『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』を読み進めるたびに「これが戦場」の意味が更新されていく

2019/04/23 12:00

こないだ『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』というマンガを既刊6巻まで一気読みして、かなりの衝撃を受けたのです。日本漫画家協会賞の優秀賞を受賞するなど、すでにあちこちで高い評価を得ている作品なので、今さら紹介することにちょっとためらいもあったんですけど、世の中全体では読んでない人のほうがまだまだ多いに違いないわけで、とにかく読んでほしいと思いながら書いています。

ペリリューというのは、太平洋戦争における激戦地の一つ・パラオ諸島ペリリュー島のこと。ガダルカナル島や硫黄島での激戦は有名ですが、ペリリュー島についてはつい最近まで名前すら知らなかった人も多いと思います。僕は2014年のNHKスペシャル『狂気の戦場 ペリリュー ~”忘れられた島”の記録~』で初めて島の存在と、そこで行われた戦闘のことを知りました。

マンガの話に入る前に、この戦場について簡単なイントロダクションを書きますね。

太平洋戦争の後期、アメリカ軍に対して劣勢だった日本軍としては、フィリピンを攻略されたくなかった。アメリカ軍にとってフィリピンは日本本土侵攻の重要な拠点となりうる、と大本営は考えていたからです。で、ペリリュー島というのは、そのフィリピンを攻略する足がかりになる立地だった。それでここにペリリュー島守備隊を派遣し、アメリカ軍の侵攻を食い止めようとしたわけです。

とはいえ、侵攻してくる米軍4万に対し、島を守る日本軍は1万。圧倒的に不利なことはわかっている。そこで大本営がペリリュー島守備隊に指示した戦術が「徹底的な持久戦」でした。戦って追い詰められたら突撃して玉砕……ではなく、とにかく粘るだけ粘って時間を稼ぐ。守備隊は長期のゲリラ戦に備えて、長い洞窟を掘っていきます。

これはネタバレというより史実なので書きますが、フィリピン攻略の足がかりであるペリリュー島を死守している間に、アメリカ軍はフィリピンを攻め落としてしまいます。つまり、その時点でこの島を日本軍が守る意味はなくなってしまった。そしてアメリカ軍にとっても、ここを制圧する意味はなくなってしまった。なのになぜか死闘は続いていく。もともと激戦地であることに加え、こういった状況もペリリュー島の戦いをより悲劇的にしています。

で、そのペリリュー島の戦いを題材にマンガ化したのが、今回紹介する『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』。作者は、睾丸の癌に冒された自分自身を描いた『さよならタマちゃん』で一躍注目を浴びた武田一義(原案協力は太平洋戦争研究会の平塚柾緒)。

この表紙を見た人は誰でも、「えっ、この絵柄で?」と感じるに違いないと思います。戦争のイメージとは程遠いかわいらしいタッチだし、3等身だし。僕もペリリュー島の悲惨な戦いをある程度知っていただけに、表紙を見た瞬間はちょっと違和感を覚えました。しかしこのマンガ、この絵柄がすごく生きてくるのです。そのへんは後述するとして、このマンガで衝撃を受けたところを一つ一つ紹介していきたいと思います。

表紙に描かれている人物が、主人公の田丸。マンガ家志望の一等兵です。見た目もそうですが、性格もちょっとおっとりしている。戦時中の兵士というよりは、むしろこのマンガを読んでいる現代人に近いキャラで、なんなら戦時中にタイムスリップした現代の青年のようにも見える。そのことで読者は田丸というキャラを通し戦場を追体験していくような感覚を味わうのです。

このマンガがまずすごいのは、田丸が「自分が今いるのは戦場なのだ」ということを認識していく過程の描き方。戦闘が始まる前のペリリュー島は、それだけ見ると南国の楽園のよう。島に入った兵士たちは毎日洞窟掘りに明け暮れるのですが、田丸はここがやがて戦場になることをいまいち実感できません。

でもそんな中で、同僚の小山からこんなことを言われたり。

さらに、アメリカ軍が空襲に来るとみんな壕に隠れてやり過ごすのですが、

空襲が終わって外に出てみたら。

こんな風に、一つ一つ丹念に「戦場だと認識させるスイッチ」が描かれていきます。現代人とシンクロしやすいキャラの田丸が、徐々に「ここが戦場である」と認識していくことで、読者もそのことを追体験できてしまう。このコマはまだ序盤のもので、ここからさらに田丸は実際の戦闘を経験しながら「ここが戦場であること」「ここが地獄であること」を嫌というほど認識していきます。

このマンガのもう一つのすごさは、ペリリュー島で起こった悲惨な出来事をきちんと描いているということ。キャラのタッチはかわいらしいのですが、そのタッチだからこそ凄惨な出来事を描けているんじゃないかと思うのです。このマンガはフィクションであると断り書きがされているのですが、おそらくそれは個々のキャラ設定がフィクションということであって、戦場で起こった出来事についてかなり詳細な部分まで作品に反映されているように感じます(実際、先述のNHKスペシャルでは、ある猟奇的な殺し方について語られていたのですが、その描写もマンガに出ていました)。

戦場を描く以上、凄惨な部分は避けて通れない。けれども、あまりにリアルすぎるタッチだと読み進められない読者も出てくる。そこである程度タッチを調整することで、具体的な表現としてエグさがセーブされていても、読者はそのマンガ表現を脳内で変換させて「リアルな描写だとおそらくこういうことなのだろう」と想像しながら読み進めることができる。このマンガはそういう描写について、かなり考えて描かれているように思います(ちなみに作者の武田一義は奥浩哉のアシスタントだった人。なのでもともと自分のタッチも奥浩哉に近いものだったようですが、『さよならタマちゃん』を描くにあたって、考えた上でこのタッチを作り上げたとのこと)。

絵のタッチについてもう一つ言うと、たとえば田丸が遺族に戦死者の報告をする「功績係」として、生き残った兵士から「隊の人間がどんな死に方をしたのか」を聞き取り調査する場面。

絵のタッチによって具体的なエグさを軽減させたのは、作者の意図したことだと思うのですが、この場面を見ると、むしろこのかわいいタッチによって余計に狂気が伝わってくるようにも感じます。これは作者の意図を超えた効果なのかもしれない。

表現的なところでもう一つ。アメリカ軍から身を隠している場面での、英語の会話の描き方。アメリカ兵のしゃべっている内容が、日本人である田丸たちにはよくわからない。その感覚が的確に表現されている。ちょっとしたことだけど、こういうのすごくうまいなと(知っている単語にだけ気づくところも)。マンガを読んでいる我々は、言わば「神の視点」でそれを読んでいるわけで、それなら普通に読みやすい英語で書いてもいいわけですが、あえてこういう書き方をすることで田丸の視点に没入しやすくなるという効果がある。

それにしても。ペリリュー島では本当に次々と人が死んでいく。死があまりにも身近すぎる。もちろん戦場とはそういうものだと頭ではわかってるんですよ。しかし、守備隊が1万人いた状態からどんどん死んでいく過程をつぶさに見せられると、自分が持っていた死についての感覚がグラついてくるような気がします。安全圏でマンガを読んでいる自分でさえこう感じるくらいだから、実際の戦場ではもっとグラついていたのだろうなと。そういう意味では、「これはマンガだからこそ描けた作品なんだろうな」と思うのです。

たとえば記録映像だと、描写として正確ではあるけれども、すべての場面が記録されているわけではない(ちなみに先述のNHKスペシャルが制作されたのはアメリカで大量の記録映像が発見されたのがきっかけ)。生き延びた当事者の語りはメッセージとしてはとても強いけれども、ことの起こりからその過程を時系列に整理して語ることは(時間的にも技術的にも)なかなか難しい。そういう観点から『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』を読むと、「マンガでしか表現できないことがまだまだある」「マンガってすごい」と改めて思わされます。

余談ですが。戦記マンガと言えば、水木しげるの「総員玉砕せよ!」「敗走記」を真っ先に思い浮かべる人も多いと思いますが、このマンガに出てくる小杉伍長には、どことなく水木っぽさを感じます。

見た目もそうだけど、ひょうひょうとした性格も水木っぽい。全部書いてたらキリがないのではしょりましたが、田丸以外の兵士も特徴的なキャラがたくさんいて見応えがあります。人間同士のドラマでもあるけれど、戦場という極限状況の中でそれぞれの人間性がよりソリッドに浮き彫りになっていく感じ。

実際に起こった戦争を題材にしたマンガは数多くあるけれども、「一つの戦場だけ」をこれだけの長さを使って描いたマンガって、他にほとんどないように思います。現在刊行されているのは6巻までですが、作者のインタビューを読むと、10巻か11巻くらいで終わる予定にしているらしい。戦地だけではなく「その後」まで描くのかもしれないですが、それを差し引いても6巻の時点ではまだ折返しを過ぎたばかりというのは恐ろしい。

そういうわけで武田一義『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』、ペリリューの戦いを描いたという意味でも、マンガ表現という意味でも、傑作と言って間違いないマンガなので、ぜひ読んでみてください。試し読みはこちらから。たぶんすぐ続きを読みたくなると思いますが。

ペリリュー ─楽園のゲルニカ─(1〜6巻) | 武田一義 平塚柾緒 シリーズ情報一覧

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前田隆弘

顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。