四十男の人生を込めたライダーキックに心が震える『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』

2019/01/08 12:00

今回紹介する1巻は『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』。作者の柴田ヨクサルは、『エアマスター』や『ハチワンダイバー』でもおなじみ。

ぶっちゃけ、このタイトルにピンときた人は、ここから先を読まずに1話を試し読みしたほうがいいし、ピンと来るどころかビンビンに何かを感じた人はさっさと1巻を買って読んだほうがいい(私は後者でした)。

「仮面ライダーになりたい」という願望は、どれだけ荒唐無稽なのだろうか。

自分の話をすると、人生で一度もサンタクロースの存在を信じたことはなかった。4歳くらいの頃には保育園の友達がサンタクロースについて話しているのを「なに言ってやがる」と思いながら聞いていた。

かといって現実にまみれた子供だったわけでもなく、小学校に入って数年は「変身ベルトさえ巻けば、自分も仮面ライダーになれるはず」と思っていた。ウルトラマンは「巨大化」するヒーローなので、さすがにそれは架空の存在だとわかる。一方、仮面ライダーはいちおうサイズ的には人間と同じ。だから「自分も仮面ライダーになれる」というのはそこまで荒唐無稽ではない……「無理め」ではあっても「絶対に無理」というレベルではない……くらいの認識だった。

わざわざこういうことを書いたのは、仮面ライダーに対して似たような認識を持っていた(いる)人は意外といるんじゃないかと思ったからで。
(ニュアンスはちょっと違うかもしれないが、昔ナイトスクープで「仮面ライダーになりたい妹」という回がありましたね)

この『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』は、「そういう奴」の心をえぐってくるマンガである。

主人公は東島丹三郎、40歳独身。幼少期から「仮面ライダーになりたい」と思いながら体を鍛え続け、大人になってからは、働いて金をためる→山ごもりで修行→働いて金をためる→山ごもりで修行という生活を送ってきた。

山ごもりの甲斐あって、今や熊とも互角に戦えるほどの実力を身につけたが、彼は別に格闘家になりたかったわけではない。

なりたいのは、あくまでも仮面ライダー。ゆえに、修行しても修行しても、彼の願望は満たされることがない。当たり前だけど。

ただ、一つ言っておきたいのは、東島丹三郎は「仮面ライダーになれる」という妄想に取り憑かれた狂人ではないということ。「仮面ライダーもショッカーも現実には存在しない」という常識も持ち合わせている。「仮面ライダーはテレビの中のお話」という現実と、「仮面ライダーになりたい」という願望に板挟みになったままの人生。つい先日、自分が孤独死した後にグッズがゴミ扱いされるときのことを考え、ライダーグッズを全部売り払った。

そんな折。

東島はお祭りの屋台で偶然、「ショッカー」に出くわす。

もちろん本当はショッカーではない。彼らはヤクザの命令で強盗や恐喝をおこなう「ショッカー強盗」。つまりは単なる覆面強盗である。だが、東島はここで「変身」する。いや、「変身」することを決意する。

 

ショッカー強盗と対峙するこの場面の、なんともいえなさ。願望と現実の板挟みの人生を送りながらついに願望(の成就)に無理やり踏み込んだ瞬間の、こっ恥ずかしさと、そして感慨が複雑に入り混じった場面である。

本家の仮面ライダーシリーズにも、主人公が(成り行きでなってしまった後で)「自分が仮面ライダーであること」を主体的に選択する場面がたびたび出てくるが、この場面もつまりはそういうことなのだと思う。見た目は「お面をつけた」に過ぎないが、内面的には(羞恥心や常識の)壁をぶち壊して「変身」したのだと。

そして彼は「ショッカー」に立ち向かう。

こんなに魂が乗ったライダーキック、見たことがない。ライダーキックで泣いたの、たぶん初めてだと思う。ちなみにこのコマ、見開き2ページ使っています(実際にコミックスで読んでほしい)。

ここから先、いろいろと話が転がっていくわけですが、ここで紹介するのは1話までにしておきます。この1話で何かを感じた人は2話以降も楽しめるはず。1巻の最後にある2巻の予告にもワクワクさせられる。

マンバの掲示板にも感想がいろいろと書き込まれているので、参考にどうぞ。

というわけで、新年一発目のおすすめ1巻『東島丹三郎は仮面ライダーになりたい』、ぜひ一読を。

東島丹三郎は仮面ライダーになりたいのマンガ情報・クチコミ

東島丹三郎は仮面ライダーになりたい/柴田ヨクサルのマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!1巻まで発売中。 (小学館クリエイティブ/ヒーローズ )


前田隆弘

顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。