“SFっぽさ”という曖昧さに流されず、実在感にこだわって描かれた伊図透『銃座のウルナ』[第21回文化庁メディア芸術祭]

2018/10/26 12:01

写真:池ノ谷侑花(ゆかい)

第21回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門のトークイベントの様子をレポートするシリーズ。

最後は『銃座のウルナ』でマンガ部門優秀賞を受賞した伊図透さんに関するトークイベントレポートです。
イベントは伊図透さんご本人のほか、マンガ部門審査委員でマンガ家の白井弓子さん松田洋子さんがモデレーターとして登壇しました。

まずは、受賞作品『銃座のウルナ』についてご紹介。

『銃座のウルナ』

一年のうち、わずかしか晴れることのない風雪にまみれる島、リズル。そこに世界の覇権を握る国家レズモアの女性狙撃手、ウルナ・トロップ・ヨンクが赴任することから物語は始まる。島は歯茎がそのまま歩いているような異形の蛮族ヅードの住む地と定められており、ウルナの仕事は、雪の中から襲い来る彼らと戦うことであった。しかし、ウルナと同じく基地に赴任する生物研究者・ラトフマはヅードと秘密裏に通じていた。密会の現場の目撃者となったウルナは、ヅードのグロテスクな姿の秘密と、レズモアの持つ国家的な陰謀に、極限の地での戦いを通じて近づいていく。これまで『ミツバチのキス』(2008-09)、『エイス』(12-14)などで、熱狂的な人気を獲得してきた作者によるSF作品。

もちろん、今回のトークイベントの内容は『銃座のウルナ』に関する制作話やストーリーについて語られています。
副読本的にこの記事を読んでもらえると「ナルホド〜」と思っていただける話がたくさんあるので、まだ『銃座のウルナ』を読んだことないって方は、ぜひぜひ本作を読んでみてください(9月12日には新刊の6巻が発売しました!)。

白井 伊図透さん、この度は受賞改めておめでとうございます。

伊図 ありがとうございます。正直過分な賞をいただいて感謝の言葉とか見つからないんですけど。「ウルナ」の前に描いた作品がちょっと色々あって、マンガ家生命終わりかなってところに立ってたんですが、月刊コミックビーム編集部さんが拾ってくれて好きなように「ウルナ」を描かせてくれたとも言えるので、この賞はそういう意味でもとても嬉しいです。ありがとうございます。

白井 伊図透さんはこれまであまり露出のない方でしたので、かなり謎に包まれている存在だったんですけど、今回は貴重な機会なので色々なお話を伺えたらいいなと思います。まず『銃座のウルナ』という素晴らしい作品なんですが、これを描き始められたきっかけはどういうものかお伺いしたいのですが。

伊図 最初は、自分の好きなモチーフとして、ある一つの場所があって、そこに男がいる。よくある話だと橋を守る、灯台を守るみたいな原風景的なイメージがあったんですよね。そこから始まって、なぜかジャンプ台っていうのが急に出てきて、その目の前で何かを狙っている男……というイメージが自分の中にあって。そこからいろいろと付け足していくうちに性別が変わったり、戦争になったりしていきました。だから、この作品はジャンプ台から始まっているって感じですよね。

白井 意外と理詰めじゃなくて、情景から物語を作られるんですね。

伊図 絵からですね。

白井 このジャンプ台すごくインパクトがあるんですけれども、ここから始まったんですよね。

ストーリー序盤の要となるヅート族のジャンプ台(『銃座のウルナ』1巻より)

伊図 最初は男だったし、こんなに人は出てこない予定でした。「ジャンプ台」を出すって決めた後に「飛ぶ」という行為の持つ意味みたいなのがあるじゃないですか。最終的には物語を全部そこで縛っているとは思いますね。この後のことはまだ言えませんけどね。

白井 この作品を象徴するのはこのジャンプ台ですよね。見慣れているモノが別の意味を持ってあらわれるっていうのがすごく面白いなと思います。ここに登場する部族が飛ぶ際の翼のデザインやジャンプ台のデザインが特徴的ですが、元々のお仕事はそういったデザイン関係ではない?

ヅート族の「蛮躍の翼」(『銃座のウルナ』2巻より)

伊図 学生時代やプーやっていた時とかに何をやっていたかっていうのは、あまり言いたくないですね。だけど一応、美術系の仕事でデザインに関わっていたりとかはしました。羽のデザインは、美術系大学の卒業制作であんな感じの照明を作ったんです。それをちょっと直して出した感じです。

白井 具体的な国とか部族のイメージとかいうんではなくて、全部自分の頭から出たものなんですか?

伊図 具体的なものはないです。HONDAのロゴやレッドウイングの商標がああいう感じですよね?

白井 伊図さんは靴好きですか?

伊図 靴ですか? 靴の話をし出すと多分一時間じゃ足りないです。

白井 最初、靴のデザインの方だったのかなと。どの作品でも靴がきっかけになってるところがあるので。

(『銃座のウルナ』4巻より)

伊図 そうですね。靴は基本的に40年代から50年代のアメリカの古い靴です。

白井 展示までされていたから、かなりこだわりがある…

伊図さんが作画の参考にした靴(国立新美術館に展示)

伊図 あれは40年代、第二次世界大戦の時のアメリカ軍のブーツなんですよ。その後のページに出てくるもの(エンジニアブーツのような靴)はドイツ軍のジャックブーツですね。

松田 今回登場する靴はご自分でデザインされたんですか?

伊図 いえ、こういうのはほぼあるんです。

松田 ちゃんと好きなものがある方はマンガに強いんですよね。

伊図 あー。

白井 よく言われているんですよ。趣味があったり好きなものがあるっていうのは、そこから話が出てきたり広がったりするから、作家としてお得なんですよね。

伊図 もうちょっとなんか売れるものがいいなと思いますけどね。

白井 いや、それがある日売れる可能性があるんですよ。

伊図 いやいや、巨乳とかね。

白井 そこですか(笑)。

伊図 そういうものが好きだったらさ、もっと売れるのにと思いますけどね。

SFっぽい怖さではダメだと思っていた

白井 『銃座のウルナ』には、とてもインパクトあるものが色々と登場するんですが、その中でも外せないのが「歯」の話です。

異形の蛮族として敵対するヅート族(『銃座のウルナ』1巻より)

伊図 これは話したくてしょうがなかったんですが、当時なんで歯茎にしたかったいうと、人間であることがなんとなくわかるんだけど、嫌いになるものってあると思うんですよ。ちょっと比喩的に嫌な話でいうと、「にきびを潰す」っていう行為がありますよね。それってやったことない人はそんなにいないと思うんですけど、他人がにきびを潰しているのとか見ると「うわっ!」ってなるじゃないですか。だからそのにきびっていう図像自体が嫌ですよね。それを自分で潰したりとか、潰れた時とか、あるいはできた時の嫌悪感があるから嫌なわけですよね。だけど、これが単にクリーチャーとかエイリアンみたいなやつとかだと自分と違う恐怖があるじゃないですか。嫌悪感の質が。でも自分で何か知ってる嫌悪感っていうのかな。自分の身体的な嫌悪感みたいなもの。

白井 自分で実感できるっていう。

伊図 そうです。彼女たちが見せられているものが差別や憎悪を煽るものでないといけない必要があると思っていたので。最初はこういう感じで考えたりしていたんです。
これだとなんかデザインしすぎていて、怖さが怪獣ぽいじゃないですか。

ヅート族のラフ画

白井 怖いですね。

伊図 怖さによった生物っぽかったりデザインしすぎていたり、別の要素が入りすぎちゃってますよね。SFっぽいのかな……一言でいうなら。

白井 SFっぽいって良くないですか?

伊図 本当ありがちなクリーチャーぽい感じじゃダメなんです。嫌悪感というよりは敵意に繋がるものじゃないと。そう思って全部ボツにして、見た瞬間バカっぽい感じ……そうだ、歯茎、歯茎!? みたいな(笑)。だけどやっぱり結局負けて具象的にはしてしまったけど、しりあがり寿さんの出しそうな感じで歯茎出しちゃうと、今度登場人物たちがそれを信じられなくなって騙されなくなるじゃないですか。だから「え、歯茎!? この作者は本気で言ってんの?」みたいな印象を残しつつ、登場人物たちはそれが実在することをなんとなく一瞬でも信じちゃうくらいのバランスで考えたのが、あの形になったということですかね。すごいバカっぽい感じ。

白井 しかもニオイつきなんですよね。

松田 口臭が。

伊図 でもあれニオイはすごい重要な要素で、嫌悪を煽るにはやっぱニオイですよね。

松田 「おめぇくせぇんだよ」というのが嫌悪の基本ですよね。

白井 このシーンは歯なんですけど、人にも見えてゾッとしました。

松田 歯なのに見つめてるっていう感じがすごい……

伊図 なんか人影っぽく見せようとして外した感じありますね。

松田 歯が螺旋にも見える感じがすごくいいです。

伊図 歯をフィーチャーした作品ってちゃんと歴史があるじゃないですか。エイリアンはあの歯がぐーっと出てくる。そこからさらに歯が出てきて相手を殺すみたいな、ああいうものからはじまって、エヴァンゲリオンの量産機とか。

松田 ジョーズとかも歯ですよね。

伊図 完全にそうですね。

白井 恐怖の対象としてはある意味王道で、飲み込まれる恐怖っていうのはわかりやすいですよね。

松田 そうですね。

伊図さんの描く女性はちゃんと肉と骨があって実在感がある

伊図 でもなんか、乳首のとこちゃんと描くとこなんて怪しいですよね。

松田 急にその話ですか? こだわらないわりには胸好きですね。

伊図 そうなんですよね。キモいですよね。でも女性の目線とかそういうところ結構気になるんですよね。これは性的なのかなぁ。

松田 ポリコレ的な!

伊図 でもあんまり指摘する人がいないので、助かってますけど。

白井 ウルナの顎と胸と下っ腹のたるみとか、全部最高に好きなんですけど。

伊図 どうもありがとうございます。

松田 白井さんも「女性をこんな二重アゴに描く人はそんなにいない」ってすごい言うんですよ。

白井 大体のマンガって必要なところしか描かない傾向があるんです。胸とお尻があればOKで、あとは全部極小になっていくっていう……鼻と口も極小でセクシーなところがだけが強調されるというのがあるんですけど。だけど伊図さんは女性の身体をすごくしっかりと描いていて、ちゃんと骨と肉がある。全体にとても実在感があるんですね、ウルナのような二重アゴのヒロインってなかなか見たことがないなって。伊図さんが二重アゴの女性を主人公にしようと思った理由はあるんでしょうか?

伊図 順序立てていうと僕が描いた『エイス』というちょっと悲しいマンガがあるんですけど、それをやっていた時の話です。些細なコマで脇役の女先生のキャラをちょっとあおりで描いた時に、講談社の中の誰かが「いや~このアゴいいね!」って言っていたと編集の方が伝えてくれたんです。それが連載中に3回くらいあったんですよ。僕自身は単に立体的に描いたつもりなんだけど、「あっ! そういう人って世の中にいるんだな」っと思ってから、ちゃんと描くようになったんです。編集がマンガ家を褒めるって結構大切なことかなと。それがなかったらそんなに意識して描くようになったか怪しいので。その後『エイス』が終わってウルナを始めるまでの間に女子野球マンガを描こうとして全部ボツったんですけど。その時に『ドカベン』の女版みたいな、太めの子を主人公にしようとしてて、その子を描いている時に二重アゴを少ない線でどう描くかという技術を会得したんだよね。あまり描きすぎると気持ち悪いじゃないですか。

松田 そうですね。描きすぎるとおばちゃんになっちゃうんですよね。

伊図 一番はじめに考えていたウルナって現行の状態だったんです。だけど、最初ウルナのアイデアを練っていたときに、あるインターネット系マンガの編集長と話をしていたら、ちょっとこれじゃ首が太いとか、こんなゴツいキャラじゃなくて、アイドルっぽい首の細い目のぱっちりした17歳くらいのキャラクターにしてくれないかみたいなことを言われて、僕なりに精一杯がんばってやったのがこれなんですよ。ロリ巨乳と真ん中はよくわかんないけど、一番左が一瞬OKが出そうになった目がぱっちりした子。

白井 すごいがんばりを感じます。

伊図 いかにこういう努力が向いてないかってことが全開な感じですよね。

松田 どうしてもアゴが丸くなってしまうという。

伊図 それで「やっぱり、ごめんなさい!」って感じで逃げてきたんですけど。結果、そういう注文を出されたことで萎えてwebでそれを公開したらビームさんで描くことになったという流れですね。

松田 太くていいよと言われて。

伊図 ビームさんはそういうこと言わなかった。「太いの好きなんだ。じゃあこの映画でも見なよ」みたいな感じで、太めのキャラが出てくる映画を語る(笑)。

白井 その前の「このアゴいいね」って言われたり、編集さんにちょっとずつ持ち上げられて育てられていくという感じがいい。

伊図 まさにそうですね。ありがたいっす。素晴らしいですよ。

白井 泣いてますよ、編集長。

松田 シリアスなマンガを何百ページと描くんですから自分が自然に描けるキャラじゃないとすごく辛いものがありますよ。

伊図 確かにそうです。

白井 あと、女性の身体に浮き出た背骨を見て「恐竜みたい」って言うシーンがありますよね。

(『銃座のウルナ』3巻より)

伊図 僕なんか男だから女の人を性的な眼差しでしか見てないわけですが、女の人の性的じゃない眼差しみたいな感じがあったほうがいいんじゃないかと思って、結果として背中の変な骨になったんですよね。

白井 女の私から見ても元々の女の体のままに描かれている感じがしました。

伊図 描いてた後に気がついたんですけど、背骨の恐竜がうんぬんっていうのは、たぶん高野文子さんの『絶対安全剃刀』にこういうセリフがあったような気がするんですよね。銭湯でおばあちゃんの背中を見て恐竜みたいっていう。

松田 恐竜じゃなくて、背骨が丸いってシーンありましたね。

伊図 そうそうそう。昔、高野さんのそのマンガを読んだのが刷り込まれていて、ここに出てきたんじゃないかなと後で思いました。

『銃座のウルナ』の1〜3巻は映画『ワイルド・アパッチ』の影響を受けて描いている

白井 今回のウルナはSFだと思うんですが、ご自分ではSFっていうものはどういう風に描かれているのでしょうか?

伊図 そうですね……SFの真髄を極められている白井さんには言いにくいんですが、僕はそんなにSFとは思ってないんです。例えば『ミツバチのキス』(※1)の時の話をすると、全然企画も通らなくて、マンガ家目指すのやめようかなぁくらいな感じだったんですよ。それで思い返したときに、これまでオッサンしか描いてないな、独りよがりすぎるなと思ったんです。マンガ家をあきらめるギリギリのところで、もうちょっと自分にないものに挑戦して、それでダメならしょうがないというつもりで、女の子を主人公にして、思春期的(神秘的?)なテーマに描いてみようかなと思って。それで『ミツバチのキス』の企画が通ったんですよね。『ミツバチのキス』は超能力ものっぽいけど、あそこにある設定はコミュニケーションの難しさや距離の難しさで、他人の言っていることを過剰に受け取っちゃう、あるいは全然わからない。そういうコミュニケーションのうまくいかなさを設定にしてるんですよね。相手の思っていることが全部自分に入ってきちゃう設定が結果として超能力になっているだけで、思春期的なマンガっぽくしただけなんですよね。ウルナはSF的要素がひとつしかなくてね。

松田 はい。そうですね。

伊図 結局、イヤリングみたいなものが見せる図像だけですよね。あとはみんな普通に戦争モノっぽい。ここでちょっとアピールしたいんですけど、ウルナの最初の3巻というのはロバート・アルドリッチの『ワイルド・アパッチ』というベトナム戦争に影響を受けた西部劇映画なんですけど、それの影響がすごく大きいんですよね。戦場の憎悪みたいなものを描く、テーマ自体がね。だから、もしみなさん暇だったらぜひ『ワイルド・アパッチ』見て欲しいなと。

白井 そうですね。実在する戦争のようなものが一番描きたかったところなのかなっていう。私はSFを描いているとたくさんギミックを出したくなるんですね。設定のリアリティを保つために次々とギミックを出してって。それ自体が楽しいことなんですけど、後付けっぽくなったりする時もあって。ウルナの場合、そういうのがほとんどなくてですね、本当に敵が何に見えるかという憎悪を煽る姿になるっていう、そこがすごくテーマとして一点に絞られているのが素晴らしいところかなと思います。

伊図 ありがとうございます。

空間をうまく描くことの大切さは谷口ジロー氏の『神々の山嶺』から学んだ

白井 じゃあちょっと話題を変えて、作画の方法や美術的なところをお伺いしていこうかと思います。今回の展示もご覧になられたと思うんですけど、ネームがすごく大量に展示されていて格闘の様子が見てとれるんですけど、普段はどういう感じでネームはされているんですか?

伊図 ネームはネームだけじゃなくて……

白井 プロットとかも。

伊図 プロット、ネーム、あと鉛筆で描いた下書きをコピーして、鉛筆の線を生かしながら水性ボールペンで描いているんです。

白井 ベースとして鉛筆の線を使うというのを聞いてすごくびっくりしました。一からペンで描かれているわけではないんですね。

伊図 そうですね。だけど、鉛筆感を残すほど技術に自信があるわけではないので、コピーする段階である程度は除去して、鉛筆の独特の揺れは味として残しつつ描いてます。

松田 セーターのもしょもしょしたシワとか縫い目は、鉛筆感かなと思いましたけど。

白井 展示ではネームらしきものが山になって積んでありましたよね、ネームって全部とってあるんですか?

伊図 いや、あれは近々のものを今回の展示用に送っただけで、基本は全部捨てちゃってるんですよね。

白井 いつも伊図さんのマンガを読んで思うんですけど、すごく流れるようなネームで、読みやすくてそこから助走をつけるようにして見開きの風景とかヅート族がジャンプするところとか、読んでいて気持ちが良いですよね。伊図さんは天才で、スルッと描けているんじゃないかという風に思っていたんですけど。

伊図 勘弁してくださいよ(笑)色んな人がそうだと思っているんでしょ。井上雄彦さんとかみんな四苦八苦しながらやっていると思いますよ。

白井 私はいつもパースで苦労していて、空間の感じがなかなか出せないんです。伊図さんの作品を見ると、すーっと向こう側に抜けるように上手く描かれているので、どのようにしてパースを描かれているのかなと。

伊図 パースを合わせる合わせないってことは全く意識してません。バニシングポイントとか絶対とらないし。

白井 とらないですね。

伊図 まあ見た目がいい感じにあってるっぽく見えればいいやぐらいの感じなんです。ただし、空間性はすごく大切だと思って描いています。僕は谷口ジローさんの『神々の山嶺』は、マックスで空間性を表現しきったマンガの一つの例だと思っているんです。『神々の山嶺』って山マンガの中でも特別だなと思っていて。山が持つ神々しさや、人間の運命なんてちっちゃいものなんだというところまで、あの背景があるから表現できているんですよね。人間ドラマ自体ももちろんですけど、そこを超越したなにかを感じさせるのは、空間がきちんと表現できているからなんです。だから空間はうまく描ければいいなとは思っています。

松田 背景の線も全部同じのようですが、伊図さんはアシスタントさんを使っていない?

伊図 使っていないですね。

松田 お弟子さんもアシスタントさんも使わず、すべての線も絵も描いて仕上げもトーンも全部自ご自分で?

伊図 そうです。PCになってからトーンは楽になりましたよ。

白井 だけど、削りとか結局手作業になりますよね? 楽になったとはいえ、全部一人でやっているのがすごいと思います。

伊図 ありがとうございます。

松田 さきほどストーリーのベースとして『ワイルド・アパッチ』の話が出ましたが、その他にイメージの元になった作品があったりするんでしょうか。

伊図 そうですね。『ワイルド・アパッチ』に登場するインディアンの女性がケニティという名前なんですが、それを基地の名前として引用したり、死に方や殺し方の部分は『ワイルド・アパッチ』をそのままやっているところがあります。赤裸々に言うと『ワイルド・アパッチ』をみんなにもっと観てほしい。あとは、ウルナを描いてたときに『アメリカンスナイパー』を観てましたし、『マリア・ブラウンの結婚』は戦争時の銃を持った女の話なんですが、ちょっと同じものを感じるかな。明らかに意識していますね。

白井 ありがとうございます。

ウルナはナウシカに似ているのか?

伊図 あと、皆さんが気になっていることで、宮崎駿さんのナウシカと外見的に似ているところがあるというのは承知しているんですけど、ストーリー的には全然違うものなんですよ。直接影響受けたってことはないですが、自分のマンガを描いている行為の中には影響を受けて今があるんだなって思うことろはあります。それが、70年代終わりから80年代頭のアニメシーンなんです。出崎統さんが『あしたのジョー2』などをやっていて、宮崎さんはコナンよりちょっと前かな。あの辺りを通ってきたことで受け取ってきた人間を描くときの距離、カメラの距離感というのはあるんですよ。

(『銃座のウルナ』1巻より)

松田 最後なので話をマンガの内容に戻しますが、3巻までは戦争で4巻からはすごい展開が変わるんですよね。

伊図 ウルナがトホマという青年と結ばれるんですが、トホマの正体が何者かわかる寸前のところで支配されるされないみたいな会話しながらセックスするじゃないですか。例えばウルナの身体を自分の部族を滅ぼしたレズモアに見立てて恨みを晴らす……といった描写を考えていたんですけど、そういうことをする勇気がなくてね。きっと新井英樹さんならそこまで描くだろうな、しかし俺にはできない! みたいな感じで。要はSM描写に近いものなんですけど結局描けなかった。作家的な限界がここに露呈したなと思って。

白井 いえ、十分残酷ですよ。

伊図 でもちゃんと描いた方が絶対売れたと思うんですけど(笑)。

白井 ふたりは大恋愛だと思っていたんですけど、そうではなかったんですか。

伊図 ええ、もちろん大恋愛ですが、引き裂かれているので……まあひとつのかたちですよね。

白井 なるほど……まだまだ今後も続きが気になる作品です。

※1『ミツバチのキス』……“触れる”ことで、“すべて”が視える草野慧。その特別な“能力”によって孤独の中で生きることを運命づけられた女性を描いたヒューマンSFロマン。

銃座のウルナのマンガ情報・クチコミ

銃座のウルナ/伊図透のマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!6巻まで発売中。 「第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門」を受賞。


マンバ通信編集部

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