「ブザマに負けんかい!」と「ほんまに負けてどないすんねん」の間で—ヒロインピンチと小野中彰大『魔法少女にあこがれて』

2020/08/28 12:00

「ヒロインピンチ」というジャンルがあります。略して「ヒロピン」とも呼ばれます。「強い戦闘ヒロイン(魔法少女的な変身ヒロインであったり、特撮変身ヒロインであったりします)が、敵によってピンチに陥る」というシチュエーションに興奮する、そういう性的嗜好のことです。この辺、いわゆる「リョナ」(「猟奇オナニー」の略。暴力や拷問などで苦しむ様子に興奮する性的嗜好のジャンル)や「DID」(”Damsel in distress”の略。囚われて緊縛されたり猿轡されたりしてる女性を好む性的嗜好のジャンル。英語圏では根強い人気がある概念らしいですが前回のコラムで書いたとおり筆者は英語がぜんぜん駄目なのであまり詳しくなく)などとベン図的に重なりつつも完全にイコールではない、そういう感じです。

という話を枕に置いた上で今回紹介しますのは、小野中彰大『魔法少女にあこがれて』。竹書房の『まんがライフSTORIA』で連載され、同誌休刊により現在はウェブの「ストーリアダッシュ」で連載継続中です。

この物語の主人公・柊うてながいる世界では、世界征服を目論む悪の組織・エノルミータと、正義の魔法少女・トレスマジアが激しい戦いを繰り広げています。可愛くてカッコいい素敵な変身ヒロインはうてなにとってのあこがれ。

『魔法少女にあこがれて』第1話2ページより

 

と、そんなうてなの前にマスコット的な小動物・ヴェナリータが現れて、「してみるかい、変身。キミには選ばれし力がある」と話しかけてきたものですからさあ大変。願ったり叶ったりというか渡りに船というかでさっそく変身してみたうてなに突きつけられたのは、

『魔法少女にあこがれて』第1話8ページより

 

という現実でした。こんなはずじゃなかったと後悔する間もなく、あこがれのはずだったトレスマジアと戦う羽目になってしまったうてなは、悪の女幹部・マジアベーゼとしての能力でそのへんの花をモンスター化させ、トレスマジアを緊縛拘束絶体絶命のピンチへと追い込んでしまいます。が、そこでうてなの心にある変化が——。

『魔法少女にあこがれて』第1話14ページより

『魔法少女にあこがれて』第1話21ページより

そう、うてなは、心の奥底ではヒロインピンチ愛好家だったのです……。

という具合で本作は、うてなが「心ならずも」正義のヒロインをいたぶる沼にずぶずぶとハマっていってしまう姿を描くコメディなのですが、ヒロインピンチ愛好の面倒臭さのすくい上げがうまい。ヒロインピンチは、単なる加虐趣味でもなければ(というか、ヒロイン側に感情移入してる人のほうがたぶん多いですね。少なめに見ても6割以上、もしかすると9割がたがそうだと思います。「TS+被虐趣味」の要素が強い)、SM趣味とも違います。「強くて正しい」ヒロインの聖性が脅かされるというところにキモがあるんですね。単行本2巻に収録の10話は、そこらへんの機微をよく分かっています。

トレスマジアの一人・マジアアズールはしばらく前からマジアベーゼの攻撃に対して快感を知らずしらず覚えてしまっていたのですが、この回でついに、マジアベーゼに屈服しかけてしまいます。

『魔法少女にあこがれて』第10話23ページより

 

これを受け入れればサディストとマゾヒストがWIN-WINでSM関係が成立するわけですが、そうはならない。うてなは「解釈違いにも程がある」とアズールを冷たく拒絶し、

『魔法少女にあこがれて』第10話27ページより

挙げ句の果てに「魔法少女としての矜持を持ちなさい」と説教をしてしまいます。

ここで、昔のテレビCMの話をします。90年代に、サントリー「モルツ」のCMで、山本浩二や江川卓ら引退していた往年のプロ野球名選手が現役復帰して新チームを作るという設定の、「新球団モルツ」というシリーズがありました。その中でも特に傑作と名高いのが「川藤幸三編」です。

CMの舞台はどこかの居酒屋。モルツが一打逆転のチャンスを迎えていることを伝えるテレビ中継を見ながら、「(代打に)川藤を出さんかい!」とエキサイトする桂ざこば。舞台が球場に移り、代打を告げられて打席へと向かう川藤に「男なら、モルツ。」とキャッチコピーが被さったあと、居酒屋ではざこばが「ほんまに出してどないすんねん」と呆れたように言いながらモルツをゴクリ、そして後ろのテレビには豪快に空振りをする川藤の姿が……という内容です。

ヒロインピンチ愛好家は、言うなればこのざこば状態にあります。強いヒロインが負けるところが見たいが、でも負けるような弱いヒロインでは困る。人間、そういう矛盾した身勝手な欲求を持ってしまうことってあるもんですよ。ありますよね。あるもんじゃないですか、ねえ。この辺、例えばゲームであればマルチエンドの採用によってヒロインの聖性は保たれますし、あるいは二次創作であれば原作で聖性が保たれてますから、矛盾した欲求にもある程度折り合いがつけられるわけですが、うてなにとってトレスマジアは現実なので聖性が失われてしまうことは耐えられないんですね。まあ、この説教、この後でヴェナリータとうてなが「どの口があんな説教するんだと思ったね」「ですよね」とやり取りをしているように、説教強盗というか、「プレイ後になってから嬢に説教する客」じゃん……という感じで最悪なのではありますが……。

とまれかくまれ、今後の展開も楽しみなヒロインピンチ・コメディなのが本作なわけでありました。これに追記をしておきますと、このジャンル、先述のようにヒロイン側への感情移入が強くて男根性があまり重視されないこともあってか、本作もそうですけど関係性重視(言葉責めとかにおいて大事ですからね、関係性)の百合方向へジャンルが移動している気配があり(同人エロRPGとか見てるとそう感じます)、意外なところからも花ってのは咲くもんでヤンスねえと思う次第でございますですよ。