マンガの中のメガネとデブ【第13回】すげこま(永野のりこ『GOD SAVE THEすげこまくん!』)

『GOD SAVE THEすげこまくん!』

 マンガの中の定番キャラとして欠かせないのがメガネとデブ。昭和の昔から令和の今に至るまで、個性的な面々が物語を盛り上げてきた。どちらかというとイケてないキャラとして主人公の引き立て役になることが多いが、時には主役を張ることもある。

 そんなメガネとデブたちの中でも特に印象に残るキャラをピックアップする連載。第13回は[メガネ編]、永野のりこGOD SAVE THEすげこまくん!』(1991年~98年)の主人公・すげこま(漢字で書くと菅駒。下の名前不明)である。

 とある高校に通うメガネの男子生徒「すげこまくん」は、学校一の問題児。いや、彼の場合は問題児とかいう生易しいレベルではない。何しろ第1話冒頭からいきなり新任の女性教師を毒入り吹き矢で気絶させ拉致監禁、ボンデージ的な拘束具を着けてあられもないポーズをとらせたりするのだからヤバすぎだ。

 とはいえ、誰彼かまわずそんなことをするわけじゃない。すげこまのターゲットは、その女性教師・松沢まみ子だけ。小柄でおかっぱヘアの童顔なのにバストは豊かなトランジスタグラマー(死語?)。児童養護施設で育ち、奨学金でカトリック系の女子大を卒業、教師となった。真面目でピュアで善良な博愛主義者。生徒への愛情は深く、なかでも問題行動の多い(というか、やることなすことすべて問題な)すげこまのことを気にかけている。

 そんな松沢先生の優しさと教師としての使命感につけこんで、毎回のように拉致・監禁・拘束・緊縛・羞恥責めなど、暴虐の限りを尽くすすげこま。「天然記念物じゃあるまいしっ/捕まったら捕まえた人のいーよーにされるのがスジってもんだろ!?」「口先だけ立派ならどんな変態行為も許されるんじゃなかったのかい!?」「つるされたシャケの恥ずかしさがわかったかっ」などのセリフだけでも彼の異常性がわかるだろう。

 といっても、別にアブノーマルなエロが売りの作品ではない。エロチシズム漂うシーンは確かにあるし、SM的な性癖を持ったキャラクターもいるが、基本は1話4~6ページのドタバタギャグ。最後には才色兼備で正義感も強いクラス委員長・藤江田が強烈なツッコミを入れるのがお決まりのパターンだ。

 何かというと白衣をまとってキラリとメガネを光らせるすげこまは、見るからにマッドサイエンティスト。「先生にお願いがあるんですが‥‥」と言いつつ松沢先生を保健室に拉致監禁し、何だかわからない怪しい注射を打とうとする【図13-1】。夏休みや冬休みの工作気分でヤバい化け物や巨大ロボをつくり、自作のロケットで宇宙にもあっさり行ってしまう(もちろん拉致した松沢先生も強制連行)。自称「日本で唯一の『核保有高校生』」で「軍備にかけては現在世界第三位」、個人では世界最強の軍事力を誇り、夢は世界征服。しかし、それほどの科学力を「松沢先生を困らせること」にしか使おうとしないのだから、松沢先生は人類の救世主(あるいは人身御供)と言ってもいい。

 

【図13-1】絶対に打たれたくない注射ナンバーワン。永野のりこ『GOD SAVE THEすげこまくん!』(講談社)1巻p14-15より

 

 なぜ、すげこまは松沢先生を執拗にいたぶるのか。それは彼なりの(屈折しまくった)愛情表現だ。やってることはストーカーや変質者のそれであり、表現方法としては完全に間違っている。しかし、現実社会に居場所が見つけられず非現実の王国に閉じこもる彼には、それしかできない。「『全世界』をカスとみなしこっちからエンガチョしてやる」「人間の集団めっ/すべての集団はぼくを『外』におく!! すなわち『敵』だっっ」「人類ごときにどー言われよーがこの天下のすげこま様はへっちゃらだ!!」「ぼくの心はたとえ全世界を焼き払おーともやすやすと充たされはしないのだ!!」といったセリフからは、底知れぬ孤独感がにじみ出す。

 いわば究極のさびしんぼうのすげこまにとって、世間ずれしていない松沢先生は救いの女神に見えた。クロロホルムで眠らせて拉致監禁しながら「なんでいちいち気絶とかさせなきゃなんないんだよ」「こうしとかないと先生は ここにいてくれないんだよっ」と叫ぶ彼の姿はマッドでありつつも痛々しい【図13-2】。思いどおりにならない松沢先生の代わりにニセ松沢ロボ・M1号を作ったはいいが、やはり思いどおりにいかない。それもそのはず、「キラわれたくなくてあがいてあがいて/なんかすればするほどドロ沼化しちゃうのォォ!?」というM1号は製作者であるすげこまの写し鏡なのだから……

 

【図13-2】まったく筋は通っていないが、ついほだされてしまう松沢先生。永野のりこ『GOD SAVE THEすげこまくん!』(講談社)1巻p88-89より

 

 要は「好きな子ほどいじめてしまう」パターンの極端なやつ。やられる松沢先生のほうはたまったもんじゃないが、彼女もまた孤独な魂の持ち主であり、幼少時のトラウマを抱えてもいた。すげこまの呪縛から逃れたM1号が出会った陰気な漫画家志望の青年・雨宮義男(当然メガネ)も、これまたイカレポンチで大変なことになる。それでも、義男の一途すぎる愛を知ったM1号は、久しぶりに再会したすげこまに対して「入力(インプット)できなかったんだよ 『愛し方』を/あなたが それを知らないから/誰からもそれを教えてもらったことがないから」と思う【図13-3】。その場面でM1号にメガネを壊されたすげこまは「見るなっ/メガネとったとこ見たら殺すぞっ」とうろたえる。コミュ障な彼にとってのメガネは、視力矯正器具であると同時に自己防衛の仮面でもあったのだろう。

 

【図13-3】松沢先生になりきるM1号。すげこまはメガネをかけているように見えるがマジックで書いただけ。永野のりこ『GOD SAVE THEすげこまくん!』(講談社)7巻p50-51より

 

 そうかと思えば、理系メガネ男子のすげこまを「今日からキミは戦闘員『三平くん』!!/ドジで近眼でオッチョコチョイでマニアでモグラで女子にはモテないけどメカならオマカセ☆の三平くんよぉ――っ」と勝手にキャラ設定し、自らの秘密戦闘部隊に入れようとするお金持ちのワガママお嬢様・美奈世も登場。天上天下唯我独尊的なキャラながら学校ではアレな人扱いで、すげこまとは似た者同士だ。そんな彼女の近くにいるためなら、すげこま開発のヤバい薬で性転換することも厭わないやつもいれば、前出の委員長・藤江田の下僕になりたがるやつもいる。

 とにかくどいつもこいつも不器用なさびしんぼうで、それはつまりすげこまにおけるM1号のように作者の分身にほかならない。基本的には作品やキャラクターと作者は切り離して考えるべきではあるが、本作の前に描かれた『Sci-Fiもーしょん』『みすて♡ないでデイジー』も、マッドなメガネ少年がおかっぱ女子にあんなことやこんなことをする話だった。その一貫した作風には作者の心理的な何かが反映されていると考えるのが自然だろう。

 怪獣特撮やSF映画のパロディ満載のギャグと思春期をこじらせた叙情が入り交じった筆致は、その筋のオタク(筆者も含む)には刺さりまくる。孤独な魂を救済するカウンセリングのようなリハビリのような異形の純愛ドラマは、今の時代にこそ読まれるべきではないかと思う。

 

記事へのコメント

絵がすげえいい。ちょっと懐かしいんだけど全然古くないし、破綻した正確に垣間見える寂しさというのもエモい。
読んでみよ。

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