻撃するためだったんですよ。攻撃に行った人が「自分は大和を攻撃しに行った」と言っている記録が実際にあるんですね。でもその時、大和は柱島にいたので、撃ち逃しているんです。

細馬 じゃあ、とりあえずそこにあった戦艦を爆撃したと。

片渕 というか、その最中は大和を攻撃してるつもりだったらしいです。そこからの大和の話も道筋が読めてきて。大和は本当は佐世保に逃れたいんです。だけど関門海峡が機雷で塞がれてる。そうしてる間にも広島と呉にはどんどん機雷が撒かれていく。そうなると豊後水道を通るしかないわけです。豊後水道には機雷がなかったんですけど、明らかに罠なんですよ。それで豊後水道に出て、沖縄に向かっていくという。

細馬 それから「雪隠詰め」になってしまうわけですね。大和と言えば、円太郎が入院していて「大和が沈没したらしい」とか言ってる時に、「ムーンライトセレナーデ」が流れているじゃないですか。あの時期、敵性音楽って流れていたんですか?

片渕 あれはね、あの時期に呉の海軍病院に行って、下士官病棟に行った人が「アメリカ製のジャズが流れていた」って書いてるんですよ。

細馬 ええっ!

片渕 あの「ムーンライトセレナーデ」を演奏しているのは、うちの制作進行が学生の頃にやってたバンドなんですけど、演奏できそうだったのがとりあえず「ムーンライトセレナーデ」だったので、それにしちゃったんですね。もっと別のジャズだった可能性もあるんですけど。

細馬 あのシーンもすごく印象的で。うちの父親や母親の話だと「敵性音楽なんてとんでもない」という状況だったらしいので、病院で掛かっていてびっくりしたんですよね。

片渕 軍隊は目線が違うんですよね。たとえば民間でご飯が食べられない時でも、軍では白いご飯を普通に食べてたりして。

細馬 病院ですずさんと円太郎が話してる時に、隣の人が晴美に「敵性音楽?」と聞かれて「シーッ」とか言ってるけど、昭和20年の、戦争が押し迫っている状況であのさばけた感じというのは、ちょっと意外でした。

片渕 いるんですよね、ああいう人が。海軍の下士官とかすごくさばけてると思います。

細馬 戦時の余裕というか、もちろん全体的には余裕がないんですけども、でも日常の浮き沈みを微細に見ていくと、押し迫っている時でもああいう余裕があるという。

片渕 でもあの後たぶん、上の士官病室から怒鳴り声が聞こえてきて、怒られてると思いますけどね(笑)。


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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。