第1回 女性バンド・デシネ作家の痛快な逆襲──ペネロープ・バジュー『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』

2019/02/05 12:00

 昨年ついにサブスクリプションの音楽配信サービスSpotifyを使い始めたんだが、誇張でもなんでもなく音楽との付き合い方が一変した。無数にあるプレイリストをたよりに未知のジャンルに出合え、次々にリリースされる世界中の新曲が聴ける。ヒットソングに限らず世界中の音楽を好きなだけ聴ける自由とそうした音楽から世界の今がわずかなりとも伝わってくる風通しのよさがマジで最高。まだ使っていない人がいたら心からオススメしたい。

 ひるがえって「マンガはどうなってんの?」と思っていたら、マンガにも定額の読み放題サービス(もちろん電子書籍の話)というものは既にいくつかあるらしい。とはいえ、現状音楽配信サービスほどの網羅性はない。そもそも日本発のそうしたサービスでは、基本日本のマンガしか読めない。世界には開かれていないのだ。海外マンガの邦訳はまだまだ少なく、電子で読めるものとなるとさらに少ないという事情もある。筆者がSpotifyに感じたときめきは期待すべくもない。

 そう、海外マンガの邦訳はまだまだ少ない。だが一方で、ここ10年くらいを振り返ってみると、割と劇的に増えてきているのも事実である。海外マンガを通じて世界を知る環境は整いつつあるような気もする。そうした海外マンガの中には、日本のマンガの傑作に勝るとも劣らない作品だってあるんだが、いかんせん知名度が低い。必ずしも日本のマンガ好きのもとに届いていないのが超残念。海外マンガだってマンガなのに……。

 ということで、ここでは日本のマンガ好きに読んでほしい選り抜きの海外マンガをご紹介しよう。世界の今を何がしか知ることができる海外マンガということで、対象は原書が2010年以降に出版された作品に絞ることにする。

   第1回目の今回取り上げるのは、ペネロープ・バジュー『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2017年)である。

ペネロープ・バジュー『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2017年)

 本書はもともとフランスで出版されたマンガ、いわゆるバンド・デシネである。バンド・デシネはBDと略し、ベーデー/ベデと発音する。伸ばす伸ばさないの差はフランス語的にはあまり意味がないのでどっちでもいい。英語風にビーディーではないのでご用心。以下、BDと記すことにしよう。

 さて、改めて本書『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』は、もともとフランスで2016年9月に発売された。さらにその前にはフランスの新聞『ル・モンド』ウェブ版のブログで2016年1月から週刊連載されている(一時休載あり)。BDには雑誌連載が少なく描きおろし単行本として出版されるものが多いが、こういうケースだってあることはある。今やInstagramで連載されたBDが単行本化されることだってあるくらいだ。

 タイトルにある「キュロテ」はフランス語の「Culottées」をそのままカタカナに起こしたもので、日本人読者には意味不明だろう。もっとも、副題に「世界の偉大な15人の女性たち」とあるから、なんとなくそういうことを指してるんだろうなということは理解できるはずだ。もともと「culotté(「キュロテ」と読む)」という形容詞があって、これが辞書的には「向こう見ずな、ずうずうしい」(『ロワイヤル仏和中辞典』)という意味。「Culottées」はその女性形複数で、直訳すれば「向こう見ずな女たち」の意である。「culotté」にはもうひとつ「半ズボン(キュロット)をはいた」という意味もあって、世界史で習う「サン・キュロット(貴族の象徴であるキュロット=半ズボンをはかない者の意。フランス革命の原動力となった労働者などの下層市民のこと)」なんかも想起させるわけだけど、そんな連想もあるのかないのか。

 肝心の内容は日本語版の副題がひとまずは過不足なく伝えている通り、まさに「世界の偉大な15人の女性たち」の伝記である。取り上げられているのは、具体的には以下の通り。

クレモンティーヌ・ドゥレ
ンジンガ
マーガレット・ハミルトン
ラス・マリポサス(ミラバル姉妹)
ヨゼフィーナ・ファン・ホーカム
ローゼン
アネット・ケラーマン
デリア・エイクリー
ジョセフィン・ベイカー
トーベ・ヤンソン
ハグノーディケー
リーマ・ボウイー
ジョージナ・リード
クリスティーン・ジョーゲンセン
武則天(則天武后)

 有名な人もいれば、そうでない人もいる。一般にはそこまで知られていない人のほうが多いか。ちなみに筆者が知っていたのは、ジョセフィン・ベイカー、トーベ・ヤンソン、武則天(則天武后)だけ。教養のほどが知れようというものだが、それだけペネロープ・バジューのこの物語が楽しめたということでもあるから、恥ずかしくなんかないぞ。

 作者ペネロープ・バジューの作品では、本書以前に『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2014年)『エロイーズ 本当のワタシを探して』(ブレ共著、関澄かおる訳、DU BOOKS、2015年)が邦訳出版されている。

ペネロープ・バジュー『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』(関澄かおる訳、DU BOOKS、2014年)

 BDというのは歴史的に男性社会だと言われていて、もともと女性作家がかなり少ない。2000年以前によく知られた女性BD作家といえば、クレール・ブレテシェ(Claire Bretécher)、フロランス・セスタック(Florence Cestac)、シャンタル・モンテリエ(Chantal Montellier)くらいなもの(ちなみにいずれの作家の作品も邦訳はない)。その後2000年頃に『ペルセポリス』などで日本でも知られるマルジャン・サトラピが登場。彼女の活躍が刺激になったのか、単に時代が変わったということなのか、以後新しい女性作家がポツポツと目立ち始める。今に至るまで女性作家は年々増えつつあるが、とはいえ2016年の数字でBD作家全体に占める女性作家の割合は13%弱。女性作家が多い日本のマンガ界と比べると、かなり少ない印象ではなかろうか。

 ペネロープ・バジューはというと、00年代後半にブログMa vie est tout à fait fascinanteで人気を博し、それがのちに書籍化。この作品は邦訳単行本こそないものの、『あたしの人生、なんて魅力的なのかしら』というタイトルで、一時日本語版ブログも展開していた(現在は閉鎖されている)。さらに上述の『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』も発売され、一躍スターの座に。既に述べたようにもともと女性のBD作家が少なかったこともあって、若いフランス人女性たちの等身大の日常を描いた作風が読者の共感を得たのである。

 筆者は邦訳されて初めてペネロープ・バジュー作品を読んだんだが、当時『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』も『エロイーズ 本当のワタシを探して』もさほど面白いとは思わなかった。女性BD作家が等身大のフランス人女性を描くというのはBDの歴史の中では重要なことだろうし、その中でフランスの現代的な風俗を描いている点もいいし、カラーリングにも独特の魅力があるし、いい作品なのは間違いないんだろうが、とりわけ『ジョゼフィーヌ! アラサーフレンチガールのさえない毎日』では、主人公の女性がなんだかんだ言って自信に満ちていて、リア充であるところにシラケてしまったのである。自虐が足らんとか思っていたわけだが、今考えると、これは言いがかりもいいところだなと思う。まったく勝手な話だが、今読み返したら(読み返してはいない)、同じ理由でこの作品を評価しそうな気さえする。わずか数年だが、筆者が変わったのか、時代の空気が変わったのか。

 いずれにせよそんなこんなで、この本を読むまでの筆者のペネロープ・バジュー評価はあまり高くなく、『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』についても半信半疑だったのだが、読んでびっくり、とにかくすばらしい大傑作なのである。
 既に説明したように、本書は「世界の偉大な15人の女性たち」の伝記である。ページ数は必ずしも決まっておらず、極端に短いものもあれば、多少長いものもある。長いと言ってもせいぜい10ページ程度。要は15編の短編集である。各短編の最後には物語の世界観を凝縮したような美しい見開きのイラストがついている。

 巻頭を飾るのはクレモンティーヌ・ドゥレ。「誰それ?」って感じだろうが、19世紀後半から20世紀前半に実在し、なんと豊かなヒゲを蓄え、“ヒゲおんな”として一世を風靡したフランス人女性なのだそうだ。グーグル検索すると、彼女の写真がいろいろ見れたりするので、興味がある向きはぜひ「Clémentine Delait」で画像検索してみてほしい。ルックスもエキセントリックなら、その生涯もまたエキセントリック。クレモンティーヌはもともとパン屋の夫と結婚し、パン屋の女店員として働いていたのだが、夫のリュウマチを機にバーを購入。夫には肉体的負担の少ない経理を任せ、自身はサービス係として働く。ある日、お祭りでヒゲおんなの姿を目にした彼女は、一念発起して自らヒゲを生やし、自分のバーを“ヒゲおんなのカフェ”に改称。すると、彼女見たさにバーは大繁盛。ブロマイドを出せば、それも大当たり。ひとりでヨーロッパ巡業の旅に出て、各地の王族に迎え入れられたりもしている。リュウマチに苦しむ夫を助けてきりもりするクレモンティーヌの気っ風のよさが最高にカッコいいし、それをユーモラスかつテンポよく語っていく(翻訳も実に生き生きしている)ペネロープ・バジューの手際も抜群である。

気っ風のいい女クレモンティーヌ(『キュロテ』P8)
そして彼女はヒゲを生やした(『キュロテ』P9)

 BDというと、日本ではメビウスやエンキ・ビラル、フランソワ・スクイテン、ニコラ・ド・クレシーなどの印象が強く、ついつい超絶技巧のアートを想像してしまいがちだが、本書は背景の描きこみが少なく、人物を中心にした簡単な印象の絵で描かれている。ところがその絵が実に生き生きとしていて味わい深い。作者が心底主人公の女性たちに共感しているのだろう。彼女たちが全身全霊で人生に立ち向かい、それを楽しんでいる様子が伝わってくる。短いページでひとりの人物の生涯を語らなければならないという縛りも逆に功を奏しているのだろう。時にとんでもない時間的省略が生まれるのだが、おかげでユーモラスな効果が生じたり、含蓄のある間が生まれたりしている。短いページに波乱万丈の人生がギュッと詰め込まれているからテンポがいいのだが、カラーリングの貢献も大きい。短編ごとに基調となる色が設定されていて、例えば背景なり登場人物の衣服の一部なりに使われ、小気味よく繰り返されていく。背景には白地が多用されているだけに、その効果は抜群である。BDのカラーリングは、日本のマンガに慣れた目にはちょっとうるさく感じられてしまうことがあるものだが、この白地のおかげで本書は日本人の目にもとても読みやすいものになっている気がする。

若き日のジョセフィン・ベイカー。煙草をふかす姿がかわいすぎる。こんないい絵が満載(『キュロテ』P78)

 かくして愛すべきヒゲおんなクレモンティーヌ・ドゥレのいともステキな生涯を皮切りに「世界の偉大な15人の女性たち」の物語が次々に語られていく。のっけから世間的な女性像には収まらない女性が描かれているわけだが、その後も権力の頂点に登り詰めた女性、逆に権力に抗って戦った女性、アフリカ大陸を横断した探検家、人類初の女性医師、レズビアンの作家、DVと戦った平和運動家、
性別適合手術を受けたトランス女性…と、一筋縄ではいかない女性たちのオンパレード。どの女性も、女性の権利が決して保証されていない時代や場所で、運命に翻弄されながらも信念を貫き、何かに挑みそれを勝ち取った戦う女性たちなのだ。

 彼女たちはいずれもいわゆる「偉人」なのかもしれないが、その壮挙をまとめるのに「偉大な」という言葉ではちと味気ないというか、お行儀がよすぎる。実は本書の副題「世界の偉大な15人の女性たち」は日本オリジナルのもので、フランス語版のもともとの副題は「Des femmes qui ne font que ce qu’elles veulent.」であった。これは直訳すれば「自分がしたいことしかしない女たち」という意味なのだ。本書の日本語版の発売は2017年10月。奇しくも「#MeToo」ムーブメントが一気に盛り上がった時期だった。その後、現在にいたるまで、エレナ・ファヴィッリ、フランチェスカ・カヴァッロ『世界を変えた100人の女の子の物語』(芹澤恵、高里ひろ訳、河出書房新社、2018年)やレイチェル・イグノトフスキー『世界を変えた50人の女性科学者たち』(野中モモ訳、創元社、2018年)といったコンセプトが似た本(活字+挿絵の本だが)も含め、フェミニズム系の海外の書籍が次々に邦訳されているが、現在の地点からその流れを振り返ると、もともとの副題のほうが本書のメッセージがより鮮明に伝わったかもしれないという気もしなくはない。

 本書のフランスでのウェブ連載が2016年1月に始まったことは既に書いたが、もともと2016年1月末に開始予定だったものが、1月11日に前倒しされたのだとか。実はその年、毎年1月末に行われるアングレーム国際漫画フェスティバルで、女性差別と非難されたある事件が起きた。毎年、同フェスティバルでは、あるひとりの作家の業績全体に敬意を払い、“グランプリ”を授けているのだが、その年はフェスティバルのほうで事前に30名の候補を選び、それに対して作家たちが投票をしていくという方式を採用していた。ところが、その事前候補30名の中に女性作家がひとりも含まれていなかったのだ。既に述べたようにもともとBD作家には女性が少ないから仕方ない部分もあるのだが、女性差別に反対する運動家たちから非難の声があがると、事態を重く見た候補作家たちが何人も辞退したり、運営側が慌てて女性作家を候補に追加したりといったごたごたが起きた(最終的には事前候補は無効とし、投票権を持った全作家たちが思い思いの作家の名前を書いて投票するということに落ち着いた)。この一連の騒動に対する問題提起として、本作の連載が前倒しされたというわけだ。もともと本作は新進気鋭の女性BD作家がこれまで軽んじられてきた女性たちの奮闘を描くというものだったわけだが、このフェスティバルの騒動という格好の文脈を得て、女性作家を軽んずる男中心のダメなBD界に対するある女性BD作家の痛快な逆襲という色合いを強めることになったのである。

 ちなみに1974年から始まるアングレーム国際漫画フェスティバルの長い歴史の中で、昨年までにグランプリを受賞している女性は、2000年のフロランス・セスタック(Florence Cestac)のみ。1983年にクレール・ブレテシェ(Claire Bretécher)がフェスティバル10周年記念グランプリを受賞しているが、これは特別賞である。だからこそ上記のようなゴタゴタが起きたのだが、つい先日、アングレーム国際漫画フェスティバル2019のグランプリに日本の女性マンガ家高橋留美子が選ばれたと発表された。どうやら少しずつであれ、時代は変わっているらしい。ペネロープ・バジューも『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』で問題提起をした甲斐があったというものだろう。

 それはともかくとして、筆者的には、クレモンティーヌ・ドゥレの物語以外だと、ジョセフィン・ベイカーとリーマ・ボウイー、ジョージナ・リードの物語に特に心を動かされた。あなたもぜひ本書を読んで、ペネロープ・バジューの描く女性たちのカッコいい生きざまに心ゆくまで心酔していただきたい。

 なお、現在邦訳出版されている『キュロテ 世界の偉大な15人の女性たち』は、フランス語版の第1巻に相当する。実は本書には2017年に原書版が出版された第2巻が存在していて、さらに15人の女性たちの物語が語られているのだ。取り上げられているのは、テンプル・グランディン、ソニータ・アリザデ(あの映画『ソニータ』のソニータ)、ベティ・デイヴィス(歌手のほう)、ネリー・ブライ、プーラン・デーヴィー、シャッグス、メイ・ジェミソンなどなど。はたして第2巻が翻訳出版される日は来るのか? 楽しみに待ちたい。

『キュロテ』第2巻仏語版の表紙

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1974年静岡県生まれ。フランス語翻訳。アレックス・アリス『星々の城』(双葉社)、ジュリー・ダシェ&マドモワゼル・カロリーヌ『見えない違い 私はアスペルガー』(花伝社)などバンド・デシネの訳書多数。