女性の欲望を掘り起こした「ティーンズラブコミック」の歴史

『不適切にもほどがある!』が話題ですが、80年代の性のモラルを振り返ってみると、セクハラ・無神経・女性蔑視の嵐で、とんでもないネタばかりでしたね。
女性向けマンガの変遷を振り返って見ても、女性の性に対する考えかたも劇的に変わってきたなと感じます。
女の求めるエロティシズムとはなんでしょうか。どんな歴史を経て、現在に行き着いたのでしょうか。
電子書籍・TL誌売上ランキング12年連続第1位という、ティーンズラブ雑誌最大手の『恋愛LoveMAX』編集顧問石川粛人さんに、TLの歴史を聞きました。

『恋愛LoveMAX』(秋田書店)

 


――まず少女マンガで「エッチなマンガ」が作られるようになったのは80年代からかなと思います。でも「エッチだ」と人気だった『マリオネット』(愛田真夕美)という作品では、セックスをする人は必ず悪者です。90年代に入るまで、女性には性に対する罪悪感や、「性行為は悪だ」みたいなイメージがあった気がします。

80年代は「日本の秘する文化」がまだ残っていたからでしょう。女性が非処女であることを公言してはいけない空気があったし、女の子がロストバージンを告白するだけでテレビ番組が成立したくらいです。当時は「婚前交渉」なんて言って、結婚する前の性行為にネガティブな名前がついていたんですよ。
だからセックスは不健全で不純なものっていうイメージがあったんですよね。それが悪と結びつけやすかったんだと思います。

――レディースコミックが登場したのが80年代初め。それが90年代にはレディースコミック=エロい、というイメージが定着しました。それくらい、性的描写がしっかり描かれるようになったんですね。何か理由はあるのでしょうか。

だんだんと日本の秘する文化がすたれてきたんですよ。要するに、女性が女性としてあるべき姿になってきて、ようやく解き放たれた気がします。平成元年くらい、バブルとともに女性がはじけて、性を前面に出していいんだ、という流れになってきた気がします。それに伴って、マンガでも日常的に性が表現されるようになっていきました。

――何かの少女マンガ研究で、90年代になると女性性への肯定感が生まれていくと読みました。ところが当時の「女性向けのエロ」って、フェチものとか、劇的に絵がへたくそな人の作品とか、今思うととんでもないのも多かったですよね。

レディースコミックも最初のうちは、出版社側も女性が読むためのエッチを模索していました。どういう人が読むのかも分かっていない。読み手側も模索していて、何でも読んだ。「こんな世界があるんだ? すごーい!」みたいな勢いで、なにを作っても読んでくれて売れる状態でした。
ただ刺激を求めて、綺麗に描くものから汚いものまで、なんでもやってました。複数プレイもレイプも、女性が男性をレイプするものも、監禁ものもありました。
汚いものとして描くという表現方法もあったんですよ、ひたすら湯気を描くとか。「ひたすら汗だくでもうもうとして湯気が上がっている中でセックスする」みたいな世界観がいいという女性もいたんですね。いろんな女性がオープンに自分の読みたいものを漁っていたと思います。
そうやってどんどん女性たちの気持ちが解放されていったんですね。そんな中で性と恋心がミックスされる物語に収束されていったんです。

――それがティーンズラブ(TL)ですね。絵柄も少女マンガと変わらずかわいらしくて、「やっぱり女性が求めていたのはこういうことだよね」というのが2000年代になって明確になった気がします。

性行為が不純なものではなく恋愛の一般的な愛情表現に組み込まれるようになりました。それは高校生の恋愛でも同様に。
そうした流れの中で、TLは「大人ではなく、10代の女の子がいちゃいちゃしてもいいじゃない?」ということでレディースコミックから派生しました。当時は本当のティーンが性行為をする話で、それを読者はレディースコミックとして読んでいたんです。当時のレディースコミックのエッチなマンガは、主人公と読者は同じような年齢でした。それに引き換え、自分が若返った気分で読めるレディーズコミックがTLの始まりだったんです。
『恋愛白書パステル』(宙出版)がその走りだったと思います。大手出版社もどんどん性描写を取り入れるようになり、今度は本当のティーンに読ませるエッチな少女マンガが出てきたんですね。

――2000年代は小学館系や講談社系の一定の作品がエロで売ってましたね。昔は少女マンガで「実は兄妹だった?」疑惑が恋愛の抑止になっていたけれど、もはや実の兄妹の近親相姦が当たり前の作品がたくさん出るようになりました。これはなぜなのでしょうか。

「禁断の関係」がよりドラマとして盛り上がりますよね。最初は不倫だったり、彼氏、彼女がいるような「好きになっちゃいけない人」程度でした。そこからどんどん激しくなっていって、近親相姦にたどり着くんです。こうやって「禁断ブーム」「兄妹ブーム」が起こったような気がします。TLだと、もう当たり前のように兄妹がいちゃついていました。

――その流れで、今度は規制がかかるようになりました。制作側としてはどう思われますか?

表現の規制は、やりすぎては萎縮するので、反対ではあります。例えば規制が現実に即していないんですよ。TLは、ティーンの読み物として作られたわけではなくて、レディースコミックの派生型として作られてそのまま発展してきたんです。『恋愛LoveMAX』のティーンの読者占有率は1%未満。つまり読者にティーンがいないんですよ。ということは、青少年に対して何かしら影響を与えてるとは思えないにも関わらず規制されてしまう。やりすぎはよくないかなとは思います。

――自由奔放に性が描けなくなっているのですね。今後、TLはどうなっていくと思われますか?

ゆるやかに他のジャンルと融合していくと思います。現在は規制を受けてティーンを避けてオフィスに舞台を移しました。もうその時点でティーンの出てこないティーンズラブなんですよ。そして今度はハラスメントなどの規制もたくさんできてしまい、オフィスで口説けなくなってしまった。性描写を含めた現代の恋愛を描くのがとてつもなく難しくなってるんです。そのためファンタジー要素を入れたり、異世界に行ったりとぐちゃぐちゃになっています。もともとはBLの世界観だったオメガバースがTLでも描かれるようになっています。そのうちに、「TLの定義ってなんだっけ?」とふわっとした感じになると思います。

――規制の影響からかここ数年で、TLで描かれる内容が劇的に変化してきました。これまでは「リアルに起こったら犯罪だよね」という物語が大半でしたが、今は性的同意が徹底されているように感じます。「性のモラルに関してTLは最先端では」と思っているのですが。

そんな大それた話ではないです。僕たちは、数々の規制をくぐり抜け、ひたすら1円でもいいから売れてほしいと思って夢中で本を作ってきました。結果として、女性の地位が守られた性的合意のある性描写が描かれていますが、それは読者が「同意の取れた作品が読みたい」と思っているからなんです。今は雑誌で売るわけではなく個別タイトルの電子で売る時代です。例えば読者がレイプなどのシーンは「痛そうだから嫌だ」と選ばないことができる。自分の好みの作品が選べるようになりました。そしてレビューで意見を言うこともできる。規制の影響でもなく僕らが編集としてモラルを守ったわけでもなく、読者が選んだ結果なんですね。これからも最先端のモラルは読者と一緒に作っていくものなんだと思います。

――ありがとうございます。

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