伝説の架空戦記が20年の時を経てなぜか突然コミカライズ—志茂田景樹+日高建男『戦国の長縞GB軍』

『戦国の長縞GB軍』

 『戦国の長嶋巨人軍』———それは「戦国自衛隊」と長嶋巨人軍をくみあわせたまったくあたらしい架空戦記…(ウオオオオーーーーッ!)。

 と、『風雲黙示録』を知らない方には意味不明な書き出しで始めてしまいましたが(どうでもいい話ですが、『アイドルマスター シンデレラガールズ劇場』のドーナツと空手を組み合わせる回、絶対『風雲黙示録』を念頭に置いて描かれてたと思います)、今から約25年前の1995年、『戦国の長嶋巨人軍』(志茂田景樹)という、一部のマニアの間で話題沸騰となった架空戦記小説が生まれました。

 ここで先に、「架空戦記」というジャンルについて少し説明しておきましょう。これは読んで字のごとく、仮想の戦争を描くフィクションでして、「過去の戦争にこういう展開があったら」という「歴史のif」的なものも、「未来に起きるかもしれないシミュレーション」もあるのですが、特に前者の方がおそらく作品数が多く、「if」にはタイムスリップなど超常的な現象が絡むことがしばしばあります。漫画ファン的には、「かわぐちかいじジパング』みたいなもの」といえば分かりやすいでしょう。

ジャンルとしては意外と歴史が古く、例えば明治20年(1887年)には、史実では失敗したアッコ包囲戦に勝利したナポレオンがその余勢をかって世界統一を目指し、古今の英傑に檄文を飛ばしてアレキサンダー大王やシーザーといったオールスター軍でアジアへと侵攻、一方アジア側も諸葛亮をトップにチンギス・カンや韓進といったオールスター軍を編成して迎え撃つという奇想天外な一作(ちなみに日本は、諸葛亮からの援軍要請に対して「どっちが勝つかわからないから」と洞ヶ峠を決め込むことにしていて普通に卑怯です(ただし楠木正成だけは道にもとると反対。さすが楠公相談員ですぜ)。アメリカは「うちはモンロー主義だから参加しないよ」と電報をナポレオンに送っていて参戦しません)、杉山藤次郎(南柯亭夢筆)『午睡之夢』なんて作品が出ていたりします(著作権切れてるので国会図書館のデジタルコレクションで読めますよ https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/881948?tocOpened=1)。戦後になると1971年に、「自衛隊の一団が戦国時代にタイムスリップする」という設定で後世に大きな影響(比較的近年でも、2005年にリメイク的映画『戦国自衛隊1549』が作られたりしています)を与えた半村良の中編SF「戦国自衛隊」が登場し、さらに80年代後半から90年代に入ると、檜山良昭『大逆転!ミッドウェー海戦』、荒巻義雄『紺碧の艦隊』などのヒットがあったことにより、近年の異世界転生ものくらいの勢いで、主に新書判ノベルスで作品がバカスカ出るような大ブームになりました。状況説明が長くなりましたが、そのような中で生まれたのが『戦国の長嶋巨人軍』です。

 

 長嶋巨人軍といえば、「軍」と名はついていても野球チームであることは言うまでもありません。それが戦国時代に行ったところでどうにもならないだろと皆さん思われることでしょうが、表紙を見れば分かる通り、ミスターは戦車に乗っています。どういうことかというと、94年の日本シリーズを制した(これは史実通り)長嶋巨人軍は、この小説においては、連覇に向け、「実戦向きの精神鍛錬」という名目で自衛隊の装備を借りて演習訓練を行っていたのです。実弾入りで。落合(当時は巨人在籍)などは「税金の無駄じゃないか」と至極もっともな事を言っていますが、それ以上に「事故とか起きたらどうするつもりなんだ……」という感じで、まあすごいですね。そしてこの訓練中に、長嶋巨人軍は突如タイムスリップに巻き込まれて桶狭間の戦いの場へ出くわしてしまうこととなり、織田信長に加勢していく……という、導入部を説明するだけで正気を疑われそうな内容です。架空戦記ブームだからこそ出た奇書と言えましょう。

 そして月日は流れ2013年、時代劇専門誌『コミック乱』で、突然本作のコミカライズが始まりました。なんか色々おおらかだった(昔のフィクション作品にはプロ野球選手とかが実名でそのまま出てきて勝手なキャラ付けされたりしてましたが、90年代後半に肖像権の契約が必要になった)昔と違ってそのまま出せなくなったので名前が色々変わりましたが、それが今回紹介する『戦国の長縞GB軍』です。

 物語の導入は原作とほぼ同じ。94年の日本シリーズを制した東京GB(グレートベアーズ)軍が、戦車好きの監督・長縞繁郎の発案により、自衛隊の装備を使って訓練をしているところからスタート。ミスターだけでなく選手たちの名前もモデルから色々変わっており、例えばゴジラ松井は出身地から「金沢秀輝」に、桑田真澄は「桑畑正巳」に、落合博満は「東風(こち)広満」といった具合です。

『戦国の長縞GB軍』1巻8〜9ページより

 で、原作通り一行は桶狭間へとタイムスリップ。彼らが戸惑ったのはほんの一瞬で、冷静で的確な判断力で自分たちの置かれた状況を把握した東風と、「タイムスリップしてきた以上、またタイムスリップして帰れるだろう」というミスターのえらく楽観的な判断によって、あまり動揺することなく、ひとまず桶狭間の戦いの様子を見ることになります。

『戦国の長縞GB軍』1巻34〜35ページより。この辺の楽観ぶりに説得力が出るのはミスターというキャラの強みですね

 史実通り、雨の中休んでいた今川義元へ織田信長が奇襲をかけます。いよいよ義元を討ち取れるかというところで、今川軍の援軍がやってきたのを見た東風に「連中が支えになると信長は義元を討ちもらしてしまうかもしれない」と聞いたミスターは「そんなことがあっては歴史が変わってしまうじゃないか」と焦り、GB軍の選手に織田軍を援護するよう命令します。今川援軍はGB軍選手の現代火器の前に撃ち倒されていき(明確に描かれてはいないものの、絶対人死にまくってると思います)、恐れをなして退却。その様子を見て「これで———歴史は大丈夫だな」と満足げなミスター。何一つ大丈夫じゃない。

『戦国の長縞GB軍』1巻50ページより

 このあとGB軍は信長とよしみを結び、尾張に住むこととなります。ここからは原作に大きくアレンジが加えられ、架空戦記的な部分はひとまず措いておき、また、桑田が闘鶏にハマって金をスった挙げ句に「巨人軍饅頭」を作って売り出すが失敗、借金を作る(桑田はこの頃、義兄が不動産投資の失敗で作った借金を肩代わりさせられていたことなどがあり、「投げる不動産屋」と揶揄されるほどダーティーなイメージを持たれていました。『かっとばせ!キヨハラくん』でも「金のためなら仲間も裏切る」みたいなダーティーなキャラにされてましたしな……)などの展開もなく、野球に興味を持った信長にそれを教えるという展開(このイベント自体は原作中でも存在します)を中心に据えたストーリーとなります。こうして行われる織田軍オールスターVSGB軍の野球。木下藤吉郎が殿馬一人のような俊敏で頭脳派なセカンドっぷりを見せたり、柴田勝家がパワーヒッターとして巻藁ヒロシ(槙原寛己)のボールをビッグフライシバタサンしたりします(この辺は原作準拠)。

『戦国の長縞GB軍』1巻184ページより
『戦国の長縞GB軍』1巻178〜179ページより

 本作は、この試合のあと、「いよいよ信長が美濃攻略の準備を始めた」というところで1巻が終わり、そして2巻は出ていません。1巻の売上があまりよくなかったのかもしれませんが、残念なところです。まあこの点、原作にしても巨人軍が三方ヶ原の戦いで武田軍を粉砕(戦車砲や迫撃砲がありますからね……)し、信長とミスターの顔が晴れ晴れとしたところで終わって続刊が出ていないものなので、それはそれで別にいいのかもしれませんが。

 いずれにせよ、空前絶後の珍味ではある本作。巨人ファンの人もそうでない人も、一度は読んでみるとよいでしょう。原作小説は結構いい値段のプレミアついちゃってますが、こちらは電書も出ているので読みやすいですし。

記事へのコメント

今なら漫画でやるような内容でも、この頃はまだ小説という媒体が強かったからやれたのかなと思ってます

古いエンタメ小説って結構コンプライアンス?知るか面白ければそれでいいんだよ
ヒャッハー的なのがたくさんあって面白い

志茂田景樹ってこんなことしてたんだっていうのも驚きでした。自由度高くて楽しいですね!

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