男の道楽と人情を考える 『すずなり横丁道楽商店街』

『すずなり横丁道楽商店街』

 人情マンガを紹介する本シリーズもまもなく1年になる。満を持して今回取り上げるのは、人情マンガのマエストロ・高井研一郎(2016年没)の作品だ。
 高井と言えば、原作者の林律雄と組んだ『総務部総務課山口六平太』があまりにも有名だが、やまさき十三や浅野拓、中原まことらとも組んで数多くの人情マンガを生み出してきた。その中から選んだのは、中原まこと原作の『すずなり横丁道楽商店街』である。
 メディアファクトリー(現KADOKAWA)が1998年に創刊した月2回刊誌『コミックアルファ』の第2号から99年の休刊号まで連載。単行本は2巻にまとまっている。
 主人公の本多学は22歳。大学を卒業したものの就職には失敗して目下無職の身。親の仕送りも途絶え、家賃をためてアパートを追い出されてしまった。実家に戻ればいいはずだが、それもできない事情がある。中学以来、ずっと片思いだった藍ちゃんが、あろうことか兄貴と結婚。男としてふたりが同居する実家に戻れるはずがない。いっそ電車にでも飛び込んで、と覚悟を決めたとき1枚の求人チラシが目に入った。
「男性店員募集。住み込み可! 酒は飲み放題! 三河屋酒店」
 お酒好きの学は勇んで三河屋酒店を訪ねていくが、店ではオヤッサン夫婦が大げんかの真っ最中だった。
 さえない主人公に下町商店街の個性あふれる人々。人情マンガにぴったりの要素がオープニングからして揃っている。さすがにマエストロの仕事だ。

 数ある高井作品の中で『すずなり横丁道楽商店街』はとくに目立つ存在ではない。それにもかかわらず本作を選んだのは、ほかでもない。三河屋酒店のオヤッサンと作者・高井の趣味が重なっているからだ。オヤッサンも高井もすこぶる付きの阪神タイガースファンなのである。かく言う筆者もまたタイガースファンだ。タイガースファンの人情が浸み込んでいるところに惹かれたようなものだ。
 店先での夫婦喧嘩の原因もタイガースだ。天下分け目の巨人戦を応援するために新幹線に乗って甲子園に駆け付けようとするオヤッサンをおカミさんが止めようとして、喧嘩になったのだ。おカミさんが止めようとするのも無理はない。この日は店の看板娘でもあった長女の結婚式だ。
「一日グータラ亭主の張り番をして無事娘の結婚式に参列」させたら採用するというおカミさんの言葉にほっとした学。しかし、こっそりラジオを忍ばせ列席したオヤッサンは、試合中継に興奮して式をぶち壊してしまう。式場には「六甲颪」の雄たけびが響き、その場で結婚はご破算になってしまった。
 まあ、新庄と桧山の連続ホームランが出たのだから仕方がないとも言えるのだが……。

 すずなり商店街の面々は、このトラキチのオヤッサンをはじめ、マンガのタイトル通りにさまざまな道楽にはまっている。
 道楽と言ってもお金のかかるような道楽ではない。座敷で座布団のベースとピンポン玉で遊ぶピンポン野球、けん玉、草野球、紙相撲、釣り堀、熱帯魚。
 メンバーは焼肉屋の永島、スナック「浜」のマスター、ラーメン仙ちゃんの星田仙一、お好み焼き「宮島」のガンコ親父。割烹「野々村」の主人。三河屋のオヤッサンを加えて6人。ちゃんとセリーグ6球団がそろっているのがいい。毎回、おっさんたちの道楽に学が巻き込まれる展開になっている。
 もちろん男の道楽、ソープランドやお座敷ストリップにも学は連れていかれるが、残念ながら最終話まで童貞のまま終わっている。

第1巻26、27ページ

「遅れた宿題」というエピソードが好きだ。
 年末のある日、オヤッサン達が突然、楽器の練習を始めた。オヤッサンはドラム、浜さんはトランペット、永島の大将はピアノ、仙ちゃんはギターをそれぞれ買い込み、家族の迷惑も顧みず練習を始める。中でも、オヤッサンのドラムに部屋を占拠された学が一番の犠牲者だった。
 4人がこんなことを始めたのは、卒業したすずなり小学校の廃校が決まったからだ。小学校時代に悪ガキだった4人は、担任の野島先生から学芸会のために器楽演奏の指導を受け、それなりに上達した。しかし、素直になれずに、学芸会の当日に逃げ出してしまったのだ。それを理由に野島先生はすずなり小学校を追われた。
 あの日の宿題を提出するために4人は廃校前の講堂に先生を招いたのだった。招待状は誤字だらけだし、付け焼刃の演奏は聴くに堪えないものだったが、やってきた先生はじっと聴き入り、拍手まで送ってくれた。
 翌朝の配達途中、「先生涙ぐんでいましたよ」と言う学に、スポーツ新聞に眼を落したままのオヤッサンは言う。
「うっせーやい おれは自分の気持ちがすっきりしたいだけでやったんでぇっ!」
 このラストにはジーンときた。
 道楽は世のため人のためになっては道楽じゃない。オヤッサンの美学なのである。人情マンガの美学も、道楽と同じだ。つまり、情けは人の為ならず。

 

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