双子の姉妹、「悪魔に呪われた顔」なのはどっち?──『魔の顔』の巻

2018/11/05 4:41

───美しいバラにグロテスクな虫がついているみたい──
双子のあたしたちがいっしょにいるとよくそういわれたわ
同じ条件のもとに生まれた双子なのにそれくらいあたしたちはちがってた

まつざきあけみ『魔の顔』の主人公「真貴」は、看護師志望の心優しい女の子。だが、その人生は生まれながらにしてハードモードだ。なぜなら、彼女は不美人で、双子のかたわれ「美貴」はとてつもない美人だから。

『魔の顔』まつざきあけみ

美醜に開きがありすぎる双生児の物語としては、萩尾望都の『半神』がつとに有名であるが、まつざきによる本作もまたその系譜に連なるものだ。似ているようで、違う。違うようで、似ている。その間を行ったり来たりしながら、物語は進んでいく。双生児という設定だからこそ可能な、類似と相違をめぐる物語だ。なお、まつざきには、双生児として生まれてくるはずだった子どもが「化石化した胎児」となって無事生まれた方の身体にとりつく話もあり(「デビル・チェンジ」)、双子モノにひとかたならぬ関心を抱いていたことが窺い知れる。

不美人の「真貴」と美人の「美貴」

美貴と真貴の母親は、まだ娘たちが生まれる前、占い師に見てもらったことがある。占い師は「双子のひとりは悪魔に呪われた顔をもって生まれるかも…」と予言した。「悪魔に呪われた顔」が、具体的にどのような顔なのか、占い師は語っていない。

しかし、両親も美貴も、困り眉で、目が小さく、鼻が不自然なほど上を向いた真貴の顔こそが「悪魔に呪われた顔」だと信じて疑わない。「あたしもパパも十人なみだからその間から美貴のような美しい子が生まれたのも奇跡だけれど/双子のかたわれがこうまでみにくいだなんてこれも奇跡的な運の悪さね/これが自分の娘だなんて情けなくなるわ」と真貴をディスる母親もたいがいだが、クラスメイトまでもが「まったくそのとおりだな」「悪魔にでも呪われでもしなきゃあそこまでブスにはなれないよ」と言っている。みんなシンプルにひどい。

しかし一番ひどいのは美貴である。真貴がちょっと参考書を借りただけで「ああけがわらしいあんたがさわったと思うと!」と言いながらビリビリに破き、新しい参考書を買ってくれと親に要求、家に雑誌の取材が入るとなれば「いい?絶対に帰ってきてはだめよ/この家はパパとママあたしの3人家族ってことなの」と言ってのける。顔はたしかに美人だけれど、典型的な性格ブス。でも、美しければ何をしても許されると美貴は思っているし、実際、何をしても許されている。

こうした状況に絶望した真貴は、遺体がズタズタになることで有名な「うるわしの崖」から投身自殺をはかるが、奇跡的に一命をとりとめる。時を同じくして、ボーイフレンドとドライブをしていた美貴もうるわしの崖で事故を起こすが、こちらはあっけなく死亡。

で、生き残った真貴がどうなったかというと、怪しげな(しかし腕の良さそうな)医師による顔面回復手術の結果、美貴とそっくりの顔を手に入れる。というか、美貴そのもの過ぎて、中身は真貴なんだと証明するのが難しいレベル。その結果、真貴は美貴として生きていくことに決める。

美貴ちゃんだったらこんなときいつもどうしてた?
彼女になりきらなきゃいけないわ
彼女だったら
彼女だったら……!

美貴の思考を忠実にトレースしようとする真貴を見るのは切ない。みんなに偽物だとバレないように必死で、美しい顔に生まれ変わったことを謳歌するヒマすらなさそうだ。考えてみれば、美貴の見た目に自分の性格をドッキングさせ、「優しい美貴」として生きていく道もあったはずなのに……もともとの生真面目な性格が災いしているとしか思えない。ブサイク時代も見た目に振り回され、美しくなってもなお見た目に振り回されている。気の毒だ。

生前の美貴を見習って醜い者や弱い者をおとしめるような発言を繰り返すうち、真貴らしい優しさや思いやりはどんどん失われてしまう。そのことに危機感を覚えながらも、美貴であることから降りることなんて、もうできそうにない。美しくて、みんなから愛されて、どんなことでも許される天国。それは、これまで散々ブスだと言われいじめられてきた人間にとって、あまりにも去りがたい天国だ。

本作はいわゆるホラーなので、美貴が死んでも死にきれず、亡霊となって現れるシーンがある。事故でズタズタになった美貴に向かって、真貴はこう叫ぶ。

美貴あんたなに思いあがっているのよ
あんた今自分がどんな顔してるかわかってんの?
目も当てられないみにくい顔よまるでお化けだわ
あたしはみにくいものは大っ嫌い
あんたをはじめこの世のみにくい者はみんな死んじゃえばいいんだわ
あたしのように美しい者だけが生きる権利があるのよ

ここに描かれているのは「いじわるなのは美貴の思考をトレースしているからで本当の真貴は心優しい」というロジックの崩壊である。同じDNAを持つ者が、同じ顔を獲得すると、同じ悪意を発露させる。美人になれば、みんな調子に乗り、悪意をむき出しにする。そういったメッセージがはっきりとあらわれている。

ラスト近くで「あること」が起こったために、真貴は元の顔に戻る。突然の大どんでん返しだ。しかし、真貴にはそれがとても嬉しい。と同時に、「悪魔に呪われた顔」とは、美しい美貴の顔なんじゃないかと思うようになる。完全なる価値観の逆転だ。つまり、どういうことかというと、本作においてブサイクであることは、「悪意の抑制剤」としての効果を持っているのだ。

ブサイクにはブサイクの苦しみがあり、それは美人の比ではないということになっている。が、しかし、ブサイク女子として抑圧されてきたことが、ある種の「慎み深さ」を醸し出すということを、本作は示唆している。言っておくが、慎み深さは卑屈とは違う。慎み深さの根底にはポジティブさがある。「わたしなんかどうせ」ではなく「こんなわたしだけれど」と前を向く力強さがある。

紆余曲折あるものの、真貴は最終的に慎み深い女の子として生きていく人生を選び取った。そんな彼女の生き方を美しいと思うひとは、たくさんいるんじゃないだろうか、それこそ、美貴の表面的美貌にやられているひとより、ずっとたくさん。

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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。