マンガとデザイン 『コマとグリッド考』 永原康史

2018/03/02 12:00

1955年生まれのぼくの少年時代は“トキワ荘”の漫画家の全盛期で、第二次漫画ブームの真っ只中だった。いつが一次で、三次があったのかどうかも知らないが、当時、第二次漫画ブームと呼ばれていたことだけはよく覚えている。「おそ松くん」「オバケのQ太郎」「サイボーグ009」などなどの時代である。

『少年』や『冒険王』『ぼくら』など月刊誌もまだ残ってはいたが、すでに少年漫画は週刊誌が主流になっていた。そのためか、月刊誌連載の「鉄腕アトム」や「鉄人28号」はちょっと古い漫画という印象があった。テレビでアニメが放送され毎週欠かさず観てはいたが、アニメ化されると漫画としてはもう古いと思っていた(小学生なのに生意気である)。少年週刊誌は『サンデー』『マガジン』『キング』の時代で、『ジャンプ』『チャンピオン』の登場はもう少しあとのことになる。

さて、そういう時代の絵を描くのが好きな子どもの将来の夢は漫画家と相場が決まっていた。とりもなおさず、ぼくもそのクチであった(作文などには政治家と書いていたが)。

ノートに鉛筆で描いていたころはともかく、本格的に漫画を描き始めたのは小学校の5年生だったと思う。“本格的”というのは、Gペン、墨汁、烏口、ケント紙といった漫画を描く道具を揃えて描き始めたという意味だ(けっしてプロをめざして…というようなことではない)。墨汁とGペンとケント紙は近所の文具屋で手に入ったが、烏口はお年玉を握りしめてデパートで買ったのを覚えている。ぼくは大阪の下町育ちで、小学校の近くにデパートがあったのだ。今でもその烏口は引き出しの奥にしまってあると思うが、小学生にとって道具を揃えるのはドキドキする大仕事だった。

教科書は石森章太郎(現・石ノ森)の著書『マンガ家入門』(秋田書店)で、1965年8月に初版発行。ぼくは66年3月発行の7刷を買っている(わずか半年で7刷にも驚く)。ちょうど10歳。小学4年生から5年生になる春のことである。その本の第一部、第一章の一(つまり、本編冒頭)が「道具」で、ぼくはそのとおり道具から入ったのだった。

そうやって“本格的に”漫画を描き始めた。最初は道具を使うのが楽しくただただ描いていたのだが、だんだんと描けなくなってきた。絵が稚拙であることはさておき、コマ割りができないのである。コマ割りというものが一体どういうものなのか、どうしていいのかよくわからないのだ。しかし、雑誌の漫画をみるとなにかルールがありそうである。

1960年代、漫画のコマの主な役割は時間経過の表現だった。そういう意味では映画のコマと同じだが、マンガのコマは映画のように時間順次には移行しない。コマごとに描かれている時間の量が違うのだ。瞬間瞬間を切り分けて描くこともあれば、長い時間経過を一コマで表現することもある。まれに登場人物の心理描写に用いられることもあったが、そういった高度なコマ表現の多用は70年代の少女漫画を待たねばならない。先駆的に石森がさまざまな実験的コマ割りを試みていたが〔図1〕、大勢は単調な均等段割りによる“できごとの推移”を示すものだった。

〔図1〕石森章太郎「夜は千の目をもっている」クライマックスのコマ割り。見開き左右ページのコマ割りの違いで見せる効果が見事

その先駆者であるはずの石森も『マンガ家入門』ではコマ割りについて触れておらず、『続・マンガ家入門』(1966年8月)で読者からの質問に答えるかたちで少し説明しているだけである。そこにはコマ割りのフォーマット図〔図2〕が掲載されており、判型によって段割りを変えていることがわかる。雑誌のB5判では4段に割っているが、単行本(当時は貸本漫画)のA5判や月刊誌別冊付録のB6判では3段割りになっている。つまり、当時はコマによる見開き全体の構成ではなく、コマそのものの寸法を重視していたのだろう。判型によらずコマサイズを等しくしようという意図が読み取れる。

〔図2〕『続・マンガ家入門』に掲載されたコマ割りのフォーマット図

この判型と段割りの関係については小学生も気がついていた。たとえば、当時新しかったコミックス判(約176×110mm。新書判ともB40判とも)で月刊誌連載の『鉄腕アトム』を読むと、雑誌掲載のページ(B5判)と付録本のページ(B6判)では明らかに読みやすさが違うのである。雑誌分は4段割りで小さくて読みづらく、付録分は3段割りでちょうどよかった〔図3〕。掲載回の最初数ページだけB5判の雑誌に掲載し、残りはB6の付録でというのが人気漫画にはよくあったのだ。

手塚治虫「鉄腕アトム─1億年前の犯罪」左が雑誌本誌の4段割り、右が付録の3段割り。ひとつの物語の同じようなシーンだが同寸にすると印象が変わる(上段)。実際の比率で比べればコマの大きさはだいたい同じ(下段)

さて、小学生は長じてグラフィックデザイナーになった。広告などの華やかなジャンルではなく、出版という地味な分野のデザイナーである。1970年代半ばにはエディトリアルデザインなどと呼ばれて少しは光があたるようにはなってはいたが、広告とはひと桁もふた桁も違うといわれていた(報酬の話です)。

そこで「グリッドシステム」と呼ばれる1950年代にスイスで生まれたデザイン技法に出会う。J・ミュラー=ブロックマンの理論が有名だが、要するに画面を数理的に垂直水平で区切ってそのマスを使って文字や図版を配置していくという非常に合理的なデザイン手法である〔図4〕。

〔図4〕J・ミュラー=ブロックマン『Grid Systems』より32マス・グリッドのためのスケッチ。コマ割りと似ている

60年代を席巻したグリッドシステムも70年代に入ると勢いを失い、ぼくがデザインを始めた1970年代後半にはダサいものとして扱われていた。カウンターカルチャーの影響なのだろうか、グリッドにとらわれず自由にデザインすべきという風潮があった。

エディトリアルデザインでは文字ブロックで区切ったフォーマットを薄青で印刷したレイアウト用紙を用いてページを割るのが通例だったが、ぼくが最初に使ったレイアウト用紙は欄外に文字サイズと字間行間のスケールだけが記されているだけの真っ白いものだった。文字の配置にはある程度基準が必要だが、あとは自由にしていいというメッセージだったのだと思う。しばらくして自分がレイアウト用紙をつくる立場になっても、白いレイアウト用紙をつくり続けた。つまり、グリッドなどという画一的で堅苦しいことからは解き放たれようという時代だったのだ。

かつて漫画少年だったグラフィックデザイナーが、グリッドシステムを知ったときにコマ割りとの相似に気づいていれば新しいデザインに開眼したかも知れない。しかし、そうはならなかった。まだ20代だったはずだが、十数年前の10歳のときのことをすっかり忘れていたのである。それが50年後にこうして思い出しながら書けることは驚きである。

それはさておき、漫画のコマもグリッドでつくられており、判型に応じた均等段割りが基本だった。それはグラフィックデザインと同じように、「モダン」の理を超えようとしたときに崩れていったのだろうか──どうもそうでもないようなのである。

たとえば、60年代後半に“前衛”とされていた佐々木マキや林静一の漫画〔図5〕は、コマ割りにおいてはどちらかといえば保守的である。このころ大学生が漫画を読むことが話題となり、青年漫画というジャンルができてきた。大人漫画は内容がいかにナンセンスであれコマへの工夫がほとんどないように、読者の年齢層が上がるにつれコマへの執着がなくなるようなのだ。

〔図5〕上:佐々木マキ「天国で見る夢」“前衛”と評されたデビュー作だがコマ割りはオーソドックス / 下:林静一「赤色エレジー」均等段割りを利用したアニメーション的表現

漫画家の出自も影響しているのかも知れない。デビュー当時の佐々木マキは美大の学生だったし、林静一はアニメーターだった。70年代後半、ヘタウマで一世を風靡したイラストレーターの湯村輝彦とコピーライターで広告界の寵児だった糸井重里のコンビが描く漫画〔図6〕も、驚くほどコマに淡泊である。

〔図6〕湯村輝彦・糸井重里「ペンギンごはん」同じナンセンスでも大人漫画のように全くのグリッドということでもない

子どものころから漫画を描き、漫画家をめざして育った少年少女漫画家の方が、コマに対しては挑戦的にみえる。時期的な一致だけかも知れないが、前述の70年代の少女漫画〔図7〕はグラフィックデザインにおけるグリッドからの解放と軌を一にしている。

〔図7〕大島弓子「綿の国星」コマがコマを浸食し、コマのなかにコマが入るという複雑なコマ割り

では、現在の漫画はどうなのだろうか。最近の漫画はあまり読んでいないのだが、手元にある数冊をみてみると総じてコマが大きい。これは雑誌連載より単行本になったときのことを重視した結果なのだろうか(判型の問題)、それとも制作コストの問題だろうか。たぶん両方あるのだろうが、改めて昔の漫画と比較するとその大きさの違いに驚く。そういえば、小説や人文書なども昔の本は今と比較して文字がかなり小さい。新聞の文字が大きくなったのはユニバーサルデザインの結果だが、コマが大きくなったのはユニバーサル漫画というわけでもあるまい。いや、意外と読み手のリテラシーが低下しているのかも知れない。

どれもコマ割りは比較的単調なのだが、気がついて驚いたことがある。段割りはされているのだが均等ではないのだ。同じ3段に割られていても微妙に天地のサイズが違っている。見開き左右のページも段が揃っていることはほとんどない。今、松本大洋の『Sunny』〔図8〕をみているのだが、段割りのフォーマットを見つけることができないのだ。これは一見何事もないように見えるが、グリッドからはかなり遠いところにあると言っていい。感覚的にコマを区切っているのだろうか。だとしたら、ネームをみてアシスタントが枠線を引くというわけには行かない。全部本人が引かねばならないではないか。

松本大洋『Sunny』第5巻。一見普通の3段割りだが、この見開きでひとつとして同じ高さの段はない。

ほかの作家のものもつぶさに観察したいところだが、さほど手元にない。子ども(といっても大人だが)の部屋から比較的新しそうなものを何冊かピックアップして調べたところ、かなりの割合で不揃いな段割りがみられた。傾向としてあるということだろう。かつてのように大胆にコマを割り崩してみせることもなく、すでにグリッドとは無関係のところにコマ割りは静かに来ていたのである。



グラフィックデザイナー。多摩美術大学情報デザイン学科教授。電子メディアや展覧会のプロジェクトも手がけ、メディア横断的なデザインを推進している。2005年愛知万博「サイバー日本館」、2008年スペイン・サラゴサ万博日本館サイトのアートディレクターを歴任。2016年あいちトリエンナーレ公式デザイナー。著書に『インフォグラフィックスの潮流』(誠文堂新光社)、『デザインの風景』(BNN新社)など。タイポグラフィの分野でも独自の研究と実践を重ね、『日本語のデザイン』(美術出版社)など多くの著作を発表。2012年には、前後の文字によって異なる字形を表示する新フォント「フィンガー」(タイプバンク)をリリースした。