片渕須直×細馬宏通トークセッション 「この世界の片隅に」の、そのまた片隅に(中編)

2017/03/10 5:10

片渕須直と細馬宏通の「この世界の片隅に」をめぐるトークセッション、中編。今回、話題の中心となっているのは、原作の行間を読む作業や、アニメの音楽の付け方について。片渕監督の「音」へのこだわりを聞くと、また劇場に足を運びたくなることうけあいです。

前編はこちら

すずさんは学校を卒業してから何をしていた?

細馬 僕がこの映画すごいと思ったのは、ものすごく早いでしょう? 笑いどころで「ワハハ」と笑ってる間にもうスイっと次が始まっちゃう。本当に油断ならない。一番油断ならないと思ったのは、波のうさぎのところから、昭和18年くらいまで3つの時代が入ってきてますよね。20秒くらいの間に、「卒業しました」「日米開戦しました」「お兄ちゃん兵隊に行きました」って。

片渕 あれはすずさんの14歳、16歳、18歳なんですよね。

細馬 「ええええ、こんなに短く行くんだ!」と思って。

片渕 一応どこからアメリカと戦争が始まったのかは、しるし程度には入れといた方がいいかなと思いまして。

細馬 なるほど。あの波のうさぎのゆっくりした調子でずっと行っちゃうと、何も起こってないみたいになってしまうから。

片渕 そうなんですよ。どうやって戦争の時代に突入したのかというのは見せないといけないかなって。だから、16年の12月8日(太平洋戦争開戦)のところは、バックに千人針を積極的に置いたりしてます。

細馬 その時期、あの姉妹は何やってるんですか?

片渕 何やってるかわかんなかったんですよ。尋常小学校に12歳まで行って、そのあと高等小学校に2年行ってるはずなんですけど(当時は尋常小学校が6年、その上の高等小学校が2年)。そこから18でお嫁に行くまでの間が、すずさん何してたかわからない。要するに無職になっちゃうんですよ。

細馬 普通に考えると、家事手伝いかなって。

片渕 でも、家事手伝いを姉妹でやれるほど、あの家は裕福じゃない感じですよね。

細馬 しかも(親がやっていた)海苔の仕事は、途中で廃業しちゃったわけですよね。

片渕 海苔を作れる浅瀬が埋立地に変わっちゃうから、それができなくなって。でもあのへん……江波は若い女の人が貝や小イワシを市内に行商に行ってたりしてたんですよね。それで、アメリカと開戦した日の朝は、貝を売ってることにしようと思ったんですけど。

細馬 なるほど、それでなんか座って佇んでたんですね。

片渕 それですずさんはお客来ない間、絵を描いてて。

細馬 そのへんはマンガでもそんなに描かれてないんですけど。

片渕 江波の人に「そういう人ってどうするんですか?」と聞いたら、「貝を採ってきて売るんじゃないのかなー」と言われて。こうのさんに聞いても「貝を採ってきて売るんじゃないのかなー」って(笑)。だいたいそういう方向で、あの頃の生計が成り立ってたんだなとは思うんですけど。

細馬 そういえばすずさんが実家にちょっと戻ったとき、みんなやたらと貝食ってましたね。まあ、今と違って、食い扶持が何人かいても、小商いをすればなんとかなってたのかもしれないですが。

片渕 そもそも海苔は高級食材なんですよ。だから売るとすごい儲かるんです。

細馬 あー、だから海苔を取ってた頃はけっこう羽振りが良かった。

片渕 だから、すずさんが最初に風呂敷包み背負って行く時もお金もらってて、あれ現在の価値に換算すると400円くらいなんですよ。

細馬 20銭がいまの400円。「キャラメル大箱10銭」って言うすずの声がちょっとはしゃいでるのは、大箱買ってもまだチョコレートが買えるっていうヨロコビが漏れてるのかもしれないですね。

片渕 それで、海苔作りは干すところが必要だから、ものすごく土地がいるんですよ。そのためにね土地を買わないといけないらしいんですね。海苔を売ったお金でどんどん土地を買って広げるっていう。

細馬 僕、なんとなく共有の浜辺みたいなのがあって、そういうところで干すんだと思ってました。

片渕 すずさんのお父さんの名前は”十郎”ですよね。ということはたぶん分家なんですよ。新しく自分でそのそういう仕事を始めたんだろうなと。こうのさんがそこまで考えて名前つけたのかどうかわからないですけど、そういう風に考えるとすごくつじつまが合う。なので、すずさんの家は高級食材売ってる割には、意外と慎ましいということだったりするんですね。

知多さんはなぜ日傘をさしていたのか

細馬 すずのおばあちゃんが出てきますけど、あれは父方? 母方?

片渕 母方じゃないかなと思うんですよね、ここの家に叔父さんがいたんですけど、戦争が終わってみるといないんですよ。綺麗さっぱり。そこに誰も触れないのが一番怖いなと思っていて(笑)

細馬 それを言うと、誰も触れないことって他にもいろいろあると思うんですけど、(ご近所の)刈谷さんと知多さんがいますよね。で、みんな刈谷さんには注目するんですよ。さて知多さんは…となった時に、アニメーションでは知多さんはフェードアウトしていくというか、あまり活躍しない人なんですけど、でもわらじ作るときに知多さんが元看護婦さんだという表現が出てくるんですよね。

片渕 出てきますね。

細馬 で、原作を読むと、知多さんが11月なのに日傘をさして「どうも日がまぶしうてね」って言ってるところがあるんですよ。普通に考えると全然まぶしくないはずで、それを見たすずも気になってしかたがないという顔をしていて。僕もそれがすごく気になってるんですよ。

(『この世界の片隅に』下巻p.117より)

片渕 あれは要するに広島への入市(にゅうし)被爆というのがあって。8月6日に原爆が落ちて、その翌日に呉の警防団が広島に救援に行くんですけど、その人数が500何人とかいるんですよ。でも、もともとの警防団にそんなに人がいるわけがないから、民間で参加した人が相当混じってるということだと思うんですね。

細馬 あと、地縁がある人もいるでしょうし。

片渕 そうそう、そういうので行ってるんですよ。それで広島に行った人たちがまだ新鮮な放射性物質に触れて、内部被曝しちゃうわけです。

細馬 知多さんの場合は、元看護婦だから義務感もあったと思うんですけどね。

片渕 もちろん。でも放射線についての知識はないですからね。だから十郎さんも、お母さんを探してる間に内部被曝しちゃって、あっけなく死んでしまう。

細馬 知多さんの描かれ方や十郎の運命はまさにそうなんですが、この作品では、原爆によって引き起こされたことを、いろんな知識がよく知られている現在の視点から俯瞰して描くのではなくて、すずの視点から次第に明らかにしていく点がすごいなと思います。

水原の場面には音楽がない

細馬 ここでちょっと話題を変えて、アニメーションの話をしたいと思います。いくつか気になることがあって、一つは音楽の使い方なんですけど、すずが砂利船に乗せてもらって川をさかのぼりますよね。そのときにけっこう早いタイミングで賛美歌のメロディーが流れてくる。陸に上がって中島本町の商店街まで行ったらサンタさんがいて、それで「あっ、クリスマスか」とわかるんですけど、どうしてそんなに早いタイミングで(クリスマスであることを示す)賛美歌を流すのか、と思って。あれは何か狙いがあったんですか?

片渕 聞いてすぐ賛美歌とわかるかどうかというのもあるんですけど、あのあたりにそういう音楽が欲しいなーとは思ったんですよね。この時代はちょっと小洒落てる側面もあったから、着物を着た昔風の女の子が船に乗っている場面で、その小洒落てる側面が重なってくるのがいいかなーと思ったんですけど。

細馬 なるほどなるほど。

片渕 でもその音楽が賛美歌だから、結果的にいろんなことを思ってくれる人が出てきてくれてもいいかなと。

細馬 僕は冒頭から祝福されている感じがしたんですよね。風呂敷を背負ってる小さい女の子だけど、彼女の未来への祝福というものがちゃんとある、みたいな。音楽でもう一つ気になるのは、水原はけっこうドラマチックなところで出て来る割には、水原の音楽がないですよね。

片渕 水原の音楽がないのは、映画ができてだいぶ経ってからコトリンゴさんに「そういえばないですね。なんでないんでしょうか?」と聞かれたことでもあって。

細馬 あ、そうなんですね。

片渕 さっきの賛美歌もそうなんですけど、この映画の音楽というのは、基本的にはすずさんの気持ちであると。すずさんの感情が音楽という形になって現れてくるんだなーと思おうとしたんですよ。で、水原に対しては、たぶん彼女は自分の感情を定めきってない。だから、どんな音楽もつけようがないんですね。音楽をつけることは、すずさんの気持ちを決めつけてしまうことだから。水原については、いろんな複雑な感情がすずさんの中で行ったり来たりしているんだと思うんです。そのことを話したらコトリンゴさんも「そうですね、定めようがないですね」って。

細馬 だから波のうさぎのところも……。

片渕 音楽がない。

細馬 あそこって、アニメーションの表現としてはかなりすごい場面だと思うんですけど、音楽がないんですね。

片渕 あれもすずさんが自分の気持ちに答えを出しきってないってことじゃないのかなー、と思ったんですね。

縄跳び歌をめぐって

細馬 あと、終盤で着底した青葉の前を通り過ぎる時も、子供は縄跳びの歌を歌ってたんですけども、コトリンゴさんの音楽はなかった。

片渕 そうそう、そうなんです。あそこは縄跳びの音とか、縄跳びやってる子供たちの歌声が入ってるんですけど、あれは人間の心理が内側から出てきた表現として音楽が鳴るのと、環境音として客観的に鳴っている音楽がそういう雰囲気を出すのはまた別だなと思ったんですね。ただそれもまた内なる気持ちの表現ではある。だから歌う場面はあちこちに出てきます。

細馬 あーなるほど。

片渕 青葉の前を通る場面では、わらべ歌的なもの、要するに子供の頃に戻ったということが絶対に必要だなと思った。それは一つは晴美さんの思い出であり、もう一つは子供の頃の自分と水原テツの、描かれてない小学校低学年くらいの頃の思い出、あの二人はそこからずっと続いている腐れ縁ですから、そういうものが外から聞こえてくるといいかなと思って。それで、あの縄跳び歌を作るのがけっこう大変だったんですよ。

細馬 あの縄跳び歌は既存の歌なんですか?

片渕 既存の歌です。

細馬 「♪郵便屋さん」っていう……。

片渕 「郵便屋さん」じゃなくて「郵便さん」なんですね。「♪郵便さん ここから糸崎いくらです」って。

細馬 あれは呉の方が歌っておられるもの? 広島で伝わってるもの?

片渕 それが伝わってるものが全然なくって、いろいろ探しまくって本に載ってたのがあれだったんです。ただ、それで「♪1枚、2枚、3枚、4枚」っていうところが、「1年、2年、3年、4年、5年、6年、高1、高2」になってるんですよ。「え、中学はなくていいのかな?」と思ったんですけど、そうじゃなくて「高等小学校1年」の高1という意味だったんですね。明らかに戦前の歌詞だったのでした。でも、戦時中の子供たちは縄跳び歌のような遊びをさせてもらってないかもしれないと思ったんですよ。少なくとも学校教育では、戦時中は縄跳びはなくなってるんじゃないかなって気がするんです。

細馬 19年20年あたりの、はしゃいだ感じのものが失われていく感じ。

片渕 だからあの歌は「♪ここから糸崎いくらですー」だけど、たぶんお母さんが歌っていたのを、子供たちが引き継いで歌ってるんじゃないかなーと。自分ではそう思って歌おうとしたんです。で、歌詞は本に書いてあったからいいけど、節がわかんない。だから節は僕が作曲……ってほどでもないですけど(笑)。

細馬 あ、そうなんですか!?

片渕 アフレコの現場で僕が歌って録音して。それをA応Pがヘッドホンで聞きながら歌うというやり方で。

広工廠唱歌と「空の神兵」

細馬 うわー、そうだったんだ。歌といえば、(北條)円太郎が3月の空襲の時に、すずと晴美がまだ畑にいたのを見つけて一緒に伏せて、広工廠(ひろこうしょう=広海軍工廠。航空機を生産していた軍需工場)の歌を歌いますね。

片渕 広工廠唱歌を。

細馬 原作ではそのタイミングじゃなかったんですけど、アニメーションではあのタイミングで歌わせたのはどういう狙いがあったんでしょう?

片渕 原作に書かれてるものはできるだけ表現の中に持ち込みたいんですけど、3月19日の空襲から5月5日の空襲の間にはそれを入れられないんですよね。いろんな段取りの都合上。だから3月19日のところで、円太郎が何やっていたかをできるだけ入れ込んでしまおうと思って。広工廠唱歌は歌詞はともかく、曲は軍艦マーチそのものですから歌えるしと思って。

細馬 あれは本当になんとも言えない表現ですよね。あの空襲が来る前にすずと晴美が歌ってたのが「空の神兵」。軍歌知ってる人は名曲としてみんな知ってる、高木東六作曲の歌ですけど。

片渕 あれは軍歌というよりは戦時歌謡ですね。戦時中に、国内で一般の人のところで流れていた。ただ、あの曲は2番以後があまりにも……。

細馬 ひどいので。

片渕 ひどい。決死隊の歌になってくるので、(作曲者の)高木東六さんは納得いかなかったみたいですね。

細馬 皆さん、高木東六さんってご存知かどうかわからないですけど、片渕監督と僕の世代だと「家族そろって歌合戦」というテレビ番組に審査員で出ておられて、収録で行く土地土地で、たとえば京都だったら「ああ京都 ああああ京都 ああ京都」ってくだらない五七五を必ず言うおじさんが高木東六さんだったんですよ。で、僕はずっと「つまんないこと言う人だな」と思ってたんですけど、小学生の時に野ばら社の「思い出の軍歌集」というポケット版をつらつら読んでたら、「空の神兵」の作曲者に高木東六の名前を発見して、「えっ、あの人!!?」って驚愕しましたね。これがまたいいメロディで。

片渕 あれは途中までは平和な感じのすごくいい曲なんですよね。

細馬 すずと晴美が歌ってるのまさにこの部分で。

片渕 そう。で、ちょっときな臭くなってくるところで歌いやむという。

細馬 まずあそこでその当時の美しいメロディが歌われて、空襲が来て、円太郎は円太郎で飛行機を見上げながら歌って。

片渕 だからあそこは一番音の設計にこだわったんですよね。歌っているときに対空戦闘ラッパがあちこちから響いてくるところとか。あれは劇場で体験しないと無理ですね。家で5.1chの環境を持っていてもたぶん難しいと思う。

細馬 あそこの立体感は凄いですよね。映画館で見た方は、ラッキーだ(笑)。

片渕 それでその後に高角砲を撃ち出してドカーンドカーンとなって、飛行機の音があって、さらにドカーンドカーンがあって、破片がチャリーンチャリーンと落っこちてくる音がして、それからお父さんが歌い始めるんですよね。

細馬 あそこのシークエンスって、歌で始まって空襲の様々な音があって、音の表現が横溢しているところで。

片渕 音だけで空襲の進展が描かれている。最後お父さんの歌が流れて、お父さんが歌い、歌声が途絶えちゃうところで終わるという。

想像の攻撃力、現実の攻撃力

細馬 ヘルメットに破片がカーンと当たるところがありますよね。本当にヘルメットがなかったらやられてるなって思わせる高い音。あの音がもう怖くて怖くて。

片渕 ああなると、防空頭巾はまったく意味ないんですよ。防空頭巾って最初は……それこそ昭和12年くらいの日中戦争始まった頃なんて、空襲が来るとは思ってないからね。子供向けの防空頭巾にフリル付いてたりして。アップリケでアヒルさんが付いてたりするんですよ。

細馬 ちょっとファッショナブルな。

片渕 で、すずさんが空襲にあうくらいの頃になると、もっと本気になってくるんですけどね。だんだん厚みを増してくる。で、厚みが増すたびに家の座布団が薄くなる(笑)。

細馬 うちの母親は、戦争が押し詰まってくると座布団そのものを使ってたって言ってました。

片渕 座布団をそのままかぶってた。まあ、座布団の中身をそのまま別の布に入れてかぶってるようなものですからね。でもせんべい座布団くらいの、5センチくらいの厚みじゃ全然ダメなんですよ。あんなんじゃ貫通しちゃう。

細馬 すずや晴美があんなに大事そうに「防空頭巾、防空頭巾」って言ってるのに、あれはたぶん無駄ですよね。

片渕 まったく無駄ですね。

細馬 それが本当に怖いなって。ただ弾が怖いだけじゃなくて、彼女たちが考えている戦争のレベルと、空襲の攻撃力のレベルがあまりにも違いすぎて。その残酷さ、怖さですよね。でもその状況でも円太郎は「俺らの飛行機がええ音ならしちょるのう」みたいなこと言っていて。

片渕 技術馬鹿みたいな。でもあれも奇跡的な話でね、円太郎さんが広にある第11海軍航空廠の発動機部にいるというところまで、こうのさん描かれているんですよ。あの当時、発動機部は何を作っていたのかと思ったら、中島飛行機の「誉(ほまれ)エンジン」の転換生産(他社での生産)をやっていて。「これって紫電改に積むやつだよなー」と思っていたら、3月19日だけ紫電改が松山にいたんですよ。つまり空襲の日、本当に呉の上空で迎撃していたわけです。

細馬 本当に起こっていたと。

片渕 「そんなに偶然重なるのか!」と思いましたけどね。その後は沖縄戦が始まるので、紫電改は南九州のほうに移動してしまうんですけど。で、紫電改が松山にいたのは、松山って呉の真南なんですよ。要するに米軍機が来た時、呉よりも一歩手前のところで迎撃しようと思っていたわけです。だから移動していなくなってしまうと、呉は丸裸みたいになっちゃうんですよ。

細馬 アニメーションとマンガでは呉の空襲が描かれていますけど、実は松山もすごい空襲があったんですよね(松山大空襲)。呉は対岸だったから、松山が燃えてると「遠い花火のようだった」みたいなことを書いてる人もいて。

片渕 阿賀のあたりに芸南遊園地というのがあって、そこで戦前は夏に花火大会をやっていたんです。で、呉から対岸の松山が空襲で燃えてるのを見て、「あー本当は今頃は芸南遊園地の花火大会やってた頃じゃねー」みたいに思ったということが、当時の人の日記に書かれていて。それが戦前にすずさんがクリスマスを味わっているという話として、自分の中でも出てくるんですね。

細馬 起こっていることは本当に悲惨なことなんだけど、それを見た時に、自分の記憶の中からそれにピタッと当てはまる楽しいできごとをつい思い出してしまう。人の想起にはそういう不思議なところがありますね。そして、監督は悲惨なできごとだけでなく、楽しかったことをしっかりと埋め込んでおられる。たとえば、冒頭ですずがおつかいに行くのは、原作では1月なんですが、アニメーションではあえてクリスマスになっている。そして、小さなすずは、今は原爆の平和記念公園となっている中島本町でクリスマスのサンタを見る。すずの記憶の器には昭和8年のサンタがいる、ということですね。

片渕 だから明るく楽しかった頃の思い出がちゃんとあるんですよね。当時の人たちの中にね。

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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。