飯森広一『60億のシラミ』全5巻 続きが読みたいあのマンガ その7

 今回取り上げる『60億のシラミ』は『月刊少年チャンピオン』で1978年7月号から1980年10月号に連載された終末テーマのSF大作だ。この時代の『月刊少年チャンピオン』は、横山光輝の『その名は101(ワンゼロワン)』や鴨川つばめの『ドラネコロック』、山上たつひこの『快僧のざらし』など『週刊少年チャンピオン』常連陣の異色作が多かった。飯森もこの時期には本誌で代表作の『レース鳩0777(あらし)』を連載していた。タイトルの「60億」とは連載当時の世界人口のことで、「シラミ」というのは地球という宿主に寄生する存在を意味する。

『60億のシラミ』

 舞台は、8月に雪が降るという異常気象に見舞われた東京。東都動物園の園長・八洲民人に待望の息子が誕生し、大地と命名された。大地は元々は9つ子のひとりとして生まれるはずだったが、他の兄弟は死産していた。八洲は、これは人間という動物になにか危険が迫っていて、その危険に立ち向かうために、強い子孫を残そうとしているのではないか、と考えはじめた。
 生まれて間もなく、大地はテレパシーで会話をするなど不思議な力を見せはじめる。そして、八洲の部下の息子で学生の宗公明を呼び出し、彼がいずれ人類の指導者になる、とテレパシーを使って告げた。公明は、自らも含めてた36の天こう星、72の地さつ星、あわせて108の暗黒星に関わる仲間を集め、そのリーダーになる宿命を背負っていたのだ。
 そんな公明の前に、天空坊と名乗る男が現れる。彼は、ある時は、ナザレのイエス、ある時は、サンジェルマン、ある時はラスプーチン、と現代に至るまでの2000年以上の時代を、さまざまな名で生き続けてきたと言った。祖先は人類誕生以前に天から飛来した一族で、大地は滅ぼすべき悪魔だとも言った。
 物語の大枠は、天からやってきた者の子孫と地から生まれたものの子孫による地球を巡る戦いになっている。

 この大枠の中で繰り広げられるのが、生き残りを賭けた人間同士のバトルである。
 気象学の権威・敷島朝日博士から、地球が氷河期に入り、あと18年で氷に覆われてしまうかもしれないと告げられた大利根無常総理大臣は、来たるべき危機に備えて国民には理由を伏せたまま、食料や燃料を備蓄することを決断する。食料も石油も配給制になり、国民の暮らしは苦しくなった。
 やがて、蓄積した不満は爆発してあちこちで食料の強奪や、暴動が起きた。
 総理大臣秘書官の湊明は、国民を抑えるために特殊警察隊「N.S.P(ニューセレクテッドポリス」を創設することを提案した。
 N.S.Pは、警察では取り締まることのできない相手を強制的に排除する組織で、機動力には電気自動車と電気オートバイを使い、武器として44マグナム、M2カノン砲、エチレン・オキサイド爆弾などが与えられていた。初代隊長に選ばれたのは湊の育て親・芹沢我妄だった。
 芹沢たちは、東都動物園の閉鎖を命じ、さらに、石油産業を国営化するため、命令に従わない石油会社の経営者を暗殺。その残虐なやりかたは次第にエスカレートしはじめる。
 芹沢我妄が芹沢鴨から来ていることからもわかるように、N.S.Pは新選組がモデル。近藤や土方、沖田らも登場する。これに対抗するのが、O・リーン率いるレジスタンス組織「氷山」だ。N.S.P対氷山を描きすぎたために、肝心の八洲大地や宗公明の登場場面が少ないのがこの作品の難点かもしれない。

 そして、ドラマの軸がもうひとつある。氷河期に突入した地球で、それでもなお生き延びていこうとする人々の営みだ。
 かつて東都動物園だった場所に住み着いたホームレスたちと、彼らの味方になる警察官の林忠。北海道で地熱を利用した牧場を経営する柴進。動物たちのノアの方舟を守ろうとする小花自然動物園の小花栄。動物園がキーポイントになっているのは、いかにも飯森らしい。N.S.Pは彼らも排除しようとするが・・・・・・。
 連載は、N.S.Pに捕らえられていた囚人たちを救出した氷山のメンバーが宗公明らとともに北海道を目指す大型帆船に乗り、108の暗黒星たちのエネルギーで空高く飛び出した場面で唐突に終わっている。
 氷に覆われるまで18年という短い時間で人類は生き残ることができるのか? 宗公明はリーダーとして人類を導くことができるのか? 大地は何者なのか? 天空坊との戦いの行方はどうなるのか? そこを推理してみようと思う。
 第1巻第2章「宿命への戦い」で、八洲民人は心の中に語りかけてくるこんな声を聞いている。
「安心するがいい 八洲民人よ 人類はすでに おのが種を守らんとしてさまざまな手をうっているではないか」
 八洲はこれが大地がテレパシーで自分に語りかけたのではないか、と思っているが、言葉遣いなどから語りかけているのは、大地の祖先にあたる存在ではないか。それは、地球そのものと取ることもできる。
 では、いかにして氷河期を人類は生き延びるのか? ヒントは北海道の柴牧場にある。地熱である。地下にあるマグマのエネルギー、つまり地球そのものが、人類と地上の生命を救うのだ。
 ここまででは、あまり活躍の場がなかった宗公明はようやくリーダーとしての自覚に目覚め、柴や小花たちと協力して新たなコロニーの建設に着手する。しかし、天空坊は再びコロニーの人々を分断しようと企てる。そのときに現れたのが、八洲民人だ。彼こそ大地の父であり、前世ではナザレのキリスト=天空坊の十二使徒のひとりユダであった。天空坊は八洲に、コロニーに入り込み公明や大地を裏切るよう命じたが、結局、八洲は前世と同じく大義のために天空坊を裏切ることになる。
 一方、地熱の利用技術で貢献するのが、その名もコーケン博士だ。彼は人間ではない。超天才的頭脳を持つチンパンジーだ。敷島博士の氷河期到達シュミレーションの最終計算を行ったすぐれた猿である。
 飯森が『少年ビッグコミック』で80年から連載した、科学実験で生まれた天才チンパンジーを描いた動物SF『アイン 人間を超える者』の主人公・アインはコーケン博士を下敷きにしたのではないか。
 コーケン博士だけではない。公明が率いるコロニーでは、人間と動物たちが仲間になる。東都動物園で生まれたマンモスのリッキーやホラアナグマのワープ、北の海をゆうゆうと泳ぐクジラの祖先・バシロサウルスといった氷河期に適応した動物たちが、人間の生活を支えてくれるのだ。
 未来の地球は、人類とすべての生き物が支え合う共存共栄の世界だ。それこそが、地球の申し子である八洲大地が求めた新しい地球の姿だったのだ。
 おそらく、作者の飯森が描きたかったのはそんな世界だったのではないか? と愚考してみた。

第5巻 50〜51ページ

 

 

おすすめ記事

コメントする