若い頃の谷口ジローさん
久住 この『描くよろこび』で最高に笑ったのは、これです。谷口さんの若い頃の、長髪サングラスでヒゲのやつ。これ最高ですよね。ものすげえうさんくさい。
竹中 昔のみなみらんぼうさんみたいじゃないですか(笑)。
久住 なんかかっこつけてるよね。
竹中 そんな時代。僕たちより六つくらい上ですか?
久住 10〜15歳くらい上です。
竹中 そうですか。ジョン・レノンを意識しているのかなぁ。
久住 そうかもしれないですね。写真を意識しているもんね。
竹中 もしかしたら、その頃の彼女がちょっと「私が」といって撮ってたかもしれないですね。
久住 だけど、今の感じもかっこよかったですよ。60代なんだけど、かっこよかったですね、長髪で。かっこつけてんじゃないんだけど、かっこいいなという感じにだんだんなってきましたね。この最後のほうの。なんかお茶目な感じ。あんまりお茶目じゃないんですけど。
竹中 谷口さんがマンガと出会うきっかけになった作品は何ですか? みたいなお話はなさらなかった?
久住 アシスタント時代がすごく長かったみたい。
竹中 どなたのアシスタント?
久住 石川球太さんのアシスタントをやっていて、なかなか優秀だったけどやめないから、石川さんに「本当に独立してやっていく気はあるのか?」みたいに言われて、それで仕方なくやることになったという話をちょろちょろっとしましたね。
僕たちの「孤独のグルメ」
竹中 そういえば『孤独のグルメ』って、久住さんが実際に経験していることもエピソードにいっぱい入っているわけですよね。笑っちゃうようなやつとかたくさんあったじゃないですか。怒鳴っちゃう人とか。料理長が「何やってるんだ、お前」って、ギューッってつねったり。
久住 あれは、自分の食体験の中ですごく嫌な体験でしたね。僕は20歳くらいのときの出来事なんですけど、遅いお昼に入った店のバイトの外国人が理不尽に怒られていて。
竹中 お客さんがいるのに、そんなの絶対に嫌だ。
久住 昔、荻窪に家族でやっているラーメン屋があったんだけど、奥さんが料理している旦那さんに中華丼のお皿を出したら「チャーハンって言っただろう、お前、何考えて生きてんだ!」って、言ったんだよ。それで「もう、ここ来ない。もういい。おいしくてもまずい、これ」と思って、すごく嫌だった。「何考えて生きてんだ」って、茶碗間違えたくらいでそこまで言わなくたっていいじゃない。
竹中 そういえば、三池崇史監督の映画で京都で清志郎さんと一緒にロケしてて、清志郎さんが「竹中、ちょっとさ……」。
久住 似てるね(笑)。
竹中 「河原町でさ、なんか京料理食いに行かねえか」って。「鴨川眺めながらさ」って言うから、二人で河原町の店に行ったんです。ガラガラッと店に入って「すいません」と声をかけたら、お店の人が出てきてたんだけど、「何名様ですか……?」ってめちゃくちゃ感じ悪い対応なんですよ。だから俺、店の人が「ちょっとお待ちください」って店の奥に行った隙に「清志郎さん、感じ悪いから出ましょうよ」と言ったら、「でもさ、待ってくれって行っちゃったからさ」って(笑)。
久住 似てるからおかしいな(笑)。
竹中 その後、清志郎さんの言った言葉で忘れられないのが、「竹中、さっさと食べて帰ろうぜ」(笑)。
久住 いいねえ(笑)。
竹中 もう鴨川を見るどころじゃなかったっていうのを思い出しました。
久住 最高だね。もろ『孤独のグルメ』ですよね。
竹中 ある意味そうですね。
久住 話題がどんどん谷口さんから離れちゃいますね。
竹中 天国の谷口さんに捧げる話として許してもらえたら(笑)
谷口さんの一番素晴らしい点は、丁寧に「普通」を描いているところ
竹中 久住さんに聞きたかったことがあって、マンガ家に原作を書くってどういうことなんですか? 原稿を渡すってことですか? 久住さんが描いた文章を。
久住 僕は弟の久住卓也や泉晴紀さんとやるときは、コマ割してコンテまで描いているんです
竹中 久住さん自身が?
久住 そう。よく編集者に「ここまで描いているんだったら自分で描けばいいじゃん」とよく言われたんだけど、それは泉さんが描かないと駄目で。僕のコンテを泉さんが見て、「このコマを変えたい」とか、この二つのコマを一つにしたいとか、三つに変えたいとかいうのは、もう、自由にやってもらっているんです。だけど、谷口先生の場合は、やっぱり独特のコマ割りもあるので、僕が描かないほうがいいんじゃないかなと思って。
竹中 谷口さん自身のコマ割りがしっかりあるから。
久住 それで原稿用紙にシナリオを書いたんです。どういう街に五郎が歩いているとか、昼頃でなんとかかんとかって。そのシナリオと大量の資料写真を渡してました。
竹中 それは街の風景とか?
久住 はい。谷口さんが「あればあっただけいい」と言うから150枚とか200枚くらい。まだデジカメのない時代だったから、すごくヒヤヒヤしました。カシャッと鳴るのが。
竹中 でもそれが良かったんですけどね、構えたときの、カシャッというのが。今はもうデジカメの時代になっちゃったから。
久住 よく「写真をトレースしたのはインチキだ」と言う人がいるんだけど、『孤独のグルメ』に登場する店のモデルになったところは、大した店じゃないんです。だけど、谷口さんが描くとすごいいい感じになる。俺が撮った写真をトレースしているんだけど、こんなにいい感じになるのかと驚くくらい。
竹中 久住さんの撮った写真を自分なりに描いて。
久住 谷口さんは写真よりも細かく描くし、マンガはモノクロだから写真のカラーをトーンで表現してましたね。『孤独のグルメ』は、1コマ描くのに1日かかるというのが当たり前だと言っていました。こんなのを描いていたら永久に終わらないだろうなという。
竹中 当たり前だと思って見ちゃいけないということですね。
久住 豆かんが本物の豆かんに見えるんです。マンガって全部モノクロなんだけど『孤独のグルメ』に出てくるお茶って本当は灰色なのに、完全に茶碗に入った緑茶に見えるということに愕然としました。なんかやってんの? って感じ。こういうところが本当にすごい。
竹中 『孤独のグルメ』は皆さんお持ちでしょうから、改めて見直すといいいですね、この素晴らしさを。
久住 僕が、谷口さんについて一番素晴らしいと思うのは、本当に絵が普通だったんです。「どうだ!」という感じも出さない。だから、サラサラ何度も読める。でもよく見てみると、すごく時間のかかる緻密な作業がなされていてるんですよね。その「時間のかかった普通」を描いているというところが、谷口さんの一番すごいところだったと僕は思います。人間も偉くないし、風景も偉くないし、食べ物も偉くないように描いている。そこができそうで一番できないところだったと思います。そういう目で谷口さんの作品を見ると、どれもそう感じられて、それって谷口さんの性格だったんじゃないかと思うんです。淡々と普通のことを、しかし、時間をかけて丁寧にやるという。
竹中 この『描くよろこび』をきっかけに、初期の頃の谷口さんと出会うというのも素敵だなって思います。
久住 そうですね。若い頃はこんなになってむきになってやっていたんだ、みたいな(笑)。
谷口ジローのマンガ情報・クチコミ
主な作品『犬を飼う』 『捜索者』 『『坊っちゃん』の時代』 『欅の木』 『地球氷解事記』など。関連著者は「狩撫麻礼」 「遠崎史朗」 「川上弘美」など。[「谷口ジロー」の街]
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