ブサイクヒロインを手術する執刀医は一体どんな心境なのか?——『地獄でメスがひかる』の巻

ブサイクヒロインを手術する執刀医は一体どんな心境なのか?——『地獄でメスがひかる』の巻

大がかりな手術を受けて美しい見た目を手に入れることは、ブサイクヒロインものに頻出する展開であるが、その多くは、執刀医を「モブ」としてしか描かない。手術を受けるヒロインの心理を描くことが重要で、医者のことなんかどうでもいいということになりがちだし、実際のところ、その程度の扱いでもストーリーは問題なく進んで行く。だからこそ、高階良子『地獄でメスが光る』は特異である。医者のことが結構なボリュームで描かれるからだ。

『地獄でメスが光る』高階良子

「わかき天才医師」と言われながら、非人道的な医療行為が問題となり、医師の資格を剥奪された「巌俊明」は、叔父の経営する病院の地下室で秘密の実験を行っている。それは、死体の寄せ集めで新しい人体を造り出すこと。実験はおおむね成功し、あとは、脳みそを移植するだけ。そんなタイミングで、俊明の前にひとりの自殺志願者が現れる。彼女の名は「ひろみ」。父親が愛人に産ませた子で、父親の一家と生活するひろみは、ブサイクであることを理由に壮絶なイジメを受けている。家族のセリフを以下に引用するが、いずれも直球すぎるdisだ。

本作のヒロイン「ひろみ」

姉1「なぜみんなのまえにでてきたりしたのよ/じぶんがどんなすがたをしているかを考えなかったの」
姉2「ひろみなんて人間じゃないわ/ばけものよ」
「いらないよおまえのつくったものなんかきたなくてたべられないよ」
「もうすこしまともなすがたをしていればな」
「あの子はわたしたちを不幸にするために生まれてきたようなものですわ」

美男美女だらけの家族の中でひろみだけがブサイクであり、味方はひとりもいない。これは端的に言って地獄である。顔面のほとんどをぶ厚い前髪で覆い隠すひろみは、姉たちのキラキラとした生活スタイルに憧れながらも、日陰の存在として生きることを余儀なくされているのだ。

そんな生活に耐えきれなくなったひろみは、家出をし、自殺を図ったものの、俊明に救出され、脳移植の手術を受けることになる。成功率は低いが、成功すれば、びっくりするような美人に生まれ変われる手術だ。

「かまいません/このからだがなおるのならどんなひくい成功率でも/それにわたし……/わたしのこのからだが先生のやくに立つのなら/たとえわたしは死んだって……/もともと先生が助けてくれたいのちです」

ひろみにとっては、一度捨てたいのちだ。それに、ブサイクな自分を見てもぜんぜん引かなかったこの男に惹かれはじめてもいる。つまり、手術を受けない理由がない。

そして、俊明にとってこの手術は、医師としての復活をかけた一大イベント、かつて自分を医療界から追放した奴らを見返す千載一遇のチャンスだ。しかし、ひろみと過ごす時間が長くなるにつれ、彼の心に迷いが生じてくる。実験の成功を証明するために、可愛いひろみをさらし者にしてよいのか。彼もまた、ひろみに惹かれるあまり、冷徹な医師のままではいられなくなっていく。

揺れる心を鎮めるために、彼が手を伸ばすのはマリファナだ。作中では、以前からマリファナを常用していることが示唆されており、ついでに言うと、彼の叔父はアル中である。どうしたんだこの一族は。依存症の人が多すぎる。患者の前に自分を治療して欲しい。

マリファナがないと生きていけない天才医師。キャラが濃すぎて、ヒロインを完全に食っている。いや、むしろ、主人公はこっちなのか。この混乱こそが、本作を読む醍醐味だと言っていい。というか、人造の美しい肢体にブサイク女子の脳を移植するという、あまりにもマッドな手術を行った医師が、正気でいられるわけがないのだ。本作を読んだ後は、誰だって、ブサイクヒロインものの執刀医をモブ扱いするのはもったいない、もっと描いてくれ、なんで今まで医者のことを放っておいたんだ、勿体ないことをした、と思うようになるだろう。

マッドな手術を行った医師が狂うのであれば、その手術を受けた患者が狂うのもまた必定で、俊明とひろみは、ともに手術の成功という栄冠を手にしながらも、坂道を転がるように破滅へと向かっていく。ことにひとみは、死のうとして死にきれず、手術で劇的に美しくなっても、見た目に吸い寄せられて来るひとびとを信じられず、「あなたがすきなのはほんとうのわたしじゃないんだもの」「けっきょくわたしはだれにも愛されやしない」と絶望してしまうのだから、「ブサイクだから嫌われるんだ」と単純理解すればよかった過去より事態は複雑だ。

元を正せば、ひろみの家族によるイジメが壮絶だったから、彼女と俊明が出会うことになったわけで、全ての責任はひろみの家族にあると言えなくもない。しかし、娘が家出しても一切探そうとせず、手術を経て美しき写真モデル「朝つゆのビーナス」に生まれ変わったひろみが目の前に現れてもまるで気づかない。世の中とは、ときに真の悪者が裁かれることなく回っていくものだ。本作は、その無慈悲さ&やり切れなさを噛みしめるようにして読むものであり、その読了感は、ある種のトラウマとなって読者の心に残るだろう。本当におもしろく、そして、本当におそろしい作品だ。


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