久米宏氏が死去というニュースが先日ありました。久米氏といえばニュースステーション、ニュースステーションといえば97年に出演して麻雀におけるイカサマ技の実演をしてみせた雀鬼・桜井章一。というわけで今回は末期『近代麻雀ゴールド』掲載作の紹介です。知らない人は「というわけで」と言われても困りましょうが、まあとりあえずこの雑誌表紙を見ていただきたい。

これが、麻雀漫画マニアの間では有名な『近代麻雀ゴールド』2005年7月号、通称「無限のエネルギー」号です。『近代麻雀ゴールド』は竹書房がかつて出していた麻雀漫画雑誌(現在は『近代麻雀』1誌しかないですが、かつては姉妹誌として『近代麻雀オリジナル』と『近代麻雀ゴールド』が別にありました)。で、この表紙で木を抱きしめているのが桜井章一氏です。桜井氏というのは、彼に惹かれた弟子的な集団である「雀鬼会」とともに、80年代後半〜90年代の麻雀界で本当に大きな存在感があった人でして、その存在感は「麻雀の鬼」を表す普通名詞であった「雀鬼」という言葉を彼の固有名詞に変えてしまったほど(言ったら「ミスター」みたいなものです。本稿でも以降「雀鬼」と書きます)なんですが、それはそれとして、漫画雑誌の表紙としてこれが異常なことは特に予備知識がない方でも分かるかと思います。一応書いておきますと、別に当時の麻雀漫画読者には違和感のないものだったとかはなく、多数は普通に異常だと感じてたと思います。
で、この雑誌がすごかったのは表紙だけではありません。掲載されている漫画もすごかった。例えば、ちばゆうこ『鬼ごっこ』。

このちょっと独特な絵柄に加え、最初はまあ雀鬼の日常みたいな感じだったのが、途中から「雀鬼龍」という謎の龍が登場して雀鬼と対話をしたり、雀鬼龍の力で雀鬼がタイムスリップしたり、それが最終的に夢オチで終わったりする奔放過ぎる内容。漫画自体のパワーに加え、さらに編集部のアオリには「最強の血族」みたいなことが書いてあったため、「この聞いたことがない作者は、ちばてつやとなにか関係があるのか……?」と読者をかなり困惑させました。後に雀鬼会公式サイトの記述で、「故ちばあきおの娘さんで、雀鬼会メンバーの奥さん」であることが判明したのですが、編集部はマジで読者を馬鹿にするのもいい加減にしろよという感じです。
また、海斗勇輝+松橋犬輔『狂い咲き麻雀道(ロード)!』なども凄まじくて、雀鬼に勘違いした形でかぶれた主人公が「山籠りをして雀鬼似の仏像を彫る」などの狂った修業を続ける話が続き、最終話では文明が崩壊して、

雀鬼似の熾天使が立ち昇るという『デビルマン』パロが行われ、

最後は津波がすべてを飲み込まんとして終わりました。バルディオスじゃないんだぞ。

いちおう、なんでこんな事になっていたのかを書いておきますと、『近代麻雀ゴールド』は長年にわたり、神田たけ志『ショーイチ』シリーズ(これは傑作だし、実写化したVシネマの『雀鬼』シリーズは清水健太郎主演で大ヒットしました)という雀鬼モチーフの漫画が看板になっていたなどの下地があるはあるんですが、それにしても普通ここまでにはならんよな。この状況は当然のように長くは続かず、『近代麻雀ゴールド』はほどなく休刊しました(この辺の細かい流れを知りたい方は拙著『麻雀漫画50年史』を読んでください)。

で、こんな末期『近代麻雀ゴールド』連載陣の中でもある種一番すごかったのが、原作:安田潤司+作画:中村毅士『牌の音』です。通常の単行本は出ていませんが、ペーパーバックのコンビニ版コミックで全2巻(サブタイが「20年間無敗の異次元闘牌」が1巻、「超感性の日々!!」が2巻)の単行本が出ております。『鬼ごっこ』とか『狂い咲き麻雀道!』とかは一切出ていないことを考えると扱いが良い。
作画の中村はこの時期麻雀漫画やパチ漫画などを描いていた人ですが経歴の詳細は不明。原作の安田は映像作家で、当時は雀鬼会のNo.2的な存在だった人。様々な雀鬼関連の麻雀漫画で原作や闘牌原作(麻雀シーンの作成)を担当したり、Vシネマの『雀鬼』シリーズで麻雀シーン指導や脚本などを担当したりと、雀鬼関連のメディアミックスにおいて大車輪の活躍をしていました。本作では、狂言回しというか視点人物的ポジションのキャラクターもやっています。下のコマでの左です(右はもちろん雀鬼)。

なお、名前とこの見た目、「どこかで覚えがある」という人もいるかも知れません。山本航暉『ゴッドハンド輝』に登場したカリスマ名医・安田潤司院長のモデルですね(なんでモデルなのか、つながりについては残念ながら知りません)。

ゴッ輝はおいといて話を元に戻しますと、先の雀鬼&安田のコマ、なんか絵に味わいがあるんですよね。表情の描き方が独特というか、目が死んでるというか……。これは別のこのページだけではなく、全体的にこんな感じです。別の例。

雀鬼と一緒に描かれているのは、2025年に死去したイエローハット創業者の鍵山秀三郎。素手でトイレを掃除する運動の人ですね。なんか雀鬼とはウマが合ったらしく、講演会を一緒にやっていたりしました。ちなみにこの回の掲載は先程の「無限のエネルギー」の号であり、付録のDVDに二人の対談が収録されていました。せめて麻雀の対局を入れてくれ。
また別の例。

雀鬼流の本質を語る雀鬼です。背景のトーンがなんかキラキラしていてやけにファンシーなのも、本作作画の妙な特徴の一つです。
本作の異常な魅力は、作画だけにあるのではありません。話も異常です。本作に大きなストーリーはなく、雀鬼の日常を通して雀鬼の考え(麻雀の打ち方にとどまらない、人生訓というか自己啓発的な感じ)が示されるというようなのが毎回の内容なのですが、それが……なんというか、「知らない人たちのよく分からないノリの内輪ネタ」を全力で見せられてる感じなんですよね。例えばこんなシーン。

「やすだー!」「はい!」「お前何年雀鬼会やってんだぁー!」「16年ですが…」「ヨシッ」(アハハハハッ)ですよ。ウザ絡みみたいなの、確かに仲間内だとやけに面白くなってしまうことはあると思うんですが、こうやって漫画にしてお出しされても読者はかなり呆然とします。

あるいはこういう身内でのイジりなんかも、どういう顔すればいいか不安にさせられる。雀鬼の笑顔のバックに浮かぶファンシーなトーンも、不安さに拍車をかけます。
あと本作、麻雀界隈だけでなく、格闘技・プロレス界隈にも薦められるところがあります。プロレスラーの中邑真輔が出てくる回があるんですよ。雀鬼、先述の鍵山秀三郎のように色々と著名人とのつながりも多いのですが、格闘技界とはヒクソン・グレイシーやエメリヤーエンコ・ヒョードルなど特に強めなんです。中邑が、2004年のK-1 ROMANEXでキックボクサーのアレクセイ・イグナショフとのリベンジマッチに挑む前に、雀鬼のアドバイスと応援を受けていたというエピソードが漫画になっています(このエピソードは中邑本人もちゃんと語っているので雀鬼サイドのフカシとかではないです。中邑はかなり雀鬼に傾倒しており、この時期の『近代麻雀ゴールド』にひとコマ漫画を描いていたりします)。

こういう感じで、かつてヒクソンにもらって大事にしていたというお守りの石を中邑に託す雀鬼。いい笑顔でそれを受け取り試合に臨む中邑。そして次のページ。

洗脳されている……。
いや、直前や後のシーンでは普通に描かれてるのに何なんですかこの虚ろな顔。ゾウリムシみてえな背景トーンもこちらを不安にさせます。
こういう感じで、なんとも異様な魅力が全体に溢れた本作。古本屋のコンビニコミックコーナーで見かけたら即ゲットを推奨しますぜ。


