「ロッタレイン」松本剛インタビュー「大団円に向かうことは意識してません」

写真:津田宏樹

先日、松本剛の「ロッタレイン」という作品を紹介するコラムを書きました。

そのコラムの中で、「何年も連載しているのにずっと1巻が出なかったのはなんなんだ?」みたいなことを書いたのですが、その後なんと作者の松本剛さんと担当編集の安島さんにお会いする機会に恵まれまして。「『ロッタレイン』を読むまで松本剛というマンガ家のことを知らなかった」という気まずさを押し殺して、気になっていることをあれこれ聞いてきました。「ロッタレイン」を読んだ人はもちろん、これから読もうという人にもぜひ読んでいただきたいインタビューです。

途中で打ち切りになるのは嫌だった

──疑問に思っていたことをいきなり聞いてしまうんですけど、何年も連載が続いていたのに、ずっと1巻が出なかったのはなぜなんですか?

安島 最初から全3巻構想のお話だったので、単行本でラストまで一気に読んでもらえるようにしたいと考えていました。また、ケースバイケースではあるんですけど、単行本1巻の売上げによって作品を想定より短くまとめざるを得ない場合もあって。

──いわゆる打ち切り?

安島 そうですね。作品の全体像と資質を考えるとそれは避けたくて。最後まで描けるよう、戦略的に単行本を出したいと思っていました。ただ、こうやって連載終了後に3カ月連続で出せるようになったのは、いろいろなラッキーも重なってのことではあるんですけど。

担当編集・安島さん(写真:津田宏樹)

 

──なるほど……。では作品についてもお聞きします。「ロッタレイン」を読んで感じたのは、「構成がしっかりしている」ということでした。つまり連載しながら考えるのではなく、スタート時からおおまかなプロットを決めこんでいたんじゃないかと。

松本 まったく決めこんでいないです。もともと「あまりきっちり固めずにやっていこう」という方針で作っていたので。

──えーーーっ、意外! じゃあ毎月締め切り前にうんうんうなって……。

安島 うなってましたよね?

松本 そうです(笑)。「まだできません、すいません」って。

安島 ネームが押して、作画も押して……というのがしょっちゅうだったんですけど、「けっこう休んでるのかな?」と思ったら、意外と休んでなくて。毎月苦しんで描いてたんだと思います。

──お一人で描いてたんですか?

松本 いや、背景や仕上げはアシスタントにやってもらいましたね。

「男が破滅する話を描こう」というところから始まった

──「ロッタレイン」は玉井一と山口初穂の関係性を描いていますが、どちらが主人公という感覚で描いてるんですか?

安島 どちらかというと、一くんのほうに感情を寄せてましたよね?

松本 もともとこの話は、「男が破滅する話を描こう」というところから始まったんです。で、「じゃあロリータで破滅するというのはどうだろうか?」と思って、その立ち位置から考えて作っていきましたね。

松本剛さん(写真:津田宏樹)

 

──「男が破滅する」というのもそうですけど、松本さんの作品は読後感に「ほろ苦さ」とか「淡い痛み」が残るような印象があります。ハッピーエンド的なものにはあまり興味がないということなんですか?

松本 興味ないことはないですけど……そこに重きは置いていないかな。というか、結末自体に重きを置いていないかもしれないです。

──展開のほうにこそ?

松本 そうですね。自分で「大団円に向かおう」というのは意識してないです。さっき「あまり型にはめずに作る」と言いましたけど、僕が物語を引っ張るんじゃなくて、「この二人(一と初穂)に僕がついていく」という感じのスタンスで作っていますから。

──さっきの話に戻りますけど、僕が「ロッタレイン」について「最初からしっかり構成を決めている」と思ったのは、ひとつには松本さんの作品には短編や数巻で終わるものが多いからというのもあるんです。でも「決めこまないで作る」とおっしゃっていたということは、長尺にならなかったのはたまたま?

松本 「決まったキャラクターがいて、それがいろんなことをやっていく」という内容だったら、長く続けられるんでしょうけど、僕の作品の場合は「決めこめない」と言いつつも、それでもやっぱりどこかには向かってるわけで。そうなると、10巻20巻という長いスパンは、どこに向かったらいいのか寄りどころがなさすぎるなと。もともと週刊連載狙いでガンガンやるというのができないタイプだったので、短編の作り方で話を作ってそれを延長させていくというのでやってきたところがあるんですよ。でもそれだとそこから広がっていかないので、「甘い水」あたりから、あまりそういうふうに決めずにやるようになりました。最初からだいたいの結末は決まっていたんですけど、そこに向かうまではあまり自分で決めないで、担当さんとも相談しながら作ってました。「もう行っていいかな……いや、まだ行けない。まだ主人公の気持ちがフラフラしている」みたいなことを毎回考えながら。そこからはそういう作り方が多くなりました。

──あと思ったのは、脇役が脇役じゃないというか、ちゃんと「一個の人格を持った人間」として描かれている感じがします。言葉にすると、すごく当たり前のことなんですけど。

安島 奥野くんの壊れ方もいいんですよね。彼、本当は普通の子なんだろうなと思うんですよ。でも、普通にモテてたクラスの人気者の子が、好きな子にちょっとソデにされたことでああなってしまったという。

──「もともとおかしい人間」じゃなくて、「人から好かれるのが当たり前だった人間が、そうじゃない扱いをされることでバランスを崩す」みたいなことですよね。

松本 奥野くんについても、そんなに決めてなかったんですよ。自分で描きながら「どんどんストーカーみたいになってるなあ」って思ってました。「こんなにストーカーみたいになってしまうなんて」って。描いてるのは自分なんですけど(笑)。頭で最初から「こうだ」と考えているよりは、ネームを考えているうちに「自分でもこうするつもりじゃなかった」というものが出てくるほうがたぶんいいんだろうなと。

──ストーリーや構成の話ばかりしてしまいましたけど、松本さんが今まで描いてきた女性の中でも、初穂はとりわけ魅力的なルックスをしていると思います。やっぱりこの作品の前提として、初穂が絵として魅力的でないと入り込めないところがあるので。

眞千子(「甘い水」より)

 

安島 まず最初に「女性と少女のあいだのような、かわいくて色っぽい女の子を描こう」ということが核にあったので、気をつかって描かれていたと思います。編集として新人の頃、「甘い水」を読んで2003年くらいに最初に松本さんにお会いしたんですけど、とにかく絵が好きだったんです。もちろんお話も好きなんですけど、眞千子(まちこ)ちゃんが超かわいいと思って。松本さんの作品は「ストーリーがよくできている」という部分がわりとクローズアップされがちなんですけど、絵の良さというか、線の色っぽさみたいな部分ももっと注目されてほしいと思ってます。「地味な作品だけど」みたいに言われることがあるんですけど、「えっ、(絵的に)けっこう派手だよ!?」と言い返してます(笑)。

──1巻のカバーイラストも、かなりインパクトありますね。

安島 カバーの絵をマンガと同じ線画にしていただいたのは、デザイナーさんと相談して線の良さを生かしたいという話になって。だからフルカラーで塗っていただくんじゃなくて、あえてマンガの中の一コマみたいな感じにしてもらいました。

「ロッタレイン」1巻カバーイラスト

ロッタレイン」と「この空の花」

──「ロッタレイン」は新潟県の長岡市(松本剛の故郷)が舞台ですけど、他の作品も地方が舞台になっているものが多いですよね。都心よりは地方を描きたい?

松本 そうですね。ビルとか描くのが苦手なんですよ。パースでビシっとなってる絵が苦手で。田舎だとそういうピシッとしたのがなくて、わりとスカスカですよね。大きな川も流れていたりして。そういう絵のほうがいいということですかね。

──絵のことだけじゃなくて、地方の気質みたいなものもよく描かれているなあと感じました。たとえば「ロッタレイン」でいうと、噂が近所にあっという間に広がる感じとか。「甘い水」でいうと、先生が進路指導で大それた夢を書く生徒に説教する感じとか。

松本 上京するまではずっと地方で暮らしていたので、実感としてわかるのが地方ということではありますね。(思い出したように)あっ、そういえば長岡を舞台にした映画があったじゃないですか。大林宣彦監督の……。

──「この空の花」?

松本 そうです。僕がアホ高校生時代にママチャリでしょっちゅう意味もなく走ってた信濃川沿いの土手があって、「いつかこの風景をマンガで描きたい」と思っていたんですけど、「この空の花」と、大林監督がその前に撮ったAKB48の「So Long」って曲のPVにまさしくその土手が出てきて、先を越されてしまいました。まさか自分以外にあの風景を描く人が出てくるとは……(笑)。そして僕も「ちゃんとここを舞台にして描かなきゃ」って思ったので、「ロッタレイン」にその土手が出てきます。

もっとも影響を受けたのは坂口尚

──松本さん自身のこともお聞きしたいです。もともとはどういうマンガ家に憧れて、この世界に入ったんですか?

松本 影響を受けたのは、坂口尚(さかぐち・ひさし)さん。具体的にはそこが一番大きいですね。いまだにそこから脱却できないまま……みたいなところがあります。

──それはデビューする前から?

松本 前ですね。10代後半からかな?

──具体的に作品名を挙げるなら、特にどの作品になりますか?

松本 いちばん最初は「12色物語」という、コミックトムでやってた作品。短編の連作なんですけど、それを単行本で読んで、かなり影響を受けましたね。そのあと「石の花」を読んで。第二次大戦のユーゴスラビアの話なんですけど。坂口さんは短編が多かった人なんですけど、「石の花」からは長編も手がけるようになって。そのあたりの作品にも影響を受けてます。ただ、そのあたりになってくると、すでに自分もマンガ家としてデビューしていたので、「影響を受けたままでもまずいだろう、脱却しなきゃ……」っていう気持ちも出てきて。

坂口尚「12色物語」より

 

──じゃあ初期はモロに受けていた?

松本 「すみれの花咲く頃」の頃はかなり。絵柄的に……というか、画面の仕上げ方とかトーンの使い方とかはモロに影響を受けてましたね。「影響されっぱなしなのはよくない。なるべく離れよう」と思いながら、うだうだここまで来てしまったという(笑)。

──今の時点ではどうですか? やっぱりなんとかして脱却して、より自分のオリジナル色を追求していきたいのか、あるいはもうここまできたらしょうがない?

松本 もう、しょうがないなとは思っています。ここまで来て、急に絵柄を変えるとかは無理なので。影響は受けつつも、真似にはならないように気をつけないといけないですけど。

──ところで「ロッタレイン」のリリース中に、松本さんの過去作も電子書籍化されましたね。

安島 良かったですよね。今までは興味を持った読者が読みたくても読めない状況だったので、主要作品が読めるようになったのはいちファンとしてもすごくうれしいです。講談社さん最高ですね! 

──「甘い水」「すみれの花咲く頃」「北京的夏」の3タイトルがリリースされましたが、まあ作者としては全部読んでほしいのが当たり前として、安島さんとしては特にどの作品に思い入れがありますか?

安島 私は出会いが「甘い水」なので、どうしてもそっちに思い入れが深くなってしまいますね。何回読んでも泣いちゃうんですよ、最後で。

「甘い水」より

 

──心にぽっかり穴が空いたような感覚になりますよね。

安島 あれは「膝から崩れ落ちて泣く」みたいな感じになります。あと夏生(なつお)くんがすごくかっこいいじゃないですか。「青春のあがき」みたいなところがあって。一くんとはタイプが全然違う子ですね。どっちも魅力的なので、ぜひ「甘い水」も読んでほしいと思います。もちろん、「すみれの花咲く頃」「北京的夏」も。

「これでいいんだな」と思った最終回

(写真:津田宏樹)

 

──最後に「ロッタレイン」の話に戻りますが、実はまだ最終回を知らないんです。ヒバナの連載で読んでたのは最終回の手前までだったので、3巻で初めて最終回を見ることになるのですが。

安島 今日は「決めこめないで作る」という話が何度も出てきましたけど、最終回が一番意外な方向になったかもしれません。

松本 途中で「そろそろラスト決めましょうか」みたいな相談をしたんですけど……。

安島 それでおおまかな方向性を決めて、ラストに向かって作っていったんですけど、いざ最終回のネームに入って電話で進捗確認をしたら、松本さんが「……意外な展開になりました」っておっしゃって。読んでみたら確かに意外な方向になってて(笑)。「えっ、そんなことに?」みたいな。

松本 最終回はネームを作りながら、「ああ、こうなるんだな」と自分で思ってました。最初に考えていたことではないんですけど、描きながら「そうか、これでいいんだな」と。そういう作り方をして最後なんとか着地できたのは良かったなと思いますね。

安島 とてもいい最終回でした。校了のとき、すごくうれしかったです。最高の最終回だと思います。

──ありがとうございます。これからじっくり3巻読ませていただきますので!

 

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