夢と現、伝承と俗世が混ざりあう世界が魅力的なファンタジー4コマ―谷津『ホレンテ島の魔法使い』

『ホレンテ島の魔法使い』

 「萌え4コマ」「きらら系」というようなジャンルが安定したものとして確立してもう久しいですね。『まんがホーム』の増刊号として創刊された直後の、「ついにこういう4コマ誌が出たか。『あずまんが大王』の大ヒットに触発されたんかなあという感じだけど、しかし掲載作に編集方針がいまいち見えねえ……」という具合の不安定さ(新星にして超エース『トリコロ』と、『ねこきっさ』『1年777組』あたりが支えてなかったら歴史が変わってたんじゃないかと正直思います。『キャラット』の頃になるとだいぶ安心して見れるようになってきて、「諸葛瑾(注)の人連れてきたんか! こりゃ期待大だわ」とかなってたんですが)ももはやすっかり過去のものとなり、安定してさまざまな名作・ヒット作が生まれるようになりました。今回紹介するのはそんなきらら系の新星(『まんがタイムきららMAX』20〜22年連載)、谷津『ホレンテ島の魔法使い』です。
(注)諸葛瑾:かつて、エロゲー会社・ねこねこソフトの公式サイト上にあった4コマコーナーの名前。ここで描いてて、その才を注目されていたのが皆様ご存知蒼樹うめてんてー。

 本作の舞台となるのは太平洋に浮かぶ小さな島・ホレンテ島。「ホレンテ」という名前ですが日本領で、太平洋と明記されているので伊豆・小笠原諸島あたりのイメージでしょうか。この島には、かつて「魔法使い」がいたという伝説があり、それをイメージした観光が売りとなっています。主人公・貰鳥(もらとり)あむは、魔法使いを探しにこの島へ観光にきた少女。ですが、最初に入った帽子屋で、看板娘の尾谷(おや)こっこから、ここは”ごっこ遊び”的なもので、「マジなやつはちょっといませんね」と台無しなことを告げられます。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻7ページより
『ホレンテ島の魔法使い』1巻8ページより

 

 気を取り直して島内観光に繰り出したあむですが、例えばレストランなどに入っても、ミーハーなコラボカフェみたいな塩梅でちょっと期待はずれ。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻9ページより

 

 多少がっかりしながらも、なんだかんだで観光を堪能してしまったあむでしたが、その夜に衝撃的な出来事が。宿で寝ているときに物音で目を覚ますと、昼間どこかに置き忘れてしまった帽子が窓辺に置かれているのと、それを届けてくれたと思しき、「絵に描いたような空飛ぶ魔法使い」の姿を目撃するのです。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻13ページより

 

 すっかりこの島に魅せられたあむは、帰りの船の中で、この島に移住・転校して魔法使いを探すことを決意。一方で、こっこと帽子屋の店長は、
「持って帰ってなければいいんですけど 魔法」
「いずれにせよ もはや島の魔法の流出は避けられん」
と意味深な会話をします。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻14ページより。デカい猫人間が店長です

 

 こうして、ホレンテ島に移住し、こっこの帽子屋でバイトをしながら魔法使いを探すこととなったあむ。こっこの他、島を走る鉄道・ホレンテ軽便鉄道の技師の娘として1年ほど前に移住してきて、レストランのアルバイトもしている亜楽(あら)かるて、書店の娘で、島の正しい歴史、本当の「魔法」を知りたいと考えている都橋詠(とばし・よみ)、酒屋(商工会長)をしている家の娘で、島のガイドもしている裳之美(ものみ)ユシャ(彼女は、「ボルゴンドラ弁」という東北方言みたいな喋りをします。幕間コラムによれば、「過去に『魔法使い』が喋っていた日本語で、『魔法使い』はロシア・樺太を経由し東北ルートでこの国に来たという学説がある」のだとか)といった友人たちに囲まれながら、ホレンテ島の「魔法」、そして「空飛ぶ魔法使い」の謎にあむが迫っていくというのが本作のメイン筋となります。

 本作の魅力は、まず舞台となるホレンテ島のユニークさ。港から観光客がやってくるメインストリートについては、路面が石畳だったり、建物も西洋風な感じだったりと、ファンタジー感を全力で出し(つつ、観光客の財布を狙っ)ています。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻72ページより。「するべ」「されてるだ」といった語尾がユシャの「ボルゴンドラ弁」です

 

 しかし、中心街を離れ、トンネルを越えるとご覧の通り。そこにあるのはただの日本の田舎の風景です。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻74ページより。ちなみにこの「ざんねん坂」の名の由来なんかは、幕間コラムで細かく解説があったりします

 

 この辺が、1巻帯で「ここは夢と現の汽水域」と謳われているように、現実とファンタジーが入り混じった独特の味わいを醸し出しています。

 「魔法」についても、あむが見た「空飛ぶ魔法使い」の他、かるては移住してしばらくしてから「モノを宙に浮かせ操る」というサイコキネシスめいた能力が使えるようになるなど、この島では明確に存在しています。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻22ページより

 

 しかし、こっこやユシャなど島の中心に近いところにいるキャラは、このことを知っていつつ、流行りのタピオカドリンクを牽強付会で「魔法使いも飲んでた」ということにして売るなど、「インチキ魔法観光」に精を出しています。

 

『ホレンテ島の魔法使い』1巻45ページより
『ホレンテ島の魔法使い』1巻45ページより。こっこを詰問してるのが詠さんです

 

 こういう2面性と、「魔法」の謎(詳細は2巻で明らかになりますが、かなりしっかりと作られたものになっております。この辺は実際に読んでのお楽しみに)が話を引っ張り、読者を飽きさせません。残念ながら全2巻で完結してしまっているため、連載がもっと長く続いたら回収されたのかなというポイントが全くないというわけではないのですが、本筋については非常に綺麗にまとまっており、尻切れトンボ感はありませんので、今から読むという方もその辺は安心して大丈夫です。

 えーさて、ここからは設定の良さの中でも枝葉末節な方、キャラ紹介のところでも触れた「ホレンテ軽便鉄道」(これの存在はクライマックスに大きく関わります)の設定がグレートという話をします。
 まず、「軽便鉄道」について、鉄道マニア以外はよくわからないかもしれないので説明します。細かい定義をしだしていくと色々あるんで割愛しますが、大雑把には、レールの幅(軌間)が日本標準である1067mmより狭い鉄道のことを言います(「ナロー」とも呼ばれます)。明治末期頃から全国に雨後の筍のように生まれたんですが、関東大震災後にバスが普及し始めると負けて廃止されまくり、戦後まで生き残ったものも自家用車が台頭してくるようになるとほぼとどめを刺され、現在は富山の黒部峡谷鉄道、三重の三岐鉄道北勢線、四日市あすなろう鉄道内部線・八王子線の3社4路線(軌間は全部762mm)が残るのみとなっています。
 で、ホレンテ軽便鉄道の設定はこうです。

 

『ホレンテ島の魔法使い』2巻14ページより

 

 上で引用した中に「小さな島に鉄道が走ってるの珍しいよね?」というセリフがある通り、日本において本州・北海道・四国・九州以外の離島(賢島や関空島など本土と橋で繋がっている島は除く)で普通鉄道が走っていたことがあるのは、現在も沖縄都市モノレール(ゆいレール)が走っており、それ以前も75年の沖縄海洋博開催中の約半年のみエキスポニューシティーカー(海洋博KRT)、戦前には沖縄県鉄道などが走っていた沖縄本島と、1922〜66年に淡路鉄道というのが走っていた淡路島(85年に大鳴門橋、98年に明石海峡大橋ができて今では本土とつながっていますが)の2島のみで、他に例はありません。そういう意味では、日本の小さい離島に軽便鉄道が走っているという設定は一見無理があります。
 しかし、普通鉄道じゃない産業用(ここの差も正確に説明しようとすると長くなるので割愛しますが、法律上の扱いとかが違うものと思ってください)のナローであれば話は別。屋久島にはかつては屋久杉の運搬、今は発電所の保安管理や登山道のトイレ設備運搬用などのために安房森林軌道というナローが現役で走っていますし、沖縄の南大東島には80年代までサトウキビ運搬用のナローが走っていたほか、北大東島や沖大東島(ラサ島)にはリン鉱石運搬用のナローがありました。また、佐渡金山や、九州最後の炭鉱の島である長崎・池島には鉱山鉄道の例があります(後者は今も炭鉱跡ツアー用で現役です。googleマップとかでも見れますよ)。
 で、「石材を運搬するトロッコ」、これもまた実例があります。大谷石の産地である栃木県や稲田石の産地である茨城県などでは、宇都宮石材軌道(後に東武鉄道に買収され東武大谷軌道線)や稲田軌道といった人力トロッコ路線(石を切り出す場所は山の上なので、行きは石をトロッコに乗せ、人がブレーキを踏みつつ重力で降りてくる。帰りは、空になったトロッコを人力で上げる)が実際にあったのです。この石材運搬トロッコがどんなんだったか知りたい方は、宇都宮美術館で17年に行われた石の街うつのみや——大谷石をめぐる近代建築と地域文化」展のサイトあたりを見てください。そしてこのようなトロッコ軌道は、実際にガソリン動車(現代日本で鉄道のエンジンはディーゼルが基本ですが、昔はガソリンエンジンもよく使われてたのです)が導入されるような動力の近代化がなされた事例もあるんです。
 ……というのを念頭に置くと、このホレンテ軽便鉄道、「日本の離島に軽便鉄道が走っている」設定の理由付けとしてはパーフェクトと言えましょう。いや別にフィクションの設定なんて好きにやってしまってもちろん問題ないんですが、こういう風に細かく理由付けがされていると嬉しくなっちゃうんですよ。筆者は、高校生の頃にJTBキャンブックスの名著『知られざる鉄道』を読んでから産業用ナローが大好きな人間なので……(このジャンルの伝説的名著『知られざるナローたち』も後に買いましたぜ)。
 ホレンテ軽便鉄道の描写だと、ここなんかも好きですね。

 

『ホレンテ島の魔法使い』2巻58ページより

 

 これは一定の年齢と地域によらないと通じない(関西は関東より早く自動改札が普及したなどあるので)と思いますが、昔は切符に鋏を入れる係がいて(今も一部の私鉄では現役ですが、JRとかは日付スタンプになってますね)、特に都会なんかの場合、鋏をカチカチ空打ちして一定のリズムを保つことで大量の乗客をさばいていたのです(若い方はこの90年新宿駅の動画などでも見てください)。
 さらに、麻雀バクチ列車も出てきます(麻雀漫画好きはみんなバクチ列車が大好き)。

 

『ホレンテ島の魔法使い』2巻57ページより

 

 ここでも余計な知識を書いておきますと、矢野吉彦『競馬と鉄道』(18年、交通新聞社新書。かなり極端な外れも多いこのレーベルにおいて、平山昇『鉄道が変えた社寺参詣』あたりと並ぶトップクラスの出来の本です。戦前の競馬の歴史についてよく分かるので、競馬に興味は出たが鉄道には特にという人にも十分オススメ。競馬も鉄道も、英国から「文明開化」の一つとして日本に入ってきたもの同士なので縁は深いんですよ)によれば、戦前の鉄道省が地方での競馬開催時に立てた臨時列車(当時は場外馬券売り場が法的に禁じられていたので競馬好きは現地に行くしかなかったのです)には、実際に麻雀やトランプが遊べるクラブカー(食堂車を改造)が連結されていたそうで、特設車両というのもあながち荒唐無稽な話ではないのです。

 枝葉末節についてのオタク早口が長くなりましたが、そんなこんなで、面白いファンタジー4コマが読みたい人にも、ナローが好きな人にもオススメできる一作。クライマックスでは百合もありまっせ!(2巻のカバー下も忘れず読みましょう)

 

 


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出来の良い漫画だという読んでみたいと思う紹介の後にいきなり始まる息継ぎなしのオタク早口。

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