「ロッタレイン」、あるいは松本剛という作家のこと

2017/09/14 12:39

何年も連載しているのに1巻が出なかったマンガ

いきなり回り道してもいいですか。

マンバ通信のスタッフに、「マンガ読みマン」と呼ばれている男がいるんですけども。

文字通り、とにかくめちゃくちゃマンガを読む。雑誌、新刊、古本、電子書籍、とにかくありとあらゆる手段を使ってマンガを読む。自分が今まで会った人間の中で、間違いなく一番マンガを読んでいる。おそらくほとんどのマンガライターよりもマンガを読んでいる。

自宅はもちろんマンガで溢れているらしいのだけど、職場のデスクにもマンガは当然置いてあって、今はこんな感じ。こないだ崩壊したみたいですが。

編集やライターではなくエンジニアなので、残念ながらここでコラムを書いたりすることはないのですが、会議でマンガのことを話し合うと、だいたい毎回驚くような発言が飛び出します。先日はもうじき最終回を迎える「浮浪雲」の話をしてたら、30代のはずなのに「リアルタイムで『浮浪雲』を二十数年読んでますね」と言ってました。へたすると、同級生がまだコロコロコミック読んでた時期からビッグコミックオリジナルを読んでいた可能性ある。

で、さかのぼること去年の話。

そのマンガ読みマンに「おすすめのマンガ、何かあります? マンバ通信でプッシュしたいやつ」と聞いて出てきたのが、当時ヒバナで連載中だった松本剛の「ロッタレイン」でした。

「すっごい面白くて、もう何年も連載してるのに、まだ1巻が出てないんですよ!」

と熱っぽく語るマンガ読みマン。ストックが十分たまっているはずなのに1巻が出ないってのは、人気がないってこと? でも、何年も連載が続いているということは、続けるに足るクオリティや人気があるわけだよね? 「不思議な立ち位置のマンガだなー」と思いつつ、すすめられるがままにヒバナのバックナンバーで「ロッタレイン」を読んでみたら、本当に面白かった。

というか、ストーリーがしっかりと練られていて、おそらく連載を始めた時点で最終回までの設計図がきっちり出来上がっているんじゃないか……と思わされる作品でした。つまり「完成度が高い」。なので、「1巻が出ない」というのがますます不思議に思えて仕方がなかった。

過去作も傑作ぞろいだった松本剛作品

なんで1巻出ないの? 全然実績がない新人なのかな?

と思って松本剛のWikipediaを見てみたら、全然新人じゃなかった。なんとデビューは1988年。来年でマンガ家30周年を迎える大ベテラン作家だったのです。無知でごめんなさい!

しかしそれだけの大ベテランなのに、過去作のほとんどは絶版扱いなのです。で、マンガ読みマン文庫から何冊か借りて読んでみたら、過去作も面白い。というか、やはりしっかりした構成の作品が多い。特に気になったところでいうと……。

地方の街で宝塚音楽学校を目指す高校生を描いた「すみれの花咲く頃」。合格を目指して努力する姿や、周囲との意識のギャップもいいんだけど、何よりも宝塚音楽学校には「年齢制限がある」ということ、それを逃したらもう二度とチャンスはないということがより切なさを増幅させます。ちなみにこの作品、2007年にNHKでドラマ化されています(主演は多部未華子)。

その「すみれの花咲く頃」の単行本に収録されている短編「すこしときどき」もいい。性の目覚めの時期にある中学生の男女が、「転校していく同級生」や「閉館するポルノ映画館」に思いを寄せながら関係性を深めていく話なのだけど、この話におけるポルノの使い方というか位置づけがたまらなく切ない。

そして「甘い水」。松本剛の過去作品の中では最高傑作だと思うのだけど、これが最高に切ない。あらすじ書くのをためらうくらい切ない。ある程度読み進めていけば、次にどんなことが起きるか、だいたい想像できてしまうんですよ。そのことが、たまらなく苦しい。面白いマンガって、普通は「思わず一気に読んでしまった」というパターンを取ることが多いじゃないですか。でも「甘い水」の場合は、「手が止まる」。終わり方もたまらなく切ない(こんだけ面白いのに絶版になってるのも、これまた切ない)。

「カタルシスを覚えるマンガ」ではなく、「グサリとくる余韻を残すマンガ」。

松本剛作品に共通する特徴を挙げるとするならば、そういうものになるのだと思います。この「甘い水」のレビューを読むと、

「松本作品はいわゆる『本』なんですね。子供が背伸びして父親の書斎から純文学を盗み見た時に味わう、『文化との触れ合い』を与えてくれるもの」

と評していて、とても本質を捉えた表現だと感じました。言われてみると、短編や数巻で完結する作品ばかりだというのも、なんとなく純文学感ある。

複雑な背景を持った、複雑な家族を描く「ロッタレイン」

さて、話を「ロッタレイン」に戻します。

1巻が出ないままヒバナで連載を続けていた「ロッタレイン」ですが、2017年6月号でついに完結。そしてようやく待ちに待った単行本化が発表されたのでした。それも全3巻を8月、9月、10月で連続リリースするというとてもうれしいスケジュールで。

ここから「ロッタレイン」1巻の話に入っていきます。解説読む前に「ロッタレイン」を読みたいという人は、1巻を買うか、あるいはここで1〜4話まで試し読みできるので、読んでみてください。

冒頭。暴走するバスが、バス会社に突っ込んでいきます。このバスを運転していたのは玉井一(たまい・はじめ)。母親を亡くし、上司からはイビられ続け、さらには社内恋愛していた彼女がその上司と姦通していた場面を目撃してしまったことが彼を暴走させたのでした。

家族も、恋人も、仕事も、すべてを失ってしまった一(はじめ)。病院のベッドで一人、絶望の涙に暮れているところに一人の少女が現れます。

突然現れた少女は「来ないで」という謎の言葉を残し、去っていきます。なんだったんだ、あれ。

翌日。

その少女が初老の男性と共に再び現れます。男性は一(はじめ)の父親、玉井貴澄。かつて一(はじめ)と母親を捨てて、別の女性のもとへ行っていましたが、息子の状況を聞きつけ、病院へ駆けつけたのでした。

同行の少女は山口初穂(やまぐち・はつほ)。一(はじめ)の父親の再婚相手の連れ子……つまり一(はじめ)の妹にあたる13歳の中学生でした。

父親は天涯孤独の身になってしまった一(はじめ)に、「一緒に暮らそう」と提案します。父親、再婚相手・美子、妹の初穂、再婚後に生まれた弟の澄也。父親が別のところで築いたもう一つの家族と一緒に暮らそうというのです。新しい家族の一員として。

その言葉を聞いた一(はじめ)は、昨日聞いた「来ないで」の意味を悟ったのでした。

かつて自分を捨てた父に対し葛藤を感じつつも、とりあえずは静養のため一緒に住むことを選択した一(はじめ)。父親は実の息子と十数年ぶりに暮らせるとあって喜んでいるのですが、妹の初穂からすると一(はじめ)は家族のバランスを壊しかねない異分子。全員で集まっているときは楽しそうに振る舞うのですが、一(はじめ)と二人きりになると途端に拒絶の態度をぶつけてきます。

そこへ弟の澄也が「とげがささった」と言って、初穂のもとへやってきます。

そしてこのコマ。

あえてコメントはしません。感じ取ってくれ。

さらに弟・澄也のこの表情。

いろんな要素をはらんだ印象的なシーンです。

物語は、家族になれるようでなれない、一(はじめ)と初穂の二人を中心に回っていくのですが、それぞれにまた別の人間関係も絡んできて、

一(はじめ)はコンビニの店員・小出蛍子と仲良くなるし、

初穂はクラスメイトの奥野くんから思いを寄せられています。

一方で初穂は、そのことを快く思わない女子たちから、いじめを受けていました。嫉妬だけでななく、「二号の子供」であることも女子たちのいじめをエスカレートさせる要因になっています。

恋人、家族、仕事を失って天涯孤独になった一(はじめ)も重い背景を持っていますが、「二号の娘」として後ろ指をさされ続けてきた初穂もまた重い背景を持っているのです。

じゃあ二人とも重い背景を持った者同士、共感しあえるかというと、そういうことではなく、初穂にとって一(はじめ)は侵略者でしかないのです。

いじめのストレスもあってか、激昂して一(はじめ)に詰め寄る初穂。スカートを脱いだのはあれです、いじめで汚されてしまった制服を洗濯するためです。

人間は欲望を持った存在である

というわけで、「ロッタレイン」は重い背景を背負った二人の関係性を中心に描かれていくのですが、この二人がメインであとは単なる脇役というのではなく、出て来るすべてのキャラクターがしっかりと描かれているんですよ。

端的に言うなら、「人間は欲望を持った存在である」ということが物語をしっかり貫いている。

言葉にしてしまうと当たり前のことですが、大人だけでなく、中学生や小学生にまでそれが貫かれているということが、この物語をより重層的なものにしているように思います。

さらにもう一つ気付かされるのが、「人間はいろいろな見えないものに縛られている」ということ。

これは「ロッタレイン」に限らず、他の松本剛作品にも言えることなのですが、普段は空気のように身にまとっていて当たり前のものになっているけれども、何かのきっかけでそれが露見する……という状況を描くのがとてもうまい。「見えないもの」というのは、たとえば「家族意識」だったり、もっと言うと「血縁」というものだったり、「甘い水」の場合でいうと「ケガレ意識」のようなものだったりします。「甘い水」や「すみれの花咲く頃」における「地方に住む人間の、大きな夢を持たない(持たせない)感じ」もそれに当たるでしょう。

そういう「見えない縛り」……われわれがうすうす気づいているけれども、見て見ぬふりをして日常をやり過ごしているようなものを、松本剛作品は「いや、実はこうだよね?」と突きつけてくる感じがする。そういう意味でも純文学的な要素が多分にあるのだと思います。

で、ここで紹介したストーリーは1巻の半分にも満たない内容なので、あとは「ロッタレイン」の1巻をぜひ読んでくださいね、ということでこの原稿を終えるはずだったのですが、僕がグズグズしている間に早くも2巻が出てしまいました。3カ月連続リリースなので。1巻を読んだ人は一刻も早く2巻を読みたくなるに違いないので、これは朗報とも言えますが。

で、朗報はまだ続くのです。

先ほど、「松本剛の過去作品のほとんどは絶版」と書きましたが、僕がグズグズしている間に、なんと「すみれの花咲く頃」「甘い水」「北京的夏」の3タイトルが9月22日に電子書籍で復刊されることが決定しました! これはグズグズしていた甲斐があったというもの。どれも本当に名作なので、「ロッタレイン」とあわせて読んでください。

というわけで、「ロッタレイン」1巻と松本剛の紹介でした。私からは以上です。


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ロッタレインに関するマンガ情報・クチコミ一覧

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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。