学園のマドンナがまさかの毛むくじゃらに──『野獣彼女』の巻

2017/12/06 2:17

 美女と野獣。もともとは異類婚姻譚を描いた小説のタイトルだが、きれいな女子とめちゃくちゃ雄々しい男子の組み合わせをそう形容することがある。たいていは、見た目の格差があればあるほど、「中身で惹かれ合ったふたり」と思われ、その愛は賞賛される。

 では、これが美女と野獣ではなく、美男と野獣女だったらどうなるでしょうね? と問うて見せたのが、今回紹介する小夏野獣彼女』だ。

 主人公の「陸」は、17歳の男子高生。「母が元ミス日本で姉がモデル/おまけに (別れた)父が有名彫刻家という家に育った僕は/子供の頃から美意識が高かった」と語る彼は、女子の美醜にすごく厳しい。どれくらい厳しいかというと、学校の女子に新しいヘアスタイルが似合うかどうか訊かれて「正直 その髪のどこがいいのか分からない/全然似合ってないよ/君は顔が丸いからその髪型はやめなさい丸さが目立つ/それとも芸人を目指しているのかな?それならパーフェクトだ」とか平気で言ってしまうレベルの厳しさである。すごい辛辣……。しかもこのセリフがどイケメンの口から発されるわけなので、当然相手は傷つく。そのため陸はイケメンなのに変人扱いされている。

 そんな彼のお眼鏡に叶ったのが、学園のアイドル「美鈴」だ。陸は見た目も中身も美しい彼女を好きになり、告白し、晴れてふたりはカップルになる……のだが、なんの因果か、告白した瞬間、陸には彼女がのっそりした野獣にしか見えなくなってしまう。なぜかわからないが、とにかく彼にだけはそう見えてしまうのだ。

 本連載でこれまで取り上げてきたブサイク女子たちは、自分がブサイクであることをよくわかっていた。そのため異様に自己評価が低かったり、美女たちへの嫉妬に狂ったりしていた。でも、美鈴は違う。まさか自分が野獣に見えてるだなんて、知りもしない。なので彼女の生活も性格も今まで通り。

 一方の陸は、せっかく付き合えることになった彼女がブサイク女子どころかバカでかい野獣になってしまったことに対して、驚きと同時に「許せなさ」を感じている。

 僕は美しいものが好きなんだ

こんな野獣が彼女だなんて認めない!!

 陸の生育環境からすると、まあそうなるのも仕方がない。美しいものに囲まれ、美の英才教育を受けて育った彼からすれば、ドスドスとがに股で歩く野獣の彼女なんて、どう考えてもナシである。

 しかし、である。陸は美鈴に別れを切り出すきっかけを掴めぬまま、彼女との交際を続けている。学校で浮いてしまうほど美意識の高い男子が、なぜ野獣彼女との交際を打ち切らないのか……これは日本の少女マンガにおけるひとつの「型」だと思うのだが、ド天然で自分がブサイクという自覚がなかったり、自覚していたとしてもポジティヴだったりするブサイク女子の奔放さは、おおむね見逃される傾向にある。古くは大和和紀はいからさんが通る』の袋小路つめ子(ヒロイン紅緒の恋のライバル)から、深谷かほるカンナさーん』のカンナに至るまで、ポジティヴなブサイク女子の行動は、少々強引でも許されてきた。

 自分が野獣であることを知らない美鈴のふるまいは、まさにポジティヴなブサイク女子のそれに相当する。だから当たり前のように陸をデートに誘い、洋服を選んでもらったりできちゃうのだ。そして、その勢いに飲まれた陸も、なんだかんだ言いながら野獣に似合う洋服を探してしまう(持ち前の美的センスをいかんなく発揮)。が、やっぱり、肉体的接触となると話は別だ。友だちにもうキスをしたのかと問われて「するわけないだろー!!」「だって/あんなのにキスなんかしたら…/食われるっ」と語る陸。そこには、超えられない高い壁がある。

 陸にとって、美鈴のすべてを愛することは、これまでの価値観を全否定することに等しい。美しいものしか認めてこなかった彼が野獣の全てを受け入れるには、それなりの覚悟が必要なのだ。しかし、少女マンガの王子様が、それまでの人生観を変えてしまう超強力なヒロインと出会って見事に改心するのは、ままある展開であり、陸もまた、野獣になった美鈴を通して、美しさへのこだわりを徐々に捨てていくことになる。

 というわけで陸は、野獣の美鈴を愛する道を選ぶのだが、実はこの展開が、美鈴の切なる願いと紐づいていたことが最後にこっそり明かされる。美女であるがゆえに見た目でしか判断してもらえない辛さを感じていた彼女は、自分の中身をしっかり見てくれる男子をずっと求めていた。

 美人もブスも、世間一般の平均値から外れた「異形」という意味では、同じようなものというか、コインの裏表のような関係にある。そう考えると、美人という異形が愛され、ブスという異形が愛されないのは、単なる人間のわがままなのかも知れない。そして(本人は無自覚だが)美少女から野獣へと変身した美鈴は、異形の者を愛でたり蔑んだりする人間のわがままぶりを陸に(そしてわたしたちに)教えてくれる。美女「だから」愛するのでも、野獣「だけど」愛するのでも、真実の愛には辿りつけない。そんなつまらない2択を超えてゆくことこそ、本作が描こうとした最高のハッピー・エンドなのではないだろうか。

 ちなみに、本作には続編『オオカミ彼氏』がある。こちらは、『野獣彼女』の逆バージョンで、美鈴だけは陸が狼に見えてしまうというもの。美鈴の恐怖心を少しでもやわらげようとケモノなりにがんばる陸の様子は、ぜひあなたの目で確かめて欲しい。


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トミヤマユキコ
1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。