ポプテピピックの声の時間(2) ハリフキダシは天使を撃つ

2018/02/08 12:00

コピペ連打の非情

 「吹きだしで考えるマンガ論」を看板に掲げるこの連載にとって、ポプテピピック第一巻の4話目は格好の対象である。何しろ吹きだしそのものがギャグの素材になっているからだ。
 無粋を承知であえて筋書きを説明するとこうだ。「私ハリフキダシ見ると死んでしまいます」というポプ子に対して「えッ!?」とピピ美がハリフキダシで叫ぶと、ものの見事にポプ子は倒れ、さらに「えッ!?」で、ポプ子は天使になり、さらにさらに「えッ!?」でその天使まで倒れてしまう。

 この4コマのおもしろさで目立つのは、声そのものではなく「ハリフキダシ」というマンガの記号によって死ぬ、という点だろう。マンガというメディアをメタ化しているポプテピピックに似つかわしいギャグではある。

  しかし、「ハリフキダシが凶器化する」ということ自体は最初の2コマですでに表されている。4コマ全体のおもしろさを考えるには、別の点に注意して読む必要がある。それはピピ美の表情が全く変わらないということだ。いや、表情だけではない。ハリフキダシの形も、そしてそれに囲まれた「えッ!?」という文字の大きさや形すらも、完璧な繰り返しだ。この正確な繰り返し(というかコピペ)によって、ピピ美の驚きは、まるで心のこもっていない形式的なものとなる。そして、このまるで心のこもっていない驚きの表現(ハリフキダシ)によって、ポプ子は主人公でありながら何度も死ぬ。それも、ただ死ぬのではない。ポプ子はピピ美の「えッ!?」によって倒れ、ピピ美の「えッ!?」によって天使化し、ピピ美の「えッ!?」によって再び倒れる。「えッ!?」によって、ポプ子の死は、倒れることと天使化することという2つのステップに分割されるのだが、どちらのステップも全く同じ「えッ!?」によってクリアされてしまうため、両者の間にはまるで価値の違いなどないかのように見える。ピピ美の「えッ!?」は、文字面こそ倒れることと天使化への驚きを示しているものの、両者のステップを区別することなく正確に繰り返されるそマナーは、むしろ、ゲーマーが退屈な展開をやり過ごすときのAボタン連打に近い。実に非情な4コマだ。

必殺技を確かめる

 では、アニメ化においてこの4コマはいかに演出されているだろうか。結論から言えば、道具立てこそマンガを踏襲しているものの、その演出はマンガとはかなり異なっている。しかも、本放送と再放送のあいだにも明かな違いがある。まずは本放送の方を観て見よう。

 マンガ版とのもっとも大きな違いは、ピピ美のことばのタイミングだ。「私ハリフキダシ見ると死んでしまいます」というポプ子のことばの直後にピピ美が「えッ!?」とハリフキダシを出すところまでは同じだが、問題はそのあとだ。ご臨終を思わせるチーンという音が鳴り、ポプ子が「あっ」とやけにはかない声で倒れると、この驚くべき事態をなぜかピピ美はスルーするのである。そして、天使化したポプ子が再び「私ハリフキダシ見ると死んでしまいます」といった途端、まるでそのことばに即答するように再び「えッ!?」と言う。そして三回目の「私ハリフキダシ…」に対してもまたまた非情なる「えッ!?」。ピピ美はあたかも、ポプ子が自ら明かした弱点をわざわざテストするような振る舞いを見せている。

 その一方で、三回のハリフキダシは次第にエスカレートする。一回目は普通にズームアップされるが、二回目は回転して現れ、三回目は巨大化して揺らされているのである。竹達彩奈の声も明らかにこの演出に合わせて大げさになっている。このエスカレーションのおかげで、ピピ美の驚きは天使の増殖につれて増しているように見え、わたしたちはつい、やりとり自体の不自然さを見逃してしまうのだが、じつはピピ美の反応のいちばんおかしなところは、その驚きが肝心のご臨終の瞬間をスルーしており、技の効き具合を確かめるかのごとく必殺のタイミングで発せられている点なのである。

 ちなみに、悠木碧によるポプ子のセリフはなぜか「ワタシ、ハリフキダシミルト、シンデシマイマース」とカタコトの欧米人キャラクタのイントネーションで行われる。この試みは、声によってひとときポプ子以外のキャラクタを表すことでポプ子というキャラクタをいったん退避させている点でおもしろい。もし、このセリフがそれまでのポプ子のセリフと全く同じ調子で語られたなら、ギャグアニメにふさわしくない痛ましさが感じられただろう。ポプ子とは異なる欧米人キャラクタの「役割語」の声で語られることによって、このギャグは「主人公の死」という大仰なイメージを巧みに免れている。

天使を狙い撃ち

 再放送ではさらに奇妙なことが起こっている。

 最初こそポプ子は「私ハリフキダシ見ると死んでしまいます」と告げるものの、それからは先は無言を貫いている。にもかかわらず、ピピ美は「えッ!?」とハリフキダシを発し、ポプ子はそのたびに「う」と呻いて倒れる。古川登志夫のテンションの低い「う」は、テンション・ローからマックスに至る千葉繁の「えッ!?」と対照的で実に楽しい。楽しいのだが、そのやりとりの楽しさをあえて剥ぎ取って冷静に見るならば、ピピ美はポプ子が天使となってゆるやかに昇天しようとするその瞬間を狙い澄まして墜落させている。あまりにもひどい仕打ちだ。もはやピピ美は、本放送のようにポプ子の声に反応してハリフキダシを発しているのではない。自発的に物言わぬ天使を攻撃しているのである。しかもこの仕打ちは、北斗の拳の予告のごとく、回を追うごとにエスカレートする。声の非情は千葉繁の三段活用シャウトによって極まり、ピピ美はもはやハリフキダシというウェポンで天使を狙い撃ちするスナイパーと化している。

 ところで、わたしはこの再放送に埋め込まれたある不気味なできごとに気づいてしまった。古川登志夫演じるポプ子が天使となって無言で昇天しつつあるまさにそのとき、本放送にはなかったはずの奇妙なうめき声がうっすら聞こえているのだ。

 もしやこれは、もうひとつの隠された「おわかりいただけただろうか…」なのだろうか。


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細馬宏通

1960年生まれ。滋賀県立大学人間文化学部教授。声と身体動作の関わるいろんなことに興味を持っています。高齢者と介護者の声とからだの動きをとらえ直す「介護するからだ」(医学書院)、古今東西の歌のきこえ方を論じる「うたのしくみ」(ぴあ)の他、「今日の『あまちゃん』から」(河出書房新社)、「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか」(新潮選書)、「浅草十二階(増補新版)」「絵はがきの時代」(青土社)など著作多数。最近は雑誌「ユリイカ」をはじめあちこちでマンガについての論考を書くようになりました。バンド「かえる目」では作詞・作曲とボーカルを担当。