ひばり書房を中心に咲いた怪奇と叙情の地獄花—日野日出志『蔵六の奇病』『地獄の子守唄』『地獄変』『恐怖!!ブタの町』

 『フランケンシュタインの男』の紹介記事では、ひばりヒットコミックスで描いていた漫画家の中で、日野日出志という名を出しました。ホラー漫画に詳しい人でその名を知らぬものはないレジェンドの一人ですが、例えば水木しげる楳図かずおといった他のレジェンドに比べると、現代では「読んだことがない」という人も多い作家なのではないかと思います。基本的に読切〜単行本描き下ろしの中短編作家で、先述の漫画家でいう『ゲゲゲの鬼太郎』や『漂流教室』などのような、『ジャンプ』『マガジン』『サンデー』のようなメジャー雑誌で連載され、単行本が長く続いた長期連載作品がほぼない(未完に終わった『太陽伝』という作品がありはしますが)というのがないのが原因ではありましょう。一時は単行本にプレミア付いてるのも多く(ホラー漫画や官能劇画は熱心なマニアが多いので古書価高くなりやすいんですよね。麻雀漫画なんかはその辺ほとんど鼻紙のような値段であります)読むのがしんどかったところがありますが、現在では作品の多くが電書化(しかも、スキマなどのプラットホームでは広告付き無料で読めるのが多数)されて読むのが実に容易になっている。というわけで、その代表作をいくつか紹介していこうと思います。

 

『幻色の孤島』3ページより
『幻色の孤島』75ページより。一部の電書はどうもひばりヒットコミックスをそのままスキャンしてるっぽく(こういうの本当は権利的にあんまり良くないのですが、まあひばり書房もうないしな……)、「同じ本をタイトル変えて別の本みたいにして出してる(例えばこの本は『幻色の孤島』として出たのを後に『ぼくらの先生』と変えて出し直したものであり、電書はカバーが『幻色の孤島』となっているものの本文は『ぼくらの先生』となっています)」「柱に『ゲーム電卓が当たる』というお知らせがある」といったひばりヒットコミックスをそのまま追体験することができます

 

 まず基本のきといえるのは、キャリア初期、70年に『少年画報』で発表された「蔵六の奇病」(同題の作品集など幾つかに収録)でしょう。67年にブラックユーモア作品「つめたい汗」でデビューした後、色々なジャンルの作品を描いてはみたもののどれも今ひとつ手応えがなかったという日野が、たまたま友人に薦められて読んだレイ・ブラッドベリ『刺青の男』(大人の寓話的な連作SFで、中の一編「万華鏡」は『サイボーグ009』の「ジョー! きみはどこにおちたい?」のシーンのネタ元としても知られます)にインスピレーションを受けて「自分が描きたいものは『怪奇と叙情』だ」と気づき、約1年をかけて描きあげたという(https://news.yahoo.co.jp/articles/08968319eb91ba454f0f5e1ef6d884f70f88b182)キャリアの転機となった作品であり、最高傑作に挙げる人も多い一品です。
 本作のストーリーを一言で言ってしまうと、タイトル通り、「蔵六という青年が奇病に罹る話」です。

 

『蔵六の奇病』12〜13ページより。本作、代表作だけあって幾つかの単行本に収録されていますが、単行本によってカラーが収録されてたりされてなかったりしますので注意

 

 蔵六青年、この冒頭で分かる通り知的障害を抱えており、野良仕事などもしないで絵を描いていたりするため、兄からは穀潰し扱いされ、村の子供からも石を投げられる(物理的な意味で)など、徹底して迫害されます。おまけに原因不明の奇病にかかったとあって、村民は蔵六を深い森の中のあばら家へと追放することを決定。蔵六を唯一かばう存在である母が薬と食べ物を届けに毎日通ってくれますが、病気はひどくなる一方で、ジメジメした梅雨に入った頃には全身にふくれあがったできものから七色のウミが流れ出すようになる始末。その地獄の中で蔵六は、七色のウミを使って絵を描くことを唯一の楽しみとするようになります。

 そして夏を迎えると、蔵六のできものにはウジが湧くようになり、日によっては悪臭が森を越えて村まで届くことさえあるように。ここで村民は、病気が村へと持ち込まれることを恐れ、母が蔵六のもとを訪ねることも禁止し、蔵六は完全な孤独に追いやられます。そして最終的に村民は蔵六を殺すことを決定し……と、ここまでのあらすじでよく分かると思いますが、本作は虐げられる者、被差別者の苦しみを描いた悲痛な話です。先だって「怪奇と叙情」というワードを出しました通り、蔵六のグロテスクに見える姿には衛生博覧会的な怪奇がありますし、彼を徹底的に排斥する村人の姿には人間心理の恐ろしさがあります(最後、殺すために蔵六の家へと向かう村人の面ときたら!)が、しかし「叙情」の部分がより強く出ており、それが幻想的なラストへ結実するのは実に見事。発表から50年経っても古びない傑作です。

 で、その「蔵六の奇病」が『少年画報』に掲載された際に「日野日出志ショッキングワールド」と銘打たれていたことを受けて書かれたシリーズ第2弾が、やはり短編の代表作の一つと言える「地獄の子守唄」です。1ページめからいきなり「気のよわい人や病人は これから話す物語を見るべきではない いや 見てはいけない もし これを見て気分が悪くなったり あなたの身の上になにかがおこったとしても わたしはもちろんのこと編集部も責任を負わないからそのつもりで」と先制パンチを繰り出してきます。

 

『地獄の子守唄』(マンガの金字塔版)5ページより。「蔵六の奇病」同様、本作も単行本によってカラーが収録されてたりされてなかったりしますので注意

 

 この警告を無視して読み始めますと、日野本人が、自分の境遇について語り始めます。

 

『地獄の子守唄』(マンガの金字塔版)8ページより
『地獄の子守唄』(マンガの金字塔版)11ページより

 

 ……スレた読者には言うまでもないですが、まあフィクションですね(いちいちエンコ詰めてたら漫画描けないよ!)。とはいえ、赤をうまく使ったおどろおどろしいカラーの効果もあって、雰囲気は満点です。そして、話は自らの生い立ちへとシフトしていきます。

 

『地獄の子守唄』(マンガの金字塔版)12ページより

 

 もちろんこれもウソで、実際の日野少年は外で遊ぶのが好きな快活な悪ガキだったそうですし、お母さんも特にこういう人ではなく、本作を読んだあと”『お前はなんてこと描くんだい!!? わたしが満州から苦労して連れて帰って来たのは、こんな漫画を描かせるためじゃないよ!!』っておふくろに怒られました。親戚一同にも散々文句を言われましたね。『漫画なんだからギャグだよ!!』と言い訳したんですが、まったく聞く耳もってもらえなかったです”となったそうです(https://toyokeizai.net/articles/-/291953 のインタビューより。「地獄の子守唄」のネタバレ入ってるんで、読んでない人は作品読んでから読んだほうがいいです。あとまあ「日野さんは1970年代にデビューしたが」とかちょっと事実誤認もなくは……)。
 作品としてはこのあと、日野少年が受ける迫害と、それに対する黒魔術的な復讐……という『魔太郎が来る!!』的なストーリーがおどろおどろしい絵で展開され、そして、衝撃のラスト2ページが炸裂します。いやーこれ、大人になってから読む分にはともかく、子供だったらトラウマ必至ですよ。繰り返しますが、本作に関してはネタバレ踏む前に読むことを強くオススメします。ついでにおまけを一つ書いておくと、日野は本作のセルフパロディ的なギャグ漫画「狂人劇場」なんて作品を後に描いていたりもします。ホラー漫画家、心霊方向を描くタイプの人だとそっちの世界にのめり込んでしまうタイプもしばしばいますが、この人の場合は完全に理性で描いてるというのがよく分かりますね(もともと杉浦茂のファンでギャグを目指してた時期もあったそうですし。杉浦ファンだったというのは独特の絵柄に名残がある気がします)。

 

『恐怖列車』92〜93ページより

 

 で、この「地獄の子守唄」をベースに、ひばりヒットコミックス定番の「単行本描き下ろし長編」としてセルフリメイクしたのが、長編の代表作といえる『地獄変』です。後のインタビュー等によると、この頃は仕事が減るなどして廃業も考えていたそうで、「廃業するなら最後に描きたいものを描ききってやろう」という感じで臨んだという気合の入った作品となっております。
 本作では、読者への警告から入った「地獄の子守唄」とは異なり、シンイェ・アンツー作「地獄詩集」という詩の引用からスタートします。

 

『地獄変』3ページより。なお、この詩の作者とされる「シンイェ・アンツー」については、日野の本名である「星野安司」の中国語風読みという説がもっぱらです

 

 そして、語り手たる主人公についても、満州の出身であるという点などは日野本人をモチーフにしていますものの、あくまでも「ある無名絵師」とされており、さらに、家の前にはギロチン刑場がそびえ立ち、

 

『地獄変』10〜11ページより

 

 ギロチンで落ちた首を運ぶ生首列車が走っては、その線路に残った血をすすって「地獄花」が咲き輝くなど、モキュメンタリー的な作品であった「地獄の子守唄」とは異なり、子供でも明らかに現実ではないと分かる、幻想的な地獄絵図の世界がひたすらに描かれます。

 

『地獄変』18〜19ページより

 

 自分の血(体液)を使って絵を描くことに主人公が囚われているというのは「蔵六の奇病」とも共通するところがあり、言ったら短編の2大代表作のエッセンスを混ぜ合わせて昇華させている長編なわけでして、気合い入れて描いただけのことはある傑作となっているんですね。

 それと最後に紹介しておきたいのは、『地獄変』同様にひばりヒットの描き下ろしで出た『悪魔が町にやって来る 恐怖!!ブタの町』。タイトル通り、悪魔が町にやって来て、主人公・けん一の両親を含めた住人がブタに変えられてしまうという『千と千尋の神隠し』を20年先取りしたような内容なんですが、日野作品の中でもある種最大の問題作です。

 

『恐怖!!ブタの町』134〜135ページより

 

 や、何が問題かって言いますと、ラストが異常に難解なんですよ。100人が読んだら99人の感想が「ラストの意味が分かんねえ……」になるんじゃないかってくらい難解です。これは別に筆者だけがこう言ってるのではなく、日野作品をデビュー作からずっと読んでいる大ファンだという少女漫画家の谷口亜夢氏(筆者のような麻雀漫画マニアには、「雀鬼流」のレクチャー漫画『雀鬼サマへの道』で知られていますが)も、日野氏へのインタビュー漫画で「ひとつだけわからない部分があって ずーっと胸にひっかかっていました」として「”恐怖!!ブタの町”のラスト…あれはどーゆー意味なんですか?」と訊いているくらいです。まあ、難解なラストが印象に残るのも、作品全体としては「不条理な存在に理不尽に蹂躙されるホラー」として間違いなく傑作だからではある(この辺、不条理ホラーは不条理ホラーでも、宇宙人が出てきて半端にSFな『四次元ミステリ ゴゴラ・ドドラ』あたりだと、「あっ、これは単純に破綻した結果として全てが難解になってるやつだわ……」となります)のですが……。ともあれ、「漫画考察」に自信がある方はぜひ読んで、その自信を打ち砕かれてください。マジで難解なので。なお、先述の谷口氏の質問に対する答えは「あれは私もよくわかりません」「あれはね 悪夢を見たと考えればいいんですよ」「夢って理屈で必ずしも説明できないでしょ でも恐い…」「だから見る人によっていろんな感じ方があっていいんです それが狙いなんですよ」だそうです。

 ……というわけで、日野作品のメジャーどころをざっと紹介してみました。今読んでも色褪せない名作揃い、最初に書いた通り今では非常に容易に読めるので、読んだことないという方はこの機にぜひ読んでみてください(『ゴゴラ・ドドラ』とかは無理して読まなくてもいいと思いますが……)。

 

『四次元ミステリ ゴゴラ・ドドラ』98〜99ページより。こち亀の「スーパーエディター両津の巻」でやったネタみたいなのを本当にやるやつがあるか!

 

記事へのコメント

日野先生って漫画のイメージから陰気な人かと思ってたら
ずいぶん昔からMac使ってるし(Macの雑誌でインタビュー受けてた)
居合いの達人だし、サムライのようなかっこいいおじさんだし、
イメージ詐欺がすぎるわって思った。

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