マンガで(ひとまず)満たす「こんな差し入れをされたい欲」【前編】

マンガで(ひとまず)満たす「こんな差し入れをされたい欲」【前編】

こんにちは、Mk_Hayashiです。異常な暑さがつづく中、何かと暑苦しいと言われがちな連載を読んでくださり、ありがとうございます。

ところで皆さん、差し入れをされるのは好きですか? 自分は大好きです。特に美味しいものを差し入れていただいた日には、小躍りしてしまうほどテンションがグイグイと上がります。

しかし仕事の受注から納品まで、メールで済んでしまう昨今。取材や打ち合わせがない限り人と会うことがないので、差し入れをいただくことは滅多にありません。ましてや末端ライターなので仕事の現場では、むしろ差し入れをしなくてはいけない側の人間です。

なので、この時期「お中元で、こんな美味しいものをいただきました!」とか「夏休みのお土産に、あの銘菓をもらった!」なんて投稿をSNSで見かけてしまった日には、もうひたすら羨ましくなります。育ちが悪く、人よりも食い意地がはっているだけ強烈に。

「そんなに食べたいなら自分で買うなり、ネットで取り寄せなよ……」と思われるかもしれません。確かにそうなのですが、そこには《誰かから思いがけず、いただく》という喜びのサプライズがないじゃないですか。このサプライズがあるからこそ、差し入れや手土産というのは、より美味しく&うれしく感じるものではないかと。

そんな「こんな差し入れをされたい欲」にかられてしまったとき、行き場のない欲望を(ひとまず)満たすために自分が読むようにしているのが……

■手土産 × 文学 × マンガで、食欲だけでなく読書欲までそそられてしまう、うめ(小沢高広さん・妹尾朝子さん)の『おもたせしました。』全3巻(新潮社

中村明日美子さんの美麗マンガ × 榎田ユウリさんのブロマンス小説 × おとりよせグルメが、食欲以外の欲望も満たしてくれる『先生のおとりよせ』全2巻(リブレ出版)

……の2作品。ちなみに両作とも、作中に登場する食べ物は、全て実在するもの。お問い合わせ情報なども、しっかり記載されているので、手土産選びに迷ったときに役立つという、うれしい実用性もある作品です。

左・『先生のおとりよせ』1巻 中村明日美子/漫画・挿絵 榎田ユウリ/小説(リブレ)、右・『おもたせしました。』1巻 うめ(小沢高広・妹尾朝子)/著(新潮社)

美味しい手土産と、文学エピソードが胃も心も満たす『おもたせしました。』

まずご紹介するのは、『東京トイボックス』シリーズ(幻冬舎)、『スティーブズ』(小学館)などの作品で知られる、小沢高広さんと妹尾朝子さんの二人組マンガ家《うめ》による『おもたせしました。』。

『おもたせしました。』1巻 うめ(小沢高広・妹尾朝子)/著(新潮社)

轟寅子(とどろきとらこ)は手土産を欠かさない それは自分が食べたいがためではない けっして!」と始まる『おもたせしました。』。仕事柄、取引先や友人知人など訪問が多い主人公・寅子と、彼女が選んだ手土産、そしてその手土産をきっかけに生まれる、様々なコミュニケーションを描いた作品です。

(『おもたせしました。』1巻 第1話「大多福のおでん」より)

ちなみに寅子の職業ですが、ちょっと謎めいています。「さくらちゃん」と呼ばれる叔母のもとで働いているのですが、この「さくらちゃん」の職業どころか正体が最後まで明かされない。

訪問の主な目的が文献資料の貸し出し・借り入れ・返却なのと、その内容(団地の二十年史、出版社にも残っていない資料、30年前に上演された舞台の脚本など)、国会図書館が舞台となる第13話(2巻収録)で寅子が「ウチがここで探すような稀覯本は 直射日光NGで」と言っていること、そしていつも着物姿であること。これらから推測すると、文化人類学分野の古い文献資料のリサーチャーみたいな職業と思われる。

依頼主が求めている資料を、数多ある本の中から探し出して届ける。いうなれば情報を活用することに長けている寅子。手土産を決める際も、渡す相手のリサーチをおこたらず、得た情報をしっかりとセレクトに活かします。それこそ名門ホテルのコンシェルジュばりに。

例えば、グルメ作品を連載中というシングルマザーのマンガ家である先輩に、幕末の肉食に関する資料を届ける際は「今日原稿が あがる日だと 聞いたので」と……

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

……プチ打ち上げでのお酒のアテになる(なおかつ「お子さんの朝ごはんに」もピッタリな「パンに挟んでも美味しい」)パテ・ド・カンパーニュを用意。

貴重な資料をお借りするのが、理髪店を営んでいる方だと知れば……

(『おもたせしました。』1巻 第8話「ラザニ屋のラザニア」より)

……と、先方のライフスタイルを考慮して……

(『おもたせしました。』1巻 第8話「ラザニ屋のラザニア」より)
(『おもたせしました。』1巻 第8話「ラザニ屋のラザニア」より)

……温めればすぐに食べることも、冷蔵保存もできるラザニアを用意。

さらに先方が「予定外の子守り当番になっちゃって」と、資料の受け渡し場所として上野動物園を指定すれば……

(『おもたせしました。』1巻 第6話「イアコッペのコッペパン」より)

……「よかったら お子さんと いっしょに…」と……

(『おもたせしました。』1巻 第6話「イアコッペのコッペパン」より)

……小さな子どもでも食べやすい、コッペパンのサンドイッチを用意する。この甘い&しょっぱい具材のセレクトにも、寅子の気配りが感じられます。

しかも全24話の中における寅子の手土産のライナップは、お惣菜系にはじまり、珍味などの酒のアテ、こだわりのつまったスイーツ、果てには飲料までと、なんとも幅広い。

手土産の商品名が各話のタイトルにもなっているのですが、もう目次を眺めているだけでも「もし寅子だったら、自分のために何を選んでくれるだろう……」と妄想が止まらなくなるのです。

で、上記の引用コマのように、先方に手土産を渡すと寅子のお腹は「ぐぅ〜〜 きゅるるるる」と、盛大に鳴りがち。ちなみにお腹が鳴らないのは全24話中12話で、そういうときの手土産は、酒のアテやスイーツなど、食べても満腹状態にはなれない軽食が多い。

さすがに先方もお腹を空かした来客をそのまま帰すわけにはいかず、「おもたせですが」と手土産を出し、寅子と一緒にいただくことに……というのが、『おもたせしました。』における定番の展開。でも、この作品が(というか、作者である小沢高広さん・妹尾朝子さんが)すごいのは、定番フォーマットで物語が進むにも関わらず、最終話まで一切飽きを感じさせないところなのです。

『おもたせしました。』2巻 うめ(小沢高広・妹尾朝子)/著(新潮社)

作品のキモとなるのは、手土産を食べながら寅子たちがする対話ですが、この内容が寅子の手土産ライナップばりにバラエティに富んでいて、全くもって飽きがこない。おまけに博学な寅子が、会話の端々にはさむ文学エピソードが、なんとも面白い。

何度か登場する東大の先生(通称、若センセイ)は、そんな寅子のことを「昔のことも 今のことみたいに話すのがおもしろい」と作中で評していました。でも、ただ面白いだけでなく、登場人物たちが抱えていた心のモヤモヤを解消しちゃう不思議な効能もあるのですよ、彼女が語る文学エピソードは。

例えば、寅子がパテ・ド・カンパーニュを差し入れした、シングルマザーのマンガ家さん。学園恋愛マンガでデビューし、現在は連載中のグルメ作品が「大ってほどじゃないけど まあ おかげさまで 母子二人 食べていくくらいには」ヒットしている。

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

でも昔からの読者には恋愛マンガを読みたいと言われ、「たまたまグルメ漫画ブームに乗った」自分自身に対して、なんだかモヤモヤを抱いてしまっている様子である。

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)
(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

そんな彼女に対して寅子は「でもグルメものって ホントにブームは一過性のもの ですかね?」と(モグモグしながら)言い、日本文学において初めてパテが登場した、明治時代のグルメ小説『食道楽』について語り始める。

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

料理上手で聡明な美人のお嬢様である主人公が、恋に落ちた相手の肥満体質を解消しようと奮闘する『食道楽』が大ベストセラーになったこと。「さらに歌舞伎にはなるわ ゲームは作られるわ 『食道楽』のリアル店舗はできるわ」と、明治時代にして現代でいうメディアミックスに近いことまで行われたことを(モグモグしつつ)解説する寅子。

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

そして、グルメものというジャンルは「昔から ドジョウは うじゃうじゃいる つまり王道なんです」と持論を展開し、先輩の作品がヒットしているのは単なる偶然ではないとサラリと言い、わだかまりを抱えていた先輩の心を一瞬にてほぐすのです。

(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)
(『おもたせしました。』1巻 第4話「OGINOのパテ・ド・カンパーニュ」より)

食欲をそそる美味しい手土産で(小腹の空いた)胃を、そして好奇心をそそる文学エピソードで(空しさを抱えていた)心を満たしてくれる寅子。この先輩マンガ家の他にも、学校に通っていない小学生、インスタグラムで一躍人気者となった写真家、直木賞を落選した作家など、多種多様な人物の胃と心を全24話の中で満たしていきます。

もし寅子のような存在が身近にいたら、きっと自分は崇めまくると思いますね。何気ない日常という《褻(ケ)》の空間に、自分のためにセレクトしてくれた手土産で《晴れ(ハレ)》の空気を、手土産を食べている間だけでも持ち込んでくれる神様もしくは魔法使いみたいな存在として。そして寅子と美味しいものが食べたい&寅子の面白い話が聞きたいあまり、無駄に仕事を依頼してしまう気すらします。

毎話、誰かを幸せな気持ちにさせてくれる寅子。でも1巻の最後では母親との対話を通して、寅子が文筆家になる夢を捨てきれずにいること、そして寅子自身も消化しきれていない複雑な想いを抱えていることが明かされます。

(『おもたせしました。』1巻 第9話「乃池の穴子寿司」より)
(『おもたせしました。』1巻 第9話「乃池の穴子寿司」より)

で、実はこのエピソードが作品全体における大きな伏線にもなっていて……と、これ以上はネタバレになってしまうので書けませんが、寅子が消化できないわだかまりが最終話の大団円へとつながるのですよ。それも「お見事!」と声をあげたくなるくらい、パーフェクトな形で。

寅子の美味しい&心温まる《おもたせ》の日々が、一体どう終わりを迎えるのか? 気になった方は、ぜひ3巻までそろえて確かめてみてください。でも食欲と読書欲をハンパなく刺激する作品ですので、くれぐれも一気読みはせず、お腹と心の具合にあわせながら、ゆっくり味わうことをオススメいたします。

『おもたせしました。』3巻 うめ(小沢高広・妹尾朝子)/著(新潮社)

さて今回のテーマである「こんな差し入れをされたい欲」を満たしくれる、もうひとつの作品が『先生のおとりよせ』。『おもたせしました。』では寅子ひとりが主人公でしたが、こちらは、ふたりの《先生》が主人公です。

ふたりの《先生》がおとりよせした、実在する美味しいものをきっかけに、様々な人間関係が変化していく様子を描いた作品なのですが……既にかなりの長文になってしまったので、『先生のおとりよせ』については、次回お届けしようと思います。

ちなみに『先生のおとりよせ』も、これまた素敵&読みどころあふれる作品なので、今回と同じくらいの長文となりそうです。「また長くて暑苦しい記事を書くつもりなのか……」と皆さんの心の声が聞こえるような気がしますが、酷暑が原因の幻聴ってことでスルーさせていただきます。

 

何はともあれ残暑が長引かず、来月の今頃には少し早めの秋が、どうかはじまっていますように。それでは皆さま、夏の終わりを楽しくお過ごしください。

おもたせしました。のマンガ情報・クチコミ

完結 おもたせしました。 うめのマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!みなさまからの投稿もお待ちしています。

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