マンガで(ひとまず)満たす「モヤモヤせずに暮らしたい欲」

マンガで(ひとまず)満たす「モヤモヤせずに暮らしたい欲」

どうも心がざわつくニュースばかりですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。日常生活と直接関係のない事柄であれば、ざわついた心をなんとか整理できるものの、“弱い”立場にある人たちを狙った悪質な行為に関するニュースを見るたびに、やり場のないモヤモヤを自分は覚えてしまっています。

同じ“弱い”立場にある身としては、ときに憤りすら覚えてしまい、荒ぶる心をどうにかして落ち着かせるも、その度に豆腐ばりに脆いメンタルはボッコボコになり「心おだやかに暮らしたいだけなのに……」とグッタリしてしまう。

そんな自分と対照的に怒りや感情を(作中で)大爆発させているのが、今回ご紹介する『幸せカナコの殺し屋生活』の主人公・西野カナコなのですが、タイトルからお判りいただけるように彼女の職業は殺し屋。決して暴力や犯罪行為を正当化する作品ではないですが、まだ物事の分別がつかなかったり、現実とフィクションの区別ができなかったりする年頃のお子さんにはオススメできない作品なので、あらかじめご了承ください。

『幸せカナコの殺し屋生活』1巻 若林稔弥/著(星海社COMICS)

タイトルには“幸せカナコ”とありますが、カナコは最初から幸せというわけではない。何せ作品の1コマ目からして「職場がブラックすぎて 仕事を辞めた」という、カナコの悲しいモノローグから始まる。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「001」より)

前職で受けたパワハラが原因でメンタルがズタボロ状態での再就職活動中、うっかり殺し屋の面接を受けてしまうカナコ。「ウソウソウソウソ コツメカワウソ!! この会社…殺し屋さんだったの??」謝ったら帰してくれるかな…」と焦るも、福利厚生まで完備されたホワイト企業っぷりを聞き、彼女の危機感は吹っ飛んでしまう。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「001」より)

この描写、ブラックギャグとも、心を病んだカナコの判断能力が超絶低下しちゃっている描写とも捉えることができるので、似た経験をしたことのある身としてはちょっと怖い。

流れで入社テスト(ブラック企業の元上司の暗殺)をすることになり、「ムリムリムリムリ カタツムリ!! 私に人殺しなんて!!」と心の中で叫ぶも、あっさりとテストをパスしてしまうカナコ。堅気と思えぬスキルをどうやって習得したのか疑問に思った社長との会話の中でカナコのどん底時代ともいえる過去が語られるのですが、この内容も現代社会ならではのリアルさをはらんでいて怖い。いや、怖いを通り越して辛い。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「002」より)

社長に「間違いで来たかもしれないが ぜひうちで働いて欲しい」と言われ、倫理感に揺れながらも「でも人から必要とされたの初めてだなぁ…」と、殺し屋への転職を決めちゃうカナコ。“地味だった僕/私が、思わぬ才能が開花してヒーロー/ヒロインに!”という、マンガとしては(特に少年マンガなどでは)王道ともいえる展開で『幸せカナコの殺し屋生活』は幕を開けるのですが、その後の展開にこそ、この作品ならではの面白さがあるのです。

殺し屋ながらもホワイトな社風のおかげで、ゆとりのある暮らしを送れるようになり「前よりは仕事は楽しくなった」とポジティブに物事を捉えられるようになるカナコ。この彼女の変化を読者として単純に喜んで良いものかどうか、なんだかものすごく倫理感を試されているような気がします。

また闇社会からだけでなく、一般人からの依頼も受けるカナコの勤務先。カナコのターゲットとなるのは“ぶつかりおじさん”をはじめ、“弱い”立場の人々の暮らしをおびやかす人物も多い。そんなこともあってか、殺し屋としての場数を踏めば踏むほど、街中でおきるトラブルを目にしては「仕事じゃないから殺さないって すごいストレス…!!」「はあ… 銃で解決できれば…」とカナコは感じるようになってしまう。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「007」より)

社長には「殺しで人助けしたいだ?」「うちは慈善団体じゃねぇ」と釘を刺されていたものの、かつての自分のような人を増やしたくないというカナコの想いは、物語が進むほどに強くなっていく。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「008」より)

先輩の桜井と現場についていた頃は感情をかろうじてコントロールできていたものの、単独で仕事を任されるようになってからは、どんどん感情を爆発させてしまうようになってしまう。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「010」より)

とうとう仕事でもないのに暗殺をしてしまったカナコに対して、社長はある決断を下し……という物語までが描かれる『幸せカナコの殺し屋生活』1巻。誰かの役に立っているとはいえ、彼女がしているのは立派な犯罪行為。そう頭では分かっていても、カナコが感情を爆発させるたびに、読み手としては(少なくとも自分は)スカッとした爽快感を覚えてしまう。この背徳的な爽快感がもたらされるのは、『幸せカナコの殺し屋生活』がひとつのノワール作品として“正しく”機能しているからともいえる。

とはいえノワール作品特有のダークな内容をポップなトーンで描いていることに対して「犯罪行為を肯定している」とか「人の命を軽く扱っている」と批判したくなる人も絶対にいると思うし、その気持ちも理解できます。

でも作中では、電車の中で泣き止まない赤ちゃんと母親に対して悪態をつきまくるサラリーマンを見て「銃も持ってないし 何もできない…」「本当に私って 人殺し以外何もできない 役立たず中の役立たず…」と思っていたカナコが勇気をふりしぼり、銃の力に頼らずにサラリーマンを追い払うエピソードも登場する。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「015」より)

そして「銃なんて無くても!! 戦えたよ————!!」と涙を流しながら(唯一の)友達にメッセージを送るカナコの表情は、1巻の中で最も幸せそうだったりもする。

(『幸せカナコの殺し屋生活』1巻「015」より)

暴力に暴力で対抗する方法もあるが、それは負の連鎖を断ち切れない。負の連鎖を断ち切るためには、非暴力的な形で対抗するしかない——作者である若林稔弥さんが『幸せカナコの殺し屋生活』を通して一番伝えたいのは、このメッセージなのではないかと自分は思っています。

もちろん世の中にはポリティカル・コレクトネスをしっかり守った素晴らしい作品がたくさんあるし、そういった作品には疲れた心を癒す効き目もあったりする。でも時と場合によっては『幸せカナコの殺し屋生活』のような“毒”をはらんだフィクション作品のほうが“効く”ことがあると思います。「薬も過ぎれば毒となる」し、「毒薬変じて薬となる」ことだってありますから。とはいえ前述したように、フィクションをフィクションとして捉えられない方には“毒”が強い作品ですので、くれぐれも取り扱いに注意した上でお読みいただければと思います。

ちなみに『幸せカナコの殺し屋生活』、長らく連載が掲載媒体の『ツイ4』では中断していて、個人的にはかなり(「賛否両論すぎて、連載中止!?」と)ヒヤヒヤしていたのですが、10月25日に2巻の発売が決定。1巻収録のおまけエピソードの中で、とある組織の人物と運命的な出会いをしてしまったカナコがどうなるのか気になっていた身としては、この発売のニュースはうれしい限りです。

『幸せカナコの殺し屋生活』2巻 若林稔弥/著(星海社COMICS)

今回の記事をきっかけに『幸せカナコの殺し屋生活』のファンになったという人がもしいましたら、ぜひ一緒に2巻の発売を楽しみに待ちましょう。それでは皆さん、また〜。

幸せカナコの殺し屋生活のマンガ情報・クチコミ

幸せカナコの殺し屋生活/若林稔弥のマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!1巻まで発売中。 (講談社 )

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