マンガで(ひとまず)満たす「動物にでもなってしまいたい欲」

マンガで(ひとまず)満たす「動物にでもなってしまいたい欲」

こんにちは、Mk_Hayashiです。年末進行が終わったかと思えば、今度は確定申告と、フリーランス/自営業の方々にとっては何かとせっつかれるイベントが続く季節ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

頭も身体もポンコツ気味な自分は、適度に現実逃避しないと心身ともに参りがちなので、小説やマンガなどのフィクション作品で現実逃避をしています。現実逃避用コンテンツを日々ストックしているのですが、昨秋からハマっているのがバーチャルワオキツネザル(通称ワオ)という VTuber さんによる動画配信です。

百合SF作品で知られる作家さんによる動画配信なのですが「無限匹のキツネザルに無限回タイプライターを叩かせるといつかはカオスの中から意味のある文章が書き上がる、そういう方式で作家になった」という(設定の)ワオが語る物語が個人的にはものすごくツボなのと、映像もほぼ動きがなくてオーディオブック感覚で視聴できるという、情報処理速度が人より遅いポンコツ脳にもやさしい仕様ということもあってか、気づけばズブズブとワオ沼に嵌っている自分がいました。

沼に浸かりすぎたせいか、一時期「自分もバーチャル動物受肉してぇ……(※受肉=バーチャル世界で使用できるアバターを持つこと)」という想いも芽生えたものの、よくよく考えたら自分は受肉してまで誰かに語りたいものもない。じゃあ、なんでこんな気持ちが生じたのか? と考えてみたところ、単にストレスが溜まりすぎて「動物にでもなってしまいたい」と現実逃避願望が高まり過ぎていただけでした。

しかし現実において人間が生物学的に動物になってしまうことはありえない。でも小説やマンガなど、フィクションの世界では全然ありえる。というわけで今回は澤江ポンプさんの『パンダ探偵社』(リイド社)で「動物にでもなってしまいたい欲」を満たそうと思います。

『パンダ探偵社』1巻 澤江ポンプ/著(リイド社)

現在『トーチ』にて連載中の『パンダ探偵社』。タイトルを見て「パンダが探偵になって、事件を解決する動物擬人化作品?」と思う人もいるかもしれませんが、ちょっと違います。

まず物語の舞台となるのは「特発性多発性染色体変容」という人間の身体が徐々に動植物に変化していく「変身病」という病気が存在する世界。この変身病は不治の病な上、「変身病の進行は個人差が大き」く「変身を終えるのに20年以上かかる場合もある」ので、患者は長期間にわたって病と向き合わざるをえない。

(『パンダ探偵社』1巻 第1話より)

主人公である半田は一年前に変身病を発症し、ジャイアントパンダ化が進行中。変身病のため、教職をクビになったところ、学生時代の先輩であり変身病に関わる案件を扱う探偵を営む竹林に声をかけられ、現在は竹林の助手見習いとして働いている。

(『パンダ探偵社』1巻 第1話より)

動物に変身してしまった人間を描くフィクション作品としては、カフカの『変身』をはじめ、中島敦の『山月記』、泉鏡花の『高野聖』、谷崎潤一郎の『人間が猿になった話』など文豪が遺した小説作品だけでも色々とありますが、この『パンダ探偵社』の一番の特徴は動物に変身していく人間の過程と心情が描かれているところ。作中では半田をはじめ、変身病患者たちが、それぞれの形で病と向き合う姿も描かれます。

第1話で変身病者の最期を目撃した半田は、自分自身も人間でなくなりつつある現実に怖れを覚え、依頼人の少女に人間でなくなる最期が怖くないのかと訊かれれば「泣きたいくらいです」と心情を吐露する。

(『パンダ探偵社』1巻 第2話より)

一方で、変身病患者の情報を収集・管理する変身病相談センターを併設する動物園の園長であり、自身もメジロ化する変身病を発症し、思考だけは人間の状態を留めている川島という特殊な患者もいたりする。

(『パンダ探偵社』1巻 第2話より)

鳥語通訳兼秘書である泊木の力(と身体)を借り、人間社会とのつながりを保ち続けている川島。ちなみに通訳をしているときの泊木は、川島の人格が憑依したかのように身のこなしが変わる。この“見た目は女性(泊木)なのに中身はおっさん(川島)”という姿は、バーチャル美少女のアバターを受肉したVtuberっぽくもある。

そんな川島は、竹林に「2年間もこの状態ってのは 図々しいですよ」と言われても「私は往生際が悪いんです」と不敵な笑みを返し、小鳥の身体になってしまった現状を楽しんでいるような様子さえ見せる。また第3話には変身病であることが判明しても焦りすら覚えず「自分の正体が分かって 今はスッキリしている」と言う人物も登場したりする。

(『パンダ探偵社』1巻 第2話より)

とはいえ、主人公である半田が抱く病気への恐れが弱まることはない。また自分と同じ変身病である調査対象者に同情しがちなため、「対象に関わりすぎると必ず面倒に巻き込まれる」「仕事に私情を持ち込むな」と竹林に何度も苦言を呈される。

(『パンダ探偵社』1巻 第2話より)

でも、かつて教職に就いていただけあり、道徳意識が強い半田は、そんな竹林の言葉にわだかまりを抱かずにはいられない。

(『パンダ探偵社』1巻 第2話より)

この凸凹コンビともいえる半田と竹林の関係が変化していく様子と、人間を人間たらしめるものはなにかということが物語を通して描かれる『パンダ探偵社』。「人間は二度死ぬ」という金言を遺したのは永六輔さんだそうですが、彼の考えにあてはめると、人間しての心の死、生物としての死、自分のことを覚えている人がいなくなったときの死と、変身病患者は三度の死を体験することになる。そう思うと「動物にでもなってしまいたい」という欲望が万が一叶えられたとしても、辛いことが増えるだけなので、逃げ出すことを諦め、大人しく現実に向き合う気持ちにもなれたりもします。ので、自分のように現実逃避願望が膨らみすぎている人は一度『パンダ探偵社』を読んでクールダウンしてみると良いかもしれません。

あと病気だの生死だのと重苦しいワードまみれの記事となってしまいましたが、マンガとしての『パンダ探偵社』はそこまで重苦しいものではないです。むしろ読んでポジティブな気持ちになれる人の方が多いと思うので、安心して手にとっていただければ幸いです。あと作中には様々な動植物が登場するので、いきもの好きの方にも楽しんでいただける作品かと。

ちなみに第2話で半田は竹林の変身病にまつわる過去を知るのですが、第1巻の終盤ではもうひとつの事実が明らかになります。これにより、ふたりの関係性がどう変化していくのか非常に気になるので、早く続きが読みたいところでもあります。

第2巻は2019年秋の発売予定だそうですが、秋まで待ちきれんという方にぜひ併読して欲しいのが、かつて澤江さんが『となりのヤングジャンプ』にて連載していた、脱サラして悟りを開いた父親が、疑問や悩みを抱く息子を仏の教えで導く日常をコミカルに描いた『悟りパパ』。こちらは『パンダ探偵社』に比べると、かなりほのぼのとした作品なので、もうちょっとライトなマンガを読みたいというときにもオススメです。ついでに言うと『悟りパパ』は2017年に完結しているものの、刊行されているのは第1巻のみという状態がずーーーっと続いているので、版元さんにはぜひ2巻も刊行して欲しくもあります(自分は紙本派ですが、電子書籍だけでも良いので刊行して欲しい)。

確定申告とか、花粉症とか、年度の変わり目とか、何かとしんどいことがつづく時季ですが、なんとか乗り越えて無事に新しい季節を迎えてください。それでは皆さん、良い春を〜。

*追記*
記事公開後、『パンダ探偵社』の著者である澤江ポンプさんがTwitterにて連載中断のアナウンスをされました。また連載媒体である『トーチ』のTwitterによると、2巻の発売時期も、現時点では未定となっているそうです。
ひとりの読者としては、澤江さんの体調が安定されることを祈り、『パンダ探偵社』の物語が再び動き出すのを待つことしかできませんが、これからも応援をしつづけていきたいと思います。澤江さんが健やかに制作に打ち込める日々が、どうか少しでもはやく戻りますように。

パンダ探偵社のマンガ情報・クチコミ

パンダ探偵社/澤江ポンプのマンガ情報・クチコミはマンバでチェック!1巻まで発売中。 (リイド社 )

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