『はじめの一歩』で鷹村が食べていたフナムシの大きさ

『はじめの一歩』で鷹村が食べていたフナムシの大きさ

【閲覧注意】今回の『マンガの重箱』はタイトルにもある通り「フナムシ」を題材にしているため、記事内にフナムシの画像などが登場します。苦手という人は気をつけて読んでください〜。

長期連載。
泡沫のごとく始まっては終わるマンガ界で、長期間支持を獲得し続けた作品。
そんな長期連載を見ていると、誰でも一つや二つは印象的なシーンがあると思います。
私は『はじめの一歩』というボクシングマンガを読んでいて、印象的なものが3つあります。

(『はじめの一歩』38巻 54p参照)

伊達英二が臨んだリカルド・マルチネス戦で、渾身のハートブレイクショットが運悪く相手の肘に当たってしまったシーン。
これが最も印象に残っています。
「痛そう!」という思いと絶望感が相俟って、忘れられない場面になりました。

同じようにショックを受けた方も多くいらっしゃるでしょう。

で、問題は次点ですよ。

(『はじめの一歩』40巻 98p参照)

どうやっても、海で鷹村がフナムシ入りのお好み焼きを食べるシーンになってしまうんですよねえ。
本筋とは関係ないんですが、鮮明に覚えているものは仕方ありません。
授業中に先生のどうでもいい雑談が記憶に残っているのと同じような現象でしょうか。

一応、なんでフナムシ入りのお好み焼きを食べる状況になったのか説明しておきます。
なかなか現実で起きないですからね。
海での息抜きの際に、鷹村という先輩ボクサーが、青木という後輩からあることで恨みを買います。
しかし青木は鷹村よりも弱く、正面切ってボコボコにはできません。
なので、お好み焼きにフナムシを入れて食べさせるという小さな腹いせに出たわけです。

(『はじめの一歩』40巻 99p参照)

この時点で鷹村はフナムシが入っていることに気が付かないので、能天気にお好み焼きを楽しんでいます。
一方で青木が泣いているのは、お好み焼きを半分こする流れになり、フナムシが入っているかもしれないという気持ちで咀嚼しているからです。
鷹村の一筋縄でいかない感じと、青木の小物感がよく出たエピソードです。
フナムシは無事、鷹村の方に入っていました。

この間久々に読み返していたら、やはりインパクトが強い。

と、同時にある思いも頭をもたげてきたんですね。
それが、「フナムシ大きくない?」です。

フナムシとは

(『wikipedia フナムシ』 参照)

フナムシというのは、甲殻綱・等脚目・フナムシ科の動物です。
本州以南の岩礁海岸に幅広く生息しています。
海に行けば、テトラポットなどを這い回っているのを簡単に見つけられます。

雑食性で、海藻や死骸など何でも食べます。
食用としては、強い苦みと腐敗臭があって不味い旨がwikipediaに記載されています。

(『はじめの一歩』40巻 91p参照)

作中では、岩場で一歩がフナムシを捕まえています。
本来フナムシの動きは非常に素早くて、素手で捕まえることは困難なのですが、ボクサーの俊敏性をもってくれば可能なのでしょう。

ここで偶然出会ったのが、やたら大きいフナムシでした。

(『はじめの一歩』40巻 92p参照)

人間の掌大くらいはあります。

(『はじめの一歩』40巻 92p参照)

これは、フナムシの中でかなり大きい部類のようです。
日常的に船で海に出ている一歩が「こんなデカいのは珍しいですよ」(『はじめの一歩』40巻92p参照)と言っているので相当ですよ。

では実際、フナムシはどれくらいの大きさなのでしょうか。
作中に出てきたものを測定してみましょう。

作中のフナムシの大きさ

(『はじめの一歩』40巻 92p参照 ※赤線筆者)

では、先ほど出したこちらのコマを使ってフナムシの大きさを割り出します。
成人男性の顔の長さは大体決まっていますので、一歩の顔の長さと比較すれば体長が分かります(図の①と②)。

参考データには国立研究開発法人産業技術総合研究所の『日本人頭部寸法データベース2001』という調査を用いました。
2001年11~12月に計測された日本人青年男性(18~34歳)56名のデータを発表してくれています。
東京都近辺在住の方々を対象にしているため地域差は考慮できませんが、各地域でそれほど極端な差はないだろうということで採用しました。

この調査によると、青年男性の全頭高(※1)は、平均値23.19cmでした。
分布は正規分布に従っているため、平均値が実態とかけ離れているということはなさそうです。
22.0cmから24.6cmの間に、全体の90%の男性が含まれます。
なので今回、一歩の顔の大きさは青年男性の平均値として、仮に23.19cmとしましょう。
※1:耳眼点を水平にした状態で、頭部の最高点と下顎の最下点とを結んだ長さ

手持ちのコミックスで、一歩の顔の長さは1.2cmでした。
髪が立っているので難しいですが、基データと同じく全頭高で測定するよう努めました。

これに対してフナムシは、体長約0.6cmほどあります。
フナムシは節足動物ですので、触覚や尻尾を除いた体長で測っています。

一歩の顔が1.2cmに対して半分ほどですね。
ということはこれを実際の長さに直すと、23.19÷2≒11.6(cm)となります。

(『wikipedia カブトムシ』 参照)

いやいやいや。
本当ですか?
日本のカブトムシいますよね。
甲虫の王様でお馴染みの。
ツノを入れた体長でも、大型のもので8cmですよ!
それを3cmも上回るって…。

割ととんでもない大きさですね。
フナムシってこんなに大きくなるものなのでしょうか。

実際のフナムシの大きさ


(『瀬戸臨海実験所水族館のフナムシ飼育個体群の変動と成長』より フナムシの体長指標パネル)

『瀬戸臨海実験所水族館のフナムシ飼育個体群の変動と成長』(山本 2011)では、1997年から2006年に約10年かけてフナムシの体長変化を追っています。
それによると、フナムシの大きさは大凡1~4.5cmのようです。
「春に多数出現した幼体は、夏には体長1~2.5㎝、秋には2.5~3.5㎝、冬には3~4㎝、翌年の春には3.5~4.5㎝に達する」(同 2011)という結論が出ています。
極稀に5.5㎝のフナムシが出現することもあるのですが、全調査期間の総数25944個体の中で68個体しか出現していません。

いかに11.6cmという大きさが図抜けているか分かりますね。
珍しいどころの騒ぎじゃない。
お好み焼きなんかに入れずに、然るべき研究機関に持って行けば非常に驚かれた可能性があります。
人間に置き換えれば、4m近くある人がいるような感覚でしょうか。
「それって人間なの?」と疑いたくなりますよね。

そう!
これはもう、「そもそもフナムシじゃない可能性」まで出てきました。

本当にフナムシだったのか

11.6cmという巨大すぎるフナムシ。
突然変異にしても、あまりに種族の枠からはみ出すぎている。
そうなると、そもそも違う生き物なのではないかという疑惑が出てきます。

(フナムシとオオグソクムシ ※筆者イラスト)

フナムシに似た外見ですと、同じ等脚類のオオグソクムシが思い当たります。
オオグソクムシとなれば、体長10-15cmのものもいることが報告されています。

しかし、オオグソクムシは深海に住む生き物です。
さらに、尾の部分の形状も違います。
フナムシの尾は2つに枝分かれしているのに対し、オオグソクムシは平たい尾に7本の棘を持つ形状です。
このフナムシの尾部には2つに枝分かれした尾脚が1対、しっかりと描かれています。

オオグソクムシ説は、残念ながら考えづらいです。

でも、普通のフナムシでもない気がします。
不可解な点がいくつかあるんですよね。

まず、フナムシは同じくらいの体長の群れで生活するということ。
『フナムシMegaligia exotica(Roux)の週期活動 : I.野外での観察』(恩藤、森 1955)という観察レポートがあります。
これによると、「体長20~25mmの個体が25~30個体程集合しているところに、体長30mm以上の成体が他からそこに侵入すると」(同 1955)、「体長の大きい個体が、たとえ1個体であつても20~25mm の個体群は(中略)全個体がその場所から追われ、その場所は侵入者である30mmの個体によつて占居される」(同 1955)とあります。

(『はじめの一歩』40巻 91p参照 ※赤枠筆者)

なので、この画像で見られるように、11.6cmの個体が他のフナムシと一緒にいるわけないんです。
基本は単独行動になるはず。
まあこれは、群れがいたところにたまたま、大型フナムシが現れただけかもしれませんけどね。

(『はじめの一歩』40巻 121p参照)

さらに、フナムシが鷹村の体内で全く消化されなかった点。
便からそのままの形で排泄されています。
普通のフナムシであれば消化液でドロドロになりますから、これは不思議です。

そしてその異様な大きさ。

となると、新種?
新種の生き物である可能性が出てきました。
人間の発見した生き物は、地球上のたった1割にすぎないという説もあります。
フナムシとは似て非なる存在、あるいは亜種ということも充分考えられるでしょう。

まとめ

以上で調査を終わります。
結論としては、「普通のフナムシにしてはあまりにも大きすぎるので、新種の可能性がある」ですかね。
私が命名してもいいなら、ニホンオコノミヤキフナムシにします。

鷹村に食べられた死体がきれいに残っていますので、今からでも研究所に持っていって欲しいくらいです。
でも、今後フナムシを研究するシーンに紙面は割かれないでしょう。
フナムシの解析をするマンガではなく、ボクシングをするマンガなので。

あっ、そうそう。
印象に残っているシーンが3つあるって言いましたよね。
最後に残った一つを伝えておきます。

(『はじめの一歩』44巻 136p参照)

「ブライアン・ホークの反り」です。

参考資料(URLの最終確認は2018年12月16日)

はじめの一歩』38巻 1997 森川ジョージ 講談社
はじめの一歩』40巻 1997 森川ジョージ 講談社
はじめの一歩』44巻 1998 森川ジョージ 講談社
『wikipedia フナムシ』
『wikipedia フナムシ科』
『wikipedia カブトムシ』
『磯の生き物図鑑―海の生物450種 (主婦の友ベストBOOKS)』 2011 こばやしまさこ、小林 安雅 主婦の友社
『知られざる動物の世界 6 エビ・カニのなかま』2011 青木淳一、武田正倫 朝倉書店
『<研究・技術報告>瀬戸臨海実験所水族館のフナムシ飼育個体群の変動と成長』2011 山本泰司 Biological Laboratory (2011)、24 pp.37-42
『フナムシMegaligia exotica(Roux)の週期活動 : I.野外での観察』1955 恩藤芳典、森主一 日本生態学会誌 / 5巻4号 pp.161-167
『日本人頭部寸法データベース2001』

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