私と俺節、俺の俺節──土田世紀「俺節」原画展

マンバ通信おなじみ、おそ告知のコーナー。

今回は赤坂サカスの赤坂ギャラリーで開催中の、「俺節」原画展を紹介。……しようと思うのだけど、まず「俺節」という作品そのものの紹介から始めたほうがいいかなと思う。

土田世紀というマンガ家の名前は、わりと広く知られている。でも、たぶん代表作としてまっさきに挙げられるのは「編集王」のほうで、他にはテレビドラマ化された「ギラギラ」という作品もあって、それらと比べると、この「俺節」は地味なほうの作品かもしれない。

しかし、世の中に「土田世紀」という作家の存在を強烈に知らしめたのは、やっぱり「俺節」なのだと思う。「俺節」から土田世紀に入った人は、もちろん他の作品も好きだとしても、「一番忘れられない作品は『俺節』」という人はきっと多いのではないか。

ちょっと自分の記憶を掘り起こしながら書いてみる。

「俺節」がビッグコミックスピリッツで連載を開始したのは1991年。「70年代の劇画かよ」というタッチのマンガだけど、もちろん平成の作品で、時期的には「スラムダンク」が連載されていた頃とかぶる。同じビッグコミックスピリッツの連載作品でいうと、「YAWARA!」の連載後半の時期あたり。そんな時代に、演歌をテーマにしたマンガを始めるというのは、かなり時代に逆行していた。いや、そもそも自分はこれが演歌のマンガであると知らずにページをめくっていた。そして第1話のこのシーンで、ページをめくる手がピタリと止まってしまったのである。

 
 

冷静に見ると「どんだけ線を重ねてんだよ」と思ってしまうけれども、最初にこれを見た瞬間、なにか「歌」が伝わってきたような感覚を覚えた。このときはまだ、北島三郎の「風雪ながれ旅」を知らなかったというのに。それから「俺節」のコミックスを買い集めるようになった。もちろん北島三郎も聞くようになった。小林旭の歌、とてもいいなと思うようにもなった。まだ演歌が存在しない時代の、霧島昇の歌まで聞くようになった。

で、この原稿を書くにあたって、改めて自分はなぜ「俺節」が好きなのかを考えてみたのだが。

申し訳ないけど、大筋のストーリーラインをそれほど気に入っているわけではないのである。作品としての完成度はこの後に書かれた「編集王」のほうに断然軍配が上がると思う(実際コミックスの巻数も多い)それでも「俺節」に執着せざるをえないのは、ハッとするような場面、胸ぐらをつかまれるような場面にたびたび遭遇するからだ。

コージは人見知りで、世間知らずで、気弱で、不器用な人間だ。ただ一つ、「歌がうまい」という武器を隠し持っているけれども、しかし極度のあがり症のため、その唯一の武器さえうまいこと使いこなせない。何のあてもないのに一念発起して青森から上京し、歌手をめざすが、うまくいかないことばかり。みじめな思いを何度も経験する。

その不器用な人間が、みじめさにまみれながら、「ものすごい一発」をブチかますときがある。ほんの一瞬だけど、もしかしたら錯覚かもしれないけど、その一瞬だけはたしかにすべてがひっくり返されてしまう。コージの歌、そして「俺節」というマンガには、そういうわけのわからないエネルギーが宿っている。

だから。

ある種の人間にとっては「俺節」はとてもリアルなのだ。コージのようにドヤ街で暮らしたり、ヤクザに呼ばれたり、フィリピン人の女性と付き合うようなことはなくても、このマンガの中にある「みじめさ」を抱えた人間は、どの時代にも、どんな場所にもきっといる。そんなに人間にとって「コージがブチかます瞬間」というのは、「マンガとしておもしろい」以上の意味を持っているのだと思う。

そういうマンガはたぶん、単に読者ウケばかりを考えている作家には描けない。土田世紀についての情報は断片的にしか伝わってこないけど、「この作家もまた、自分と同じ孤独を抱えた人間なのではないか」と思ってしまって、作品だけでなく作家へのシンパシーも高まっていった……というファンも多いはずだ。

土田世紀は2012年に亡くなってしまったので、実際にどんな作家であったのかは、今となっては間接的にしか確かめるすべはないのだけれど。

前置きなげーな。

その土田世紀「俺節」の原画展が、赤坂サカスにある赤坂ギャラリーで開催中なので、みんな見てくれよな!という話なのである。しかも6月18日、今度の日曜まで。

 

こういう展示では、入場するとまず「開催にあたって」のような前口上のパネルがあるのだけど、「どうせお決まりの文言が書いてあるだけだろう」と思ってスルーしてはいけない。会場の入り口にある、羽倉佳代さんによる「もうひとつの人生」という文章は絶対に読んでほしい。これ、本人はどんな気持ちで書いたのだろう。展示会の挨拶文ではあまり見たことのない、魂のこもった文章で、まだ展示を見ていないのに入り口で立ち尽くして泣いてしまった。

会場内では「俺節」の原画をチャプターごとに区切って展示。それぞれのチャプターでの主要な回の原画を展示しているので、「俺節」を読んだことのない人でもどんな話なのかがスッと入ってくる構成になっている。

 

トビラ絵の展示もあり。写真の一番左の「東京砂漠」の歌詞を書きつづった絵が特に好きです。

 

ツッチーを慕う作家たちによる寄せ書きも。ちなみに6月16日(金)18時より、この会場内で「俺節ナイトー『俺節』そして土田世紀を語ろうー」というトークショーが開催。ゲストは新井英樹すぎむらしんいち、福原充則(舞台『俺節』脚本・演出)。

 

原画をじろじろ見て、もう一回最初から見て回ったりしているうちに、どうにも腰が痛くなってきたので、出口近くにあるベンチに座ったら、そこに「感想ノート」が置いてあった。なんとなくペラペラめくってみると、書き込んでいるのは土田世紀ファンが半分、もう半分が現在公演中の舞台「俺節」がきっかけで原画展を訪れた人、という印象。

その中に「私と俺節、俺の俺節」という題でびっしり書かれた文章があった。

高校時代に生死をさまようほどの事故にあい、その入院中に土田作品を知ったファンが書きつづったものだ。大学時代、友達ができず鬱屈していたこと。彼女にひどい振られ方をされたこと。仕事をクビになり、職業を転々としてしまったこと。その時々で、彼の心の支えになったのが土田世紀のマンガだった。彼がそこからどういう人生を送ったかはここでは書かない。ぜひ会場に足を運んで感想ノートを見てほしい。この感想ノートまで見ないと「俺節」原画展は完結しないと言い切ってもいい。俺は泣きながら会場を後にしました。

というわけで、会期があと数日しか残っていないけど、6月15日(木)と17日(土)は23:00まで展示しているし、16日(金)はトークショーも開催されるし、「俺節 原画展」みんな見てくれよな!

【イベント情報】

「俺節」原画展

開催中〜6月18日(日)まで(6月14日は休館)

会場:赤坂ギャラリー(赤坂サカス サカス広場内) 

*東京メトロ千代田線・赤坂駅3a出口を出てすぐ

時間:12:00~19:00

*6月15日(木)・17日(土)は23:00まで展示

入場料:無料

「俺節ナイトー『俺節』そして土田世紀を語ろうー」開催

会場:「俺節」原画展 会場内

日時:6月16日(金)18時〜

登壇者:新井英樹(漫画家)、すぎむらしんいち(漫画家)、福原充則(舞台『俺節』脚本・演出)

入場料:無料


『俺節』原画展で込み上げてきた『俺節』への感想はマンバでもお待ちしています!

 

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