vol.02 加藤千恵「『くちびるから散弾銃』みたいに楽しく暮らしたいと思っていたけど、誕生日に読み返したら『もう夢はかなってる』と気づいて」

vol.02 加藤千恵「『くちびるから散弾銃』みたいに楽しく暮らしたいと思っていたけど、誕生日に読み返したら『もう夢はかなってる』と気づいて」
 

写真/川瀬一絵

もしも。今の自分の人格は、自分が見聞きしてきたものの積み重ねによって形成されているのだとするならば。「どんなマンガを読んできたか」を語ることは、「どんな人間であるか」を語ることにとても近いのでないか。人生に影響を与えたと自覚しているマンガはもちろん、かつて読んでいたけれど今ではまったく手に取ることのないマンガでさえ、自分の血肉と化しているかもしれない。だから、マンガについてインタビューしようと思ったのだ。そのマンガを知るためではなく、その人自身を知るために。

加藤千恵。歌人であり、小説家である彼女は、かなりの少女マンガ好き……というだけでなく、価値観の部分でも、少女マンガにかなりの影響を受けているという。その恋愛観や幸福観、死生観などに少女マンガはどう関わってきたのか、インタビューを通して紐解いてみようと考えていたのだが、まずマンガへのファーストコンタクトがかなり早い時期であることに驚かされたのだった。

コボちゃん」で天才児に

──最初に読んだマンガって何ですか?

コボちゃん」です。植田まさしさんの。

──新聞に載ってたやつ?

コミックスです。実家にあって、母親がそれに全部ふりがなを付けてくれてたんですよ。

──いつ頃の話ですか?

保育園の頃ですね。私、それでめっちゃ漢字読めるようになって、保育園で「この子は天才じゃないか?」みたいなことに(笑)。自分ではほとんど記憶がないのですが。

植田まさし「コボちゃん」

──「コボちゃん」のコミックスって相当な巻数がありますけど、ふりがなが振ってあったのは……。

一冊や二冊じゃないです。何十冊も。たぶん全部じゃないかな? 今も実家にあると思います。

──すごいなー、手間暇かかってる。

そんなにたくさん漢字が出て来るわけじゃないですけど、でも親切ですよね。

──ところで保育園の頃に「コボちゃん」読んで、面白いと思ってたんですか?

面白いと思いながら読んでいたと思うんですけど、前に実家帰ったときに読んだら、ぜんぜん面白くなかったですね(笑)。

──ははははは!

コボちゃん」って、そんなに「わあ、面白い! 大爆笑!」みたいにならないですよね。植田まさしさんだったら、「フリテンくん」のほうが面白い。

──小学校ではどうでしたか? もう「コボちゃん」は卒業していた?

たまに読んだりしてたかもしれないけど、小学生では別のマンガを読んでいたと思います。

──マンガは好きだったんですか?

そんなに好きなわけではなかったですね。たぶん最初に好きだと自覚したマンガって、家にあった「クッキングパパ」や「美味しんぼ」だったと思います。父か母が好きで買ってたんですよね。あと、「あさりちゃん」。

──親が?

あさりちゃん」は自分ですね。「小学一年生」とか「小学二年生」みたいな雑誌で知って、コミックスを集めて。途中で買うのをやめましたけど、それでも数十巻は実家にあると思います。

りぼん」全盛の時代

──子供の頃、欲しいマンガは買ってもらえた?

買ってもらえてましたね。小学校の低学年くらいから、「りぼん」は絶対買ってもらって。本は買ってもらえたんですけど、そこまで欲がなくて、「りぼん」を読んで、たまにコミックスを買ってもらうくらいでしたね。あとは、友達の家で「なかよし」系を読んで。その頃、「りぼん」と「なかよし」が全盛期だったんですよ。あと、御茶漬海苔先生とか、犬木加奈子先生とか、ホラー系のマンガを揃えてる友達もいたので、けっこう読んでた記憶があります。

──小学生でホラー系も読んでたんですね。

低学年か中学年の頃だったと思いますけど、でも小学生って怖い話が好きじゃないですか。

──たしかに。そういや僕も日野日出志さんのマンガ読んでました。「りぼん派」「なかよし派」みたいな話はよく聞きますけど、それは対立構造みたいな感じだったんですか? それとも一応どっちも読んでたとか?

たいていは、どっちかですね。で、私の小学生の頃は、ほぼ「りぼん」だったんですよ。クラスに20人女子がいるとしたら、十数人が「りぼん」で、「なかよし」は2〜3人みたいな感じでしたね。

──その頃の「りぼん」でエース的な存在だったのは?

矢沢あいさんの「天使なんかじゃない」とか、吉住渉さんの「ハンサムな彼女」とか「ママレード・ボーイ」とか。さくらももこさんの「ちびまる子ちゃん」もありました。あのあたり、本当に全盛期な感じですよね。

──主に何を読んでいたんですか?

矢沢あいさんですね。ラブストーリーが大好きで。一条ゆかりさんの「有閑倶楽部」とかも読んでたし……もう「りぼん大好き!」って感じでした(笑)。

──男子の世界だと、ジャンプは中学生になっても読み続けるんですよ。でも「コロコロコミックは小学生で卒業」みたいな不文律があって。小6だとヤンマガとか読むやつも出てくるから、「まだコロコロ読んでんの?」みたいな雰囲気になるんですよ。「りぼん」や「なかよし」はどうなんですか?

このあいだ、東京スカイツリーで、りぼん展(「250万乙女のときめき回廊 at TOKYO SKYTREE」)というのをやっていて、歴代の「りぼん」の表紙や付録が展示されていたんですけど、「この表紙の号、家にあった!」みたいに強く覚えてるものって、やっぱり小4から小6くらいまでの号なんですよね。たぶん、中1の途中からだんだん買わなくなるみたいな感じだったと思います。(展示を見て)「このへんの作品、知らないな」と思ったのがその時期でした。

──そこから何に移行するんですか? それともマンガ自体から離れる?

マンガは読んでました。「りぼん」を買うのはやめたけど、好きな作品だけはコミックスで読み続けてたので。一条ゆかりさんの「有閑倶楽部」は、ずっと買ってました。でも、中学時代はマンガより詩集にハマってたし、小説もけっこう読んでたから、マンガから一番離れてた時期は中学時代かもしれないですね。

ジャンプの価値観がことごとく合わない

──「りぼん」や「なかよし」のメジャータイトルを読んでいるけど、どこかの時点で岡崎京子さんのようなテイストの作品に触れていくわけですよね。そういう世界に最初に触れたのはいつですか?

岡崎京子さんは全然リアルタイムではないんです。記憶が不確かなんですけど、高校生のときにインターネットを始めて、歌人の枡野浩一さんの掲示板に出入りするようになったんですね。掲示板文化がまだけっこうあったときだから、そこでミニコミを作っていた方たちと知り合って、いろいろおすすめを教えてもらったりしてました。そういうネットでの交流が知るきっかけだったと思うんですけど、そのあと地元で作品を見かけて、「これが岡崎京子か!」と。そこからすごくハマって読むようになって。大島弓子さんも同じような流れで読むようになったと思います。1999年とか、2000年くらいの時期ですね。

──少年マンガには全然触れてこなかった?

大学時代に付き合っていた彼が、少年ジャンプを買い続けてる人だったんです。私、男兄弟がいないので、それまでジャンプを読んだことがなかったんですけど、それがきっかけで一応読むようになって。でも読んでみると、ジャンプ読者……というか編集者の趣味と、自分の趣味がことごとく合わないんですよ。「家庭教師ヒットマンREBORN!」ってあったじゃないですか。あれも最初は「ほのぼの系で面白い」と思ってたら、途中からバトルが始まっちゃって。でもそっちのほうが人気が出るみたいで、掲載順がどんどん上がっていく。そうすると、もうずっとバトルするようになっちゃって。私は前のほうが好きだったのに……。

──ジャンプ的には売れないほうの価値観にシンクロしてしまった。

そう。あと一時期、スケートのマンガがあって(「ユート」)。面白いと思って読んでたんだけど、みるみるうちに掲載順が下がっていって……。回想のようにいろんなシーンが切り貼りされた走馬灯的な終わり方だったので、「あ、これは絶対打ち切りになったんだ」って。そういうのがけっこうありましたね。

──ジャンプで好きなマンガもあったけど、そういうのは王道になれずに終わっていくと。

だから、「ジャンプの人たちとわかりあえない!」って、すごく思いました(笑)。ジャンプの人気マンガは好きになれないものが多くて。

──「ワンピース」も?

ワンピース」も全然読んでなかったんですけど、つい数年前、「ワンピース」のリアル脱出ゲームに行ったんですよ。そのときに流れた映像に、オカマのキャラクター(ボン・クレー)が出てきて。ルフィをかばうために身代わりになって、「ダチのために命かけるのなんて当然じゃない!」みたいなことを言うんですけど、その映像見ながら号泣して(笑)。

──はい(笑)。

「なんていい話なんだ、最高じゃないか!」と思って(笑)。その頃……一昨年かな、「オールナイトニッポン0」というラジオ番組をやらせてもらってたんですけど、そこでも「すごく泣いた」という話をして。友達にも「『ワンピース』面白いよ!」ってすすめてたんですよ。

──だいたいみんな知ってるでしょう(笑)。

そう(笑)。みんなもう知ってるから「何? どこで泣いたの?」って聞かれて。「そこで泣くんだったら、たぶんチョッパーが医者になる決意をするところ、かとちえ(加藤千恵のニックネーム)腰くだけるほど泣くと思うよ?」って言われたんですよ。それでラジオで「読みたいけど読みたくないと思ってる」みたいな話をしたら、出待ちのファンの方が、そのチョッパーのところのコミックス3巻分をくれて。

 
尾田栄一郎『ワンピース』16巻より

──で、実際に読んでみたら……。

腰がくだけるほど泣きました(笑)。でも家にある少年マンガは、そのいただいた分の「ワンピース」と、手塚治虫さんの「ブラックジャック」と、冨樫義博さんの「レベルE」くらいですね。「ドラゴンボール」は登場人物くらいはなんとなく知ってるのと、TVゲームをやったりはしていましたが、ちゃんと読んだことはないです。

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マンガと恋愛脳

──思春期くらいの頃に読んで、価値観が揺さぶられるというか、衝撃を受けたマンガってありますか?

なんだろう……御茶漬海苔先生のマンガで「気持ち悪い!」とか「うわっ!」って思ったりはしましたけど……。でも、私の価値観ってほとんどマンガによって形成されているので、もはやどこからどこまで影響を受けているのかがわからない、みたいなところがあって(笑)。

──たとえば、理想の恋愛像を体現していたのはどんなマンガでしたか?

天使なんかじゃない」ですかね。ヒロインの翠と、翠が好きな晃が生徒会の役員になるんですけど、新しい学校で先輩もいないから、好きにやってるんですよ。たとえば文化祭も初めてだから、何をしてもいいみたいな。「これ、めっちゃいい!」と思って。あと一条ゆかりさんの「有閑倶楽部」も生徒会の話だったから、中学校に入って迷わず生徒会役員に立候補して入ったんです。中1で(笑)。

矢沢あい『天使なんかじゃない』1巻より

──あの夢の世界に私も!

「あの世界が広がってる!」と思って。でも入ってみて、「現実はマンガじゃない」って気付いたんですよ。生徒会室でこまごました仕事をやりながら、「違うな」って(笑)。「ここには晃もいないし、私も翠じゃなかったわ……」みたいな。カッコいい子が入ってくるわけでもないし。そのときに「理想の恋愛って現実にはないのかもしれない……」って思いました。

──中高時代、人からすすめられたマンガで「これはよかった」と思うものは?

高校時代なんですけど、歌人の佐藤真由美さんという方が、西村しのぶさんの「サード・ガール」というマンガが面白いとおっしゃってて、そこから西村しのぶさんにハマりましたね。あと、大人になってからのことなんですけど、大失恋をして落ち込んでるときに、仲のいい友達がよしながふみさんの「愛すべき娘たち」という、連作短編集みたいなマンガを貸してくれて、それにはすごく助けられましたね。最近、母と娘についての小説を書きたいと思ってるんですけど、それは「愛すべき娘たち」が影響してるかもしれないです。

──「りぼん」「なかよし」以降、読んでいたマンガ雑誌はありますか?

さっき話したジャンプくらい……あ、高校時代に「CUTiE Comic」を読んでました。魚喃キリコさんとか、おかざき真里さんとか、南Q太さんとか、かわかみじゅんこさんとかの作品が載ってて。今も好きな作家さんたちですね。

──「CUTiE Comic」を読んでいた頃は、クラスに同好の士はいたんですか?

ハマったらだいたい友達と貸し借りするので、完全に一人だけで没頭することは少なかったですね。

──好きなマンガを貸し借りするということは、つまり気が合うということになるんですかね?

いや、全然そんなことはないと思いますよ。みんなはマンガはマンガとして読んでたけど、私はやっぱりマンガと現実の境目がわかってなかったし(笑)。

──没入の仕方が人より一段階ちがう?

なんでしょうね……「これは自分だ」と思うキャラの話になりますけど、高校時代にかわかみじゅんこさんのマンガを読んでたんですよ。かわかみじゅんこさんの初期の作品は恋愛ものが多かったんですけど、(恋に)突っ走っちゃうような子が出て来るんですよ。「恋と勘違いってどう違うの?」とか。高校時代、けっこう恋愛脳だったから「わかる!」みたいな感じになって、同じセリフを友達に言ったりしてました(笑)。

──「恋愛脳だった」というのは思考だけの話? 実際の行動もそうだったんですか?

そんなにたくさんの人を好きになったわけじゃないんですけど、好きな人ができると、「あの人のことを考えてたらどうにかなっちゃう」みたいな感じで。普段の生活の中で、恋愛の比重が大きかったんですよ。たとえば当時の彼と「夕方6時に会う」という約束をしたら、もう2限が終わった段階で「今日はあの人に会うから早退する!」とかありました(笑)

──はやーーーっ!

友達に「えっ、なに? どこで会うの?」って言われて(笑)。地元が北海道だったから「稚内まで行くの?」みたいな(笑)。バカ女子高生ですよね……。

──恋愛脳はどこかで冷めるんですか? それともまだちょっと続いている?

今は全然ないですね。20代前半くらいで終わったかなあ……。なんなんだろ、疲れたんじゃないですかね(笑)? なんで冷めちゃったか自分でもわからないですけど。もしかしたら、人が恋愛に使えるエネルギーって、一生分の量が決まってるのかもしれない。それを10代で使い果たしちゃったんでしょうね。ハムスターが車輪をガーッと回す感じで(笑)。でも、恋愛マンガは今でもずっと読み続けてます。もちろん、かわかみじゅんこさんのマンガも。

人生はマンガで出来てるし、夢も叶ってる!

──いろんなマンガを読んだ中で、自分の人格形成にもっとも重要な影響を与えたと思うものは?

やっぱり岡崎京子作品全般だと思いますね。岡崎さんの作品は好きなのがいっぱいあるんですけど、「くちびるから散弾銃」という作品が特に好きで。女の子3人がだらだらしゃべってるだけのマンガなんですよ。それを三十歳の誕生日に、お風呂で読みかえしながら、「私、こういうふうに楽しく遊んで暮らしたいと思ってたけど、夢はすべてかなった」と思ったことがあったんです。

──もう今の時点で……。

「楽しく遊んで夢のように暮らしてるなあ」と思って。そのときにハッとしたんですよ。「人生はマンガで出来てるし、夢も叶ってる!」って。

──到達すべきゴールにはもう到達している?

うん(笑)。

──だとしたら、今はどういう状態なんですか?

余生……(笑)? でも「ずっと楽しく暮らしたいな」と思っていて、「いま本当に楽しく暮らせてるな」ってことは、よく思いますね。

岡崎京子『くちびるから散弾銃』より

──岡崎京子のマンガの中でも、日常路線のほうなんですね。

そうですね。岡崎京子作品って、ヘヴィなものもありますけど、私の場合はライトなガールズトーク的なものが根底にある気がします。ほかに「チョコレートマーブルちゃん」という作品があって、女子高生二人が屋上で適当に思ったことを叫ぶシーンがあるんですよ。「私の夢はフリッパーズギターを再結成させて、私だけのために歌ってもらうことでーす!」というシーンとか、「あっ、私だ!」って思います(笑)。

──「日常の他愛もない楽しみ」みたいな。

そういうところ。あと「東京ガールズブラボー」の金田サカエというキャラクターがいて、彼女は洋服が好きでたくさん持ってるんですけど、女友達二人に連絡をしてきて「今日は出かけられない」って。それで二人が心配して家に行ったら、「こんなに洋服があるけど、今日着たい服がない。こんなんじゃ出かけられないよう」みたいなことを言って泣いてたりして。「すごくわかる!」と思います。「東京ガールズブラボー」は北海道の女子高生が東京に引っ越してくる話なんですけど、私も大学進学で北海道から上京してきたので、そこに出てくる固有名詞にすごく憧れてましたね。80年代のマンガだから、時代はちょっとズレてるんですけど。

パタリロ!」の性に衝撃

──性の目覚めのきっかけになったマンガはありますか?

魔夜峰央さんの「パタリロ!」ですね。マライヒというキャラクターをずっと女性だと思ってたんですよ。男性同士で付き合ってるんですけど、ベッドの中でバンコランとマライヒがいちゃいちゃしてて、それが男性同士だと知ったときに「へっ!?」ってすごく動揺して。「そういうこともあるのか」と考えさせられたというか。

 
魔夜峰央『パタリロ!』14巻より

 

──いつの話ですか?

小学生だと思います。私、早熟だったので、小3くらいで性行為のことをわかってたんですよ。具体的にどうこうするまでは知らないけど、そういうことをして子供ができるというのはわかってたんですね。

──その早熟な小学生から見ても……。

パタリロ!」は衝撃でしたね。

──小学生でこの話題は早いかもしれないですけど、そのシーンきっかけでBL的なものに目覚めるというのはなかったんですか?

それが全然なくて。「まあ『パタリロ!』の世界だし」みたいな割り切り方をしてたんだと思います。BLマンガって、今もあんまり読まないんですよ。「失恋ショコラティエ」を描いている水城せとなさんが好きなので、水城さんが描いているBL作品を読んだことはあるんですけど、BLそのものがあまりわからなくて。やっぱり少女マンガの読み方って、ヒロインに自己投影していると思うんですよ。ヒロインじゃなくて、その女友達のときもあるかもしれないですけど。私の場合は、マンガに対して「自己を投影しながら読みたい」という気持ちがあるんだと思います。

──BLの場合は、自己投影できないのが逆にいいんですかね。神の視点というか。

自分がいないのがいいんですよね、きっと。

──男女の営みとしての性行為で、最初に意識させられたマンガは覚えてますか?

矢沢あいさんが「りぼん」でコンドームを描いたんですよ。「ご近所物語」で。それはすごくセンセーショナルでした。

矢沢あい『ご近所物語』6巻より

──「りぼん」でコンドーム。

パッケージを描いただけで、性行為そのものを描いたわけではないんですけど、でもなにせ「りぼん」なので。読んでいて「わっ!」と思ったし、たぶん当時の読者はみんな驚いたと思いますね。

誤解というものが怖い

──生き死にについて、衝撃を受けたようなマンガはありますか?

家に「ブラックジャック」が何冊かあって、小学生のときに読んでたんですよ。その中に死刑囚の話があって(「二度死んだ少年」)。父親を殺した少年が死にかけていたのを、ブラックジャックが手術で治すんですけど、でも裁判で死刑を宣告されてしまうんですよ。その話は印象に残ってますね。私、人の生き死にもそうなんですけど、動物の生き死ににめっちゃ弱いんですよ。ナダレというすごく賢いシカが人を襲うようになっちゃって、その飼い主が最終的に射殺する話があって(「ナダレ」)。あれはたまらなかったですね。

 
手塚治虫『ブラックジャック』「二度死んだ少年」より

──家に最初から置いてあったマンガって、意外と影響強いのかもしれないですね。

小学生だから、たぶん「ブラックジャック」は自分で選んで買ったわけじゃないですよね。置いてあるから読んでみた、というだけで。生き死にでいうと、高校時代に「エースをねらえ!」全巻を年上の友達からもらって読んでたんですけど、宗像コーチが死んじゃうところで、もうめちゃくちゃに泣いてしまって。

──涙がポロリというレベルではなく。

私、ものすごくよく泣くんですよ。人の涙腺とたぶん仕組みが違うから。それでさんざん泣いて、自分の部屋が二階にあったんですけど、トイレに行くのに一階に降りていったら、お父さんが私を見て「おい、どうしたんだ!?」みたいになって。

──何も知らずにその姿見たら、心配しますよね。

それで、「む、宗像コーチが……!」みたいな(笑)。

──ははははは! そういうのはさんざん泣いて、読み終わったあとスッキリするんですか? 読み終わってもその悲しい余韻が続く?

読み終わっても、そうですね。マンガじゃないですけど、「ごんぎつね」って覚えてますか?

──「ごん、おまえだったのか」ですよね。

そうです。私、誤解が苦手で。「世の中から誤解が少しでも減ればいい」と思ってるところがあるんですけど。誤解というものが怖い。その最たるものが「ごんぎつね」で。誤解によって、取り返しのつかないことになる。中学の教科書に「ごんぎつね」が載ってたんですけど、もうダメで。読んだら泣いちゃうし、本当に苦しいから、国語の授業のときもなるべく開かないようにしてて。テストもけっこう適当にやってて。

──それは相当なものですね。

苦しいし、もうだめなんですよ。数年前に「特に泣く話ある?」という話題を何人かで話していて、「ごんぎつね」を知らない人がいたんですよ。それでどういう話かを説明してたら、すごく泣いちゃって(笑)。だから私、いまだに「ごんぎつね」の話ができないんですよね。

──ストーリーに泣くというよりも、世間からいわれなき誤解を受けて、それで責め苦を受けるのがつらい?

何重にもなってるんですよ。誤解がつらいのと、あとやっぱり動物が死ぬのもつらいから。「泣いた赤鬼」は別に泣かずに読めるんですよ。誤解もすれ違いもあるんですけど、まあ鬼だから(笑)。

──鬼だから(笑)。

自分が死ぬのは怖くないけど、人が死ぬのは怖い

──でもその話を聞いていると、「ワンピース」のチョッパーの話で泣いたというのがより納得できますね。

チョッパーのは本当にいい話ですもんね。

──涙腺の弱さを自覚したのはどのへんから?

大人になってから。高校時代も「エースをねらえ!」で泣いたのはありますけど、そんなに泣かないほうだったんですよ。大人になってからのほうがヤバイですね。涙腺はマジで壊れてると思います。かなりバグってる(笑)。昔はなんだか「泣いちゃダメ」という気がしてたんですよ。しつけが厳しかったわけでもないんですけど、泣くのが恥ずかしいことだという意識があった気がします。今も恥ずかしいとは思うんですけど、どこかの時点で「恥ずかしいけど別にいいや」となったんじゃないですかね。

──あんまり号泣してると人から心配されそうですけど、「感情をそのまま出せるようになった」とも言えるわけで、いいことなのかもしれないですね。

そうだ、生き死にの話でもう一つあるんですけど。

──はい。

私。けっこう生まれ変わりを信じてて。輪廻を。それは「火の鳥」の影響かもしれないなと思いました。

──「火の鳥」はいつ読んだ?

たぶん大学くらいだと思います。人の家で読んだ記憶があって。

──生まれ変わりを信じているということは、死ぬのはあまり怖くない?

自分が死ぬのはそんなに怖くないですね。でも、人が死ぬことがもうとにかく怖いです。

──どういう違いがあるんですか?

生まれ変わりを信じてるけど、大切な人たちが生まれ変わっても見つけられないし、わからないじゃないですか。別の誰かになっちゃうから。だからそのことは「人が死ぬことが怖くない」にはならないんですよね。自分だったらいいけど、その人はいなくなっちゃうわけだから。

──なるほど。そこと輪廻が結びついてるんですね。

でも「火の鳥」も怖かったですね。生まれ変わってもずっと殺され続けるみたいな話があるじゃないですか。あの繰り返される感じが、超怖かった。

 
手塚治虫『火の鳥 鳳凰編』より

──自分が死んでも、ずっと生まれ変わって、何らかの形で生命が続いていくというのは、加藤さんの中では肯定しやすいことですか? それとも恐怖?

肯定しやすいですよ。別に記憶が残ってるわけじゃないから。その恐怖とかはないんだろうなと思います。でも、虫になったら嫌だなと思いますね。虫苦手なので(笑)。

【プロフィール】

加藤千恵(かとう・ちえ)●1983年、北海道生まれ。2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』で歌人デビュー。2009年の『ハニー ビター ハニー』で小説家としてデビュー。近著に『点をつなぐ』(ハルキ文庫)、『こぼれ落ちて季節は』 (講談社文庫)など。最近ハマっているマンガは米代恭あげくの果てのカノン』とのこと。


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