ポプテピピックの声の時間(3) ωのゆくえ

ポプテピピックの声の時間(3) ωのゆくえ

消えた口

 ポプ子から、開いた口が消えていく。

 これはポプテピピックのマンガ版を通読したときに最初に感じる印象である。

 連載第1回目の1話から5話までを見ると、必ずポプ子の口の開いているコマがあり、この時点ではまだポプ子はしゃべるときに口を開くという印象がある。しかし連載第2, 3回では、口が開くのはほんの1話程度になり、第4回以降は、放心するときか食べるときか食べながらしゃべるときを除いて、声を発するために口を開けることはなくなる。

 たとえば、ポプ子がしばしば口にする「今日も一日がんばるぞい」のコマを比較してみよう。これはもともと得能正太郎NEW GAME!」で主人公の涼風青葉が発するセリフであり、原作の青葉は口が開いている(図1)。そして連載第3回(23話)、ポプ子が最初にこのセリフを真似たときには、両手は原作通り胸元で握られており、口も青葉と同じく開いている(図2)。しかし、続く連載第4回(35話)以降、「がんばるぞい」を言うポプ子の口は閉じられたままだ(図3)。

図1
図2
図3

 

 これはピピ美にも言えることだ。2話で「ビーフ」と注文するとき、4話でハリフキダシで「えッ!?」と驚くとき(→ポプテピピックの声の時間(2)参照)にあざやかに口を開けていたピピ美もまた、連載第2回以降はほぼ口を開くことがない。人さし指の群れとともに告げられる「カツ丼食えよ!」の強めの詰問も、「あっパンダだ!!」という叫びも、口は閉じたまま発せられる。

 第一回でωの下に真の口を持っていたポプ子とピピ美は、次第にωの口を持つ者へと変化していったのである。

腹話術師としてのポプ子とピピ美

 一方アニメ版はどうか。

 アニメ版では、二人を閉じた口、ωを持つものとして最初から描いている。原作では口を開けて語られる「えいえい! おこった?」も「ハリフキダシ」も「ビーフ」も、アニメではωを閉じたまま語られる。アニメというメディアにはマンガと違って声と動きとが伴うのだから、声に合わせた口の開閉があってもよさそうなものだが、二人のωは開かない。声を発するときも頑なに閉じられたままだ。代わりにωがヒゲのごとく上下することで発声の様は表現される。しゃっくりをする場合は、ωが激しく顔面上を斜めに移動するのだが、それでもωの下に口が開くことはない。唯一、ピピ美に「明日までにわたしの方が先に大人になったらどうするか考えといて」と言われたポプ子が口をぽかんと開けるシーンがあるのだが、これは物言わぬ表現だから例外と言ってもいいだろう。

 わたしは当初、頑ななまでに閉じられ続ける口を見て、ポプ子とピピ美は人形らしいというか、声の容れ物のようだなと思ったし、この連載でも前にそう書いた。しかし、アニメが回を重ね、そのたびごとに異なる声優が声をあてているのを見て、次第に二人に対するイメージが反転してくるのを感じている。

 もしかして二人は、腹話術師ではないのか?

 ご存じのように、腹話術師とは人形を使う側、人間の側を指すことばだ。しかし、腹話術師にはもう一つの特徴がある。それは、口をほとんど動かさない、ということだ。自分が声を出しているのではなく人形が声を出していることを強調すべく、腹話術師は自らの口を動かすことなく人形の口をパクパクさせる。回を重ね、豪華声優陣が次々と交代でその声をあてながら、ポプ子とピピ美は、あたかも自らの口を開けることない。その様を見ているうちに、彼女たちの姿が、あたかも各回の豪華声優陣の口を開閉させる術師のように感じられてくるのである。この、キャラクターと声優の関係の反転は、声が伴うアニメならではの錯覚だ。

ボブネミミッミの口

 一方、こうした腹話術師としてのポプ子とピピ美のイメージを唯一覆しているのが、AC部による「ボブネミミッミ」である。

 二人の口は声に合わせてよく動く。といっても、ωが開閉するのではない。むしろωは口以外のなにものかに変化し、顔のさまざまな部位へと移動しては、浮かび消える。あるときは、鼻、あるときは鼻の下の謎の突起、そしてあるときは歯、あるときはノドチンコ。通常のアニメーションでは口として機能しているωが、ボブネミミッミではまったく違う運命をコマ単位で担わされている。

 AC部によるボブネミミッミは、「ポプテピピック」で唯一、声優が一貫している部分でもある。板倉俊介によるポプ子と、安達享によるピピ美の声は、コマ単位で変化するωのあり方とは裏腹に安定している。そのおかげで、ωはまるで顔にあって顔とは別の安定した生き物に見えてくる。AC部のアニメーションを見ていると、なんだか口の部分に口ではないωという生き物が取り憑き、明滅しながら声を発しているかのように感じられる。

 この謎の生物としてのωがもっとも不気味な形で現れているのが、アニメ版エピソード2の「かくれんぼ」だろう。二人の声色は、マンガ版47話のカタカナを忠実になぞるかのように「かくれんぼやろうズェ…」「いいズェ…」と、独特の語尾伸ばしで発音される(図4)。そこからピピ美は画面の端に悪夢のように滑り込むと「もういいよもういいよもういいよ…」と連呼するのだが、その口元を見ていると、それはピピ美のかくれんぼというよりは、現れては消える謎の生物ωのかくれんぼであるかのように見えてくるのである。

図4

まぼろしの口笛

 マンガ版「ポプテピピック」195話には、珍しく口を開けたポプ子が描かれている。ポプ子は船の舵を切りながらピピーピーピピーと口笛を吹いているのだが(図5)、これがどうやら「蒸気船ウィリー」(1928年) のパロディであるらしいことは、続くコマでポプ子がぐいーと綱を引っ張る所作、そして蒸気船の煙突が口からポーッと煙を吐くコマからわかる。もし、この四コマがアニメーション化されたとしたら、アニメ版にもついにωの下に音声を発する真の口が出現したはずである。そして、それは、ミッキーマウスが初めて声と呼吸音を得た最初のアニメーションを現在に甦らせる試みとして、画期的な表現になったことだろう。

図5

 しかしそれは実現しなかった。

 アニメ版エピソード5の冒頭には「このコーナーは大人の事情により急遽映像が差し替えになりました。」という声なきテロップが虚しく表示されているばかりだった。口笛と汽笛が用いられる奇妙でノスタルジックな音楽と船の映像が、かろうじて「蒸気船ウィリー」をうっすら思わせたが、原作を知らない人がこれをいきなり見ても何のパロディかわからなかったのではないか。

 それがどんな「大人の事情」だったのか、あるいは「大人の事情」という表現すらもこのアニメ独特の諧謔なのか、わたしは知るよしもない。ただ、このコーナーには果たしてどんなアニメが流れる予定だったのか、「ミッキーはなぜ口笛を吹くのか」の著者としては、おおいに気になるところだ。


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