かわいさよりも強さを取った女の子──『肉のヨロイ』の巻

2017/11/06 1:23

少女マンガの世界において、ホラーは決して派手ではないものの、つねに読者を獲得し続けているジャンルである。なんだかんだ言ってみんな怖い話には食い付いてしまうもの。大人になったいまなら「ありえない」で片付けられるホラーネタも、小さい頃はけっこう信じていたんじゃないだろうか。「むらさきかがみ」という名前を二十歳まで覚えていると死んでしまうとか、口裂け女に出会っても「ポマード」を連呼すれば大丈夫とか。懐かしいですね。

『肉のヨロイ』(今井康絵)短編集『地獄のエレベーター』より。

 「肉のヨロイ」は、『ちゃおデラックスホラー』(2013920日号増刊)に掲載された短篇作品。「まゆ」という女子小学生が主人公なのだが、作品冒頭からいきなりいじめられている。彼女はどうやら食べるのが遅いタイプらしく、クラスの男子たちに「早く食えよ!ブス」と罵られ、まだ食べ物がたっぷり残った給食の皿に顔を押し付けられてしまう。

 そうしてぐちゃぐちゃになった顔を「見ろよ!豚みてぇ」とからかう男子に耐えかねた彼女は、担任に助けを求めようと視線を送るが、担任はこれをあっさり無視。女子たちもただ冷笑するだけで、慰めの言葉ひとつかけてくれない。孤立無援。これはもう、どう考えても地獄だ。

どうしてあたしだけこんな目にあうの…?

どうしてあたしばかりいじめられるの!?

 いじめの原因がわからずまゆは悩んでいるが、なんのことはない、すごくかわいいからである。大きな目、くるんとカールした髪、着ているシャツは乙女力の高いパフスリーブ。モブ女子と比べると、まゆは明らかにかわいい。この世には、かわいければみんなから愛されるという説もあるけれど、それと同じくらい「悪目立ち」して嫌われるという説もある(芸能人にも、ずっと爆モテ人生のひともいれば、デビュー前はいじめられていたと告白するひともいますよね)。不運なことに、まゆは後者のパターン。かわいすぎていじめのターゲットになってしまったのだろう。

 で、ここから先は、まゆがいかにしていじめを撃退するかが見所となる。彼女は、いじめ撃退にあたって、テレビで観た動物の生態を参考にしようとする。

動物は集団でせまいオリに入れられると

弱い個体をいじめ始めます

一方 大きな個体はボスとして

群れの頂点に君臨できるのです

体が大きいものはより大きく強くなっていきます

群れの中の最強の王者であるためにはいわば肉の鎧を手に入れることが必要なのです

 このような番組ナレーションを聞いたまゆは、いじめられないために強くなろう→強くなるために大きくなろう→と考えを発展させていき、ひたすら食べまくる生活に突入する。「食べろ!/食べろ!!/食べろ!!!」と心の中で叫びながら、手づかみで食べ物を食べるまゆからは、徐々に狂気じみたオーラが……。

 ここでのまゆを見ていて思い出したのが、安野モヨコ『脂肪と言う名の服を着て(完全版)』の主人公「のこ」である。同作には、同僚OLにいじめられたのこが、「食え!!/食って食って食いまくれ!!/そして力をつけるんだ食べて力をつけるんだわ/大丈夫食べてれば大丈夫」と唱えながら、食べ物にがっつくシーンが出てくる。会社の個室トイレに隠れ、手づかみで一心不乱に食べるのこもまた、まゆと同様、正気を失いかけている。

『脂肪と言う名の服を着て [完全版]』(安野モヨコ)より

 なにか嫌なことがあると、暴食に走ってしまうのことまゆは、非常によく似ている。子どもも大人もいじめられるし、いじめられたひとは強さを求める。そして女子には、筋トレするとか護身術を習うという道ではなく、食べて強くなる道がある。そのことを、ふたつの作品ははっきりと描いている。

 ダイエットしなきゃと思いつつ食べてしまうのこと違って、積極的に大きくなろうとしているまゆは、夏のあいだ躊躇なく食べ続け、二学期がはじまるころには、とんでもない巨大女児へと変貌を遂げる。悪目立ちするほどの美少女ぶりは影を潜め、もはや「肉のヨロイ」をまとう謎の生き物といった風情。彼女は、美貌よりも強さを取った。たとえそれが醜くなることを意味しているとしても、彼女は強さを取ったのだ。

 大きく強くなった体で、まゆはいじめっ子たちに思う存分逆襲を果たすのだが(ホラーなのでそこそこグロい)、実はこれ、一種の「夢オチ」なのである。給食に顔を押し付けられ、窒息しかけたほんの一瞬の間に見たイメージの中で、まゆは巨大化する自分を夢見たのだった。しかし、目覚めてみれば、目の前の現実は、なにひとつ変わっていない。さあ、どうするまゆ。夢の通りに食べて食べて食べまくるのか、それとも。

 食べて太るなんて、そんな時間のかかることをしていたら間に合わないとでも思ったのか、まゆは別の方法に打って出る。「人間として」強くなるのではなく、一足飛びに「動物として」強くなることを選ぶのだ。

 給食もまともに食べられないはずのまゆが、トラやライオンのように人を襲い、その肉を喰らう。ろくでもないいじめっ子も、無慈悲な担任も、みんなまゆのエサ。自分より弱い奴らを食べることで、まゆは教室という群れのボスになる。まあ、ボスになるころには、群れは全滅なのだけれど。ちなみに、ぶくぶくに太るバージョンとくらべると、肉食動物になるバージョンの方が、見た目的にはカッコいい。もし、「いじめられているからって、やりかえしちゃダメだよ」ということをちょっとでも伝えたいのであれば、作者は逆襲に燃えるまゆをここまでカッコよくは描かなかったろう。まゆにはまゆの正義があってこうなったのであり、そんな彼女の正義を描こうとすればこそ、この姿になったと見るべきだ。

 「肉のヨロイ」をネット検索すると、トンデモマンガみたいな評価が目につくけれど「少女マンガにおける美醜」という点について考えるならば、どんなに醜く、人間離れした姿になったとしても、かわいさより強さを取っていいんだ!というメッセージをまっすぐに届けようとしたこの作品は、けっこう画期的なのではと言いたい。


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トミヤマユキコ
1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。