とがしやすたか インタビュー  (代表作『青春くん』『竹田副部長』) だって哀しいじゃない、男の人ってさ。<後編>

男心の哀しい性(さが)を描いて、連載開始から「34年」。超絶長寿4コマ漫画、その名も『大人の青春くん』。始まったのは、平成になったばかりの1989年。タイトル『青春くん』として、いまはなき「ヤングサンデー」(小学館)に初登場。2008年からは「ビッグコミックスペリオール」誌に移って、現在の形で連載中なのだ。その時々のエッチな妄想とロマンを謳いながら、時代の荒波を乗り越えていく作品、その創作の裏側を作者「とがしやすたか」が語る、フォーエバーヤングなインタビュー後編です。(前編はこちら

(取材/文:すけたけしん)

カラオケ五段です。
すすめられたけど、六段は受けてません。

__ 前編は、とがし先生が一時期、関西にいったことがあるという話の途中で終わりました。この後編は、そのお話から続けましょう。

 僕は25歳が人生の転機で、その年に漫画家になったという話をしましたけれども、「25までになれなければ諦める」と前々から親に宣言していたんです。だから、25の誕生日になる前に、東京から逃げた。1週間で戻ってきたけど。

__逃げた? 

 1984年11月18日の誕生日が迫ってくるから。でも漫画家になってなかったから。

__そんな! 1999年7の月、アンゴルモアの大王が宇宙から降りてくる!みたいなヤツですか(笑)

 本人にしてみたら深刻なんですよ。「このままだと、まだ漫画家になってないのに25になっちゃうんだ!」。タイムリミットが来ちゃうわけ。だからオレは、1週間前に家を出た。少しの着替えを持って西へ。大阪にいた友達を頼って新幹線に乗ったのよ。大阪に着いた初日にカラオケ道場に行って歌ったら、段位をもらえちゃってさ。それでボトルをもらって。そのボトルをそいつが住んでた寮の寮長にうやうやしく渡して、「1週間、泊めてください。お願いします」って。

__待って、待って! またもや電撃急展開じゃないスか。なんスか、カラオケ道場。なんスか、家出してカラオケして賞を取って人生が好転していくみたいなヤツっ。

 カラオケ道場、知らないっスか? 昭和には、カラオケボックスが広まる前はあったんですよ。初段をとると、店がボトルを1本くれて、二段三段となると、また1本ずつくれます。名前を店の壁に貼られて。四段か五段になると、ウイスキーじゃなくて、ブランデーに格上げになるんですよ。そういう道場を名乗る店が何軒かあって、オレ、六本木で五段だったんです。

__カラオケ五段? 黒帯も黒帯じゃないですか。六本木でいちばんうまい男ですか?

 いやいや、あの街には十段がいるから。十段はうますぎて、笑うよ。最初はクラブの先輩に連れて行かれたんですけど、店の雰囲気はね、客席が階段状になってて、ちょうどショーパブみたいな…。それでステージに上がって歌うんだけど、みんなうまいんですよ。先輩たちは、みんな歌がうまくて、喧嘩が強いの。それで女にモテてさ。そういうのの使いっ走りをやってたんですけどね。
 そんときに、九段、十段になると、ぜんっぜんレベルが違う。「あ、こんなにうまいんだ(嘆息)」と思うんです。目の前にすると。そんなのがいっぱいいた。自分は「五段が精一杯だ」と悟りました。あのときの気持ちをすぐに思い出せますね。審査員がふたりいて、店長ともうひとり。審査員はね、音楽関係者なんです。

__六本木らしさですね~。

 審査員はプロです。プロの人たちが点数をつけてくれて。だから、本当にうまいやつは芸能事務所に持って行ったりするんだろうなあと勝手に想像していました。オレが1回、冗談で「六段か七段受けないの?」っていわれて、「いや精一杯だよ、オレはこんなもんだよ」といったら、その店長が「おまえは正しい」といった。「おまえ、自分のことがよくわかってるな」って。凄みが(笑)。でも調子に乗ってそういうところで歌うのは楽しかったです。

カラオケネタの漫画も多く描いている。『13cmの幸せシリーズ カラオケ様の夜 -そんな夜もあったかも知れない-』が収録された「漫画アクション増刊 1COMIC麒麟様」1990年6/21号

__それでは、関西に話を戻してください。1984年の秋に!

 そうそう。それで、ウイスキー1本たずさえて寮に潜り込んで。しばらく泊めてもらったんですよ。なんばグランド花月に行ったり、たこ焼き食べたり、楽しかったよー。街でジミー大西を見かけたりして。

__あと一週間でなれなきゃ漫画家の道を諦めなきゃならない瀬戸際に、花月でバカ笑いしてたんスか? 大阪を満喫じゃないスか。

 そうそう。だって気づいちゃったんだ。「25までに漫画家になる、ってことは、25歳のうちはオッケーじゃん」って。「まだ1年あるって!」と大手を振って東京に帰ったんですけどね。そしたら、関西から帰って4か月後に、エロ本の初仕事の話がきたんですよ。

__行ってよかったですね。

 そこからは一回も持ち込みも売り込みもしたことがないです。ただ調子に乗って、忙しくて30年以上経っちゃって、このままだと、昔、夢に描いたストーリー漫画を描けずに終わっちゃうかもしれない(笑)。

 

「これは面白いんっス!」
と編集者を説得するのは、大切な仕事です

『大人の青春くん』(小学館)より

__いま、「ビッグコミックスペリオール」には毎号、4コマ漫画が5本が載っています。『青春くん』は毎号、何本くらい作っているんでしょうか。

 昔のヤンサン時代は、12本から。いまは16本から選んでいます。載せる5本を。

__贅沢!

 オレ、思いついたことをテキトーに描いちゃうから。それで編集者と「これが面白いよね」「そうだよね」っつって。本当に面白いの描こうとするとみっちり練るじゃない。その作業をすっ飛ばしてるといいますかね。だから数を出して勝負!みたいな。

__いまも16本描いているということは、(「ビッグコミックスペリオール」は隔週誌だから)月に32本は描いているということですか(嘆息)。

 でも面白くないのを構わずにいっぱい描いてますからね。

 
__そこを気にしないで前に進むのが「ザ・とがし流」といいますか。

 まあね。描くのは難しいんですよ。僕にとっていちばんヤバいのは、あまりに暇になると、描き方を忘れちゃうこと! 要注意です。「あれ? 締め切りだなあ」ってときに、「どうやって描くんだっけ」から始まりますから。調子が出るまでに時間がかかります。ギリギリになったときに、「そうそう、こういう感じね!」ってなるから。

__(笑)。1日に何本も生まれる日があるんですか?
  
 「迫れば描ける」って感じですかね。たまには前から考えていて、調子がいいときもあるんですけど、今回なんて、ほぼ昨日考えました。

__それで16本描くんですか。

 そう。16本出して、選んでもらって、今日、絵を入れて、さっき出した。そして、いま。取材受けてます(笑)。

__濃い48時間ですね。

 結構ボツも多いんですよね。担当によって好みが違うんです。いまの担当は好みがフラットです。これまで色んな人がいましたけど、ダジャレ大好き系の編集者のときは、「(ネタが浮かばず)辛いときはダジャレにすればいいか」って時代もありました。それぞれの好みを感じながら、ですね。

__編集者は重要なポジションですね、この漫画にとって(笑)。

 最初の担当の例の東大卒のアラキさん(前編参照)のときに、すごいくだらないやつを描いたら、彼は気に入らなくてボツを出したんです。だからオレは、説得したの。「これは面白いんス! エロいし!」って無理矢理ねじ込んだの。アラキさんは1年くらい経ってから、「あれ面白かったよな」とポツリといってくれたことがあって、うれしかった。だから、編集者を説得する、というのは大切ですよね。「でしょ?」みたいな気持ちが湧くと、とてもうれしいですね。

__ヤンサン時代に比べたら、スペリオール時代は、作品は洗練されたんでしょうか。

 イヤイヤ(笑)。昔はなんでもアリな感じだったので自然と出てました。けど、作品と一緒にオレも歳をとってますからね。オレもそうそうエロいのは描けなくなってきていてます。一方で、オレの中でギリギリOKかなと思って出すけど、「ドギツイ」と没になることもまだあります。かんたんにいえば、昔の方がぶっ飛んでましたよ。本当にふざけたことを描いてましたから。エロ本で『がんばれ交尾くん』とか『ただまんくん』って題名のとんでもない漫画を描いてたこともあったんですから(笑)。

__『●●くん』って題名のギャグ漫画は多々あれど!

 でも、いまの担当に、直されるとかはないです。セリフをちょっと直す、は年に一回くらいあるかな。「これじゃ意味がわからないから」とかね。読み側のセンスの話で。オレの場合、セクハラに関するを描くことも多少はあるけど、「セクハラをしているヤツが『おまえはクビだよ!』っていわれる情景」を描いている漫画だから、大丈夫なのかなって…(笑)。

__基本的には、虐げられてる人たちが出てくる漫画ですもんね。その眼差しは、いまも昔も変わりませんね。
 
 イケメンがやったのと同じことを直後にやって、オレだけセクハラになる、っていう男の話だとかね(笑)。なんでやねん!という。同じこといってるのにぃ~!! だから、逃げ道を残しておかないとね。オレは、みんなが思ってることを漫画で描くだけですから。

__読んでいて気持ちいい秘密は、風が通り抜ける感じがするところですよね。

 読者の中には、オレの4コマは字が多くて読みにくいという人もいるんですよ。4コマ漫画の巨匠・植田まさし先生なんて、スーッと書くじゃん、フキダシの中は。なるべく字が少ない方が頭に入りやすいだろうから、こっちも削ってるんだけど、絵で見せるテクがなくて、ついセリフで毎回やっちゃって。

__『青春くん』は読み応えがありますもんね。逆に昔といまで変わらないのは?

「っス」は「す」だけカタカナにしたい。それは代々の編集者がちゃんと写植をやってくれます(笑)。

__この「っス」文体は、とがし先生の発明なんじゃないっスか?

 ちがうと思います。

__にしても、次々新ネタが出てきますね。最近の『大人の青春くん』では「聞き間違いをするシリーズ」が、面白いです。

 あれ、面白いよね。気に入っています。

__何でもエロいワードに聞き間違えちゃうヤツ。

 「付属」を「フーゾク」と聞き間違えるのは、自分でウケた。

聞き間違えが多い「八山さん」はうっかりさん。『大人の青春くん』(小学館)より

__「付属出身だって」って女の子がいうのを、ずっと「フーゾク出身だって」と聞き間違えたまま会話がちゃんと進む話(笑)。

 あそこからダジャレシリーズが始まったんです。オレ、刹那的に描いてるから、1回いいのが浮かぶと、ずーーっとそれを続けて描いちゃうから(笑)。「カリ太の海賊」も好きだったなあ。

__いやいや、「カリブの海賊」を「カリ太(ブト)の海賊」とは聞き間違えませんて!(笑)
 
 くだらないよね~。ほんと、申し訳ないくらいに。

 

__そういうのはすぐに浮かぶんですか。

 ネタになりそうなことは、メモ書きをいっぱいしてるんですよ、コピー紙の裏側に。この30年、ずっとそうですね。紙がもったいないから白い紙の裏側。鉛筆でダァーって書きます。ほんとにダァーって。なんでもかんでも。だから、よくないっちゃよくないですね。

__どうしてですか。

 前に植田まさし先生がインタビューを受けてて、インタビュアーは吉田戦車くんで。そのTV番組によると、4コマのパターンは10種類くらいあるんですよ。オチの種類とか。「それに当てはめて毎回描いていく」って植田先生がいってて。すごいことやってるなあと思いました。パターン表が壁に貼ってあって。オレ、そのアンチョコ欲しいんだけど。よく見えなかったんだよなあ。残念ですよ~。

___ははははは。

 僕はそういうのができないですからね。なんでも思いつきです。おまけに『青春くん』ってさ、”続きもん”を描いても、途中で無くなっちゃうことがしょっちゅうですから。ボツになったらいくら構想を温めていても一巻の終わりなんです(笑)。
 4コマはねぇ(遠い目)…つなぎが難しいですね。たとえば、「4コマ漫画を何本か続けて、最後にこのオチを描きたい」って決まってるのに、つなぎが面白くないと途中でボツになっちゃいますから。だからほら、相原コージさんは続きものがうまいでしょ。昔の業田良家先生の『自虐の詩』みたいな感じとか。あれがやりたくて、描こうとするんだけど、つなぎでボツになっちゃうんだよなあ(遠い目)。

__ははあ、ひとつ謎が解けました。だから『青春くん』には、続いているような続いていないようなシリーズがいくつかあって、不思議なリズム感が生まれているんですよね。

 そうなんですよ。こっちは担当編集には「シリーズだから、続きものだから」とアピールしているんだけど、「これ、いまいち面白くないねー」って、1話単位でバッサリいわれちゃうの! 終了! たとえば、身近な男全部やっちゃう女の話、ですとか。

__なんっスか、その都市伝説みたいなやつは。

 そういうのが実際にいて。オレもその子に一回、映画に誘われて行ったことがありまして。

__実話っスか?

 ええ。その子のことが好きだっていう友達がいたから、飲んだだけで帰ったんですよね。気を遣って。やがてわかってきたのが彼女はもう、アイツもアイツもアイツもヤっちゃってて(笑)、そうすると中には「オレの彼女だ」と彼氏ヅラするやつも出てきて、これモンの(風を肩で切って)彼氏ヅラで彼女に会いに行くんですよ、「一回だけの女に本気」になってたってことに気づかずにね。案の定、冷たくされちゃってさ。
 そんなこんなで「そんな子、いたなあ、元気かな」なんて、彼女の話になったとき、「すんごい上手いよ」って誰かにボソッといわれて。「えーっ」となって。っくしょー、失敗したーーって(笑)。いっときゃよかったー!! その話を描こうとしたら、1話目は世に出たんだけど、2話目がボツになって、先が描けてない(笑)。

__めっちゃ読みたいです。大河ドラマになったはずなのに(笑)。

 頓挫しました。シリーズ化失敗です。彼女の結婚式に男どもみんなで出席するエピソードとか、盛りだくさんのネタがあるのに。

__ああ残念。そういうことも多々あるんですね。昔の『青春くん』なら駅から上京する人を見送るシリーズとか。最近の『大人の青春くん』ではさっきのダジャレシリーズや、お葬式シリーズとか。こっちは、キャラをちゃんと覚えているから、「おっ、また出てきたぞ!」と思って、多少、話が飛んだとしても、いつでも連結して読んでますよ。

 なるほどねー。

__いまだと、お葬式シリーズ。あれめっちゃおもろいっスね。泣けるし。

 そうそう。あのシリーズはお父さんが出てくるけど、あの人、オレなんだよね。きっと。

死んだ父の話のシリーズは、「父の葬儀で思い出話が出るパターン」と「娘が父の手帳を読むパターン」がある。『大人の青春くん』(小学館)より

__そっか、時が回って、とがし先生がお父さんの立ち位置なんですか。

 そうそう。オレが死んだら、後から恥ずかしいものが色々出てきて… いったい誰が後始末するんだろ、みたいな(笑)。

__エロいものがいっぱい出てきて…娘さんが都度都度納得していく(?)みたいな話のシリーズです。面白い。親子二代の話はいいですね。遺影になってしまった人の失敗談や”エロ威光”が心に沁みます。

 本当に、うちの親父だってさ、優しい人だったけど、怒ると殴られたりしてさ。そういう話、自分がこの歳になるとやたらと思い出します。ああ、大正生まれの真面目な人だったと思ってた、こっちは。それが、若い社員を連れてきた日のこと、連中さんとうちで飲んだときに禁断の親父のエロ話が出てくるわけですよ、フッと。オレは高校生でちょっと飲まされたりしてさ。さりげなく、親父のエロい話が出てきたら、聞いていいやらどうやらでさ(笑)。親父もやってんだな~みたいなのが面白かったですよね。
 一回、うちの仏壇に、巣鴨のソープのマッチが置いてあって、子供とはいえ、さすがに親父が行ったんだろうねってことがわかるんだけど、かーちゃんがわざと置いてるわけ、仏壇に(笑)。でも、親父もずっとシカトして拝んでるわけ。その戦いが1か月あったとき、オレと弟で「どーする? どーする?」って(笑)。そういうのを思い出して、描くわけですよ、自分の歳がいってくると。自分がじい様になってくると、これがまた味わいがあって。

__あぁ、心の奥が熱くなるエロ話ってものがありますね。親の青春と、子の青春が重なる感じがもう文学(笑)。

 いっても、枯れる話だけじゃないんですよ。いまだに活躍してる人がいっぱいいますし、ちんこが強い人、いっぱいいますし。
 いやあ、感動したのは、いつぞやの担当編集のオヤジが大学の教授かなんかだったのかな、死んだ後に、プロに金庫を開けてもらったら、生徒の女子大生と10人くらいで裸になって写ってる写真が出てきた。「神じゃね? 」って話になって盛り上がりました。この仕事をしていると、そういう話がどんどん入ってくるんです。面白いですよ。

 

ネタがないときはキャバクラに行く。
面白い人がいると、つい描いちゃうんだよ

__とがし先生の実体験はかなり描かれてきたんですか。

 もちろん描いてきました。ネタがないときは、キャバクラに行きました。言い訳ですけどね、本当はキャバクラに行きたかっただけだけどね(笑)。だって、キャバクラ漫画を最初に描いたのはオレじゃないか、ってくらい思ってますもん。『青春くん』を通して。それまで”水商売漫画”ってのはありましたけどね。

__先ほど「カラオケ五段」の話がありましたけれど、「キャバクラ」も黒帯ですね。

 20代前半は六本木のクラブで黒服のバイトを数か月やってたことがあって、キャバクラは苦手じゃないです。
 30くらいになって、漫画家の仕事してると、他と時間が合わなくなって、ひとりぼっちです。飲みに行く相手もいないし、遊ぶ相手もいないし、友達は結婚しているし。最初は気分転換に近所のスナックに行ったんですよ。
 スナックってのは、ママが説教してて(笑)、それに喜ぶ田舎もんが来てて、肌に合わなかったんですよ。本当に疲れているときに、ママに説教されて喜ぶタイプじゃないし、オレ(笑)。
 あるとき、ヤクザのじいさんがスツールにいまして、その人に懐かれちゃって、話がおもしろいからずっと飲んでたらさ、人生のうちに半分くらい刑務所に行ってる人でね。そういう人生を聞いていると緊張感ありすぎて。事務所に来いなんて言われて…。それでスナックから足が遠のいて、ふと、隣の駅のキャバクラに行ったら、気は使わなくていいわ、楽だわ、キャバクラはすっげえ楽しくなっちゃって!

__一駅ズラして、気持ちが晴れましたね。

 自分は喋るのは得意だし。キャバクラの内実はなーんとなく知ってるし。女の子と仲良くなると、いろんな面白いお客さんの話を聞かせてくれるんですよ。そうすっと、騙されているお客さんの話がいっぱい聞けて。もうなんか、「こんなやついるの!」みたいなキャラがいっぱい出てきて。

__先生、喋り上手だし、聞き上手ですもんね。

 ひとりの女の子にハマってる男の子がいて、呼び出されると地元から出てきて、最初っから終わりまでずっといて。相当な値段なはずなんですよ! で、なんかその男の子は話題の持ちネタがなくて、アメリカに行ったときの話ばかりするから、女の子みんなから「アメリカ」って呼ばれるとかさ(笑)。

__あだ名はアメリカ、ですか!

 アメリカくんは、全然、ヤれる気配がないのに一所懸命遠征しててね。そんなキャラの立った客がゴロゴロいました。かと思えば、2対2でアフターしてご機嫌でニコニコしてるヤツらがいてね、本当は女の子が10個サバ読んでいて30半ばだけど、向こうは気づく気配がない、とか。そういう話を仕入れて楽しく漫画に描いていたんですよ。
 そしたら、世の中にキャバクラのネタが流行ってきて、木村和久さんが「キャバクラのナニが面白いんだよ?」って最初はいってたのに、ある日ハマったみたいで、彼はすぐに「SPA!」でキャバクラの連載を始めてね。のちに俺もカットを描くようになったりして。

__「ヤングサンデー」に配属になった若手編集者は一度はとがし先生の担当になって、自分の性体験や知ってるエロい話を聞かせるという話を耳にしました。ヰタ・セクスアリスなんかを。

 いやあ、それは僕から頼んだことは一回もないですよ。それは都市伝説。こんなふうにしゃべってて出てきた話を面白いねっつって描いたことはありますけれど。ペンを握って、「さぁ話してくれたまえ」なんてこたぁないですよ(笑)。

__とがし先生は、いつエロくなっていったんでしょうね。

 部活をずっとやっていたじゃないですか。中学バスケ、高校は野球。そのころは女っ気はゼロなんです。なんですけれど、エロいことは小さいときからみんな好きでしょ? 深夜番組の「11PM」はもちろんこっそり見てました。
 その一方でですよ、うち、妹がいましてね、妹が『りぼん』とか『別マ』(別冊マーガレット)を買ってくるわけです。それが僕の恋愛の教科書でした。少女漫画を見て、「恋愛とはこういうものだ」と育っていったわけです。

__意外ですね!

 そう。こう見えて、「少女漫画の男」なんですよ。少女漫画を読みながら、もう早くからSM雑誌とかSM小説を読んでいるわけですよ。最初のオナニーがSM雑誌でしたからね。だから、団鬼六先生が大好きで、日活ロマンポルノが視野に入っていて。一方でピュアな『りぼん』『別マ』だから、自分のなかが真っ二つに分かれていて。

__え。右目で『ロマンポルノ』、左目で『りぼん』『別マ』。なかなかすごいことになっていますね。内部が。

 本当に好きな女の子とか、本当に付き合う女の子とかのことを考えたり接したりするときは、少女漫画バージョンだから、エロいことをしようとは1ミリも思わないんですよ。チューしようとも思いつかない。
 ところが、エロい女の人を見ると突然、自分のナニかがこうなってとんでもない行動に出て…怒られるというね(笑)。めちゃ怒られた(笑)。
 後で聞くと、友達は然るべきタイミングで然るべき成長をちゃんとしていて、「そんな子どものときにしてたの!?」 みたいな感じですよね。初体験なんて。僕は全然エロいことができなくて。高校のときに付き合った子の手を握ったのが精一杯で。両想いになった時点で、オレの中で終了ですからね。

__少女漫画育ち…としてはそこがファインゴーーール!となりますね。

 そう。それでいて、高校生のときにバイトでどっかの会社に行ってたときに、そこのOLの太ももをずっと撫でさせていただいていたりね! エロい人がいて。

__え。どういうことでしょ(笑)。

 仕事中、向かいの席に年上のきれいな姉さん座ってるんだけど、テーブルの下で、足を伸ばして彼女の太ももをパンストの上からすりすり。

__とがし先生、『りぼん』と『団鬼六』とのあいだで、バランスが取れてないです。……いや、むしろ取れているのか?

 どっちだ(笑)。

__今日はここまで、たくさんのお話を聞かせていただきました。最後の質問です。なぜ、ずっと『青春くん』を描けるのでしょうか。

 そうね(考える)…。
 同世代に向けて描いている。そんな気持ちはあります。たしか、ジョン・レノンが「同世代に向けて歌ってる」っていってたように思うんだけど、…気のせいかもしれないけれど(笑)。
 なんか、「僕ら世代の元気の良さ」ってのは、あるんですよ。感じているんです。
 「つっぱりブーム」「ヤンキーブーム」が生まれたり。ひと世代上までは、ただ学ランの前をはだけるだけだったのが、僕らぐらいから、長ランとボンタンが出てきたり。なんかね、「オレらの世代、カルチャーの中心っぽくね?」みたいな気持ちは成長とともに、これまでずっとあったんですよ。
 20代でディスコが流行って、30代~40代にキャバクラブームがあって、50代から熟女パブブームがあったりして、それなんかも、ボクら世代が中心だったんじゃないかと思うやつです。だから、そういうところに向かって描いてるのかなあと。

__高校生が悩みあがいていた『青春くん』の登場人物が、『大人の青春くん』になってから、「(自分は)フーゾクでモテるようになった」と誇らしくいうセリフがあって。

 ありましたね。

立派な大人になったうじたくん(右)。メンタルが強くなった。『大人の青春くん』(小学館)より

__ああ、歳を重ねた。大人になったーと思って。それを読んだときに、「成長」って言葉がよぎって、感慨深かったです。「男の人生」というか、「童貞男たちがやがて…どうなったかの人生」といいますか。男は誰もが童貞から始まるじゃないですか。大冒険が。

 そういうこと、あるよね! テキトーに描いてんだけど(笑)。
 それこそ、こないだ描いたネタ。いい年こいて、女の子にお小遣いをあげてやってる男がいてって話。オレはそういうのはずっと嫌だったんです、だって、それは売春じゃない? と思っていたから。だけど、この歳になると素でどうのこうの、そうはいかないわけじゃない。付き合ってくんないじゃないですか。だから、彼にとってはずっと前から続く日常風景だけど、こちらはお金を出すと気持ちが冷めるので、今となっては…「あいつ、羨ましいかも」と思うというネタを描きました。

__性典ですね。渋くて深いですね。もはや、『青春くん』を読み親しんでいると、小倉百人一首みたいな気持ちです。色恋のあわれを歌にした!みたいな(笑)。

 ただただ、自分の中で、いろんな人の顔が思い浮かぶんですよ。弱い人もいるし、いまだに強い人もいるし。時は流れ流れて。
 オレの友達で、いまだに独身で、その代わりというか、風俗を極めてるヤツがいて。そいつのことを「あいつは遠くに行ったな~」「あいつは偉くなったなー」というのは面白いじゃないですか。大人になって、極めに行ってるヤツはやっぱり面白いよねー。「小学校の低学年から一緒だったあいつが、平成~令和に吉原で大活躍」って聞きますとね。

__野球仲間だったあいつが、MLBで打ちまくってるみたいな感じですかね。いま振り返ると、『青春くん』の登場キャラクターは長い友達みたいな感覚ですか。

 んーーー… (このインタビューでいちばん長い間)……そうなんだろうね(遠い目)。……いや……友達じゃない…かも…しれない(笑)。
 うじたくんはモデルがいますから。その人は、仲良いわけじゃないです。某誌の編集長で、若かりしとき、とある日に呼び出されて、「これ描かないか」「はい」って関係だったんだけど、初めて会った一言目が「きみ、彼女いる?」だった(笑)。「いないです」と言ったら、「よし、僕は彼氏や彼女のいる人間は信用しない」って言ってさ。

強烈キャラの「うじたくん」にはモデルがいる。

__オーディション合格、みたいな感じですね(笑)。

 女子のバイトちゃんとクレイジーにしゃべり倒す人だった。面白がって勝手に描いてたら、3-4年経ってよくよく知り合ってきたら、オレが直感で描いたまんまの人だってことがわかって、「見通してたなあ」って思ったことはあります(笑)。完全にオレの思った通りの人だった。
 その“うじたくん”は、大学の4年間で女性との会話が2つだけというエピソードがありましてね。そのうちひとつは、「トイレどこですか?」だったというツワモノでしたね。彼はその後、原作者、小説家になりました。ヤバい人でしたね。面白い人がいると、つい描いちゃうんですよね。

__それの繰り返しで30年ですか。だから、「キャラは友達」という感覚はなくて、「出会った変な人がレギュラーになっていく」と。

 そうかもね。ほら『青春くん』に準レギュラーで登場していた、「1日5回コク男」。覚えてます?

__忘れるわけないですよ。オナニーの回数がとても多い男のエピソードシリーズです。

 あれはそもそもは、『青春くん』の枠外の柱に担当編集者が好き勝手に近況を書く習慣があって、当時の担当編集が、「こないだ1日●回コキました」みたいなことを書いたんですよ。そしたら、「僕はもっとコキます。毎日5回コキます」という告白がオレんところに来て。オレは「この人バケモンだな」と思って。聞いてみると話が面白くて、『青春くん』に描くようになったんだよね。

__「『1日5回コク男』は実在します。」って記事ページをヤンサンで作ったことがありましたね。

 こないだ久々に会ったら、結婚もして子供もできて、「それほどはしてません」といってた(笑)。ね、面白い人がいると、ついつい描いちゃうんです。締め切りギリギリで、そいつらが頭の中に出てくるんです。「あの人、面白かったなあ」と。佃島くんもモデルがいます。

__同世代に向けて、長く描いていくうちに、よりペーソスが出てくる感覚はありますか。

 この漫画、もともと哀しいのが大事だからね。だって、哀しいじゃない、男の人ってさ。何歳だろうが、いつの時代だろうが、女の子とエッチがしたいだけで一所懸命やっているんだけど、実はコントロールしてるのは女だ、ってところまではわかってくるわけですよ(笑)。すべては女がその気になるかどうかで。
 そこらへんのね、感じ? それを描いていると、描くことがいっくらでもあって、楽しいんです。結局、男はたいへんなのよね。

(了)

 

 

とがしやすたかプロフィール

1959年11月18日、東京都北区生まれ。劇画村塾第3期生を経て、1985年、25歳のとき、『青春劇場 -海-』で漫画家デビュー。30歳ではじめた『青春くん』はその後30年以上連載する超長寿4コマとして、独特の存在感を際立たせる。現在は『大人の青春くん』の題で「ビッグコミックスペリオール」に連載中。ほかに「月刊ゴルフダイジェスト」や「ベストカー」などに鋭意連載中。他の代表作に『竹田副部長』など。軽妙なタッチが特徴で、『わしらやましい探検隊』(木村和久と)ほか週刊誌記事の挿絵も多数。

 

すけたけしんプロフィール

1967年生まれ。物書き。インタビュアー。新刊絵本『はなげ小学生』発売中。著書に『ブラックチャンネル 動画クリエーターが悪魔だった件』『小説 弱虫ペダル』『いやし犬まるこ』『スーパーパティシエ辻口博啓 和をもって世界を制す』など。◎執筆者関連リンク:https://www.facebook.com/suketake

 

記事へのコメント

伊藤理佐先生のエッセイ漫画に描かれてた、出版社の新年会でとがし先生に会って「伊藤くん」と呼ばれるか「理佐ちゃん」と呼ばれるかで、その時の自分がイケてるかどうかを確認してるってエピソードが好き。とがし先生が無意識でジャッジしてるのも判断材料がとがしやすたかな理佐っち先生も面白い。

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