クソビッチすぎるしずちゃんと、のび太さんのタフネス『ドラえもん』第2巻レビュー

2017/07/26 3:39

ドラえもんの『指輪物語』的部分?

ガビン さて、てんとう虫コミックス版『ドラえもん』全45巻を菅俊一さんとレビューしていく企画の2回めです。1巻目の反響結構ありましたけど、どう思いました?

 このマンガは『ドラえもん』とは何か?の説明がいらないですよね。

ガビン そういえばなんの説明もしませんでしたね。

 それってすごいことだなと思うんですよ。ドラえもんとは何者で主人公は誰でなんのためにやってきたとか、未来の孫の孫から送り込まれてきているから現代にはない新しい道具を持っていますよ、というのが設定としてはあるんですけど、それは常識として扱われている。『ドラえもん』って、こんなマンガあったんだ!とはならないじゃないですか。

ガビン 説明してたらうざいくらいの。

 国民マンガですよね。そもそも、これ読まずにすますことって可能なんですかね?

ガビン でもアニメしか見たこと無い人はいるんじゃないですか?

 赤ちゃんの場合は、いまや『アンパンマン』から逃れることってほぼ不可能になっていて、それに触れたらはまっちゃうっていうのあるんですけど、アニメのドラえもんはそういう存在なのかな。あとでマンガがあったことも知るっていう。

ガビン まあ、そんな国民マンガについて、今回は第2巻についてなんですけども、その前にちょっと話しておきたいことがありまして。

 はい。

ガビン なんで「てんとう虫コミックス」版でやっているかってことなんですけどね。「全巻」と銘打ちながら、てんとう虫コミックスというのはいわば「よりぬき ドラえもん」なわけで、ドラえもんのすべてのお話ではないんですよ。そこを疑問に持つ人がいるかもしれんなと思いまして。

 一番みんなが手に取りやすくて、読んでるやつですよね。

ガビン そういうことですね。研究者になりたいわけでもないし……。

そもそも『ドラえもん』って、「正しい読み方」がないマンガだと思うんですよ。全話読んだからといって正しい読み方ではない。というのは、このマンガって学年誌で同時期に連載されていたものだから、リアルタイムでもすべての話を読む人は通常ではいなかったんだと思うんですね。

「学年誌」って、今はよくわからないかも知れないけれど、小学館だったら小学生向けにはその名も「小学一年生」から「小学六年生」という雑誌までがあって、『ドラえもん』はまさにそういう雑誌で連載されてたわけですね。そして各学年に違う内容の『ドラえもん』が掲載されていた、と。

なので連載時に想定されていた読者像っていうのは、例えば1970年に「小学一年生」に載っている『ドラえもん』を読んでいた子どもは、翌年には1971年に「小学二年生」に載っているドラえもんを読む読者なんですよね。

 いっしょに成長しながら読んでいく。

ガビン そうそう。就学前とか小学校低学年用の『ドラえもん』から学年を経るごとに基本的には高度な内容になっていくんですよね。学年誌を渡り歩いていくことが、ストーリー体験になっている。わかりやすく言うと『ドラえもん』を「卒業」するというストーリーなんですよね。そこまでが1セットになってる。

 はいはい。

ガビン 低学年の時は、絵本に毛が生えたような状態で夢のある「ひみつ道具おもしれー!」って話で。よく見る「道具に頼ってちゃダメだ」「ドラえもんに頼ってちゃダメだ」みたいな話が出て来るのは学年が上がってから出て来る印象。

 ふむふむ。

ガビン 『指輪物語』じゃん! と思ったわけです。欲望が具現化したようなひみつ道具で遊んだあとに、それを手放していくという物語なんだなーと。それってつまり「次の学年になると『ドラえもん』が連載してない」っていう卒業とセットになっているからなんだなと。

 自立の話だってことですよね。

ガビン 『ドラえもん』に対する批判として、努力せずになんでも手に入れてしまう、足ることを知らない欲望みたいなトーンがあるような気がしてたけど、そういう話でもないんだな、と。

ま、それはそれとして、本題の2巻の話をしていきましょうか。

2巻レビュー開始

ガビン はい、2巻です。1話ずつ見ていくとキリがない気もするのですが、何を端折ったらいいかも判断が難しいので、今回もまた様子見ということで、とりあえず1話ずつ見ていきましょうか。面白い話ほど長くなると思いますし。

テストにアンキパン

 ガビン 2巻の最初の話は、ひみつ道具の中でも有名な「アンキパン」が出てきますね。アンキパンは、トーストのカタチで、覚えたい文章なんかを転写して食べると暗記できるってものですね。これ、どうでした?

 アンキパンは結構面白いと思ってて、ふたつ見どころがあると思いました。アンキパンを出す前に、他の解決方法をドラえもんが提示しますよね。

ガビン 扇風機で学校を吹き飛ばそうとか、「動物ライト」で先生をゴリラにすればいいとか結構ひどいこと言うんですよね。

 試験を受けずにすまそうとする方法を提案するんですよ。その後にアンキパンが出て来る。要するにアンキパンはポジティブな解決方法として選ばれたってことだなと。

ガビン のび太さん勉強しないくせに、結構マジメなんですよね。もうひとつの見どころは?

 アンキパンと容量の関係ですね。アンキパンってパンなので、食べられる量が制約になってる。それがストーリー上うまく使われているところが面白いですよね。せっかく暗記したものを、食べすぎて出しちゃって忘れたり。

ガビン パンが体の中にあるときだけしか、覚えていられないんですよね。

 お腹が空いているってこと自体が、アンキパンを活かすためのリソースになっていて、そこが面白い感じに使われているなと思ったんですよね。

ガビン ムダなものいっぱい覚えて容量=おなかいっぱいになっちゃって。あ、あと、算数も暗記で解決しようとしてるでしょ。

 はいはいはい。暗記でぜんぶ大丈夫ってことにしてるんですよね。

ガビン この道具は、いいなあ。ひみつ道具の中でも特に有名な道具だってこともうなづける。

 なんか魅力ありますよね。食べてみたいとか。

ロボ子が愛してる

ガビン 次は問題作ですね。

 あー、ロボ子。

ガビン あらすじは、女の子に冷たくあしらわれたのび太に対してドラえもんが「ロボ子さん」という美少女ロボットを紹介してくれる。このロボ子が、のび太をすごく褒めてくれるという。そしてのび太もポーっとなっちゃう。

これは、人のカタチをしているので、遠い未来のひみつ道具に見えるんだけど、形を変えてもうすでに実現されているところもあるように思いました。自分のこと褒めてくれる恋人的な存在という意味では、恋愛シミュレーション、乙女ゲームとか。

このマンガでは、ロボ子に好意を抱くのび太を滑稽に描いてるけれど、2次元に夢中になったり、実際に現実世界の自分の状況を忘れさせているという意味では、そうしたゲームなどがロボ子の役割をすでに担っているとも言えそうです。

 そうですね。ただ、このロボ子は嫉妬するんですよね。それって自我か何かを持ってるってことでしょうね。そこがなかなかおもしろかった。

あと、問題解決の方法。例えば宿題を見るシーンがありますよね。間違いだらけなんだけど、とにかく一回褒めますよね。「すてき!! こういう個性的などくそう的なまちがいはだれにもやれるもんじゃないわ」とか言って。

ガビン そこも現代的なアプローチですよね。

 その褒められたことに対してのび太が「先生はおこるんだ」というと、「じゃ、先生向きの答えを書いておきましょうね」と手伝ってくれる。この切り返しの、知性の高さというか。

じゃあ正しい答えを書きましょう、じゃなくて、先生むきの答えを書いておきましょうね、というのがなかなか優秀なロボットだと思ったんですよね

ガビン コミュニケーションが高度っすよね。非常によくできた話。

でも、僕この話ですごく気になるのはロボ子のことじゃなくて、しずちゃんのことなんですよね。しずちゃんが本当にクズだなと思って……。

 ははは。

ガビン 僕は『ドラえもん』を読み始めたばかりの素人で、まだ2巻なのでこの先しずちゃんが、どういう素晴らしい女性になるのかは知らないんですけど、とりあえず、1〜2巻を読んだ限りでは、この子を好きになる要素がとにかくゼロなんですよ。見た目がちょっとかわいいってことですか?

のび太が、ピーナッツを放り投げて食べるっていうのを見て、しずちゃんは「うちにきて見せてよ!」って言うんですよね。
それでのび太がしずちゃんちを訪ねたら「本気だったの?」って驚くんですよ……。
それで友達を電話で呼ぶんだけど、その時のセリフが「じょうだんのつもりだったのよ」ですよ。

ガビン これ、日本語に訳すと「キモオタが冗談を真に受けやがったんだけど」ってことでしょう。「本気にしやがって」っていう表情で……。

 そうですね。

ガビン さらにですよ。そこにスネ夫が「新しいゲーム買ったんだ」って言ったら、一瞬でのび太さんを置いてついていく。どんだけビッチなんだって話でしょう。

なのにね、のび太さんは誰もいなくなった部屋でピーナッツを投げて食べ続けるんですよ。そして、ひとりで家に帰ってきてね、ピーナッツでのどが渇いたからといって、水を飲むんですよ……この表情どうですか。

 これはつらいですよね。ひとりで水のんでて……。

ガビン この表情、ほんとにいいんですよね。それを後ろから見ているドラえもんが、ぼそりとつぶやく

さりげなくわらってはいるが…、

きみの気もちがどんなにきずついたか、ぼくにはよくわかる。

ガビン このシーン、なんども見ちゃうんですよね。のび太さんって、ほんといいやつなんじゃないかな。

 なんとなく、のび太に感情移入してましたね。気持ちがわかるっていうのは自分を投影してるっていうか。そうやって読んじゃってましたね。しずちゃん側では見ないですよね。

ガビン アメリカ映画とかで、チアリーダーとナードみたいな関係を見てるような気分になるんですよ。「なんであんな女のことが…」みたいな。

しずちゃんは……ちょっと僕は許せないですね。しずちゃんとか親しげに呼びたくない。しずかと呼び捨てにしたい、というか、名字で呼びたいですね。源って名字で呼びたい。

 そういった意味ではジャイアンの暴力みたいにわかりやすくないだけに、質が悪いのかもしれませんね。

ガビン いやあ……このシーンは堕ちるなあ……マジでクズですよミナモト…。

 クズ……。

ガビン 次いきましょうか……。

(次ページに続きます)