「子豚ちゃん」と呼ばれしヒロインのママは売れっ子女優──『鏡よ鏡…』の巻

2018/01/09 12:00

遺伝子的にはかなり近いハズの親子や姉妹が、神様のいたずらによって似ても似つかぬふたりになった、どうしてくれるんだ、という話が、少女マンガにはしばしば出てくる。

代表的な作品に、萩尾望都『半神』がある。腰のところで身体が繋がった双生児の姉妹が出てくるのだが、妹は天使のように可愛らしく、姉はガリガリの骸骨のよう(「一方はバラの花/一方は塩づけのキュウリだわ」とか言われている、つらい)。しかしある日、手術でふたりを分離する手術の計画が持ち上がって……というところから、物語は一気に加速する。

この手の物語における最大の見所は、美醜の「形勢逆転」にある。美人だと思っていた子がブサイクになり、ブサイクだと思っていた子が美人になることで、立場がまるで入れ替わってしまう。そのダイナミズムがたまらない。ひとりの女の子が美人になったりブサイクになったりする話もいいのだが、血の繋がった二者の美醜には、本人の意志だけではコントロールできない「何か」がある。それが、怖くもあり面白くもある。

いつ、どのように形勢逆転が起こるのか。それが起こったあと、世間の反応や、本人たちの人生はどう変わるのか。『半神』のクライマックス、天国と地獄が一挙に押し寄せてくるような怒濤の展開に打ちのめされた読者も多いだろう。

そんな読者にオススメしたいのが、山岸凉子『鏡よ鏡…』である(これだけの名作が古本でしか手に入らないなんて、なんとも歯がゆいのですが、みなさんなんとかして手に入れてください)。

主人公は14歳の中学生「雪」。彼女は34歳のシングルマザー「緋鶴(ひづる)」と同居しているが、母娘らしい交流はほとんどない。というのも、緋鶴は「今最も脂の乗りきった最も美しい女優」。娘に構っているひまなんてないのだ。家には緋鶴の付き人「榎本」や、たくさんの恋人がつねに出入りしており、大変にぎやかではあるものの、雪は有名女優の娘として表面的にちやほやされるだけ。だって、みんなが気にしているのは、雪ではなく、緋鶴なのだから。

「陰でこっそり子豚ちゃんと呼ばれています」と本人が語るように、彼女はかなり太っている。少々食いしん坊が過ぎるとはいえ、育ち盛りの中学生なのだから太るのは仕方がないと思うのだが、ベジタリアンかつ体調管理を徹底している緋鶴は、そんな我が子を見て「なんなのこの子ったら/まるでブタだわ」と吐き捨てる。マジで容赦がない。

私はママに似なかった分立ち居振るまいでママを見習おうと思っているのです
椅子には必ず足を斜めにして座ります
振り返る時首だけではなくできるだけ身体もいっしょに回します
カップを持つときは小指を立てるようにしていますし
笑うときはママのように鼻に小ジワを寄せるように努力しています
女子をはじめ男子もどうかすると先生もがそんな私を奇異な目で見ています
でも改める気はありませんだって振るまい美人というものもあると榎本さんが言っていました
クラス中のいじめにあってもせめて動作だけでもママのような美人でありたいと思っています

雪は、母親の言葉に傷つきながらも、せめて「振るまい美人」になろうと努力している。だが、その努力は裏目に出てしまう。雪としては、太っているからこそ振るまい美人を目指しているのに、太っているくせに気取っていると言われ、いじめのターゲットになってしまうのだ。だが、雪は諦めない。「おまえなあそのハンケチ口にあてて話しするの何とかしろよ/デブのアホが気取るんじゃねーよバカ」……クラスの男子にそう言われても、雪が女らしい振るまいをやめることはない。このメンタルの強さ、完全に母親譲りである。

厳しいけれど美しい緋鶴を誇りに思い、いつか付き人になりたいとさえ考えていた雪は、あるとき、母親の隠されたコンプレックスを知ってしまう。あの美しい緋鶴が、かつて雪と同じように太っていたこと、そして雪の若さに嫉妬していること。かないっこないと思っていた母親も、しょせんコンプレックスまみれの女にすぎない。まさかの現実に気づいたショックで、雪はこれまでどうにかフタをしてきた自分の気持ちに気づいてしまう。それは、自分を愛してくれなかった母親への「憎しみ」である。

母親も自分を愛していないかも知れないが、自分だって母親を愛していなかった。その事実を素直に認めることにした雪は、なんと、母親の本命彼氏を奪って「パパ」にしてしまう。「娘を嫉妬する女と化したママより他人の彼のほうがなんぼかましです」とか言ってて、とにかくドライ。目には目を、歯には歯を。しかも雪は、本命彼氏略奪の後、壮絶なダイエットに成功し、たいへん可愛らしい女の子になる。雪、やるときはやる女だ。もともとメンタルの強いタイプだから、この辺りの大変化がちっともご都合主義に見えない。本人は気づいてないかもしれないが、この子はやはり緋鶴のストイックさを受け継いでいる。

この作品が恐ろしいのは、美しくなった雪がちっとも幸せそうに見えないところである。緋鶴と同等、もしくはそれ以上の美しさを手に入れた雪は、母親と同じ芸能界に入る。ということは、彼女もまた、美しさを過剰に追求する世界に足を踏み入れたということ。このままいけば自分の美しさがいつか衰えることを恐れ、自分の子にすら嫉妬する将来が待っている。

思うに、雪は母親とは違う人生を歩んだほうがきっと幸せだった。太ったまま愛される人生もあっただろうし、痩せて美しくなったとしても、市井の美人でいたほうが、まだ心穏やかに生きていけただろう。

私には想像できます
あの魔法使いの女王が日夜鏡に向かって問いつづけたと同じく
ママも毎夜同じ質問をくり返している事を
鏡よ鏡この世で一番美しいのは誰…?

雪が緋鶴の行動を想像できるのは、血を分けた母娘だからではない、どんな未来が待っているか知ったうえで、それでも同じ道を選んでしまった者同士だからだ……いやだ、雪の将来を想像したくない。これは繰り返さなくてよい、というか、繰り返されてはならない歴史だ。

美しい人たちの醜さを、歪みを、救われなさを、一切オブラートに包まず描く山岸凉子先生の胆力よ。みにくいあひるの子が白鳥になってめでたしめでたし、とはならない(ゆえにめちゃくちゃシビれる)結末が、ここにはある。


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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。