『谷口ジロー 描くよろこび』刊行記念イベント 久住昌之×竹中直人 「ぼくたちと谷口ジロー」

2019/02/11 12:00

写真:ただ(ゆかい)

昨年10月、谷口ジローの魅力に迫る一冊『谷口ジロー 描くよろこび』が平凡社より刊行されました。

刊行を記念し、トークイベント「ぼくたちと谷口ジロー」を開催。イベントには、マンガ家の久住昌之さんと俳優の竹中直人さんのお二人が登壇し、谷口ジローさんという存在、谷口作品の魅力について語り倒しました。今回、マンバ通信ではそのトークの内容をお届けします。
※2018年12月26日、下北沢B&Bで行なわれたトークイベントの内容を再構成したものです

 

竹中さんは早い時期から『かっこいいスキヤキ』を評価してくれていた人

久住 さっき楽屋で谷口さんの話になりそうになると、「やめよう」と言って。

竹中 ここで話さなきゃいけないからね。

久住 そうですね。僕、竹中さんと最初に会ったの、1984年なんです。有楽町マリオンが出来たとき、そこで会いました。

竹中 そこで偶然ってこと?

久住 いや、糸井重里さんが「夕刊イトイ」というイベントをやっていて、そこに呼ばれて行ったの。そしたら竹中さんもゲストで来たかなんかで会って、そのときにはすでに僕のマンガを読んでいましたね。

竹中 もう大好きでしたから。泉マサヒデ。

久住 泉昌之(笑)。

竹中 泉マサヒデじゃない。それは僕の友達だわ(笑)。

久住 僕のマンガを読んでたことにはびっくりしましたね。だけど、もっとびっくりしたのは、竹中さんが『さんまのまんま』に出たときに、明石家さんまさんに『かっこいいスキヤキ』を渡していたという話です。これ、つい最近知り、驚きました。

竹中 そう、『かっこいいスキヤキ』がたまらなく大好きで。

久住 81年にデビューして、83年くらいに単行本が出て、84年に会っているわけだから。まだ最初の1冊が出たくらいのタイミングで「すごい面白いです」と言ってくれた数少ない人ですね。

竹中 僕は『豪快さんだっ!』も大好きで、深夜番組であれを真似て、斉木しげるさんに豪快さんをやってもらいましたもん。

久住 やってもらったんだ(笑)。全然知らなかったけど、そのあたりからつながりはあったんだ。

竹中 そう考えるとずっとありますね、うれしいです。

「先生にくだらないマンガ書かせやがって」と言われた『孤独のグルメ』

久住 谷口さんとのことで言うと、『孤独のグルメ』というドラマが始まるずっと以前に、竹中さんが「やりたい」と言ってくれてたんですよね。

竹中 20年くらい前から、監督として。

久住 主演のつもりもあったんですか?

竹中 そんなつもりも……『無能の人』の映画もそれなりに評価されて、勢いもあったし、若かったし。

久住 『無能の人』の後ですよね。

竹中 そうです。当時、いろいろと企画を出していて、その中の一つが『孤独のグルメ』でした。

久住 『孤独のグルメ』のどのへんがいいと思ったんですか?

竹中 だって面白かったんだもん。それだけですよ。毎回毎回いろんな町に行くという設定もすてきだったし、自分の勘で店を見つけたりする、その男の姿がまさに『孤独のグルメ』といった感じで、ハードボイルドだったじゃないですか。あっ、谷口さんの初期の頃はハードボイルドですよね。

久住 谷口さんの作品は映像化されているものもありますが、竹中さんが一番最初に俳優として出演した谷口作品ってなんでしたっけ?

竹中 『事件屋稼業』です。劇画タッチの作品でした。

(『事件屋稼業』より  関川夏央・谷口ジロー/双葉社)

久住 『孤独のグルメ』とは全然違うハードタッチの頃の作品ですね。今回出版された『描くよろこび』の最初のほうににも出てますね。このときはテレビドラマで?

竹中 テレビシリーズで。主演は寺尾聰さんで、僕は寺尾さんと仲良しのマル暴の刑事。いい加減な奴なのですが、深いところで繋がってる役でした。

久住 『事件屋稼業』から、テーマは違うにせよ、ここまで全面的に絵柄を変えられるのが驚異的です。静かな感じになるのは「坊っちゃんの時代」というシリーズあたりですね。マンガ的な速度表現や大袈裟さを抑え、静謐になっていった。賞を取って、みんなにすごく評価されて、その後『孤独のグルメ』のマンガをやることになったんです。そしたら、他の編集者に「あの谷口先生にこんなくだらないマンガ書かせやがって」と、言われたりもしましたね。

(『「坊っちゃん」の時代』より 原作 関川夏央・原作 谷口ジロー/双葉社)

竹中 いや、くだらなくないじゃないですか。ちゃんと切なさもあったし、誠実な男の空気感もすごい漂っていたし。すてきなマンガだ。そいつ誰だ! ちょっと今呼んでこい、いるんじゃないのか。ぶっ飛ばしてやる(笑)。でも、俺「くだらない」って言葉は大好きだけど、その人はいい意味で言ったわけじゃないですもんね。

久住 「こんなくだらないやつ」と言われて寂しかったけどね。だから、この作品が外国で翻訳されるようになったときは、その編集者に対して「ほら」って思いました(笑)。

竹中 「見返してやった」って。

久住 谷口さんが「結局、僕の本で一番翻訳されているのは『孤独のグルメ』です」と言ってました。今、10カ国で翻訳されているんですよ。今年はポーランドでも訳されていて。

竹中 それすごい!

久住 ポーランドの人が高崎駅前焼きまんじゅう食べる話とか、どうなんだろうっていう(笑)。

竹中 読者は自分なりにイメージしたポーランドの田舎町の路地とか、そういうのを思い出すんじゃないですか。

久住 そうでしょうね。谷口さんの絵は、外国の人が見てもわかりやすいのかもしれないですね。マンガっぽいデフォルメとかがあまりなくて、すごく普通の絵なんです。

竹中 でも町の風景など、谷口作品は描写がすごいですよね。

久住 谷口さんは、「背景」と「主人公」と「食べ物」を同列に描いているんです。そこが他のグルメマンガとは全然違うところかなと。

竹中 でも、グルメマンガを始めたのは久住さんじゃないですか。

久住 いやいや、そんなことはないですよ。『美味しんぼ』とか、『包丁人味平』とか。

竹中 あっ! 本当だ! そんなことなかったか(笑)。

久住 僕が『孤独のグルメ』を描いたときは、五つ星やミシュランなんかが出はじめた頃で、まだ世の中にバブルっぽい雰囲気が残ってましたね。そういう雰囲気のものを担当編集者がすごく嫌がっていたの。「ああいうのじゃない食べ物マンガを描きたいんだ」と、僕に言ってきて、「絵は誰にするんですか?」と聞いたら、「谷口ジローさんとやりたい」と言って。                           
竹中 谷口さんとはどこでお会いしたんですか?

久住 国分寺にある「ほんやら洞」という喫茶店。70年代の終わりから何も変わっていない内装で、空気も変わっていない感じ。そこで谷口ジローさんと打ち合わせをしたんです。担当編集者たちが『孤独のグルメ』を絶対に谷口さんでやると決めていたのでお会いしたんだけど、谷口さんが「久住さんんは泉(晴紀)さんという人といつもやっているんだから、泉さんとやれば。なんで僕なんですか?」と言って、俺も答えに困っちゃって。

竹中 だって編集者の人が決めたことだからね。

久住 もう編集者が僕に何も言わせない感じで「いや、谷口さんじゃないと駄目なんです」と高圧的だし、ずっと困惑してました。それに、僕はてっきり『事件屋稼業』みたいなハードなタッチで食べ物マンガをやったら面白いかもと思ってたんだけど、実際は静かな方の絵だったので、正直最初のうちは「これってみんな面白いのかな?」って思いました。後になって知ったことなんだけど、谷口さんもすごく一生懸命描きながら、「面白いのかな、これ?」って。連載3回目までは疑問を持っていたそうです。そういえば、竹中さんもほんやら洞に通ってたんですよね。

竹中 そう。まだ多摩美の学生だった頃で、敷居の高い店でした。当時、芸大2浪して多摩美に入って、家を出て一人暮らしを始めるときに、国立は清志郎さんの街だし絶対住みたいって思っていたんだけど、家賃が高かったので国分寺の12,000円のアパートに住んだんです。その頃見つけた店がほんやら洞で。

久住 へえ、大学生のとき?

竹中 もう42年のお付き合いです。当時は本当に個性的なおじさんが多くて。今も全然変わらないですよ。このおじさんたち何を話しているんだろうって観察していても楽しいくらいのちょっと変で素敵なおじさんばっかりがカウンターに座っています。

久住 何してんだろうって人いるよね。

竹中 本当にいますね。時代があの頃のまま止まっているような人たち……。

久住 ああいうのを見ているの面白いんですよね。でも、いつの間にか俺がそうなっているんだろうね。「なんなの、あの人」っていう。

竹中 俺、いつも「なんあの、あの人」って言われます……。

久住 最近、『古本屋台』というマンガを描いたんです。屋台の本屋が駅前に出来て、焼酎の白波のお湯割りを1杯100円で出している。だけど「おかわりください」と言うと、「うちは飲み屋じゃないんだよ」と言って出してくれないという、理不尽なおやじがやってて。でも、みんなそのおやじが好きで、夜な夜な集まっているというお話なんですけど、そこにいてほしいですよね、お客として。

竹中 いたいですね。

久住 古本屋のおやじというよりは、「あの人何やってんだろう」っていう。

竹中 谷口さんはどんな雰囲気でした?

久住 静かな感じで。谷口さんが声を荒らげたところなんて見たことないし、いつもニコニコしていて。飲んでいても穏やかでね。怒るとどうなるんだろう(笑)。

竹中 一緒に生活しているわけじゃないから、それは絶対見たことないでしょ(笑)。

久住 アシスタントの人に「谷口さんってどんな感じでした?」って聞いたことがあるけど、別に何も言わないんだって。だけど、谷口さんってものすごく絵がうまいでしょ。アシスタントさんに「これ描いておいて」とお願いするのはいいんだけど、特に何の指示や指導もしないで帰っちゃうんだって。アシスタントさんはそれを谷口さんレベルで仕上げるよう、自力で頑張らざるを得ない状態で取り残されるわけ。優しいんだか厳しいんだかわからないよね。

竹中 自分でもすごい細密な風景画をたくさんお描きになっていますものね。

久住 それはもう、とにかく素晴らしいです。色も、タッチも、正確さも。カラーの表紙の原画を見たら、みんな本当に驚くと思います。

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