超絶ブサイク女子の切なすぎる末路──『定本 エリノア』の巻

2017/10/06 7:57

18歳の若さでこの世を去った少女マンガ家がいる。名を谷口ひとみという。

1966年の『週刊少女フレンド』に掲載された第4回少女フレンド新人まんが入選作『エリノア』は、彼女が少女マンガ誌に発表した最初で最後の作品だ。たったひとつの作品しか遺さなかった理由は、同作が掲載されて間もなく自ら命を絶ったから。そのこと自体も衝撃的だが、『エリノア』が超絶ブサイク女子の報われなさを描いた物語であることも、谷口という作家を強く印象づけるものとなっている(高校2年生でこのテーマ、この展開……生きていたらどんな作家に成長していたのか!)。谷口は有名な作家ではないかも知れない。けれど、みんなに覚えておいて欲しい作家だ。

先述の通り、谷口はヒロインのエリノアを超絶ブサイクに描いた。そんじょそこらのブサイクじゃない。ものすごく徹底したブサイクだ。

 ねずみのような出っ歯、上を向いた大きな鼻、一重まぶたの奥に光る目はあまりにもつぶらであり、その上への字眉だから、いつも困り顔。両頬は、そばかすともニキビともつかない斑点で覆われている。およそ考えられるブサイク要素を全てつぎ込んだような顔であるが、これだけでは終わらない。やたら毛量の多い髪に、よそ行きの服が着られないほどの肥満体型、ちょっと走るだけで笑いを誘ってしまう滑稽な身のこなし、そして極めつけは「おら~~だべ」という話し方……エリノア、まさかの訛ってるヒロインである。お城の女中という、地味ながらもそれなりにイケてる仕事をしているのに、いつまでも訛りが抜けないエリノアは、顔面の問題とはまた別に、地方出身者の孤独をも背負わされている。現実の都会は地方出身者でいっぱいだし、そのカオスっぷりが魅力でもあるのだが、この物語で訛っているのは、エリノアひとりだけ。それは彼女にとってどんなにか孤独を感じさせることだろう。

 エリノアは、ブサイクな自分をつとめて冷静に客観視し、どうすればいいか考える。「おらはみにくいからふつうの人よりよけい美しい心の人になるだ/あかるくつよく!」……見た目がダメなら中身で勝負。ものすごくポジティブである。面白いのは、「おらがみにくいのは誰のせいでもない」と語っていること。エリノアは、「自分の努力が足りないのではないか?」とか「こんな顔に産んだ親が悪い!」とか、そんな風には考えない。卑屈なところのない、まっすぐな性格の持ち主なのだ。

ある日、エリノアはお喋りな女官たちが「エドマンド」と「アルバート」のどちらが素敵かというガールズトークで盛り上がっているところに通りかかる。ふたりの王子様はどうやらこのお城を代表するイケメン男性(しかも独身)。そしてエリノアは聞かれるまでもなくアルバート派だ。

エルマンドはエリノアの見た目を笑ったりからかったりするが、アルバートはそれをしない。悪気がないのが一番悪い、とはよく言うが、エルマンドのエリノアいじりは、まさに悪気なく行われる最悪のコミュニケーションである。根がポジティブなエリノアだから「エドマンドさまだっておらが もっとつつましくしてりゃ/あんなふうにはおっしゃらねえだろうよ」とは言うものの、実は相当傷ついている。容姿のことを言わないアルバートに心惹かれるのは当然だ。

でもアルバートさまにとっては
おらなんかどうでもいい人間だからな
いちどでいい……
アルバートさまのお役にたちたい…
アルバートさまにひつような人間になりたい!
でも
こんなみにくいおらになにができるだ
ああ
美しければおそばに つけるだろうに…

中身で勝負、と思っていても、そこは乙女の恋心。好きな人のことを考えている間は、美しくなった自分を夢想してしまうし、女中部屋でこっそりおめかしする時は、鏡に向かって微笑んだりもする。ブサイクだからって、美しさをはなから諦めているわけではないのだ。そもそもエリノアは、切り花を飾ることすら「ざんこくだ」と語る、非常に繊細な感覚を持つ女子。つまり、中身で勝負なんて考えなくても、すでに中身は美で満たされていると言っていい。

そんなエリノアを救済すべく登場するのが、魔法の使える仙女さまである。近くの森で開かれるおまつりに行きたいけど行けなくてエリノア号泣、というシーンの直後に仙女さまを登場させるあたり、舞踏会に行けないシンデレラのイメージを下敷きにしていることは明らか。ただ、シンデレラの魔法使いが美しいドレスとカボチャの馬車を用意したのとは違って、この仙女さまは、エリノア自身を美しい女に作り替えてしまう。

エリノアや……
それがわたしのプレゼントです
いまから三十時間だけ
おまえはそのように
すがたも声も
ものごしもことばも
じょうひんで
やさしく美しい
少女となることができるのです

でも
水には
ほんとうのすがたが
うつりますから
ちゅういしなさい

よく見ると、仙女さまはエリノアの「ことば」にまで言及している。エリノアの訛りを消すことで、これまで抱えていた孤独感も消える。そんな風に考えたのかもしれない。

晴れてパーフェクト美女となったエリノアは、念願だった森のおまつりに行き、アルバートとダンスを踊り、求婚だってされちゃう……のだが、ここでお約束のうっかりミスが発生する。シンデレラの場合は、時間をちゃんと把握していなくてお城から逃げ帰るはめになったが、エリノアの場合は、水に映った本当の姿をアルバートに見られてしまうのだった。

 ここでのアルバートの葛藤がすばらしい。「きみは あまりにもみにくすぎる!」という思いと「しかし わたしはひとりの少女の清純な気持ちをふみにじってしまった……」という思いの板挟みとなり、苦しみまくっている。ブサイク女子が登場する少女マンガの多くが、「俺にとってはかわいい女ですが何か!」と王子様に語らせる。でもアルバートは「やっぱ無理なもんは無理」と思ってしまうのである。どれだけ心優しい王子様でも、エリノアを受け入れることはできなかったというわけだ。ひょっとしたら、思ったことをそのまま口に出すエドマンドの方が、エリノアを勘違いさせないという意味ではいい奴だったのかも知れないと思えるくらい、アルバートの優しさは罪深い。

ここから物語はどんどん暗くなっていく。アルバートはエリノアを傷つけてしまったことを気に病んだ挙げ句、まさかの行動に出てしまうし、そのせいでエリノアは地下牢にぶち込まれ、最終的に死ぬ(!)。しかし、死んでしまうことより何より、エリノア自身が美を一種の罪だと考えるようになることが、この物語の真に辛い部分なのではないか。偽りの美しさは、自分も周りも幸せにしない。それが『エリノア』の出した答えであるが、少女マンガであるにも関わらず、ブサイクなヒロインに「身の丈に合わぬ美しさは罪である」と認識させる展開はあまりにもシビアだ。しかし谷口は、エリノアにさまざまな困難を与えながらも、「世界一しあわせな少女だったのではないでしょうか」と読者に問うて見せるのである。

 ここでいう幸せとは、大好きなアルバートとほんの一瞬でも恋仲になれた幸せではない。彼のために全てを捧げようとした、その純粋すぎるほど純粋な人生が幸せなのである。一生に一度の、本気の恋。それに身を投じたエリノアは、誰がなんと言おうと幸せなのだ。それはそれでわかる。しかし、エリノアにも、谷口にも、生きて幸せになる未来を選んで欲しかった……それが無い物ねだりであり、読者のわがままだということは、よくよくわかっているのだけれど。 

*画像はすべて『定本エリノア』(さわらび本工房)より


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トミヤマユキコ
1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。