天使にとって人間の美しさとは何か?——恋はなに色?の巻

2019/05/08 12:00

「身分違いの恋」は、物語をドラマティックにする上で欠くことのできない設定のひとつ。平々凡々と生きていれば決して出会うことのなかったふたりが出会い、あり得ないような障害に行く手を阻まれる。恋するふたりの所属する文化圏が違うことで揉め事が起こるケースも多い。こちらの村では当たり前のことが、あちらの村では非難される、というように。あり得ない出会い、立ちはだかる障害とその克服、そして衝突する価値観。これでドラマが起こらないわけがない——で、これらが少女マンガにおける美醜の問題と絡んだとき、どんな化学反応が起こるのか。今回考えたいのはそのことだ。

『恋はなに色?』は、女子高生と400歳をゆうに超える天使の恋を描いた作品である。主人公の「紅」は、学問好きのキリっとした高校生。気が強くて、思ったことははっきり言うタイプ。彼女には双子の妹「藍」がいるが、こちらは「美人でかわいくていつもニコニコしてて」と語られるような、ゆるふわ愛され系だ(ちなみにお勉強が苦手)。つまりふたりは見た目・中身ともに対照的な姉妹として描かれている。

『恋はなに色?』(小森麻実)
左が主人公の「紅」、右が双子の妹「藍」

あるとき紅は学園の一角で素っ裸の男児に遭遇する。

「い いくら暑いからって子どもだからって/な なんか着なさい!」

「おどろいた/かわってるねあなた/たいていの人はぼくのヌード見るとみとれるんだけどなあ」

「わ わたしそんな変態じゃないわ/は 早くなんか着て——っ」

「そんなこと言わないでよく見て!」

初対面の女子高生に己のヌードをもっとよく見ろと言ったこのヤバすぎる男児は天使の「ミシェール」。彼はこのとき紅にひと目ぼれし、猛攻の末、婚約にまで持ち込む。ベタ惚れだ。その理由をごく簡単に説明するなら、とんでもなく美しい天使の姿を見ても正気でいられる(対等に付き合える)人間は珍しいから、ということになるだろう。

「ミシェール」は夜になると青年の姿へと変わる

紅は妹との比較でも美しくない側に振り分けられていたが、ミシェールとの比較でも美しくない側に振り分けられる。この時点で難色を示す読者もいそうだが、ミシェールのマブダチ「ジブリール」はもっとひどい。紅と結婚したいと語るミシェールに向かって、「このチンクシャをはえあるわれら天使連合の一員に加えようというのか!?」と言うのだ。

この発言を巡って、ジブリールとミシェールは口論になる。ミシェールにとって紅は全てが「きれい」な女の子だ。しかしミシェールに言わせれば「ど どこがァ?この金太郎カットこのズンドー!この目つき/これのどこがきれいなんだ!?」となってしまう。なぜこんなに辛辣なのか。それは、ジブリール自身の言葉を借りれば「人間は顔じゃない だが天使は顔だ 顔なんだ!!」ということになる。人間と天使では、美醜の物差しが違う。これはまさに冒頭で指摘した価値観の衝突そのものである。

ところが、そんなジブリールがかつて人間とをしていたことが判明する。これだけ美醜にうるさい男が、どんなひとを好きになったのか?

結論から言うと、彼の元恋人は紅と藍の叔母「小夜子」で、いまは姪っ子ふたりの生活態度についてガミガミ言うおばさんになっている(まだ30歳なのに紅から「売れ残り」と呼ばれているのが時代を感じさせます……)。色気とは無縁の黒スーツ、メガネを外せばあまりにもつぶらな瞳。しかし、ジブリールは小夜子を「美人」だと信じて疑わず、「美しいもの同志愛しあおうな」と言うのだ。

こうなってくるともう、天使の使っている美醜の物差しがなんなのか、よくわからなくなってくる。ただ、紅と小夜子に共通する点は一応あって、それは主体性を持った女子だということだ。紅は女の子らしさよりも学問を優先しているし(最終目標はノーベル賞)、小夜子も結婚適齢期なんかガン無視して、かつて愛したジブリールをずっと待ち続けた。ふたりとも、自分をしっかり持った人間、もっと言えば、頑固な人間だ。フィクションにおける天使の多くが美しくて無垢でふわふわとした存在であることを考えると、紅や小夜子の主体性は、天使たちが持ちたくても持てないものであり、手の届かない憧れなのかも知れない(こうした話が大好きな方は映画『ベルリン天使の詩』もぜひご覧下さい!こちらも名作!)。

つまり、この物語は、お世辞にも美しいとは言いがたい人間の女子が、美しい天使(≒王子様)に選ばれ愛される物語ではないのだ。全てを持っているように見えて、実は自分というものをうまく持てずに生きる天使が、なにがあっても自分を決して手放さないタイプの人間に憧れ、接近し、愛さずにいられなくなる物語。身分どころか、種族の違いすら超えて、天使が人間の頑固さに心奪われる物語なのである。

恋はなに色?(1巻) 小森麻実

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トミヤマユキコ

1979年秋田県生まれ。ライター、大学講師。早稲田大学法学部、大学院文学研究科を経て、2017年4月から文学学術院文化構想学部助教。少女マンガ研究を中心としたサブカルチャー関連講座を担当。