ポプテピピックの声の時間(1)

2018/01/31 11:55

 ポプテピピックはもちろん単純に楽しいマンガで、読んでいるととにかく絵とフレーズが頭にこびりつくので、ところてんつ~くろ、とか、マイセコー!とか、一読しただけでも口をついて出てしまうほどなのだが、その一方で、あちこち考えがいのあるマンガでもある。なぜなら、4コマを成り立たせている要素が一見するととても限られているからだ。

 たとえば単行本の最初の4コマを見てみよう。

 1コマ目ではポプ子が「えいえい」と言っており、ピピ美の左にはドカドカとかなり激しい音がしている。そして2コマ目では「おこった?」「おこってないよ♡」。これだけだ。強いて言うなら、ポプ子の「おこった?」と言う口元は開いているのに対し、ピピ美の「おこってないよ♡」という口元は閉じたままであり、それが「おこってないよ♡」ということばとは裏腹に不気味ではある。

 そして、4コママンガであるにもかかわらず、この最初の2コマが、次の3,4コマ目で正確にコピーされる。どれくらい正確かというと、前半を切り取って後半に重ねてみると、描線から書き文字に至るまでぴったり一致する。要するに早い話がまったくのコピペなのだ。

 そしてそれを読むわたしはと言えば、この露骨なコピペを手抜きだと怒ったり笑ったりするかわりに、そこに奇妙なリズムを感じる。「えいえい/ドカドカ」「おこった?」「おこってないよ♡」でできたサンプリング・ループをそこに読み取ってしまうのである。

 もし、最初の2コマがぽつんと描かれているだけなら、このようなループ感は生じなかっただろう。全く同じものが二度現れるからこそ、それは「ループ」に見えたのである。このコピペに見える(というかコピペなのだが)3,4コマ目は、単に冗長で無駄なコマであるだけでなく(いや冗長で無駄な感じも悪くないのだが)、「1,2コマ目がループであること」を示す重要なコマなのである。ちょうど何かの曲のイントロを初めてきくとき、冒頭で全く同じ断片が繰り返された瞬間に「あ、このサンプリング・ループをバックトラックに使うのだな」と了解するのと同じことだ。わたしたちは、同じできごとが二度起こるとき、それはループであると直感し、三度目にはもうそれがしばらくの間続くであろうことを覚悟している。覚悟するだけでなく、積極的に頭の中で鳴らし始めさえする。実際、ページから目を上げたあとも、「えいえい/ドカドカ」「おこった?」「おこってないよ♡」の繰り返しは、なぜか頭にこびりついてなかなか離れない。

 さて、このあまりにも短い4コマ(もしくは2コマのループ)をアニメにするとして、どのような方法がありうるだろうか。ここにはストーリーらしいストーリーもなく、キャラも二人しかおらず、彼女たちの動きもごくごく限られている。サザエさんのようにはいかない。一番単純な方法は、このループ感をそのままアニメにするという方法だ。つまり、「えいえい/ドカドカ」「おこった?」「おこってないよ♡」のやりとりを動画にしておき、それをそっくり二度再生する。これがおそらく、いちばん原作のアイディアに近いやり方だろう。

 では、実際のアニメ版「ポプテピピック」第一話ではどうなっていたか。そこでは、明らかにアニメ独自の演出が為されていた。

 台詞の内容自体は全く変わっておらず、音効も「ドカドカ」に相当する二度の衝撃音が使われている。しかし口元がまず違う。マンガでは吹きだしとともに開いていたポプ子の口元は閉じたままだ。その結果、ポプ子とピピ美の間にあったわずかなキャラの差が、アニメではなくなっている。そのかわりに台詞を言うときに、アニメでは独自の動きがあてられている。ポプ子は小さく頭を二度縦に動かし「おこった?」と言い、ピピ美もやはり小さく頭を四度縦に動かし「おこってないよ♡」と言う。この、口を動かさず頭部を小さく動かす演出によって、二人の声はどこか別のところから出ているように見える。言い換えれば、まるで誰か別の者が二人の人形を動かしてしゃべっているかのような独特のパペット感が出るのである。

 これは明らかに、二人を通常のキャラというよりは声の容れ物として描く演出である。実際、このアニメは二度繰り返され、最初に江原正士と大塚芳忠が声をあて、次に日高のり子と三ツ矢雄二が声をあてているのだが(といっても見ていない人には何のことかわからないだろうけれど)、見る者は最初に抱いたキャラのイメージが冒涜されたと思うどころか、むしろ大御所たちによる声優祭りとして楽しむことができてしまう。

 さらに、よく見るとアニメでは、原作の2コマはループとして演出されていない。1回目の「おこった?」「おこってないよ♡」の間には1秒弱の間があけられているが、2回目の「おこった?」「おこってないよ♡」では、間はほとんどなく、ポプ子の頭の動作が終わった瞬間にピピ美の頭が動き始めている。つまり、1回目に比べて2回目は即答なのである。これが声優によるアドリブの所産でないことは、CVが江原正士/大塚義忠から日高のり子/三ツ矢雄二に変わってもほとんど間が変わらないことからわかる。

 そして、アニメ版にはさらに続きがある。ポプ子が3回目のパンチを繰り出そうと身構えたそのとき、ピピ美は「お」と声を発する。おそらく誰もがこれは「おこってないよ♡」の「お」であると思うだろう。それは見る者にとって、このやりとりがループとして感じられているからだが、実をいえば、このやりとりは、セリフの内容としてはループでも、セリフのタイミングとしてはけしてループではない。そして、ピピ美の早すぎる発声から、ピピ美はもはや殴られる前から「おこってないよ♡」と言おうとしていたことが露呈する。「おこってないよ♡」というセリフは、ポプ子のパンチに対する反応ではなく、自動音声装置のごとく、あらかじめ用意されオートマチックに再生される人形のごときセリフだったのである。あえてうがった言い方をするなら、「お」と言ってからさっと発話を中断することで、ピピ美は自身が人形であることを隠す程度に人間らしさを残していることを示しているとも言える。

 こうして見ると、アニメ版の演出は、台詞の内容を忠実になぞることで原作に沿っているように見せながら、実はマンガからは読み取ることのできないタイミングの変化を加えることで、原作とは異なるやりとりを生んでいるのである。

 では、原作の4コマにあった、あのタイミングが正確にループする感覚は失われてしまったのだろうか。いや、アニメ版は、前半15分の動画を正確に後半で再生することによって、実はこの4コマの時間スケールを壮大なループ感へと拡張することを試みているのかもしれない。


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細馬宏通

1960年生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。声と身体動作の関わるいろんなことに興味を持っています。高齢者と介護者の声とからだの動きをとらえ直す「介護するからだ」(医学書院)、古今東西の歌のきこえ方を論じる「うたのしくみ」(ぴあ)の他、「今日の『あまちゃん』から」(河出書房新社)、「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか」(新潮選書)、「浅草十二階(増補新版)」「絵はがきの時代」(青土社)など著作多数。最近は雑誌「ユリイカ」をはじめあちこちでマンガについての論考を書くようになりました。バンド「かえる目」では作詞・作曲とボーカルを担当。