君は『五万節』を見たか? 「わりに合わないことばかりするマンガ家」上野顕太郎をめぐるトークセッション[第21回文化庁メディア芸術祭]

2018/08/31 12:00

としぞうかるた

みなもと みなさん、「としぞうかるた」という作品はご存じですか? 土方歳三が出てくるマンガを全部集めて、その中で一人一人がしゃべっているセリフをいろは48枚こさえるという。

「としぞうかるた」より(『夜の眼は千でございます』収録)

 

上野 これは、奇跡のように集まったんです。みなもと先生のもあります(「そ」の『冗談新選組』)。

みなもと これは「こ」が一番古いんだよね、新選組マンガの中で。

上野 これはたまたま入手した、雑誌の付録マンガなんです。山口あきらだ。

みなもと 何年?

上野 昭和25年。講談社の「少年クラブ」の付録。

松田 さすがにわからない(笑)。

上野 僕も知りませんでしたが。このために集めたマンガもけっこうあります。幕末もそうですけど、新選組も題材としてはすごく人気があって、いろいろな人が描いているのはわかっていたから、なんとかなるだろうなと。

みなもと 追加でどれくらい集めた?

上野 たぶん20冊はいったかと。

みなもと 「ん」までちゃんとセリフにあった。里中(満智子)先生の(『浅葱色の風─沖田総司』)。

「としぞうかるた」より(『夜の眼は千でございます』収録)

 

上野 例えば、持っている作品の「あ」を使っちゃったら、その作品は二度は使えなくなる。だからネットを使って(新選組マンガを)調べるんです。土方歳三が出てくるからといって、「新選組」というタイトルが付いているとは限らないんですね。新選組以外の、西郷隆盛とか、坂本龍馬とかのマンガで出てくる場合もあるので。小山(ゆう)さんの『お〜い!竜馬』とか。その検索をかけて、土方が出ているかどうかを確認する作業がすごく面倒くさかった。

松田 調べるのはコンピュータを使うんですね。

上野 コンピュータも使うし、本屋に行ってパラパラ見たりもして。例えば、学習マンガで「日本の歴史」みたいなのがありますよね。それも見て、「ああ、土方出てるな」とか。

みなもと だから結局、そういう原稿料に合わないことをするわけでしょう。

上野 まあ、合わないですよね。

同一脚本競作漫画

みなもと 二度ばかり、上野顕太郎からマンガの依頼が来たんです。「こういうものを1ページで描いてくれ」と言われて、それを描いたら原稿料が振り込まれるんです。上野顕太郎から。要するに、上野顕太郎の8ページの中で、4人の作家に発注するから、自分の原稿料がないんですよ。

「同一脚本競作漫画」より(『夜は千の眼を持つ』収録)

 

上野 だって僕は描いてないわけですから。これは同一脚本の競作マンガで、僕が描いた同一脚本でも、マンガ家が10人いたら十人十色のマンガになるだろう……と言っておきながら、みんな同じマンガになっちゃうというギャグをやりたかったんですね。新井英樹さんや、みなもと太郎さんや、三宅乱丈さんに依頼して。

みなもと 原稿料を全部吐き出してまでやりたいかと(笑)。

上野 やりたいんですよ、結局。でも、このときはどうだったんだろう? 俺の原稿料は、(コンセプトを説明した)頭の部分と自分が描いたページの4ページ分しかもらっていないのかな。

松田 その月の生活、大丈夫だったんですか(笑)?

上野 たぶん。実際どうなったのか、よく覚えていないんですが。『レ・ミゼラブル』のときは、最後の1ページだけ、原稿料1.2倍にしてもらいました。

レ・ミゼラブル

みなもと 「レ・ミゼラブル」のときは、わざと4ページにしてもらった?

上野 このときは、まだ連載ではなかったんです。

みなもと これは1ページ目にまず推薦と解説と作者紹介があって、次の2〜3ページ目の見開きにタイトルがあって、最後の1ページで「レ・ミゼラブル」を全部描ききる(笑)。これ、雑誌ではいいんだけど、単行本では読めない。そういう方のために、(単行本の)カバーを外したところにちゃんと大きく載ってます。

「レ・ミゼラブル」より(『夜は千の眼を持つ』収録)

 

松田 それでも老眼には無理。

上野 僕自身が読めないんですよ。描いてた頃は読めてたんですけど、今は目が悪くなっちゃって。

みなもと で、ストーリーを1ページで全部やるという。

上野 最初は「1ページに収まらなくてもいいや」と思いながら描いていたんです。細かすぎて下描きができないので、「だいたいこのへんで刑務所のエピソード」「このへんでコゼットが出る」みたいに印をつけながら割っていった。で、下のほうまでいったときに「これは最後まで収まりそうだな」って初めて思って、実際にちゃんと収まった。自分でもすごいなと。

松田 普通にB4の原稿用紙に?

上野 そうそう。(枠を)ページのギリギリまで大きく取って、ふだんの1.2倍で描いて。それで4ページ目だけ原稿料を1.2倍にしてもらって。

みなもと この元ネタは、私のマンガの『レ・ミゼラブル』なんだけど、私はマンガ化するときに(原作から)エピソードを抜かないようにしていたんですよ。そしたら上野顕太郎はそのエピソードを抜いていないままでこの1ページマンガにしたから、びっくりしましたね。

上野 というより、僕は原作より先に、みなもと先生の『レ・ミゼラブル』を読んでいたんです。その後に原作を読んだから、いかにマンガが上手に出来ていたがわかった。

みなもと 私が子どもの頃にあった名作文学のマンガは、大事なエピソードを平気でズバズバ抜いていたから、それが嫌でとにかく細かく入れるようにしてたんです。それをこの1ページに全部入れているから、よく入ったなと。私の作品を参考にしたことをちゃんと書いてくれているので、こういうところも本当にありがたい。

 

上野 少し前にヒュー・ジャックマン主演の『レ・ミゼラブル』がヒットしてましたけど、やっぱりズバズバ飛ばしていましたね。とにかく原作は波乱万丈なのでおすすめです。

みなもと 何回も言うけど、この人はそれを1ページで描いているんだから。

うえけんの五万節

みなもと 「五万節」は拡大して描いてるの?

上野 あのままB4で。

みなもと あれをB4でやってるのね。

上野 今回、「五万節」の原画が展示されているんですが……。

松田 伝説のね。

「うえけんの五万節」より(『五万節』収録)

 

上野 僕自身がもう「五万節」の原画を読めない(笑)。拡大パネルがあったから「ああ、そうそう」ってわかったけど。当時、80年代から90年代のあたりって、モブに何かキャラクターがいるというのをやりがちな時代ではあったんですが、それは普遍性がなくなっちゃって嫌だなと思ったので、これではやらなかったんです。とはいえ、ただ頭が描いてあるだけでは面白くないので、黒人のコーラスグループがいたりとか、あと、上のほうにシンクロ(ナイズドスイミング)をしている人の手があったりして。

「うえけんの五万節」より(『五万節』収録)

 

松田 知らなかった……。

みなもと 気付かなかった……。

上野 あと、唐草の風呂敷担いでいる泥棒がいたり、帽子男とほくろ女もいて。そういう、いろいろな人は一応描いたかな。

みなもと あそこに変なのがいる。モヒカンの。

上野 『タクシードライバー』のロバート・デ・ニーロか。私も久しぶりに見ました(*画像見つけられませんでした……)。

(ここからしばらく、画像を拡大しながら「ここにこんなのがいる!」というトーク)

松田 これ描くのに何日かかったんですか?

上野 半年。

松田 半年!?

上野 これだけずっと描いてたわけじゃなくて。要するに、範囲を決めて「今日はこの部分を描こう」というので少しずつ描いていって。ただ、その日の分を描き終わった後、「よし終わった」と思って原稿を離して見ても、どこを進めたかがわからない。そういうレベルでした。ずっとカリカリやっていると、手がイライラしてくるので、毎日少しずつやる。もちろんその間、他の仕事もやっていたんですけど。

松田 さすがに半年これだけやっていては、ごはんが食べられない。これ、時給にするとすごいですよね。

上野 時給で払ってくれればいいのにね。

松田 最低賃金でも、相当なお金になりますよね。

上野 でも、これをやったおかげで、名前を覚えてもらえたというのはあるかな。

みなもと 上野顕太郎の代表作ということになってはいる。

松田 見たときはもう衝撃が走りましたから。

シューベルト「魔王」

みなもと いろんな教養を元にしたパロディをやっているんだけど、シューベルトの「魔王」を8ページでやったのもすごかった。

上野 あれは中学校レベルの教養ではありますが。

みなもと でも「魔王」は、あの音楽のイメージがちゃんと描かれていた。

松田 現代の誘惑がどんどん息子に襲いかかってくるのを、一生懸命父親が止める。お姉さんが絵をすすめてきて、「息子よ、それはデート商法じゃ!!」(笑)。

「夜千名曲の夕べ シューベルト『魔王』」より(『夜の眼は千でございます』収録)

 

みなもと 日本語訳の「魔王」のラストは「息子はすでに息絶えぬ」だから、このマンガのオチとぴったり合っている。

上野 クラシックを題材にして、他でもやろうかなと思ったんですが、なかなかネタがなくて。

みなもと だけどこれは本当に音楽と共に浮かんできただけに、驚いた。

松田 リズム感もありますしね、ちゃんと。

6コマ殺人事件

みなもと 「夜千」のシリーズの中で、いちばん上野顕太郎の才能を感じたのは、1ページを6コマに割って、そのコマをずっと入れ替え差し替えしながら、中のネームだけを変えていって8ページ終わらせて、オチをつけるというマンガ。

上野 「6コマ殺人事件」。

「名探偵 明智小 五郎の憂鬱 6コマ殺人事件」より(『ギャグにもほどがある』収録)

 

みなもと コマも上下を替えられるようになっていて、話も「他の部屋も同じ作りになってるね」みたいなセリフでつないでいくんだけど、あれで8ページやるのはなかなかできないことだなと。

上野 あれも、やはり寝かせていたんです。「6つしか絵を描かないけど、8ページが成り立つマンガってなんだろうね」というのを担当と話していて。明智小五郎(あけちこ・ごろう)でいこうとは思っていたんですけど、それをどうやったらいいかわからなかったのと、オチをどうすればいいかがわからなかったんです。同じ絵しかないわけだから、「お前が犯人だ」とかも言えないし。

みなもと でも最終的にちゃんと犯人がわかるようになっている。最後にこの紹介だけはしておきたかった。

上野 こういうこと話し出すと、いくらでも語れますから。

松田 語ることが多いんですよね。ネタがギュウギュウなので。

みなもと これで1冊が400ページとか、500ページとか。

松田 お得ですよね。

上野 計算は特にしていないけど、コストパフォーマンスはいいと思います。でもそれは読者にとってのコストパフォーマンスで、作者にとってはあんまりコストパフォーマンス良くない(笑)。

みなもと こういうのがすでに5冊出てるんだから。今回の受賞をきっかけに、もっと読まれてほしいですね。