2018年の今、新井英樹に聞きたい『宮本から君へ』のこと

2018/06/14 6:08

写真:津田宏樹

4月からスタートしたドラマ『宮本から君へ』がもうじき最終回を迎える。しかし原作を読んでる人ならすでに「あ、これは原作のこのあたりで終わるんだな」と予想がついているはず。『宮本から君へ』には、ドラマ化されたエピソードの先がまだある。連載当時、物議を呼んだシーンも含めて。「ドラマ化をきっかけにこの名作を読んでほしい」、そして「もう一度『宮本から君へ』について考えてみたい」という思いから、作者の新井英樹にインタビューをおこなった。彼の仕事場で。

春が来て……

──『宮本から君へ』(以下『宮本』)は新井さんの週刊連載デビュー作ですけど、新井さんの初投稿作『俺たちには今日もない』(『セカイ、WORLD、世界』に収録)を読んだら、『宮本』とはタッチも路線もまるで違っていて。この間にいったい何があって『宮本』ができたんですか?

さかのぼって話していい? 俺、もともと永井豪さんの『デビルマン』や『バイオレンスジャック』が好きで。あと、本宮ひろ志さんの『大ぼら一代』。でも小学6年のときかな、父親から「これ読め」ってつげ義春をすすめられて、永井豪や本宮ひろ志の影響に「ガロ」の要素が混じってきたんですよ。高校3年くらいのとき、初めてインクとペンを買ってレポート用紙にマンガを描いてたんだけど、それもガロ系・ハートウォーミング系・イデオロギー系が混在してて。

──その時点でマンガ家になることを意識していた?

いや、それが「大学入ったらマンガ描くぞ!」って思ってたのに、結局何もやらなくて。そのままサラリーマンになって、でもやっぱり続かないから、「マンガ描こう」って思ったの。それで持ち込みというか、新人賞に出すために描いたのが、いま話に出た『俺たちには今日もない』。あれを描くときに考えていたのは、「『この人はこういうジャンルのマンガを描く人なんだな』ってレッテルを絶対に貼られたくない」ということで。「何でも描きたいんです!」という気持ちで描いた。そこからはずーっと、持ち込んでもボツになるような鳴かず飛ばずの状態が続いていたんだけど、あるとき…………これ、説明しづらいんだけど、春が来て(笑)。

──春が来て?

担当の人はずっと「明るいものを描こうよ」って言ってたんだけど、俺は「そうじゃなくて俺はこんな感じのマンガを描きたい」って突っぱねてて。でも春が来たら急にその気持ちがポコッと抜けちゃった。で、ネームを持っていく電車の中で、「もう1本何か欲しいな」と思ってたら、「先輩が引退して8人になってしまったラグビー部の、夏練習の休憩時間」の話を思いついて。それを担当に話したら、やろうという話になった。

──それが『8月の光』ですね。アフタヌーン四季賞で大賞を取った。

そう。そのちょっと前に土田世紀がデビューしてて、「若いのにこんなに才能のある人がいるのか……これはきついな」と思ってたんだけど、俺が『8月の光』を始めるちょうどひと月前に、土田世紀が同じラグビーもので『タックルBEAT』を始めてて。同じ雑誌に2本ラグビーマンガ、しかも相手は土田世紀だからすごいプレッシャーだったんだけど、結局1巻で打ち切りになって。そこから「こどもができたよ」という短編を描いて、そのあと編集から「サラリーマンものを読み切りで描かない?」って言われて、「あんまり興味ないけど、一応こんな経験をしたんで、それを描きますね」って描いたのが『宮本』の1話目なんですよ。

──サラリーマンものをやるというのは、新井さんではなく担当さんきっかけだったんですね。

もともとATGの映画とか、ヌーヴェルヴァーグ系とか、必ず主人公が死ぬ作品とか、そういうものがやりたくてマンガを描きはじめたから、「なんでサラリーマンものみたいな、こぢんまりしたマンガをやらなきゃいけないんだ」という気持ちはあった。でもやってるうちにそれが徐々に変わってきて……といっても「明るくなった」ということでもないし、「力が抜けた」ということでもないんだけど、でも担当さんがしつこいまでに「明るいマンガをやろう」って言ってくれたのは大きかったと思う。

反トレンディとしての『宮本』

──『宮本』の1話はいろいろ実体験が反映されているんですよね。

俺がサラリーマンになって、付き合ってた女の子の前で愚痴ばっかり言ってたら、『宮本』に描いた通り、「社会人になって君は変わったね」って言われてふられて。それはかなりでかかった。(通勤中の駅で出会う)甲田美沙子も、もうそのまんまのエピソードで。俺の場合は告白はできなかったんだけど。

『宮本から君へ』第1話より

──でも宮本のキャラが出来上がっていったのは、それ以降の話ですよね。やっぱり合コンの後あたりから「宮本らしさ」がどんどん出てきたような気がします。

最初のネームでは、裕奈ちゃんとラブホテルでやっちゃってるんだけど、それはダメ出しされて。「ラブホテルに行って、やらないっておかしいだろ」と思ったんだけど、でも結果的には「ホテルに行ってあんな状態になったのに、理屈をこねてやらなかった」ことによって、いろいろ転がっていった部分はあると思う。

──やるやらないの話もありますが、終電を逃してこれからどうするという時の「いいでしょ? 宮本さん」というシーンもすごかったです。あの見開きはものすごくビチャッとしていて、ロマンティックさとはかけ離れた独特の生々しさがあって。そのビチャッとした生々しさは『宮本』の特徴になっていったように思います。

『宮本から君へ』第3話より

もともと「トレンディドラマなんか大っ嫌いだ!」っていう思いがあって、なのに今『宮本』でやろうとしているのはまるでトレンディドラマじゃん……という葛藤があって。若い男と女が恋の駆け引きをしているのは、見方を変えれば「ものすごく怖い、醜い」っていう言い方もできるから、じゃあめちゃくちゃおどろおどろしくしてやろうと思って。要するに、「それ、読んでるアンタたちだからね! 端から見ると醜いことこの上ないからね!」っていうのを見せつけたかった。編集部からも「これ、顔が怖すぎない?」って言われたんだけど、「いや、これでいいんです」って。

──その後で、甲田美沙子と海に行って、裸で海に入っていくシーンが出てきて、「宮本というのは、こういう行動を取る人間なんだな」というのをすごく印象づけられました。

会社サボって海に行くっていうのはトレンディドラマ風なんだけど、そこでつげ義春の影響が出てくるんですよ(笑)。「海辺の叙景」というマンガの絵をやりたくてね。あの回は描いてて気持ちよかった。甲田美沙子との関係については、その後の展開も含めて、「トレンディドラマが描かない、かっこ悪いところ、みっともないところ」まで全部描いていこうと思ってました。

──トレンディドラマへの反発心を強く持っていたようですが、その当時の社会のトレンディ圧力って、やっぱり相当に大きかったわけですか?

すごかった。あの浮かれた感じが嫌で嫌で。しかもそれがすごく差別的だというのを、誰も言ってない。今ポリコレとか言ってやたら騒いでるけど、じゃあイケメンと美女が出てくるだけで、悲しくなったり不快になったりする俺の気持ちは汲み取ってくれるのか? でもそう言うと、「それはお前がひねくれてるからだ」って絶対言われるんですよ。要するに、マイノリティのことは何も考えてないわけ。だから俺にとって「自分は普通だ」って言ってる人は、もうその時点で差別主義者なんです。バブルのあの感じは、ずーっと不快で、腹が立ちまくってた。

どのマンガよりも、主人公に優しくないマンガにしよう

──『宮本』には、まだ青二才の宮本をたしなめる大人……先輩とか上司とか取引先の人が出てきますよね。新井さんはサラリーマン経験があるとはいえ、短い年数しか働いていないのに、どうしてそういう「働く大人」の視点が持てたんですか?

俺、ずーっとコンプレックスがあったの。

──どんなコンプレックス?

表現をやる人って、「自分の家が貧乏だった」とか、「不思議な境遇で育った」とか、だいたいそういうのを持ってますよね。それに対するコンプレックス。俺は神奈川に住んでたから、田舎から都会に出てきたというわけでもないし、家だって別に裕福ではなかったけど、ド貧乏というわけでもなくて。要するに「この環境から抜け出したい!」みたいなモチベーションがなかった。「悩みがない」という悩みって、けっこう苦しいんですよ。それもあって、そういう人たちが描くもの以上に「絶対に自分が世界の中心じゃないもの」「まわりは誰も主人公のために生きないもの」をやろうと思った。そうすると、まわりの人もちゃんと描き込まなきゃいけなくなるわけで。

──それでああいうキャラができていったと。

あと、これはたぶん性分なんだけど、「お前、いま自分に酔ってるだろ?」って指摘されたら、もう死にたくなるくらい嫌になるんですよ。だから描いていて「ああ、この流れは自分に酔っているな」と思った瞬間に、それをぶっ壊したくなる。宮本が何か勢いで言ったことに対して、とにかく水を差すことを言ってやろう。どのマンガよりも主人公に優しくないマンガにしよう。それがこの作品での基本姿勢になってますね。

──新井さんは自意識過剰なほうなんですか?

俺、ほっとくと自意識過剰すぎて、それが自分でも気持ち悪くて。マンガ家って、年末に交流会があるんですよ。同じ雑誌や編集部で。

──大きなホテルの「なんとかの間」みたいなところでやるやつ。

『宮本』の連載を始めてから、交流会に行っては普段言わないようなカッコいいことを言っちゃって、次の日の朝にそれを反芻して「うわあ、また言っちゃった……」って死にたいくらい恥ずかしさがこみ上げてきて、そこから熱が40度近く出て、3日間ムダにしてしまう……というのを4年連続でやってしまって。

──後でいろいろ思い出してアーッ! となる人はそれなりにいるでしょうけど、熱まで出すというのは揺り戻しがかなり大きいですね。

「これは俺には無理だな」と思って、そこから交流会には行かなくなった。自意識が大きくなった人たちの中に自分を置いちゃうと、余計なことしか言わないから。「自分に酔ってる奴が嫌い」というのは、たぶん「自分に酔ってる俺が嫌い」というのと同義で、それでああいう描き方になるんだと思う。勢いで言ったことは、必ず誰かに水を差されたり、嫌な思いをさせられるというふうに。

──じゃあ『宮本』の中では、「自分に酔いたい自分」と「自分に酔いたくない自分」がせめぎあってる、みたいなこと?

そう! まさにそれなんですよ。自意識が暴走しちゃうのが本当に嫌で、ブレーキかけようとは常に思ってるんだけど。「あ、俺は人とちょっと違うんだな」と感じたのが……マンガ家になる人ってやっぱりオタク系が多くて、俺もそっちだと思ってたんだけど、でも「男たるもの運動しなければ!」みたいな梶原一騎イズムもあって、中学も高校も運動部に入ってたわけ。高校ではラグビーやってて、オタクが本来(いろんな作品を鑑賞して)積み上げるべき時間を、運動に使っちゃったわけ。知識量ではオタクにもなれないし、じゃあ体育会系かというと、そうでもなくて。神奈川県ベスト8がかかった試合で、ギリギリの差で負けたんですよ。部員はみんなわーわー泣いてて、俺も泣いてたんだけど、それは悔しさの涙じゃなく、「今までやってきたことはムダだった……こんなムダなことに夢中になっていた俺、すごいじゃん!」という涙で。

──ちょっと待ってくださいね……えーと、今の話は「本来オタクとして過ごすべき時間を過ごせなかったコンプレックス」と「体育会系として実績らしい実績を残せなかったむなしさ」と「試合に負けたときにその状況に没入せずに、ちょっと俯瞰して見ている自意識」がセットになっているわけですね。

今も自意識肥大の人間なんだけど、最近は「とにかく表に出よう」と思うようになって、それでこの4年くらいで生活が激変してる。50歳が見えてきたときに、「俺が100歳まで生きることは絶対にない……ということはもう折り返しは過ぎているわけだから、今までこだわっていたものをもう全部解除してしまおう」と思って。

──たとえばどんなこと?

「誘いがあったら行く」とか、「月に一度は何か初体験をする」とか。それをやり始めたら、いろんな人と知り合いになって、若い子も俺にいろいろ教えてくれたりして。その子たちが俺に対して「こうであってほしい」というイメージを持ってるんなら、じゃあそれを演じてみよう。それをやってるうちに楽しくなったり……何を聞かれてたんだっけ? ああ、またムダなことを……。

──いえいえ、気になさらなくて大丈夫ですので。