『俺物語!!』の猛男が女だったらどんな感じ?──『終電車』の巻

2018/03/09 12:00

あなたは『俺物語!!』という少女マンガをご存じだろうか。映画化もされたので、ひょっとしたら「映画版を先に観た」という方もいるかもしれない。まったく知らないという方は、取り急ぎ表紙だけでもググっていただきたい。どうですか。ググりましたか。少女マンガなのになんでゴリラみたいな男が出てくるんだよ! 何かの間違いでは? という声が聞こえてきそうだが、彼が主人公で合っている。『俺物語!!』は、「猛男」という主人公が、ゆるふわヒロイン「凛子」と両思いになり、ピュアすぎるほどピュアな恋愛を繰り広げる、超王道の胸キュン少女マンガだ。

猛男がシュッとしたイケメンとはほど遠い、という設定が『俺物語!!』をおもしろくしているのは間違いない。猛男みたいな男子って、フィクションの世界では、せいぜいイケメン王子様のお友だち止まりで、恋愛パートが描かれるとしても、相手の女子はヒロインより確実に顔面偏差値が低い、みたいなことになりがち。しかし猛男は、見た目も性格もかわいい凛子とマジの恋愛をする。「ブサイクはブサイク同士つるんどけや」といった差別的な価値観は、この作品に存在しない(素晴らしい!)。

で、この作品は、河原和音先生が原作、アルコ先生が作画を担当しているのだが、アルコ先生の『終電車』に、猛男を思わせるキャラクターが登場するのでぜひ紹介させて欲しい。

アルコ『終電車』より(以下同)

『終電車』は、恋愛と電車をめぐる4つの短篇から構成されていて、その3つ目に登場する「谷口ゆりあ」が、今回取り上げたいブサイク女子。見てもらえばわかるが、彼女はまるで女版の猛男である。図体のデカさ、眉毛のりりしさはもちろん、自分とそっくりの(ゴリラっぽい)両親がおり、ちょっと引くぐらい夫婦仲がよい、といった部分も猛男と似ている。

一人で生きる三ヶ条
・体力!
・知力!
・気力!

これは、ゆりあの部屋に貼ってある標語だ。「昔はね、/女の子はみんなお姫様で/王子様に無条件に愛されて守られて/幸せになるもんだと思ってた」と語る彼女だが、これはあくまで「昔」の話。今のゆりあはその夢から覚めている。両親のラブラブっぷりを見て育った彼女だが、自分にそういう未来がやってくるとは思っていない。

恐ろしく現実的なゆりあは、「ブサイクは自力」だと語る。王子様にも神様にも頼らず、「とりあえず手に職!」だと、資格試験の勉強にも余念がない。さらに、その逞しい体躯を生かして、スポーツもじゃんじゃんやる。猛男もスポーツ万能だけれど、勉強はからっきしダメ。その点、ゆりあは文武両道のスーパーウーマンだ。

少女マンガのブサイク女子には、ブサイクをこじらせた結果、性格が暗くなったり卑屈になったり、というパターンが散見されるが、ゆりあの場合、落ち込んでるヒマはねえとばかりに、研鑽を積みまくっている。ただ、周囲がどんな目で自分を見ているかは、彼女にもわかっている。というか、彼女には美人でいかにも女の子らしい幼馴染み「瞳」がいるため、イヤでも自分のモテなさを自覚させられるのだった。すぐ近くで瞳がチヤホヤされていても、自分は「何あのゴリラ」と言われ、バレンタインのチョコを机の中から発見されれば「誰あてだよ」「キメ──っ」と言われる。彼女は、たった一人でこの地獄から這い上がってきた。ブサイクな自分を嘆き、瞳に八つ当たりしたっておかしくないのに、そうしないゆりあ。ものすごく人間ができている。

そんなゆりあが、あろうことか同じ高校に通う「菊地」くんを好きになってしまう。恋なんて関係ないと思っていたのに……。でも仕方ない。だって菊地くんは、さりげない優しさを発揮できるいい奴なのだ。それに、ゆりあの見た目をからかったりしない。ごく普通に接してくれる。惚れるなと言う方が無理である。

これまでずっと「ブサイクは自力」をモットーにがんばってきたゆりあの中で葛藤がはじまる。好きな人ともっと話したい、仲良くなりたい、さらには「図々しいのを承知で打ち明けると告白がしたい」とまで考えてしまう。それはつまり、自分で作った「恋愛なんてしない」という防御壁を自分でぶっ壊すようなものである。スクラップ・アンド・ビルド。ゆりあの場合、恋によって自分が変わってしまう経験は、王子様の言動がもたらすものというより、自己内対話がもたらすものだ。

どーにもなんない時もあるかもしれない
変えられない現実もあるかもしれない
それでも自分を見放しちゃいけないんだ
あたしの舵を握るのはあたし以外にいないんだから

 

圧倒的な自己肯定感。これがゆりあの強みだ。好きな人ができた途端、ダイエットしたり、急にお菓子作りを始めたりするんじゃなくて、「あたしの人生の主役はあたしだ!!」と叫び、好きな男がいる駅のホームへと駆けだしてゆく。そこには駆け引きも、計算も、ついでに言うと、菊地くんの意志も関係ない(彼はゆりあの気持ちに1ミリも気づいていない)。

でもそれは決して自分勝手なんかじゃない。たとえ彼が受け入れてくれなくても、まずは自分が自分の気持ちを受け入れてあげなくちゃ。そう思える気持ちさえあれば、ブサイク女子はブサイクなまま魅力的になれるのだと、この物語はメッセージしている。

美人になる努力の前に、ブサイクなまま魅力的になってごらんよ、と誘いかけてくるのが『終電車』という作品で、そのマインドは、『俺物語!!』にもしっかりと受け継がれている。あれも、猛男がゴリラのまんま、凛子と恋愛をする話であって、内面的な変化こそあれ、彼の見た目が変わるとか、そういうことは起こらない。

『終電車』には、ゆりあの告白が成功したかどうかは描かれていない。しかし、それでいいのだと思う。先述の通り、ゆりあは恐ろしく現実的だから、この告白がどんな結果をもたらすか、きっと予想がついているだろう。しかしそれでも、告白することの意義と価値は変わらないことを知っているから強いのだ。結果がともなわないからやらない、と決めてかかる女は、いくら顔面が美しくても魅力的じゃない。この世には「結果が全て」という言葉があるが、おそらく人間関係にその言葉は当てはまらない。人と向き合おうと努力するプロセスこそが、人を美しくする。ゆりあを見ていると、そのことが実にはっきりとわかるのだ。


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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。