美しくなりたいと思う気持ちが悲劇を呼ぶ——『鏡の中の私』の巻

美しくなりたいと思う気持ちが悲劇を呼ぶ——『鏡の中の私』の巻

少女マンガのブサイクヒロインは、たいてい美しくなりたいとおもっているし、そのための努力もする。見た目をバカにされて悔しかったからでもいいし、好きな人ができたからでもいいのだが、何らかのきっかけが、彼女たちを変えていく。

そして、それは、ポジティブに描かれることが多い。「わたしなんかどうせ」という言葉を封印し、これまで見ないようにしてきた自分の短所と向き合い、心身共に大変な思いをしながらも、明るく広い場所へと浮上していく。そのプロセスは「人間的に成長すること」とほぼ同じだから、ポジティブに描かれるのは当然といえば当然だ。

これがオーソドックスな少女マンガであれば、それでいい。自分を変えることは、世界を広げることであり、幸せへと至る道なのだから。しかし、少女向けホラーマンガの世界において、この価値観はいとも簡単に反転させられる。美しくなりたいと願う気持ちが、思いもよらない悲劇を呼ぶことがあるのだ。

今回紹介するのは、ちゃおホラーコミックス『今夜も一人で眠れない』に収録されている、かがり淳子「鏡の中の私」である。

主人公の「美咲」は、メガネ+おさげで、見るからに大人しそうな女子。作品冒頭でリア充っぽいクラスメイトから一緒に遊ぼうと声をかけられているが、それは美咲が「引き立て役」として丁度いいから。それだけでもかなり失礼だが、「あの人いると全体が暗くなりそーじゃない?」という意見もあったりして、仲良くやっていくのはかなり難しい感じだ。その上、他に友達がいる様子もない。美咲は孤独だ。

「同じ年頃のコはみんなキレイになっていくのに/私は変われない」……ひとりごちる美咲は、とある店の前でふと足を止める。そこは鏡の専門店で、中にはやけにシュッとしたイケメンの店員がひとり。さっそく接客が始まるが、美咲は「鏡に映る私は陰気でかわいくない」「そんなホントの私なんて見たくない」と正直に告白する。今の美咲に鏡を見る勇気はなさそうだ。しかし、店員は彼女にこんな言葉をかけるのだった。

鏡に映るのは真実ばかりじゃないよ

ほら 鏡に映る右手は

鏡の中では左手だ

あべこべでしょう?

鏡も うそをつくんだよ

だから 今映っているのが真実の君とは限らない

「今映っているのが真実の君とは限らない」……ここだけ読めば、すごく救われるセリフである。「私は変われない」と思って、生きてきたけれど、自分のものの見方が偏っているだけだと思えたら、明日から少しは前向きになれるかも……。だが、このイケメンは、ホラーマンガのイケメンなので、単に美咲を励ますだけでは終わらない。「これはね魔法の鏡だよ」とか言って、なにやらヤバい鏡を渡すのである。

「目をそらしてたら変わんないもん鏡の中の自分を見つめなきゃ」……生真面目な美咲は、店員に言われた通り、「鏡よ鏡 世界で一番美しいのはだあれ?」と呪文を唱え、魔法の鏡を覗き込む生活に突入。すると不思議なことに、かわいくないと思っていた自分にも、ちょっとしたチャームポイントがあることに気づかされるのだった。

三つ編みをほどき、メガネをコンタクトにし、ダイエットにも挑戦して、美咲はどんどんかわいくなっていく。すると、クラスメイトが以前よりずっと優しくなるなど、これまで感じていた生きづらさもまたどんどん解消されていく。

しかし、いいことばかりではなくて、「ちょっとかわいくなったからって 調子のってるやつがいる——」「やーなカンジ」と嫌味を言われたりもしている。美しくなったらなったで別の問題が浮上する、というのはブサイク女子マンガの王道とでも言うべき展開で、いじわるな他人とどう関わり合うべきかについてちゃんと考えられればよかったのだが、美咲ははそれをせず、鏡の国に引きこもってしまうのだった。

「他人にいいように言われるのはもうイヤ/だれにも文句言わせないくらいキレイになってあの人達の上に行ってやる!!」……彼女は、自分らしい美しさではなく、誰かの「上」に立つための美しさを目指しはじめる。しかし、当たり前だが、美の価値は人によって異なる。つまりこれは勝敗の付けようがない戦いなのだ。どうしたってひとり相撲にならざるを得ないことに気付けないまま、美咲は苛烈な美の道をさらに進んでいく(止めてくれる友達がいないのがまた悲劇だ)。

そうして美咲が完璧な仕上がりを確信し登校したある朝、彼女の顔を見たクラスメイトが、バカにしたように噴き出しながら、手持ちの鏡をその顔先に突きつける。そこに映っていたのは、映画『ジョーカー』のホアキン・フェニックスですか? と言いたくなるような、ブサイクを超えて恐怖すら感じさせる顔面となり果てた美咲だった。魔法の鏡は、美しくなる手助けをしてくれるかのようでいて、その実、見る者をどこまでも醜くする鏡だったのだ。

激しく動揺する美咲に対し、例のイケメンは「だましたんじゃないよ 夢を見せてあげたんだ」と言ってのける。確かに、最初から「魔法の鏡だよ」(=ふつうの鏡じゃない)とか「鏡に映るキミはとてもキレイだね」(=あくまで「鏡に映る」キミだけ褒めている)とか言っていたので、嘘はついてないんだよな……うう、これだからホラーマンガのイケメンはイヤだ。顔がいいからってたやすく口車に乗ってはいけない。

この頃になると、もうすっかり依存症患者の様相を呈している美咲なので、イケメンの小賢しい言い訳に憤りながらも、魔法の鏡に映る自分だけを見ていたいと思うようになっている。もう、ありのままが映るふつうの鏡なんていらない。そう考える美咲が辿り着いたのは、都合良く解釈された己の視線だけがある世界。陰気なメガネ少女だった頃よりも、暗く、狭く、出口のない世界だ。

人の目なんて気にするな、自分の価値観を大事にしろ。人間の美醜を考えるにあたって、こうした考えが理想的であることは間違いない。ただ、美咲を見ていると、自分の価値観を悪いやつらに牛耳られた状態では、幸せが遠ざかるばかりである。現実世界において、悪いやつらは美容整形や脱毛サロンの広告なんかに姿を変えて、わたしたちに近づいて来る。何が本当に自分らしく美しいのか。それを見極めるのは本当に難しい。わたしたちは、ちょっとしたことで自分の美しさを取り逃がす世界に生きているのかも知れない。

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