『インハンド』朱戸アオインタビュー/描くのは「素人の成長」よりも「プロフェッショナルの苦悩」

2019/08/06 12:00

プロフェッショナルが揉めてるのを見るのが好き

──キャラクターの話になりますけど、『Final Phase』も、『リウー』も、『インハンド』も、「頭が良くて変わり者の男」というキャラクターが共通して登場してますよね。ああいうキャラに思い入れがあるということですか?

インハンド』1巻

私、「バカで頑張り屋さん」みたいな人が描けないんですよ(笑)。これは欠点でもあるんですけど。スピリッツで読み切りを描いていたときに「やっぱり主人公はバカで頑張り屋さんがいいんじゃないか」と思って、そういうキャラクターを描こうとしていたんですけど、全然描けなくて。

──それは自分の中にそういう要素が全然ないから?

というより、頭のいい人やプロフェッショナルな人たちが揉めてるのを見るのが好きなんですね、きっと。「素人がプロの中に入っていって成長する」のがよくある成長物語のフォーマットだと思うんですけど、それがどうにも描けなくて、プロ同士の話になってしまった感じです。でもプロ同士の話をまともに描いてしまうと、とっつきにくい印象になりかねないから、それをなんとかエンタメになるようにする……というのがいつも苦労しているところです。

──『インハンド』の紐倉先生って、最初に登場したときは主人公ではなく、主人公の調査員を助けるポジションでしたよね。でもだんだん主役にシフトチェンジしていって。

これは完全に予想外のことで。もともとは短期集中連載で、続編のことは特に考えてなかったんです。「『Final Phase』がウイルスだったので、次は寄生虫でやってみよう」くらいの感じで描き始めたんですけど、予想外にキャラが立っちゃって、「この人が出てくる続編をもっと描けばいいんじゃないか」という話になっていったんです。後々のことを考えずに作ったキャラクターなのに、まさかドラマ化までされるなんて。

──作品に登場する感染症についてお聞きしたいです。出てくる病名はだいたい聞いたことのない名前で、一瞬「もしかしてマンガのために作った架空の病気なのかな?」とも思ったんです。でも巻末を見るといろいろ参考文献が書いてあって、実在する病気だとわかる。朱戸さんの中で「ストーリーはフィクションであっても、そこに出てくる病気は実在するものでないとダメだ」という倫理観があるということなんでしょうか?

うーん……そこまで何でもありにしてしまうと、もう本当に「何でもあり」になってしまって、逆につまらなくなるような気がするんですよ。

──登場する感染症は、どうやって選んでるんです?

基本的には、感染経路の面白さで選んでます。だからすごくマイナーなものになりがちで。「咳で伝染ってくる」だとわかりやすいけど、実は飲み物で伝染る経口感染なんだよと言われるとオオッ、と思うみたいな。医療ものの海外ドラマで「ドクター・ハウス」というのがあるんですけど、あれは完全に「安楽椅子探偵」フォーマットなんです。つまり現場に調べに行かず、診察をせず、自分は部屋にこもってるけど、部下が情報を持ってきて「これだ」という答えを出すという。でも感染経路の要素を入れると、そこにドラマが生まれるんですよね。

──そうですね。「感染経路がわからない」というのが、そのまま得体の知れない恐怖感に直結したりしてて。

ミステリーの要素として感染症があって、それを紹介しつつ、感染経路が謎解き的にわかるのがいいかなと思って、感染症を選んでるんです。調べたことをベースにしているとはいえ、細かい部分では嘘をついてる箇所も実はあるんですけど、でも基本的に「奇跡的に回復した」という話にはならないですね。現実に存在する感染症を使って、「この感染症にはこういう困難さがある」というのをベースに作っています。

──「架空の病気を入れたら何でもありになる」というのは、医療ものだと確かにそうだと思いますが、そういうスタンスは仮に他のジャンルのマンガを描くとしても共通している?

今描いているのは全部医療ものだから、全部そのスタンスで描いていますけど、他のジャンルでもきっとそうだと思います。医療マンガを描く前、たとえばアフタヌーンに投稿したのは画家の話だったんですけど、でも「画家と画廊の関係」みたいな部分はリアルに描きたいと思って調べ物をしていたので。もしファンタジーを描くことになったとしても、民族衣装を調べたりするんだろうなと思います。「調べ物をしっかりしてリアリティのある話を描ける」というのがどうやら自分の強みだとだんだんわかってきたので、それを手放す道理はないなと。

子育ても含めて人生

──以前に比べると、仕事のペースは上がってきているんですか?

いや、子供がまだ小さいんですよ。4歳になる子と1歳半の子がいて。『リウー』の最終話を描き終わった1週間後くらいに下の子を産んだんです。

──そんなタイミングだったんですか!

で、産んで2カ月後くらいに『インハンド』のドラマ化の話が来て。ドラマ化の話は授乳しながら聞いてました。

──乳児を育てつつ、マンガも描くの、相当ハードなんじゃないですか?

だから育児の息抜きがマンガ、マンガの息抜きが育児みたいな生活です。今は夜泣きもなくなってだいぶ楽になりましたけど、ここ数年は気力体力の限界という感じでした。「独身でマンガだけに集中してたら、もっとハイペースで描けたんじゃないかな」とも思いますけど、でも子育ても含めて人生なので。

──アシスタントも入れてるんですか?

デジタル作業で何人かいます。ガッツリ入ってやってもらうアシスタントさんはいなくて、「トーン貼りだけお願いします」みたいな感じで頼んでいて。高校の同級生にトーン貼り頼んでるんですけど(笑)。デジタルだと、絵を描けなくてもトーン貼りはできるので。アシスタントはネットで応募して、ネット経由でお仕事をお願いしているので、一度もお会いしたことない方もいます。

──今、そんな感じなんですね。『リウ―』と『インハンド』を描いたことで、自分のマンガ家としての進む道は見えた感じですか? 

よく「処女作にすべてが詰まっている」みたいなこと言われますけど、私にとっては『Final Phase』が重要だったのかなと思うんですよね。『Final Phase』と『ネメシスの杖』が自分の中でポイントになる作品で、今はその延長線上で描いてる感じです。

──自分のマンガがドラマ化されるというのは、原作者にとって嬉しさ以外にどんな意味合いがあるんですか?

私はまだまだマイナーなマンガ家なので、山下智久さん主演でドラマ化されたことで、今まで見たことのない感想をたくさん見られるのがとても新鮮で。それで自分の長所も欠点もなんとなく見えてきたように思います。「山Pカッコいい!」みたいな感想もあるんですけど、実はそれも重要なことで。

──どういうこと?

ここ数年の私の課題なんですけど、「プロットの面白さのほうには力を入れてるけど、私のマンガにはリビドーが足りないんじゃないか」と思ってて。そういうところも含めて、次のネタのいいフィードバックになればいいなと思います。ドラマ化して感想もらえるって、そうそうない機会なので。

──ドラマには、原作にはないオリジナルのエピソードも出てきてましたね。あれは?

『ネメシスの杖』と『インハンド』の間に2年半くらいあって、その間に書いたプロットでお蔵入りになっていたものがいろいろあったんです。自殺させるウイルスの話とか。それをドラマの打ち合わせのときにお渡ししていたら採用されることになって。自分なりにいろいろ調べて作ったプロットなのにお蔵入りしてしまって、2年半が無駄になってしまっていたのが、ドラマのおかげで日の目をやっと見られて、非常にありがたいお話でした。画面に一瞬映る研究ノートだって、作るのが大変だというのは分かっているので、美術さんも素晴らしいお仕事をされていたと思います。

──「この先、こういうものを描いてみたい」というのはありますか?

しばらくは『インハンド』をこれからどう進めていくかを考えるのでいっぱいいっぱいだと思いますね。他にもやりたいネタはあって、少しずつ調べたりしてるんですけど、とにかく『インハンド』が大変すぎて。『リウ―』の単行本3冊分で調べたことを、『インハンド』5話分で使い切っちゃうくらいのペースなんですよ。毎回の事件ごとに違うネタを勉強しなきゃいけなくて、本当に頭パンクしそうなんです。勉強もしないといけないし、ミステリーのプロットも書かないといけないし、大変です。つらいです(笑)。でも楽しんで読んでいただけたなら、それが本望ですね。

*本文中に登場した朱戸アオさん原作のドラマ『インハンド』はParaviにて配信中。

 

朱戸アオのマンガ情報・クチコミ

朱戸アオ(アカトアオ)の主な作品『インハンド プロローグ』など。


前田隆弘

顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。