不安定な心をときほぐす、島の空気と”少し不思議”『マグネット島通信』

2018/04/05 7:42

今回紹介する1巻は、伊藤正臣『マグネット島通信』。

最初にざっくり「こういう話です!」と言いたいところなのですが、一言で説明するのは難しくて、まあ一言で説明している宣伝文句もあるんですけど、それで中身が想像つくかというとそうでもないので、ここでじわじわ紹介していきますね。

物語は、タイ語翻訳者の本山田(もとやまだ)が磁辺島(じへんとう)という島にやってくるところから始まります。

もともと東京でタイ語の翻訳者として活動していた彼は、出版社との契約更新を打ち切られ、そのかわりになるような大きい仕事も見つからなかったため、親戚の空き家があるこの磁辺島へ移住してきたのでした。東京で翻訳の仕事することをあきらめたわけではない。でもめぼしい仕事はない。なので、とりあえず島に移住してきたけど、これからどうなるのか、さっぱり見通せない。それが島にやってきたときの心境でした。わかる。不安になったりするよな、フリーランスの仕事って。
(このとき、フリーランスの先輩が本山田にかけた言葉がとてもよいので、フリーランスの人はぜひ読んでほしい)

本山田が島に来て最初に出会ったのが、近所に住む茅吹初姫(かやぶき・うぶき)。東京へのあこがれがとても強く、ファッション誌の表紙モデルと同じ髪型にしてみたり、スタバのバッグを愛用していたり、とてもおいしいタマゴサンドを作れるのに「サブウェイのサンドイッチのほうがもっとおいしいに違いない」と思いこんでいたりする女子高生です。

彼女と交流していくことによって、あれやこれやを抱えていた本山田の心が解きほぐされていく……というところは当然あるのですが、このマンガはただ交流(それが恋愛なのかどうかは1巻の時点ではなんとも判別つかず)だけを描いているのではない。「島の空気感」が心を解きほぐす後押しになっている、という感じもちゃんと描かれている。具体的にいうと、印象的な引きのカットがあちこちに出てくるんですね。

たとえば、こういう見開きのカット。

これだと表示サイズが小さくて、魅力が十分伝わらないかもしれませんが、まあそれは1巻を読んでくれってことで。

さて。

ここまで紹介した分だけでも、よい展開が期待できそうではあるのですが、「マグネット島通信」はそれだけではない。

磁辺島のあちこちに転がっている謎の金属片。ほとんどの島民にとってはあまりに日常すぎて、特に不思議に感じていないようなのですが、初姫の友人・相楽小豆(さがら・あずき)だけは、その存在の特殊性に気がついていました。

日常ものと思っていたら、そこにほんのちょっとしたSF要素が入って、日常がちょっとひずんでいく感じ。「マグネット島通信」におけるSFを、藤子・F・不二雄にならって「S(少し)F(不思議)」と評している人がいましたが、なるほど言い得て妙だなと。

さっき、「このマンガは島の空気感もちゃんと描いている」と言いましたけど、島の空気感の中に「SF(少し不思議)」が入ってくると、こんな感じになるんです。

ストーリーとしてSFがスパイスになっているだけではなくて、絵としても「いい感じの古民家に謎の金属片」という、ちょっと不思議な感覚のものになっている。これはこのマンガの一つの特色と言っていいかもしれない。

作者の伊藤正臣は、過去にも『片隅乙女ワンスモア』という「SF(少し不思議)」系のマンガを描いていて、そこでもSFの入れ込み方、モードチェンジの仕方がうまいなと思ったんですよね。

『片隅乙女ワンスモア』伊藤正臣

ちなみにこれは『片隅乙女ワンスモア』で良いと思ったシーン。いきなり「ゴポッ」と言われてもなんのことかわからないと思いますが、ちゃんと読めばこのシーンの良さがわかると思います。

『マグネット島通信』はまだ1巻を読んだだけなので、もしかしたらこれからSF要素がどんどん強くなっていく可能性もあるのですが、1巻の時点ではちゃんと個人の実存の問題にも向き合っているのがよいと思いました。本山田が社会人デビューしたときに見た夢の話とか、とてもいい。

どっち方面に転がっていくにせよ、たぶんとてもおもしろい方向になっていくと思うので、まずは1巻を読んでみてください。

……という締めで原稿終わるつもりだったのですが、調べたらこれ、アプリで読めるんですね。「マンガZERO」というアプリ(村系みたいな違法ものじゃなく、公式のやつです)をダウンロードしてタイトル検索すれば、1話〜3話と最新話が無料で読めます。それ以外の話はチケットやコインが必要なのですが、毎日ちょっとずつ無料チケットが配布されるので、なんやかやでけっきょく全話読めます。

というわけで1巻でもアプリでもよいので、『マグネット島通信』読んでみてください!


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前田隆弘

顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。