「演技する鼻」から目が離せない──『王子様はマリッジブルー』の巻

2018/10/05 5:00

これまでのいろいろな少女マンガのブサイク女子を紹介してきたが、彼女たちには描画上のパターンが存在するように思われる。それを見た読者が「ブサイク女子を描いている」と即座に理解できるようなパターン。典型的なものを挙げてみると、こんな感じだ。

輪郭:ぽっちゃり丸顔もしくはほっそりうりざね顔
髪:黒髪、ボサボサ、毛量多め、剛毛、天然パーマ
目:メガネ、一重まぶた、つぶらな瞳(白目の部分が多い)、怒ったような釣り目もしくは伏し目がちな目
眉:凛々しすぎる太眉、困ったような下がり眉
鼻:低い鼻、団子鼻
肌:そばかす、にきび、赤面
口:おちょぼ口、口を開けたときの形がゆるい(口角のキレが悪い)

マンガのキャラもわれわれ人間と同じく「目で語る」ので、目や眉が重要パーツとなることが多く、この部分に関しては、ブサイク女子っぽく見せるためのヴァリエーションも多岐にわたる(上記以外にもたくさんあるはずだ)。その一方で、鼻は「とりあえず低くしておく?」ぐらいのもので、あまり主張がない。それどころか、鼻自体が描かれないことさえある。

以前紹介した『薔薇のために』の「ゆり」は、団子鼻な上に鼻の穴がいつも見えていて、それが彼女のブサイクぶりを強調してはいたものの、彼女は丸顔・ボサ髪・おちょぼ口の持ち主でもあったので、やはり鼻だけでなく、他のパーツの力も借りてブサイクムードを出していたと考えた方がよさそう。

ブサイク女子における鼻の表現、なんか地味。しかし、地味ってことはまだまだ開拓の余地があるのでは……そう思っていた矢先、わたなべ志穗『王子様はマリッジブルー』と出会った。みんなお願いだからヒロイン「絹子」の鼻を見てくれ!!!

(『王子様はマリッジブルー』わたなべ志穂)

……と、その前に、絹子のスペックを確認しておこう。25歳、職業は高校教師、重度のマンガオタク、巨乳、ちなみに処女。整形級のメイク術を持っているため、ブサイク要素はメガネ+そばかす程度だが、すっぴんになるとここに一重まぶたとつぶらな瞳が追加される。しかし、それよりなにより、絹子を個性的なブサイク女子たらしめているのは、よく演技する鼻(の穴)である。

 

絹子は、かなりの少女マンガオタクで、美少年がとにかく大好き。そんな彼女が、とある事情から、勤め先の高校に通うみんなの王子様「雅臣」を自宅に住まわせることになる。

容姿端麗、成績優秀、文武両道、チャラさ一切無し。そんな雅臣が自宅にやってきて、冷静でいられるはずがない。雅臣の超絶イケメンぶりに妄想が止まらない絹子(少女マンガ脳)は、ことあるごとに鼻を膨らませる。もうたまらんとばかりに、フガフガと大興奮するのだ(急にまじめなことを書くが、教師が生徒を自宅に住まわせた上、こんなあからさまに興奮するなんて、現実世界だったら完全にアウトである)。

その時の絹子の鼻が、回を追うごとに大きくなっていくのがおもしろい。鼻の穴はどんどん広がり、鼻息もどんどん太く……風邪を引いたときには鼻水が出ていたりもする。最初の時点では「なんだかんだいって美人なのでは?」と思っていた絹子が、容赦なくブサイク坂を転がり落ちていく……鼻だけの力で。

(校内で雅臣に無視されたことに腹を立てる絹子、鼻息レベルは3くらい)
(夜な夜な雅臣に自分の処女を奪ってくれと迫る絹子、これはかなりの鼻息レベル)

一般に、ブサイク女子ヒロインは、物語が進むにつれ、かわいくなっていくことが多い。最初こそブサイクでも、みんなから共感され、感情移入されるに従って、顔面偏差値が上向いてくるのが常だ。そうした描写によって、恋する女子はみんなかわいくなる、というメッセージを発することもできる。元の顔がすべてじゃないよ、気の持ちようで見た目が変わることもあるんだよ、と。

しかし絹子はブサイク女子のまま最終話まで突っ走る。たとえそれが興奮時だけのことであっても、あの鼻の穴はやっぱりすごい。そこだけ独立した生き物みたいによく動く。彼女が欲望にたいへん忠実な人間あることが、鼻を通して伝わってくる。

──あたしは所詮昔っからブスってやつで
何やってもブスだのキモイだの言われて
ひねくれ曲がって普通の接し方ができなくなった
そんな日々を25年も送ってきたから
〝ふつー〟の女子ができることができない
でも
かわいいって思われたい
あたしのこと好きだって
あんなふうに
あたしにも笑ってほしい

ブサイクであることを自覚しながらも、最大限の幸福を手に入れようとする貪欲な女子。それが絹子という女で、そんな彼女の貪欲さを、鼻の演技でコミカルに表現して見せたのが『王子様はマリッジブルー』だ。恋した瞬間からヒロインがどんどんかわいくなっていく作品は、たくさんある。だからこそ、本作は貴重な鼻のマンガだ。わたしに言わせれば、この作品については、とにもかくにも鼻である。鼻の可能性についてここまで考えさせてくれてありがとうと言いたい。

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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。