不穏さがページごとに満ちていく、押見修造『血の轍』

2017/09/28 2:01

毎月何十冊と刊行される「1巻」の中から、「とにかくこれを読んでくれ! 絶対損はさせない」というおすすめをピックアップするこのシリーズ。

今回紹介するのは、押見修造「血の轍」。


最初に言いますけど、このマンガ、説明するのが非常に難しい。というのも、1巻の前半部分では事件らしい事件が起きないのです。後半では動きがあるのですが、さすがにそこまでまるっと説明するのは興を削ぐことになってしまう。

しかし事件らしい事件が起きないパートが退屈なのかというと、まったくそんなことはなく、「事件が起きてないのになぜか目が離せない」という独特の様相を呈しているのです。

ちょっと見ていきましょうか。冒頭、こんなシーンから始まります。



母親と子供が二人で歩いていると、道端に猫を見つける。近づいてさわってみると、その猫は死んでいる。そして子供の質問を受けての、母親のこの表情。


この見開き、とてもおだやかな表情をしているのに、どことなくエロいような、それでいて怖いような……。もうこの時点で目が離せない。

1巻を読み終わって感じたことですが、この母親の表情から感じ取れるいろいろな「何か」、それがそのまま作品全体の印象につながっているように思います。

場面は変わって、朝の起床シーン。ということは、さっきのあれは少年が見ていた夢?



起き上がった少年は静一、中学2年生です。こちょこちょして起こしたのは静子。この少年の母親です。美人ですね。普通オブ普通という感じの父親もいます。

ここから先は、日常生活の描写が続きます。


中学校では、絶妙にかわいいクラスメイトの吹石さんに、よさげな距離の詰め方をされている静一。この火照り感のある表情いいですね。

帰宅して、母親と二人で夕食を食べているとき、ふと静一は今朝見た夢の話をします。


なんだか最初のほうからスキンシップ多いなーと思っていたけど、これは。静一は照れなのか、それを拒否するのですが、しかしこれは。

このへんでこの親子は独特な距離の関係だということがわかる。でもその関係性はどういう味わいのものなのか、というところまではなんともいえない。普通とは違うんだけど、「この関係性はこういうものである」と名前を付けて説明したくない感じ。

実をいうと、Amazonでこのマンガのページを見ると「これはこういうマンガです」という紹介文が書いてあるのですけど、そこはなるべく読まないほうがいいと思う。

なにかがおかしい。

おかしいんだけど、そのおかしさがどういう方向へ転がっていくおかしさなのか、わからない。

そういう小さな不安を感じながらページをめくっていくほうが面白いんじゃないかと。とにかく前半は事件らしい事件は起きないのだけど、めっちゃ不穏なんですよ。「何も起こっていないけど何かが起きるに違いない」という予感に満ちている。

たとえばこれ。親戚のおばさんといとこが家に遊びにくるシーン。




これはあくまでも個人的な解釈だけど、「来てほしくないやつ感」が描写にじんわりと表れている気がする。顔にカゲがついているのはその部分だけ陽が当たってないからなんだけど、それでも何かこの親戚の親子には不穏なカゲがつきまとっているような気がする。



で、この罰ゲームのシーンどう思います? 静一は特別いやがっているような様子は見せないんだけど、「遊び以上いじめ未満」みたいな雰囲気がプンプンする。なんというのかな、本人でさえ自覚してないけど、実は心の奥底では嫌だと思っているみたいな。そうじゃないかもしれない。でもそう思わせる何かがこの絵にはある。


そしていとこから、静一は母親から過保護に育てられていると指摘されます。それに対し、静一は怒り、というほどではないですが、否定の態度を示します。

母親が静一のことをべったりと愛しているのは読んでいてわかる。では静一はどうなのか。愛情を持ってはいるけど、母親が静一に対して持っている愛情と同じなのか、違うのか。恋愛の対象として、クラスメイトの吹石さんを好いている描写もある。

ぼーーーーーんやりとはわかるけど、はっきりとはわからない。

その一因として、この「血の轍」には……少なくとも1巻については「心の声」が出てこないのです。

人間関係をメインに描くようなマンガでは、主人公はもちろん、主要キャラの心の声が出てくるものですが、この作品にはそれがない。読み手は、行動やセリフ、表情などからキャラクターがどういう心理にあるかを読み取っていくしかない。

心理状態がはっきりと描写されないのだけど、しかしところどころ、ものすごく不穏な絵がある。「スクリーントーンを使用していない」ということがそのことに拍車をかけているのだけど、単に手描きだからそう見えるのか、意図的にそう見せているのか、そのへんもわからない。

不穏なシーンはいくつも出てくるので、1巻をじっくり読んでほしいのですが、一番ヤバいと思ったのはこのシーン。いとこの一家と静一の一家がハイキングに行くことになり、静一たちが待ち合わせ場所に到着したシーンです。


なんなんこれ。

一つ一つの要素には変なところはまったくない。でも、なにかおかしい。「これから楽しいハイキングが始まるよ!」という感じがまったくしない。不穏さと不吉さが満ちているような見開き。

この作品を読んでいて思い出したのが、黒沢清監督の映画『クリーピー』。あの映画の前半も、一見するとごく普通の描写のはずなのに、「なんかおかしい、なんか不気味だ」という微妙なさじ加減の不穏さがあちこちに出ていた。

2巻以降もこのテイストで続いていくのか、あるいは急展開するのかはわかりませんが、とにかく1巻は「絵で物語を引っ張っていく」という感じがすさまじい。静かな絵なのにすさまじい。

「血の轍」第1話はこちらで試し読みできるので、ぜひ1巻も読んでみて、この不穏さを味わっていただきたいです。


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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。