ブサイク女子のユートピアはここにあった——『しこめちゃん』の巻

ブサイク女子のユートピアはここにあった——『しこめちゃん』の巻

ブサイク女子をあらわす言葉に「醜女」というのがある。

醜い女と書いて、しこめ。字面があまりにもアレなので、個人的にはなるべく使いたくないのだが、そんな言葉を極めてダイレクト&ポップに使用している少女マンガがある。その名も『しこめちゃん』。はじめて見たとき、本当にびっくりした。醜女って、こんなに軽いノリで使っていいんだっけ……しかし、いいもなにも、実際使っているのである。

『しこめちゃん』ところはつえ(集英社)

本作を描いたところはつえ先生は、1948年の生まれで、4コママンガの名手として知られている。もっとも有名なのはデビュー作『にゃんころりん』で、1971年から10年以上もの間連載された。この他に、『たんぽぽたん』『ちびブタプチブー』『ぷわぷわ・ウー』などのコミックスがあるが、残念ながら、いずれもコレクター価格でしか手に入らない。多くの読者にとっては、かつて愛読したなつかしの作家ということになるだろう。

『しこめちゃん』が収録されている、ところはつえ氏の『にゃんころりん』(集英社)

そんなところ先生の知られざる問題作が『しこめちゃん』である。いまのところ、マーガレットコミックス版『にゃんころりん』(全4巻)に併録されたものと、週刊マーガレットの臨時増刊(昭和50年4月15日号)に掲載されたものが確認できているが、探せばもうちょっと出てきそうな気がする(この原稿を書いたあとも引き続き調査するつもりです)。基本的には、主人公のしこめちゃんが、お友達のみじんこちゃん達と共に繰り広げるコメディで、美醜に関するネタが中心を占めている。

本連載がこれまで取り上げてきたブサイク女子は、見た目に難を抱える人間の女の子だったが、しこめちゃんは人間ではなく、一種の「キャラ」である。

全身毛むくじゃらなのが最大の特徴で、たとえるなら、小さくて黒いガチャピンだ。人間ではないので、少女マンガによくあるブサイク女子表現(メガネ、そばかす、低い鼻、困り眉、等々)は用いられていない。「ちゃん」づけで呼ばれ、頭にリボンやお花をつけているからかろうじて女の子だとわかるけれど、それがなければ、男か女かわからない。

 

とにかく毛量がすごいことから、彼女の”しこめ性”は毛深さにあると推察される。およそ女とは思えない毛量だから醜い、ということらしいが、犬や猫がかわいいのと同じで、ここまでモジャモジャしていると、逆にかわいい。

ちなみに、ところ先生には『おてもちゃん』という作品もあって、このタイトルが「おてもやん」から来ているのはもはや疑いようもないわけだが、つまりこちらもキャラ化されたブサイク女子と言っていい。ブサイク女子を思い切ってキャラ化し、かなり直接的な名前をつけつつも、ギリギリのところで「おもしろ&かわいい」に落とし込むところ先生の豪腕ぶりについては、ぜひとも少女マンガ史に刻んでおきたい。

 

ところで、しこめちゃんやおてもちゃんは、自分がブサイク女子であることを自覚しながらも、それが原因でひどく落ち込んだりはしないのが印象的だ。みんなけっこう元気なのである。たとえば、しこめちゃんは「おっ/男女が交際している」「ウシシシ若い男女の愛の進行過程を研究しよう」とか言って、みじんこちゃんのデートを張り切って尾行、「平凡な男女のたどるコースはみなおなじ」と断言して見せる。いいなあ〜わたしもデートしたいなあ〜、なんて嘆いたりはしないのだ。おてもちゃんも、男のマネキンに片想いしていて、リアルでの恋愛を必要としないオタク女子のはしりみたい。ふたりともモテない自分に絶望していないのがすごくいい。

みじんこちゃんのデートを尾行するしこめちゃん
マネキン人形に恋するおてもちゃん

時には自分がかわいくなくて泣いちゃうこともあるし、がんばってお化粧したのに引かれちゃうこともある。でも「喉元過ぎれば熱さを忘れる」といった具合で、醜女が醜女のまま楽しく生きていくことが許されているのが、ところワールドのブサイク女子たちだ。

「この世にブサイクなんてひとりもいない、人はみなそれぞれ美しい」という崇高な思想も悪くないが、「わたしってブサイクだなあ、でも別に存在しててもいいよね〜!」ぐらいのユルさを求める人もいるはずで、ところワールドは、どちらかというと後者である。このユルさが可能なのは、ブサイク女子を意地悪くジャッジしにかかる他人(社会)が存在しないためだ。しこめちゃんたちがブサイクなのは事実かも……でも、だからって、執拗にいじったりはしないよ、というスタンスが貫かれている。ただそれだけで、ブサイク女子はこんなにも生きやすくなるのか……『しこめちゃん』に描かれているのは、間違いなくブサイク女子のユートピア。実社会もこんな感じだったらいいのにね、と思わずにはいられない。

 

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